幻想の喫茶店   作:メビウスノカケラ

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 妖精喫茶店が舞台なのに、妖精要素があまり濃くない。そんな導入部の第1話。


第1話「幻想が働く喫茶店」

 さんさんと晴れ渡る空。真上にあった太陽は少しずれ、その光から生まれる影は東側に伸び始める。人々が空腹を満たし、仕事に戻った時間だ。

「ふぅ、今日は何も代わり映えのない仕事でよかった」

 そうつぶやくのはどこまでも見透かされそうな朱い瞳の一人の剣士。白銀の短い、けれども量の多い髪を隠すかのように帽子を深く被り、腰には刃が太めの剣を大きな鞘に収め、大きな紅葉柄が入っている盾とともに身に着けている。

 剣士は今、山から続く道を下り終え、人里に入ろうとしていた。剣士は歩きながら帽子をさらに深く被り、袴の上から巻いた腰巻きを入念にチェックする。

(人里では騒動は起こしてはいけないからな。あの射命丸みたいに目立ったことはご法度だ)

 剣士は同僚の名を挙げながら、心で自分に注意を促す。人里に彼女のような『天狗』が断りもなく訪れていると知れたら大騒ぎである。

 しかし、剣士は真面目な性格である。職務を全うし日々を過ごす、典型的な天狗だ。周りからの信頼も厚いという。

 そんな彼女がなぜ、変装し正体を隠してまで人里に赴くのか。彼女は目的の場所へとただ足を進めていく。

 

【幻想の喫茶店】

第1話「幻想が働く喫茶店」

来客者その1・・・秋模様の哨戒天狗

 

 人里の「あれ、こんなところに店があるのか」というような所に佇む喫茶店。ニ階建てで、一階が店舗となっているその喫茶店の名前は『ふぇありぃ珈琲』。

 家主が洋物かぶれなのかは知らないが、外見は里の他の建造物からは浮いている。扉は引き戸ではなく、西洋風の開き戸。壁は赤レンガ造り。そして、窓が沢山付いていて、カーテンが揺らめくのが見えている。視界に入れば目につくのは間違いない。

 しかも、その喫茶店が変わっているのは外観だけではなかった。

「ねぇ、フロワ?今日は来るのかな?」

 光の当たり加減でオーロラのように薄紫の艶が揺らめく薄緑色の短髪と、体には不釣り合いなサイズの胸の双丘が目を引く小さな少女。髪と同じくオーロラのように色が波打つ光の羽を持つ彼女は妖精のポーラシエル。通称ポーラ。

 ポーラは、同じ仲の良い妖精に誰かが来るのかを聞く。

「昨日と一昨日は確かこなかったはずだから・・・今日こそ来るんじゃないかな?」

 フロワと呼ばれた妖精、ポーラの親友であるフロワアルマーズは指を下りながら、その誰かがどれくらい来ていないのかを数える。

 フロワの髪はポーラとは違い長く、後頭部上部で2つにまとめられている。胸部もポーラとは違って平坦だ。青白いその髪は日光に当たると薄くひまわり色に輝き、日の出の空の様だ。背中には蝶のような大きな翼がある。それがフロワアルマーズの特徴。

 二人の妖精は色違いの同じ服装を着ている。和装の上着に洋物の長めのスカート、ポーラは赤と黒、フロワは白と青で上下の色が違うのだ。腰に巻くエプロンはどちらも同じで、白い生地に『ふぇありぃ珈琲』と刺繍が施されている。

 そう、『ふぇありぃ珈琲』は妖精が働く喫茶店、ポーラシエルとフロワアルマーズがウェイトレスを務める妖精喫茶なのだ。

「よーし、フロワ、今日こそはアイツをビビらせてやるよ!」

「うん!あのしかめっ面はびっくりしたら絶対面白いわよね、ポーラ!」

 今、店内には客はいない。いるのは二人の妖精、黙って玄関口の机でうたた寝をする店主、店の奥の厨房でせっせと仕込みをするその奥さんの四人だけ。

 妖精の二人はやることがないので職務を放棄、決まってこの後の時間に来る常連の客を驚かせてやろうと、虎視眈々と計画を立てていた。

「じゃあ、まずはフロワは・・・」

「いやでも、ここはこうしたほうが・・・」

「うーん、じゃあ・・・」

 2人のいたずら計画は着々と進んでいく・・・

 

