FINAL FANTASY X ≪ーAnother story≫ 作:ふゆー
ノネは吐く息で自身の気持ちをそっと落ち着かせながら、会場全体を見渡してそこに鎮座する者たちを逡巡した。
この場にいる者たちは、今から話す内容についてわざわざこの地まで集結してくれた。
それが何を意味するかを考えただけで、ノネへの重圧は限りなく彼女にのしかかり、可能な限り押しつぶそうとしてくる。
それでも前に進むと決意したときのカーシュの横顔が不意によぎり、目に力が宿る。
正面の台座にあるマイクに口もとをそっと近づける。
「今回お集まり頂いたのは他でもない〝スピラ″について」
と、概要についての前置きを切り出した。音声が拡大されたノネの声は、会場の隅まできれいに響き渡る。
「・・今からお話しする事全てが真実とは言い切れません」
それはノネも同様にして、信ぴょう性について真実とは言い切れない、ぬぐい切れないものがあるのを示唆していた。
聴衆する各々の面子は、彼女の言葉、言い回しに興味や疑惑の兆しを向けていく。
「ですが根拠や基盤に基づく事実に近いものです」
と、迷いなく言い切った。
「まずは・・」
ノネの立つ壇上の後方から巨大な映像スフィア盤が音もなく降下してくる。それは、会場のどこからでも観覧できる巨大スクリーンの役目を果たすものであった。
側近であるホクヨたちは緊張の面持ちで弾幕の陰から見守っている。そして会場周辺ではベベル兵たちが一刻の異常をも漏らさないように、警戒を怠ることなく隙なく巡回していた。
厳重な警備の中で、場内の明かりが徐々に消えていき仄暗くなっていく。
スクリーンの降下が停止した頃合いに
「〝封記″と言う記録書のお話をさせて頂きます」
と、タイミングを合わせるように話し出す。
聴衆する客人の一部としてしか見守ることが出来ないユウナは、壇上にいるノネに気持ちを寄り添わせることしかできない。
心配するだけの自分に歯がゆさを覚えながらも、祈りに似た気持ちを手向けていた。
「我々エボンは、遥か昔より封記と称した記録を残して来ました」
スフィア盤に色彩が灯され、スクリーンに投影されていく。
巨大スクリーンに映し出されたのは、机上の中央にある古びた一冊の本であった。
封記と呼ばれたそれは、年季のはいった書物の形状をしている。保存状態はとても良いが、本の色あせ具合と端の擦り切れから長い年数が経過していることは誰の目からも明らかであった。
「その名の通り〝封印されし記録″・・」
ノネの声は穏やかな水面に雫が落ちるように、聴衆する人々の心に興味の波紋を広げてゆく。
大宮内全体に、ほのかにざわつきが生じ始めた。不安や焦燥、疑心が入り混じる蝉騒であった。
当然だ、とノネは心の中でつぶやく。
「当時でいう私の祖父、エボンの代表であった総老師を含めた四老師のみぞ知る事柄」
歴史から隠された事実が一つ、日の目を浴びるように今ここで浮き彫りとなった。
この事実を知っている者と知らない者が混在する中、声にならない疑問符が観衆の間から次々と沸き上がってくる。
一息の間をおいて、それらを制するようにノネはさらに続けた。
「その記録は、元々1000年以上をも前から記されていました」
誰もが気づけば、ノネの次なる言葉に耳を傾けていた。聴衆たちは、戸惑いを通り過ぎて彼女の言葉を吟味する次の段階へと入り視線を傾ける。
ライナーは険しい顔をしながら、この後の事の成り行きを静かに見守っていた。
「その内容の1つに〝クリスタル″」
映像がフェードアウトしながら書物は消えていき、代わりに浮かび上がったのは結晶石であった。
透明感が際立つその結晶石はその場で静止しながら、ゆっくりと回転を始めた。照射された光を細々に反射しながら、表面の細かな色とりどりの光を散りばめている。
「最初の発展であるとされる魔法文明時代・・誰もが魔法を使っていました」
