― 2018年5月4日金曜日午前0時 ―
長い時間モニターを眺めていたせいで、疲れた目を休ませていた俺に、突然違和感が襲ってきた。
本来なら、自分の部屋からするはずのない潮の香り、波の音。
なにかの冗談かと思って、目を開くとそこには「先程まで見ていた世界」が、確かに「目の前」に広がっているのがわかった。
「はぇ……?」
あまりの出来事に、自分でも情けなく思う声が出てしまった。
そして、未だに整理のつかない頭の中にある一つの可能性が浮かんだ。
――ここはさっきまで自分のいた世界ではない。
夢なのかと思い頬をつねってみる。
痛みはあるし、ちゃんと感覚もある。視界もハッキリとしている。
とうとう自分の頭がおかしくなってしまったのかと思い、頬をつねっていた右手をだらしなく降ろす。
その
モニター越しの世界で見慣れた物が、浮かび上がった。
<エルダー・テイル>をプレイする上で、というよりもゲームをプレイする上で、使わない人はいない筈の物が自分の眼前に広がった。
「メニューインターフェイス……。」
それは見紛うことなく、アイテムインベントリやスキル、フレンドリストなどを開くためのインターフェイスだった。
しかも、指先でタッチすることによってきちんと操作ができることが分かった。
アイテムインベントリの中身も、さっきプレイしていた時と変わっていなかった。
「朱音朱雀 Lv90 狼牙族 盗剣士 <スワッシュバックラー> 鍛冶屋……。」
これもまた、紛うことなき仮想世界の自分の分身そのものだった。
身に着けている装備も、身長や体つきも自分が設定したキャラクターが、そのまま自分の体になっていた……。
そのまま30分ほど経っただろうか、ある疑問が頭に浮かんできた。
――こうなってるのは俺だけなのか……?
行動が早いのが俺の取り柄だ、帰還魔法を使えば少し前までいたアキバの街に戻ることができることを思い出した。
「ゲームの時はいちいちスキル欄から選択して使わないといけなかったが……。」
<エルダー・テイル>の世界の中に入った今、もしかしたらゲームの時に出来なかったことができるようになっているのかもしれない。
そんな可能性に賭けて、試してみることにした。
「コール・オブ・ホーム!」
体中が眩い光に包まれ、ふわっと体が軽くなったような感覚に包まれた。
すると、数秒経たない内に目の前に広がる光は消え、目の前に広がる景色は無人島からいつも見慣れたアキバの街に切り替わっていた。
と同時に街のいろいろな所がざわつき、プレイヤー達が落ち着かない様子でいるのが目に入ってきた。
「な、なんなんだよこれ!!」
「運営を出せ、出せってんだよ!」
自分が想像していたより、状況はひどい様子だった。
NPCに食って掛かるプレイヤー、一人で項垂れているプレイヤー、フレンドリストに載っている友人に片っ端から念話をかけているプレイヤー。
この世界の体に慣れないのか、なにもない所でけつまづくプレイヤー。
「こりゃあちょっと、今はアキバにいるべきじゃないかもなぁ……。」
アキバの惨状を目の当たりにした今、確証を持って言える。
身寄りもなく、装備品も心もとない自分がこの街周辺に一人でいるのはあまりにも危険だ。
ほぼ間違いなく、もう少ししたら<プレイヤー・キル>が横行するだろう。
ここは元いた世界とは違い、規律や法律によって守り固められていない、ルール無用の世界だ。
それに、ゲームの時と同じようにモンスターやプレイヤーに倒された際に大神殿で復活できるという確証もないんだ。
もちろん情報を得るならばここに残るのが正しい手段だと思うが、危険を冒してまで情報が欲しいとは俺は思わない。
ならば、俺がすべきことは一つ。
「アキバを発って、比較的プレイヤーの少ない街へ移動する……!」
行動の速さに定評のある俺は、さっそく他の街を目指して移動を開始したのだった。
アキバの街を発って30分ほど経っただろうか、記憶を頼りに、とりあえずチョウシの街へ向かうことにしたのだが
新しい戦闘技術を身につけるために、何回かゴブリンやブライアウィーゼルと戦闘を行いながら移動をしている。
その中で一つ、気付いたことがあった。
以前の仕様ならば、スキルモーション中に別のスキルを選択し発動しても、キャンセル発動はできなかった。
しかし、ゲームの世界が現実になった今、メニューを経由し発動するのではなくスキルモーション中に別の技の発動を頭のなかで
意識することでモーションをキャンセルし、即座に別の技を発動できる。
これを活用すれば、以前よりもスタイリッシュかつ簡単に戦闘を行えそうだ。
ちなみに、この時技名を叫ぶことでスキルの発動をより確実に行えることもわかった。意識って大事!
「おや、冒険者さん。こんなところでどうしたのです?」
戦闘のコツを掴み始めて、少し得意げになっていたところだった。
荷馬車から降りて、一人の男性が気さくに話しかけてきた。
「あ、あぁ。いや、なんでもないよ。ちょっと戦闘訓練を……」
他人とコミュニケーションを取るというのは、どうしてこう難しいのだろうか。
明らかにこの男性が、俺のことを怪しいヤツだと思ってるような目線を感じてしまってならない。
念のためなんという名前のプレイヤーなのか確認をしようとインターフェイスを開いた俺は、驚愕することになった。
今目の前にいる男性が
この事で、ハッキリとわかった。
俺たち