「相変わらず、目立つ建物だ」

 紅葉の剣士は目的の場所へとたどり着く。赤レンガ造りの建物、扉の前の立て看板を見ると『妖精が働く喫茶店!ふぇありぃ珈琲』と、子供の落書きのようなイラストとともにチョークで書かれている。

 店内からは香ばしい珈琲の香りが漂い、鼻をくすぐってくる。剣士は鼻をクンクンと動かし、コーヒーの苦味を連想する。

「さて」

 香りを楽しみ終えると剣士は手を組み合わせ、これから何かが起こるからと準備するかのように軽くグリグリと手首を回す。

 そして、ドアノブに右手をかけ、喫茶店に入ろうと扉を引く。

「失礼す・・・」

「うおりゃー!!」

 扉を開くと、そこには箒を持って突撃してくる妖精。ポーラシエルだ。両手で箒を振りかぶって、剣士に襲いかかる。

「くらえー!!オーロラ斬りー!!」

 しかし、剣士は表情を変えることなく、左手を差し出す。

「ほっ」

「うおー・・・ってあれ?」

 ポーラは持っている箒が動かないことに気づく。箒は剣士の左手に収まり、びくともしない。

「よいしょ」

「うわあっ!?」

 そのまま剣士は左手をくるりと回す。ポーラは剣士の力に勝てずに、箒を離して転んでしまう。

「うきゅ~・・・」

 ポーラはそのまま目を回して起き上がれない。一本取られてしまった。

「さて、もう一人は・・・」

 箒を奪い取った剣士は、店内へと一歩踏み出す。

「ここね!」

 すると、頭上から声が聞こえる。両手に黒板消しを携えた妖精、フロワアルマーズが不敵な笑みを浮かべて隠れていた。

「真っ白になれ~!!」

 フロワは勢い良く、真っ白な黒板消しを2つとも同時に投げつける。

「む!」

 剣士はそれに気づき、フロワの方に振り向く。そして、

「はっ!」

 パコーンという音が店内に鳴り響いた。振り向くやいなや、左手の箒を手の甲側に振り上げて黒板消しを打ち返す。

「え?」

 フロワは一瞬の出来事に思考が止まってしまう。そして、

「おぶふぇっ!?」

 一つはフロワの体に、もう一つは顔面に直撃。フロワはチョークの白い粉を巻き上げながらドサリと床に墜落。白目をむいて気絶してしまった。

「むぐぅ~・・・」

 そして、伸びる妖精に剣士は言い放つ。

「いつもいつも懲りないものだな、お前達は。妖精ごときに私が不覚を取るわけなかろうて」

「それに比べ、君はいつもいつも見事な手際だな、『犬走椛』殿」

 パチパチと手を叩く音とともに、男の声が剣士、もとい白狼天狗の犬走椛に話しかける。

「今日は、馬酔木(アセビ)殿」

 声の主は『ふぇありぃ珈琲』の店主、馬酔木寧(アセビヤスシ)。作務衣(サムエ)姿のその男の髪と瞳の色は鈍色(にびいろ。暗い灰色)、顔には遠目で見てもわかる大きな傷が三つ。まくった袖から見える腕にもいくつか確認できる。