中央にある結晶石をぐるりと取り囲むように5人の羽織を着た人間が、クリスタルに背を向けながら表れた。映像が回転する中で中央に来る一人ずつが、順番に特色ある属性魔法を発動させていく。
「魔法は黒魔、白魔、青魔、赤魔、緑魔、黄魔と言ったように区分され…」
そして最後の一人の足もとで映像が流れるのがピタリと止まる。その者は一歩前に進み出た。
黒の長衣を羽織った者は、現代のスピラで一般的とされる魔法を行使する。
「中でも黒魔法の威力は他の魔法に比べ優秀なものでした」
ノネの説明とともに、黒魔法を行使した人間はその場からさらに前に歩き出した。
「時共に黒魔族は魔法人の代表とされ、他の魔法人は自然と魔法を使わなくなりました」
背後にいた4人は背景と一緒にうっすらと薄くなっていく。
黒の羽織の人物が歩き続けていると、今度は影として多数の人のシルエットが地面に表れる。
「使用者は限られて行き、使える者と使えない者との格差が生じた・・」
長衣を着た者はその手に力をこめると、石自身が輝きはじめて光が増長し始めた。
「魔法を使えた者達は、己の力を魔石に託しクリスタルを作りました」
魔力を封印することを選んだ魔族たちの手からクリスタルが離れていく。
そして、あらゆる土地をめぐりながら様々な人々の手を経由してクリスタルは旅をするように渡っていった。
「クリスタルは貴重な物とされ、高値で売買されあらゆる目的に使用された」
そして時代は転換期を迎える。
映像の中の音響から活気ある人々のざわめきの中に、無機質な金属音が不快な響きをともない混じってくる。
そして映像には巨大で無骨なシルエットが見え隠れする。感情が宿らない兵器の誕生であった。
「人々は機械を使い始めました、機械文明の始まりです。機械はスピラ中に瞬く間に広がった・・」
一息の間をおく。かの有名な偉大なる都市の名をノネはその口から紐解いた。
「〝眠らない都市″をも作り上げた」
かつてグアドサラムのシーモアの屋敷で見た、1000年前の機械都市ザナルカンドの映像が巨大なスフィア盤から流れる。
眠らない都市の情景は、今の文明では考えられないほどの緻密な技術の結晶で作り上げられていた。
その映像を初めて見る者たちは素直に感嘆の声をあげている。
「そうして各地で機械戦争が勃発し・・」
映像は切り替わり、各地で機械同士の無慈悲な戦闘が繰り広げられていた。感情を持たぬがゆえに残酷なまでに効率性のみを重視した敵への破壊行為を繰り返す光景。
それは激化の一途をたどるばかりであった。様々な場所で兵器の破片が無機質に散らばってゆく。残骸が至る所に置き去りにされていた。
そして映像は1000年前に実在したエボン宮に切り替わった。今と変わらず、大宮には教えと威厳が健在しているような風格を称える。
ノネの眼光が鋭くなったことに気づいたものは誰一人としていなかった。
このあとの言葉に重くのしかかるプレッシャーにひたすら耐えながらも、静かな海の底にいるようにノネの心は微動だにしない。
「当時エボンは大量のクリスタルを保持していました」
そこで一旦、ノネは言葉を切った。
内秘されていた事柄がその口から漏れることによって、会場にピリッとした不穏な空気が漂う。
それが次第に大きくなり収集がつかなくなるであろうことを感じ取ったノネは、その人々の疑念に終止符を打つべく行動に出る。
静かに、そしてはっきりと言った。
「戦争に使う為です」
喧噪がさらに波濤のように覆いかぶさってくるが、それを遮るようにしてノネは先を続ける。
「ザナルカンドとベベルの二大都市国家の戦争・・」
会場脇の扉から入ってきたティーダは、通路で立ったままその演説を聞いていた。戦争当時のことを、雷平原の夜に見た夢の内容とリンクさせ自ずと鮮明に思い出してゆく。
