白龍皇の尻尾 ―VANISHING TAIL― 作:鍋やん!
壁に飾ってあった剣を手に、神官は爆音の発生源へと足早に向かっていた。
神官の頭の中は教団の対策を怠った後悔と、ヴァーリに全てを伝えられなかった罪悪感でいっぱいになっていた。
しかし、これから襲撃者と戦うのだ。
そう自分に言い聞かせ、雑念を振り払う。
そうしている内に、神官は襲撃者と思われる人物と鉢合わせた。その人物はヴァーリの証言と同じく、赤紫色のローブを纏い、身の丈以上の大鎌を携えていた。以前から神官が手に入れた情報に寄れば、この男の名は『ゲマ』。教団の幹部クラスの人物だ。
「おや?まだ生き残りがいましたか。」
大鎌の切っ先から血が滴っていた。よく見てみると辺り一面血の海が広がっていた。ゲマの発言から、もうこの神殿に残っているのは神官とヴァーリだけということになる。
なんとしてもヴァーリだけは守らねば。
「はぁああああっ!」
そう決意を新たに、目の前の下手人に斬りかかった。
「まったく……ゲマ様はいったいどこへ行かれたのだ?」
未だに火の勢いが治まることのない町の中で、光の河の|魔水晶≪ラクリマ≫化と、住民の|浄化≪殺戮≫を終えたゲマの部下の一人、一本角の鬼のような姿をした怪物『ゴンズ』は、いつの間にかいなくなっていた主を探していた。
「ゲマ様なら今頃ダーマ神殿にいるだろう。前々からあの異端者どもの神殿を潰したがっていたからな。」
するとそこにもう一人の部下である馬型の獣人『ジャミ』が戻ってきた。この者は
「またゲマ様の悪い癖が……。」
「嘆いている暇はないぞゴンズ。ゲマ様の方もとっくに片付いているだろう。報告に行くぞ。」
ジャミは神殿の方へと歩き出す。ゴンズもそれに続く。
町中の建物はまだ激しく燃え上がっている。それに加え、住民達の亡骸も辺りに転がっていた。
「この程度の奴らではまだまだ暴れ足りんわ!」
「確かに、魔法が使えないとは聞いていたが、手応えもない、つまらん戦いだったな。」
2人とも余程物足りなかったのか、ゴンズが不満を口にしたのを皮切りに互いに愚痴り合いが始まろうとしていた。
「そんなに暴れ足りねぇってんなら……」
その場にいる2人ではない誰かの声が背後から聞こえてきた。
自然と歩みが止まる。
――ゲマ様か?――
いや違う
その声色とはかけ離れている
――では生き残りか?――
それも違うだろう
町中くまなく調べた
生存者はいない
――であればこの声は誰だ?――
――気配を全く感じなかった。否、感じることができなかった――
無意識のうちに感じることを拒否していたのだ
――ありえない――
気迫が
魔力が
あまりにも強すぎた
2人はどちらからともなく振り返った。
そこにはマントを羽織った大男が佇んでいた。
「俺が相手してやるよ」
2人が最後に聞いた言葉はそれだった。
知識が流れ込んでくる。
数えきれない程の見たことのない文字が濁流のように押し寄せ、頭に詰め込まれていく。
吐き出してしまいそうな程の情報量だ。
頭も軋んでいるかのように痛い。
だが、それ程の情報量の中にあったものは、魔法の知識だった。
この地に伝わるたった1つの魔法。
その名は
無数にある文字を様々な形に組み合わせ、多種多様な事象を引き起こすことができる魔法。
発動の瞬間、その文字が光となって浮かび上がり、2本の輪を作る。
それが交差し、まるで世界に読み込ませるように回転するという特徴がある。
――この力があれば町を救える!――
そう思った束の間
ヴァーリの身体は宙を舞っていた。
「ぐはっ!」
そのまま壁に叩きつけられ、肺の中にある空気が全て出ていく。
悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、這い蹲りながらも祭壇の方を見てみると、そこにあったのは瓦礫のみであった。
その犯人はすぐに解った。
「ほっほっほっほ。異教徒の祭壇……こんな所にありましたか。」
赤紫のローブの男。先程ヴァーリが窓越しに見た男だった。その男は祭壇があった場所からヴァーリの方に視線を移した。
「おやおや、あれだけ浄化したというのに、まだ生き残りがいましたか?ですが、あなたで最後のようですね。」
「さい……ご?」
なんとか絞り出したその声を拾ったローブの男、ゲマは目いっぱい口角を上げ、その紺碧の顔色と相まって、不気味な笑顔を作り上げる。
「ほっほっほっほ。ええ、その通り、町の者達もこの上にいた者達も1人残らず浄化させていただきました。貴方達の言葉で言うならば、殺したという事ですよ。」
「みんな……殺したの?」
「ほっほっほっほ。さぞ悲しい事でしょう。ですがご安心を。すぐに送ってあげますから。」
いまだ血脂がこびり付いている大鎌を出現させる。
そしてショックのあまり震えているヴァーリへと、歩き始めた。
カツン……カツン……
とヴァーリによく聞こえるように足音を響かせる。
恐怖、慟哭、悲鳴、人間達の見せるそれらの感情、表情が、ゲマにとっては至上の悦びになるのだ。
故に、その欲を満たそうと、恐怖を煽るようにゆっくりと歩みを進める。
しかし、今回はゲマの思い通りにならなかった。
ヴァーリがすっくと立ち上がり、つい先ほど覚えたばかりの魔法を発動させる。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
火球、氷塊、突風、稲妻……雄叫びと共にあらゆる魔法が、無造作に放たれる。
予想外の事が起こったゲマはすかさず飛び退いた。
何発か命中してはいるものの決定打にはならず、たちまち魔力切れを起こしてしまう。
「ほう……魔法が使えましたか?ここの者たちは魔法を使えないと聞いていましたが……ですがその様子ではもう撃てないでしょう?」
ゲマは今度こそとどめを刺そうと、再びヴァーリの前に立つ。
そして大鎌を大きく振りかぶった。
対してヴァーリは一度に大量の魔力を消費したせいで、軽度の魔力欠乏症を起こしてしまっている。
筋力が低下して、身体が全く言うことを聞かない上に、意識も薄れかけている。
「その命……ゼレフに捧げなさい。」
ヴァーリの首元を目掛け、大鎌がブレて見えるほどの速度で一閃した。
ガッシャアアアアアン!!!!!!
「ガキ相手にそんなもん向けてんじゃねぇ……」
突如現れた男によって、大鎌の切っ先は阻まれていた。
否、それどころか柄だけをわずかに残し、粉々に砕け散っていた。
「おやおや、新手ですか……」
「この下衆が……!!!」
このような状況になっても調子を崩すことのないゲマと、それを睨み付ける男。
町の惨状を見せ付けられたこの男の怒りは怒髪天を衝く勢いだ。
それこそ、その身から溢れる魔力の奔流だけでゲマを消す飛ばしそうな程に。
「貴方がここにいるということは、私の部下達を倒したのですね?」
「………………。」
男はゲマの問いに答えることなく、魔力を発し続ける。
「……仕方ありません。ここは引くとしましょうか。ほっほっほ。」
そう言い残し、ゲマの姿は次第に霞んでいき、やがて気配も無くなった。
男は荒ぶる魔力を鎮め、後ろで既に意識を失っている少年に目を向ける。
「すまねぇ……」
男は独り呟くと少年を抱え、更地になってしまった神殿を後にした。
この男、ギルダーツ・クライヴ。
フィオーレ王国で1、2を争う魔導士ギルド、
この男の存在が、ヴァーリ・ルシファーの今後の人生に大きな影響をもたらすことになる。
次回以降から時代が飛び飛びになります。