「この子たちもこの子たちだが、うちの従業員をダメにするなんてことはしないでおくれよ」

「大丈夫、峰打ちです。それに、ダメにするほどの価値もありません」

 椛は少しかしこまった口調で、従業員を使い物にならなくすることなどありえないと店主に説明する。その言葉は妖精の耳にも届き、激昂したポーラが飛び起きる。

「おいこら、ムスリ顔!言わせておけば!」

 椛に指差しプンスカと怒りを露わにするポーラ。しかし、椛は表情を変えることもせずにポーラに言い放つ。

「だったら、一度くらい私をきゃんと言わせられたことがあるのか、妖精?」

「妖精じゃない、ポーラシエル!何回言ったら覚えるの!」

「妖精なんてどれも同じだろう」

 ポーラは名前ではなく、わざと『妖精』と自分たちを呼ぶ椛にご立腹。初来店時から仲が悪く、こうやって椛にいつも突っかかるのだ。

 来店するたびに椛にぐうと言わせようと様々な悪戯を仕掛けるが、そのことごとくを回避され、今日のように返り討ちに合うこともしばしば。

「お前らが私に一度でも悪巧みを成功させたというのなら考えてやらんことはないがな」

「ぐぬぬ・・・えばりやがって~」

 そして、毎度悔しがるのだ。次の日にはもう立ち直っているが。

「おとといきやがれ、ってね」

「ああ、もういい!てんちょー、掃除するから邪魔しないでよ!」

「はいはい、邪魔しないよ」

 ポーラはフロワのもとに歩み寄り、掃除を始めるためにフロワを起こす。ぺちぺちと頬を叩くポーラだが、フロワはわけのわからないうわ言をつぶやいている。

「ああ、だめ・・・ポーラ、それ以上は・・・」

「いつも思うけれど、その寝言は一体何なの?」

 そんなやり取りをしていると、厨房の方から一人の女性が三角巾を外しながらやってくる。

「またやってるのね、椛ちゃん」

 三角巾を取ると、現れたのは『獣の耳』。遠くまで聴き通せる狼の耳。彼女は椛と同じ白狼天狗だ。

「3日ぶり、芙蓉(フヨウ)。急な仕事が入って、休日だったのに昨日一昨日は来れなかったよ。すまない」

 椛は帽子を取り、自らも持つ狼の耳を見せて同じ白狼天狗の相手に詫びを入れる。

 彼女は馬酔木芙蓉(アセビフヨウ)、店主である寧の妻である。彼女は厨房担当だ。

 のばした白い髪をまとめて三つ編みにし、右の肩から見せている。夕焼け色の瞳が見えるのは右の目だけで、左目には眼帯をしている。そこから大きな傷がはみ出して見えているが、顔立ちは若く、可愛らしい。服装にはエプロンの裏には袴風のロングスカートと着物を着用している。

 そんな彼女は来店した椛に気づき、厨房での仕込みを一時中断、顔を見せに来たのだ。

「大丈夫!椛ちゃんこそ、お仕事大変だったでしょ?」

「いいや、仕事自体は忙しくなかった。ただ、上司の代役でね・・・おかげで、今週は休日無しだ」

「相変わらず、天狗の里は下の者の意見は知らない、というわけだね」

 店主は椛が上司の尻拭いをしていたという事を聞くと、少し顔をしかめて苦言を漏らす。

 寧も元は天狗の里にいた天狗だったのだ。身体的特徴はどこにも見当たらないが、彼は烏天狗である。馬酔木夫妻は天狗の里を離れ、人里で暮らすはぐれ天狗の夫婦。烏天狗と白狼天狗のカップルなのだ。