今でもつい昨日の出来事だったかのようにその過去を、ありありと思い出すことが出来た。
ノネは最後の覚悟を決める。ここから先の結末は神のみぞ知るという心境であった。
「ベベルは・・ザナルカンドに勝利しました」
騒ぎが一気に消え、不気味なほどの鎮静化が起こる。息をするのを忘れてしまったかのように時間が流れていく。
ライナーはその言葉を心の中で反芻しながら、静かにノネを見つめていた。最悪の場合を想定して、周囲の状況、情緒の流れを逐一読み取っている。
「え!?」
静寂を最初に打ち破ったのは、ユウナの声だった。
ユウナにはその声が自分のものじゃないように感じられるほど、上ずっている。
ノネが先ほど発した内容が頭の中でぐるぐると回っている。言葉は理解できたが、整理が追いつこうとしなかった。
まるで何かの悪い冗談でも語っているかのようにも聞こえた。
それを発端として、その場にいる全員の気持ちが再び粟立ってくる。今度は荒ぶる感情の波が津波のように一気にせり上がってきた。
「何を!?」
キマリは無意識に吠えながら、気づけば机をたたきながら立ち上がっていた。
シェリンダも
「総卿師!何を仰います?」
と、式典の最中だということを忘れて悲鳴に近い声を上げていた。
「・・あの大戦争に決着など付いていません」
自分自身の考えに疑問をもつことなく、大きく首を振りながら必死にすがる瞳を向ける。
ノネはそれを寡黙に聞いていたが、反論することなく悲しげな眼を返すのみであった。
シュリンダは、それでも止まらずまくし立てるように言葉によって1000年前の事実を形作ろうとする。
「あの時、その真っ只中『シン』が襲って来て・・」
『シン』というキーワードが、ノネの語ってきた言葉の断片と繋ぎ合わさってくる。
その当時に何が起こっていたのか、朧気ながらに自分の中で推測出来始めていた。
汗が首元をつたう。
「ザナルカンドを・・」
シュリンダは自分の喋る言葉の内容から、一つのおぞましい結論を導き出していることに気づく。
それはとてもシンプルであり、最悪でしかない結果であった。
もうそれ以上は何も言うことが出来ずに、呆然としながら立ち尽くしてしまう。
一気に血の気が引くばかりで目の焦点が合っていない。
ノネは会場全体を見渡す。今まで信仰してきた存在に裏切られて、唖然としきった者たちがそこに顔を並べていた。
ライナーも険しい顔つきで、静まり切った会場の一人として身を置いていた。
「まさか・・」
イサールも、シュリンダと同様に何が起こっているのか気づき始めてくる。それに伴って足もとからせり上がってくる怖気が止まらない。
なんということであろう。
こんな形で自分の信じてきた礎が崩されるなんて思ってもみなかった。今まで当たり前に信じてきたものに突然裏切れたような感覚に陥る。
「なんて事だ」
キマリもこの真実を目の当たりにしながら、この感情をどこに向けてよいのかまるで分からなかった。苛立ちと憤りが綯交ぜとなり、身の内をよじるような感情が迸る。
誰もがこれまで信じてきた歴史は嘘で塗り固められたものであったこと、そして戦犯者であるエボン自らがスピラ中の人々の信頼を欺いてきたことにたいして思考が停止してしまう。
ノネは会場の欺瞞に満ちた空気の中で、一人だけまっすぐにその先を見つめていた。
それでも皆の信仰の拠り所として存在し続けていたエボンという幻想に終止符(ピリオド)を打つ。
「『シン』はエボンが生み出したものです」
はっきりと告げられたその言葉はあまりに自分たちの知っている歴史と乖離しすぎていて、その場にいる全員に浸食してくるかのようにまとわりついてきた。
「!?・・な」
立ち尽くすティーダは指先一本すら動かすことを忘れていた。
その事実にたいしての衝撃が強すぎて、言葉を発することが出来ない。
芯の底から怒りを通り越して、もはや呆れることしか出来なかった。
