わたし高坂穂乃果は今、人生最大のピンチに瀕しています!
「う、海未ちゃん……どうしよう」
学校にまつわる色んな掲示物が貼られている廊下の掲示板。その中にある一枚の紙がわたしの人生をお先真っ暗にしている元凶。
「廃校――残念ですが、仕方のない事なのかもしれません。現に一年生は一クラスしかありませんからね」
海未ちゃんは困り顔をしているけど、もうこの無慈悲な通告を受け入れてるみたい。昔から大人びた考えを持ってるとは思っていたけど、さすがに落ち着きすぎだよ……。
「り、理事長に直談判しに行こうっ!」
「穂乃果、目が本気なのがすごく怖いですよ」
「だってわたし海未ちゃんや小鳥ちゃんみたく勉強出来ないし、この学校に見捨てられたら終わりなんだよっ?!」
嗚呼――さよなら、わたしの青春。
「落ち着いて下さい穂乃果。私たちが卒業するまではなくなりませんから」
「へっ?」
なんですと――?
*
海未ちゃんの話によると、どうやらわたしの青春は終わらないで済むみたい。ホッと胸を撫で下ろしたしたわたしと海未ちゃんは、そのまま教室に向かった。
扉をくぐると、先に来ていたことりちゃんが迎えてくれた。でも、心配そうな表情を浮かべてるのはどうしてだろう。
「穂乃果ちゃん、大丈夫?」
「ん、なにが?」
「大丈夫ですよことり、私が説明しましたから」
なるほど。ことりちゃんはわたしが「廃校になったら路頭に迷う」と思い込んでいるって考えていたんだ。
「ありがとう、ことりちゃん。海未ちゃんに教えてもらわなかったら、わたしすごくパニックになってたよ、きっと」
「目に浮かびます。さっきは理事長に直談判しに行く、なんて言い出してましたしね」
「あはは――ん、どうかしたの?」
急にうつむきだしちゃったことりちゃんに、わたしはすぐに尋ねた。
「廃校のこと、お母さんは何も言ってなかったんだ。もし聞いてたら前もって穂乃果ちゃんたちに教えて上げられたのになって……」
「こればかりは仕方のないことですよ。ことりのお母さんだって言い出し辛かったのでしょう」
分かる気がする。
わたしが理事長――ことりちゃんのお母さんでもきっと、ことりちゃんには廃校のこと、言い出せなかったかもしれない。でも、
「なんとか、できないかな?」
「穂乃果?」
「穂乃果ちゃん?」
「廃校になるのって、もう決まっちゃったことなのかな?」
もしも何かしらの方法があるなら試してみたい。
音ノ木坂がなくなっちゃうのはさみしいし、何よりも海未ちゃんやことりちゃんの悲しそうな顔をこれ以上は見たくない。
「わたし、やっぱり理事長に会いに行ってくるよ」
「あっ、穂乃果――」
「穂乃果ちゃ――」
気付いた時にはもう、二人の声は遠くなってた。
*
理事長室の前に来たわたしがノックをしようとした時、中から聞き覚えのある声がして来た。
「私は諦めたくありません。絶対にこの学校はなくさせませんっ」
凛としいて、でも、すごくキレイな響きの声。
この声は確か――
「あっ」
講堂のステージ上でハキハキとスピーチをしていたその声の持ち主を思い出した瞬間、理事長室の扉が音を立てて開いた。
「……ごめんなさい、道を開けてくれるかしら?」
「わっあの、どうぞ」
「ありがとう」
わたしが反射的に横へ退けると、生徒会長はスタスタと歩いて行ってしまった。
声の通り生徒会長は見た目もキレイでスタイルもモデルさんみたい。けど今の生徒会長は凛、というよりは単に苛立っているみたいだった。
「はっ――」
ここに来た目的を忘れるところだった。
「し、失礼しますっ」
半開きのままにされた扉を開け切って入る。
見るからに「偉い人がいる部屋です」と言わんばかりの雰囲気の部屋の一番奥、大きな窓の前に理事長は立っていた。
「あら穂乃果ちゃんどうかしたの、もうすぐ朝のホームルームが始まる時間よ?」
見た感じはことりちゃんをそのまま大きくしたような感じの理事長。でも、雰囲気はことりちゃんの柔らかい感じとは違って、なんかスゴく大人な感じの人。
昔からよく知ってるハズだけど、改めてこの部屋で向き合うとすっごく緊張しちゃう。
「あ、あのわたし、ことりちゃんのお母さんに聞きたいことがあって――」
「学園内では理事長よ、穂乃果ちゃん?」
「あ、すみません」
ダメだ。上手く話せないよ。
「失礼します」
背中に嫌な汗が伝ったのを感じた時、後ろから海未ちゃんの声が聞こえてきた。
「海未ちゃん? それにことりちゃんも」
少しムッとした様子の海未ちゃんはともかく、ことりちゃんの様子が気になる。海未ちゃんの半歩うしろへ退いたところでうつむき加減に立ってる。
「はぁ……ちょうど良い、なんて言葉は相応しくはないでしょうけど、穂乃果ちゃんの聞きたいことってこの学園に関してのことで間違いはないですね?」
「は、はいっ」
理事長の方へ向き直るとそこには、バツの悪いっていうのかな、そんな感じの表情でわたしを見てくる理事長が待っていた。
「この学園の廃校はほぼ決定したようなものです。知っての通り、今年の新入生は一クラスを作るのがやっとという程度しか集まりませんでした。貴女たちの学年も二クラスを作るのがやっとだった。あんまりこう言うことを子供たちには言いたくないんだけどね、学校というのは慈善事業じゃないのよ。生徒数が減れば当然、学校経営は苦しくなる。そうなったら教員の皆さんへ支払うべき給料を払えなくなる。他にも維持費など、それこそ挙げればキリがない程に問題は多いのよ――」
矢継ぎ早に言葉を発した理事長はそこで少しだけ間を空けた。けど、わたしも海未ちゃんもことりちゃんも、口を挟むことはできなかった。
*
わたしは今日一日、海未ちゃん曰く「いつも以上にボケっとしたいた」みたいだった。酷いよね、あはは……。
弓道部の練習がある海未ちゃんとは帰りのホームルームでお別れして、わたしはことりちゃんと一緒に学校を出た。
「わたし、さ……何のために理事長に会いに行ったんだろうね」
学校の前の桜並木を目にした時、思わずそんな言葉が出ていた。
「穂乃果ちゃん……」
「ことりちゃんはさ、音ノ木坂が好き?」
桜の木を二本ほど過ぎたところで、下を向いていたことりちゃんはわたしの方を向いた。
「うん好きだよ。穂乃果ちゃんや海未ちゃんたちがいる音ノ木坂が大好きだよ」
その言葉を聞いて、わたしの中の決意は固まった。