「仕方ないです。それが私達下っ端の仕事ですから。ですが・・・いつか私が上に立った時は、下のものにも理解を示せる立派な天狗となりたいです」

 椛は自分の志を持って天狗として生きる自分を誇りに思う。たとえ下っ端でも、心の持ちようが大事なのだと自分に言い聞かせるかのように。

「犬走殿なら、もうなっていてもおかしくないと思うのだけどね。実力もあるし、人望も厚い」

 もう上の役職についていても椛はおかしくないはずだと、裏になにかがあるのではないかと、寧は天狗社会への疑念を濁らせることはない。

 そんな、天狗の里の事になると深刻な雰囲気になる夫を見かねて、妻の芙蓉は声を張る。

「もう、寧くん!せっかく椛ちゃんが遊びに来てくれたっていうのに、そんな顔しちゃダメだよ!」

「む・・・ゴホン、ソレもそうだったね。済まない」

 しまったと、咳払いをして気持ちを切り替える店主。気の持ちようは妻には頭が上がらない部分のようだ。そんな様子を見て、椛はクスリと来てしまう。

「・・・ふふ。でもまあ、この店に通えるくらいの時間ができることはありがたいですがね。上の役職に就けば時間があるとは思えないですし」

 芙蓉を見習わなければと、椛も苦笑いを浮かべながらだがポジティブな方向に話を持っていく。

「そうそう、いい方向に捉えちゃおう!」

 芙蓉は笑顔で右手にガッツポーズを取る。二人にその明るさが伝播し、暗いムードはどこへやらと消えていた。

「・・・さて、一昨日から今日までの三日分の新聞を持ってきました、馬酔木殿。お店にどうぞ」

 気を取り直した椛は、腰に背負う紅葉の盾の裏から麻袋を取り出し、店主に受け渡す。椛はこうやって天狗が発行する新聞を時折見せに寄付するのだ。

「いつもありがたい。外の世界の本にも写真が載っているくらい、新聞は喫茶店に無くてはならないからね」

 自らのこだわりをつぶやきながら、新聞のラインナップを確認する店主。『花果子念報』『毎日天狗新聞』『鴉の噂』など、三日分となるとよりどりみどりだ。

「・・・相変わらず『文々。新聞』は入っていないんだね。まあ、あの新聞は里でも買えるから良いのだけれど」

 しかし、一つだけ入っていない新聞がある。『文々。新聞』、椛とは犬猿の仲である射命丸文の新聞だ。

「あんな規則違反の常習犯の新聞など、私が金を出してまで買う価値など無いです」

「いつも通り、辛辣なコメントだね」

「里の人たちに一番人気なのは、射命丸さんの新聞なんだけどね~」

 馬酔木夫妻は椛にすこし意地悪なことを言うと、椛は複雑な表情を浮かべる。

「・・・はあ、なまじ実力が高いせいで、誰も強く言えないのがなあ」

 頭を抱えて、今にも長々と愚痴を吐き出しそうな椛。色々と抱えているようだ。

「ふふ、ごめんごめん椛ちゃん。つもる話もあるようだから、今日はゆっくり話していかない?」

 そんな椛に芙蓉は提案する。椛は腕を組んで少し考えこみ、答えを出す。

「・・・三日程度でつもる話も何も無いと思うが、そうだな。この後は仕事もないし、くつろがせてもらおう。それと、後でこの前の将棋の続きを指させてもらおうかな?」

 駒を指す仕草をしながら、椛は喫茶店でこの日を過ごすことを夫妻に伝えた。

「決まりだね!じゃあ、いつものでいい?」

「ああ、頼むよ」

「おっけー!それじゃ、座って待ってて~」

 芙蓉は再び店の奥へと戻り、いつものメニュー、砂糖だけを入れた濃い珈琲に椛が好きな羊羹がついた『頑張れ仕事人』セットをこしらえに行く。いつもはこの後に仕事がある椛が、その後の仕事でも元気を出せるように毎回頼むのである。

 店主は玄関から一番近い椅子二つと丸型テーブルを、店主の定位置である勘定所の横に配置し、そこに椛を座るように誘導する。

「いつもありがとうございます」

「いいんだよ。どうせこの後は客がまちまちだろうから。お酒を置いていないからね」

 そして、そう待つこともなく椛に軽食が用意され、馬酔木夫妻と椛の三人はお互いに日が暮れるまでは会話を、日が暮れてからは将棋を楽しんだのであった。

「あ~あ、楽しくないな~。掃除が終わったらお菓子を食べに行こ、フロワ」

「あと、次のあいつを驚かせるための作戦も考えないとね、ポーラ」

 その様子を退屈そうに眺めながら、ポーラシエルとフロワアルマーズの妖精二人は広がったチョークの粉を掃除をしていた。

「いまにみてろよ~!」

 

 妖精のいる喫茶店『ふぇありぃ珈琲』は今日も営業中。次の来店者も無邪気な悪戯で迎えることだろう。




 次回の来店者はまだ決めていません(2016年3月19日現在)。ですが、他の作品と平行して頑張って書いていきたいです。
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