シンを生み出したはずの張本人たちが、まさか偽善を装って人々に救いの教えを伝えていたなど、到底褒められたものではない。
このことを想定していなかった者たちも、我を忘れて絶句をしている。
生まれた時から当たり前のように教え込まれてきたこの世界の価値観は嘘だったこと。
そしてその教育を施した張本人たちが、実は真なる確信犯だったこと。
それがあまりにもこれまでの常識とかけ離れすぎて、誰もが一体何に寄りすがって良いのか分からなくなる。
実際には時間がさほど経過はしていないが、どれ程の時間が経ったであろうかというくらいの苦しく重い間隔が各自に刻まれていった。
会場全体が沈みゆく中で、しかしその中にただ一人だけ異分子が混じっていた。
ホール全体の気持ちが緊張で今にも崩れそうな中で、その者はまるでそれを他人事のように静観をしている。
冷静な視線は、一人ずつをつぶさに観察して、それを滑稽そうに眺めているようにも見えた。
会場内に次々と生まれ出す不協和音となるざわつきが水泡のように生まれ始める。
それらの流れを無視してその者は、すくりと無機質に立ち上がった。
パチパチパチ・・。
軽快な拍手の音が鳴り響く。祝福するようにも聞こえてくるその軽やかな音色は、この状況では場違いにも程があった。
「!?・・」
全員の視線が一斉に注目するその先。そこにいた卿守軍上官ヴァンマは不敵な表情を崩さなかった。
拍手は、一定のリズムを刻みながら鳴りやむことはない。
「ヴァンマ殿・・?」
ホクヨはギョッとしながらもヴァンマの立ち振る舞いに得体のしれない気味の悪さ、そして困惑さを覚える。
ヴァンマはその場の席からゆっくりと動き出した。
会場全体の懐疑的な視線が集まる中で、ヴァンマはそれらをはねのけるように階段を一段ずつ下りていく。
即座にこの危機を感じ取ったクレロは数人の精鋭とともにノネの護衛へと駆け付けた。
「・・本性を現しおったか」
と、警戒を剥き出しにしながら腰に携帯していた武器を鞘から抜き、真っ直ぐにヴァンマに差し向ける。
「!?クレロ師、どう言う事だ」
司民卿ケルクがクレロの言動に反応して、その真意を問いただした。
クレロはヴァンマを見据えながら
「総卿師!こいつが、かつての死刑者メアラです」
と、刃先でヴァンマを指しながら、名指しで【メアラ】と称した。
それを聞いたケルクが目を見開きながら吃驚する。
ざわつきが静まり返る会場の中でユウナは
「・・メアラ?」
と、疑問形でつい声が漏れてしまう。そもそもこの会話の流れに終始ついていけない。
メアラという名前はユウナがこれまで生きてきた記憶を遡っても、全く聞き覚えのないものであった。
会場全体がこの不透明さをまとう人物にたいしてざわつく中、しかしホクヨは驚愕の中で引きつった顔をしていた。
血の気が引いた状態で、まるでこの場にいないはずの幽霊が現実になったかのような様相をしている。
エボンにとって、この負の遺産となる人物を目前にしながら
「〝反逆者オメガ″を崇拝していた者・・」
と、声が無意識に打震えていた。それは歴史から抹消されたはずの者の名であった。
したがってホクヨは彼の名前しか知らず、この出会いが初見である。
皆の動揺が掻き消えぬうちに、ヴァンマは階段を下りきって壇上にいるノネを見上げる。
ノネとヴァンマの視線が交錯した。
ホクヨもクレロたちと合流し、目の前に迫る不穏の雰囲気を放つ者に対して敵意を向けた。
「そなた、死者か」
ホクヨの単刀直入の指摘を受けながらもなお、ヴァンマは涼しい表情を見せるのみである。
その言葉を咀嚼しながら皮肉めいた笑みを漏らし
「・・シーモアも口軽い奴だな」
と、袖の中にそっと手をいれた。
ノネを警護する者たちは一斉に体をこわばらせて、臨戦態勢を取る。
その光景をヴァンマは気にも留める様子もなく、緩慢な動きで手を引き抜く。その手にあらわれたのは朱色の文字が羅列された仮面であった。
禍々しくもあるその様相の仮面が握られている。
ティーダは何度か目撃したことのあるその仮面を確認するため、身を乗り出してのぞき込んだ。
しばらく見つめていたかと思うと、ヴァンマはその面を何の未練ももたずに、無常にも床に放り投げた。
重力に従って落ちてゆく仮面は足元で微塵に砕け散り、破片が逃げるように四方に転がり散っていく。
「あいつ・・!?」
ティーダの記憶に蘇るのはビサイドと、そしてルカで遭遇した謎の仮面の人物。それと割れた仮面の模様が一致する。
しかし、仮面の人物とヴァンマが同一人物とは今のこの時まで露程にも思っていなかった。
「ふざけた話だ」
ライナーもヴァンマの動きを目で追いながら、銃身に静かに手を添える。
ヴァンマは自身に浴びせられる否定的な言葉を透過するように飲み込みながら
「死刑者メアラ?反逆者オメガ?・・笑わせる」
と、周囲への侮蔑を込めて、冷徹に見つめ返した。
「貴様らエボンの勝手な呼び名だ」
その言葉には、刃物のような鋭い感情が乗っており、ゾクリと背筋が凍り付く。
エボンの身勝手な正義で断罪された経緯に辟易としながら、ヴァンマは視線を下に落としながら過去を反芻する。
ノネは緊張の面持ちで、メアラという人物についての説明を始めた。
「・・オメガはエボンの僧官だった。教えに疑問を抱き公然と寺院に反逆し処刑された。オメガは魔法人として優れた人物その力は凄まじく恐ろしいものだったと聞く。異界送りを拒む彼の強い念は遠く離れた遺跡へと葬られた。・・メアラはその同僚だったオメガを支持した事で同罪と下され死刑者と見做された」
ノネは正面にいるヴァンマを見据えた。
気づくと得体の知れない焦燥に駆られているのか、やたらとのどが渇いて生唾を飲んでいることに気づく。
「ところが・・処刑後、メアラの遺体は姿を消した」
クレロがそれに続くように会話をつなげた。
「死人として姿を暗ましたのだ」
と、頑としてヴァンマから視線をそらずに語る。
ティーダとユウナは階下に悠然と立っているヴァンマを改めて見つめた。死人、死刑者として闇に葬られた歴史の生き証人が浮き彫りにされるように見える。
ホクヨの内面では、ヴァンマの発言に未だに確信をもてずに疑惑が心中で渦巻いていた。
「シーモア老師はそれを存知ていたと・・?誠か」
その事実に狼狽しながらも疑問視せずには、そして確かめられずにはいられなかった。
クレロムは鈍重そうにうなずく。
「・・そうだ」
(3年前・・。ベベルにて。
そこは、上層部の関係者以外は誰も近づかない一室であった。
埃だけが長年かけて降り積もり伽藍洞(がらんどう)とした小部屋はその存在意義をすでになくしていたが、今は二人の者が対話の場として対峙している。
蝋燭の火だけが心もとなく虚空をつのらせる部屋を不安げにともしていた。そして、その灯は二名の著名なる人物をほのかに浮かび上がらせる。
「ミヘン・セッション、無駄な時間だ」
吐き捨てるようにキノック老師は、取り付く島もない様子で言い切った。
陽炎の揺れにより顔のしわが一層濃く見える。
このミッションに何ら意味をなさないことが明確なことは彼には初めからわかり切っていた。
キノックの瞳に映り対面するのは、若き老師シーモアである。
「そう仰らず、ここは一つご協力を」
キノックに猜疑心を見せつけられても、それを受け流しながら笑顔を崩す気配はない。
次に発せられるキノックの発言も、シーモアにはすでに予測済であった。
「私に何の得がある?」
欺瞞いっぱいにしたキノックは、険しい顔つきをむけた。
シーモアはほんの少しだけ声のトーンを落としながら
「もちろん・・更なる昇格への一歩。この計画は始めからわかりきった事ですよ」
と、邪険な笑みを浮かばせる。その目に情はなく、利害のみに徹した氷河のような冷徹さを宿している。
「被害は相当なものです。総老師も足場を揺るがす事となるでしょう」
その言い回しにキノックは眉間にしわを寄せた。
「・・。とうとうエボンも機械に頼ったなどと?」
それはキノックが危惧するに相応な意見であった。次第に声が貼ってくる。
「血迷ったか。下手すれば共倒れだぞ」
疑暗の怒声が部屋いっぱいに響き渡った。
「ご心配には及びません」
穏やかに制するようにシーモアは努める。未だ余裕に満ちた笑みを湛えている。
「物は言いようです」
キノックは、シーモアの妙な冷静さに幾分かの落ち着きを取り戻していた。
「エボンは教えに染まり過ぎています。この堅い常識を少し崩すだけで人脈の範囲拡大に近付くのですよ」
シーモアの言葉を吟味しつつキノックは両腕を組む。硬い表情を崩さず懐疑心を抱える。
そして当然ながら彼の人間性も考慮し
「お前の考える先にあるものは何だ、シーモア」
と、内心にある本意を探った。
シーモアはキノックの見透かそうとする疑惑の視線を感じながらも
「・・」
笑顔を向けるのみでそれ以上は何も答えない。
キノックも、シーモアの無言のそれを回答として受け取って
「ふん、まぁ良い」
と、一瞥しながら鼻を鳴らした。
そしてここから話題はさらに本質へと食い込んでいく。
「・・〝例の物″は確かに奴の中にあるのだな?」
と、キノックはより一層声を押し殺しながら、確認の念押しを促す。
シーモアはその問いに、うっすらとした笑みで返した。
「ぇえ、間違いありません」
改めてかしこまりながらうなづく。一拍の間をおいてから
「・・直接的に確かめるにはまだ私も命惜しい所がありますのでね」
と、乾いた笑みを浮かべる。
それを聞いたキノックの目が吊り上がり、不信の目を突き刺す。
「信用できるのか?」
それは疑いから発せられた言葉であった。
シーモアは一抹の動揺すら全く見せず
「彼とは契約の元で成り立っています。お互いの不利益になるような失態には繋がらないでしょう」
と、キノックを安心させる根拠をつらつらと語る。
キノックは、シーモアとの会話を推し量りながらをこの会談を締めくくった。
「・・恐ろしい考えだ、お前も〝メアラ″も」
シーモアはくすりと嘲笑いながらも、メアラという響きを楽しんでいるかのようにも見える。
廊下の端で、それを盗み聞く者がいた。物音ひとつ立てることも出来ずに神経を研ぎ澄ませている。
顔がこわばりながらもクレロは戦慄が止まらなかった。脂汗が止まらず拳を強く握りしめるも、それ以上は何も出来ないでいた。」)
クレロは、その当時の様子を思い出し
「当時は、まだ見習いとしキノック老師に仕えていた。・・発言権限など有りもしない。明確な証拠もない。私には何も出来なかった」
と、悔しさににじむ声に後悔が入り混じっている。
「・・もはやエボンには厭きれる事実ばかりか」
ホクヨはこれまで信仰してきた組織の上層部に根本の部分から裏切られたことに失望して、息巻きながら言う。
誰もが次々と露呈される隠蔽された事実に吐き気すらも感じていたその時。
「それでも!」
ひと際大きくノネの声が張り上がった。
「今は私達が選ばれしエボン四卿師なのです。このスピラを守る絶対的な義務があります。償いではない誰かがやらねばならない・・、そう教えてくれた、この奇跡を導き出してくれた彼女達の為にも」
ノネは今の自分へと繋がるこの想いに彼女が根付いていることを確信している。彼女たちの信念と行動により、ついにシンは千年の愚行の末に昇華されスピラは自由を取り戻した。
この信念の経脈はもちろんスピラの人々に確かな変化を促している。
「ノネ・・」
ユウナには、ノネがどんな想いでこの言葉を紡いでいるのかが理解できた。
ケルクは目を細めながら、ヴァンマを視界にとらえる。
「メアラ、今更何を企む?・・その恨みを」
ヴァンマは恨みという言葉使いに場違いだと言わんばかりに
「絶対的とする宗教団体の腐った教え・・。それに意義を唱えただけの事」
と、自らの行いにたいして淡々と語る。そこに負い目のような感情は微塵も込められていなかった。
むしろケルクを軽蔑しながら
「そうした者を反逆者と呼び、死刑者と見なす」
エボンが正義と呼びながら断罪した者たちへの矜持を丁寧に踏みにじるように、ゆっくりと現関係者各位を見渡した。
全員の視線を浴びる中で、ヴァンマは核心を突く言葉を選ぶ。
「貴様らはただオメガに恐れていたのだ」
と、本質をえぐる問いかけでもあった。
ケルクは真意を見透かされたことに
「・・そうだ」
と、苦々しさに満ちた顔をしながらも肯定した。
「我々は自身が起こした罪を『シン』を止められなかった」
と、その事実を素直に受け止めるが如く喋る。
だが、そこから強い感情がその目に現れた。
「だが今は違う!」
過去の過ちに囚われず、これからの心境を力強く断言した。
それを聞きながら、ヴァンマは笑わずにはいられなかった。
「昔話で終わらせるつもりか?」
と、さらに嫌悪を露わにした。
「・・ケルク、貴様は本当に無責任な奴だな」
見つめるその目に宿るのは見下す視線、そして吐き捨てるように言う。
「責任逃れか辞任し、なお再びエボンの敷居を跨ぐとは良い御身分だ」
ヴァンマはケルクの過去の行いに言及した。
ケルクはぬぐえない自身の行動にたいして何一つ言い返すことが出来ない。
やり切れない気持ちが無言となって表れる。
そのやり取りの最中、苛立ちを募らせる者が一人いた。
1000年もの永きに渡って、人々を欺いてきたこの話が事実であるのかを知りたくて急かす気持ちが彼を突き動かす。
ティーダは
「説明しろよ!」
と、この責任追及の流れを断ち切るように力の限り怒鳴った。
階段の手すりをつかみ、身体を前面に押し出すようにのり出す。
「本当に『シン』は作られたのか。事実なのか!?」
ティーダの声が静まり返る会場内により一層響き渡る。
「!?」
それはキマリにとって、とても聞き覚えのある響きと一致していた。彼がこの世界に戻ってきたことを改めて実感する。
しかし彼との再会に喜んでいる時間はない。深刻さが貫くこの現状では、目下の話題に振り回されるのが精いっぱいであった。
「・・正確な原理はわからないわ」
ティーダの問いかけに対応するのはノネだった。
誰もがノネの発する言葉に傾聴する。
「けどベベル側に付くエボンは大量のクリスタルを世に知れる事無く〝人工的な魔物″を生み出そうと日々研究を重ねていた記録があるのは事実」
「んな・・」
ティーダは悄然としながら首を横にふった。それを真実と呼ぶにはあまりにも残酷な結末であった。
到底受け入れらるものではない。
戦争に勝つという利己で我欲的な目的のために、大切な仲間たちを失い故郷の国が壊滅したなど何の救いにもならなかった。
うなだれるティーダを見つめながら、ノネは核心に迫る質問を問いかける。
「あなたは『シン』の中で見なかったの?」
その言葉の中にはすでにひとつの真実が内包されていた。
問いかけがティーダの頭の中で巡ってゆく。
「『シン』が空で散って何が放出された?」
パズルのピースがきれいにはまっていくようにティーダは過去の映像を思い出していく。ノネの言葉と響きと共にシンの終焉の間際の映像の断片が、次々と横切っていく。
ティーダの顔を見ながら納得したように、ノネのくちびるがゆっくりと動いた。
透き通る彼女のくちびるが妙になまめかしく映るのは、密かに隠し続けてきた事実を表に出すことにためらいがないからだろうか。
「・・クリスタルよ」
三年前のシンが消え去る最後の瞬間。シンの背中から飛び散る大量の煌めく物質が流れてゆく様がありありと記憶から蘇る。
それらがクリスタルだったということが、ノネの言葉を通じて分かり始めた。
続くようにビサイドで語るライナーの言葉が思い返され、さらなる結びつきを見せ始める。
(「『シン』が空で散って、スピラ中にクリスタル、言わば〝魔石″が見付かるようになった」)
(3年前『シン』体内にて‥ ティーダは数え切れぬほどの大量のクリスタルを目の当たりにした)」‥」
響く言葉の欠片たちが、単体として存在していた出来事が、一つの因果としてきれいにつながってゆく。
それを聞いていたヴァンマは
「総卿師、立派だ。包み隠さず全てを話すか」
と、微笑みながら素直にノネを褒めたたえた。この華奢な少女が、千年もの間秘匿し続けてきた負の遺産を放出する様はどこまでも滑稽にも思えてしまう。
「だが・・事実とは異なる点もあるな」
過ぎ去りし知識にたいして寡聞だと言わんばかりに、ヴァンマはその場にいる者全員をねめつけていく。
ノネは不信感をあらわにしながら
「・・どう言う意味?」
と、投げかけずにはいられなかった。
自分が虚言を妄信しているということはないという確信がノネにはあった。
それでも彼はノネが知らない何を指摘しているというのか。
その問いかけにヴァンマは口を歪めて笑うのみであった。
これが答えだと言わんばかりに。
ヴァンマの視線が不意に鋭くなる。
そしてこれを合図にするかのように、凍った湖の上で薄氷を踏むような危機を伴う緊張感が彼の周囲で生まれ出た。
「・・!?」
ユウナはその空気に触れて、何かしらの危険な意志を直感で感じ取る。
ヴァンマはこの広い会場の中で欄干から見下ろすティーダの姿を捉えた。
「・・?」
ティーダはなぜこのタイミングで自分を見つめてくるのかよく分からないが、視線を外すことはできない。
視線が交わる中で、ヴァンマはとても懐古的な瞳を向ける。
「私は遥かな歴史を見て来た」
ヴァンマの瞼の奥には過ぎ去りし日々の記憶がよみがえってくる。その一幕にあらわれる幼き少年の姿はとても無邪気で挑戦的な表情をしていた。
「そう、・・あの日のキミはまだとても幼かった」
目の前にいるティーダと過去の回想の幼き姿をヴァンマは重ね合わせて、懐かしそうに目を細める。
大きく息を吐きながらヴァンマは目を閉じた。彼に内秘された魔力を徐々に解放させていく。
魔力の奔流の波が、周囲にいる者の肌にざらついた空気の感覚を促した。
この場にいるティーダとライナーだけが、この脅威的な波長を覚えている。
ティーダは大声でみんなに退避を促すように叫ぶが、その声が届くかどうかの否か。視界が歪むほどの膨大な魔力がヴァンマを中心にして渦巻いていく。
その中心部にいるヴァンマは不気味なほどの静けさに身を浸していた。
地がうなるほどの大きな力が巡る。会場にいる誰もが、これから何が起こるか予測がつかなかった。
目を閉じたまま
「いでよ・・」
と、先行する魔力に言葉が追走していく。
その場にいる全員が我が目を疑った。
そんなはずはない。それはまるで失われたはずの召喚の儀ではないか、と。
召喚獣たちはシンが消滅したあの日に確かに消えたはずなのに。
誰もが頭の中の理屈と一致しない目の前の光景に唖然としていた。
「究極召喚獣・・」
そこからは断片的に、そして残酷に時間が切り刻まれてゆく。
ヴァンマを中心として巨大な魔法陣が解放された。光の一部が文字を組成しながら展開されてゆく。
魔力の奔流と過度の密度による大気の摩擦により、稲光が空気中を這いずり走る。妖艶に照り輝く円陣は、高速の回転を得て魔力を一点に収束させていく。
「クロノス!」
魔法陣の動きが止まり、ヴァンマの背後より天へと突き上げるが如く巨木が怒涛の成長で生まれ出た。
ベベル宮から外部へと強い光が溢れる。突風が吹き荒び、すさまじい衝撃により宮殿の天井がその衝撃に耐えきれずに吹き飛んだ。