白龍皇の尻尾 ―VANISHING TAIL―   作:鍋やん!

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伝説はここから始まった

 この国のどこかに深く暗い森があった。そこは獰猛な獣が蔓延り、人はおろか並みの動物さえも近づこうとはしない。それも最近になってより危険度を増している。手練れの魔導士ですら、踏み入った者は誰一人として帰ってくることはないような状態だ。そのため、この周辺には誰も寄り付くことはなくなった。

 

 今その森は夜の闇を味方につけ、より一層危険なものとなっている。更に月明かりも星明かりも無く、まさに闇そのものと言ってもいい。その中心にかなり昔の物と見て取れる城がひっそりと佇んでいた。所々ヒビが入っていたり、欠けていたりするが、不思議と内装には埃や蜘蛛の巣一つなく生活感に溢れている。廊下も森のような暗さはなく、壁に掛けられた燭台にチラチラと明かりが灯っていた。それは各部屋も同様に微かな光が漏れている。しかし、その中に一際強い光を放っている一室があった。

 

「ほう…………これはまた見事な魔水晶(ラクリマ)だ!」

 

 黒魔術教団の神官、アーロックは感嘆の声を漏らした。その顔は仮面に覆われており、表情を知ることはできないが、上機嫌であることは容易に理解できる。これを持ってくるためになかなかの労力を費やしたのだ。ゲマとしても機嫌が良くなってもらわなければ困る。

 

「お気に召したようで何より。さて、私は少し休ませて頂くとしましょう」

 

「うむ、ご苦労だったな」

 

 こちらに一瞥もくれず生返事を返す。それほど満足のいく物だったということなのだろう。それ以上言葉を投げかけることもなくゲマは部屋を後にする。ようやくあの煩い神官を黙らせることができた。良くもあれで教団の長が務まっていると常々思う。そもそも、自身が立てた作戦の本当の目的は我慢強さを欠片も持ち合わせていないアーロックのガス抜きをさせ、気を紛らすための物だったのだ。ただし、あの魔水晶(ラクリマ)に何の価値もないわけではない。ゲマの真の目的のために必要な物だ。もう少し耐えれば悲願を達成することができる。そのためにもまだこの教団を潰すわけにはいかない。隠れ蓑として十分に役立って貰わなければ……。黙考し廊下を歩くゲマであったが、その絵面はかなり不気味だ。赤紫の法衣を身に纏い、同じ色のフードを深く被っている。それが爪先まで隠してしまって歩いているようには到底見えない。肩の動きしか伝わって来ず、まるで蛇がぬるぬると這っているようだ。その調子で自室に向かっていたが、突然その蛇のような更新を止め、その膝を石畳に着けた。

 

「ぐっふ!あの坊やなかなかやりますね……」

 

 魔水晶(ラクリマ)に視線を奪われていたアーロックには気づくことはなかったが、ゲマの脇腹辺りは小さいがとても濃く炭化していた。この傷はダーマ神殿で殺し損ねた少年、ヴァーリの放った魔法に因るものだ。まだまだ未熟だがそれでも威力のある魔法だった。今後の成長次第では、あの邪魔に入った魔導士、ギルダーツをも凌ぐ魔導士になるだろう。そう考えると密かに鳴りを潜めていた好戦意識が水を得た魚のように生き生きとしだす。それを糧にぬらりと立ち上がる。

 

「ほっほっほっほ。次に会う時が楽しみです」

 

 いやらしい笑みをを零してそしてまた歩き出す。いずれ自らの脅威になり得る少年との再戦を誓って……

 

 

********************

 

 ゲマ率いる舞台による襲撃から数日が経過した。かつて光の町と呼ばれたこの場所も、今はただの炭の山に成り果てている。光の河も、底の見えない崖になってしまっている。もはや生物の気配すら感じることができない。ここからさらに登った、セレドット山の頂には大小2つの人影があった。1人はこの町における唯一の生き残り、ヴァーリ。そしてもう1人は町の異変に気付き、間一髪ヴァーリを救った男、ギルダーツである。その眼前には、ヴァーリを除くこの町の住民全ての名前が刻まれた墓石が静かに佇んでいた。この場には葬儀を執り行う神父の姿はなく、2人はただ目を閉じ追悼の意を奉げている。その沈黙を破ったのはギルダーツだった。

 

「お前さん、これからどうするんだ?」

 

 そう聞く彼は既に開かれた目で墓石の名前をなぞっていた。どれも知らない名前だ。どんな顔をしていたのか、どんな声だったか、男か女か、子供か老人か……名前しか解らない彼らに助けることができなかった謝罪をしながら、隣にいる少年の答えを待つ。彼は墓石に載る彼らを知っている。だからこそ聞いておかなければならない。なにより彼のために。町で普通に暮らしていた少年が、1日と経たずに全てを奪われたのだ。彼の人生はガラリと変わってしまうことだろう。その変化は彼の精神を確実に不安定にさせる。だから標が必要だ。己を見失わないためにこれからどうするのか、どうしたいのかを自らの口で言わせなければならない。

 

「僕……皆からいろんな事を教わったんだ。調合から魔法まで……。たぶんみんなこうなることが分かってたんだと思う。」

 

 この一件でヴァーリは悟ってしまった。町の人たちはいつかこのような日が来ることを見越していたのだと。恐らく皆が魔法を使えなかったのもそれに関係していたのだとヴァーリは予測していた。つまりこんな少年に託さなければならない理由があると言うことだ。それはまだ検討も付かないが、今のヴァーリにとってはそんなことどうでも良かった。肝心なのは皆から託された力をどう使うかだ。本来幾年月もの時を費やし、身に着けるべき魔法をほんの僅かな時間で叩き込まれたのだ。途中で邪魔が入ったため一部の呪文は霞みが掛かったように不明瞭なものがあるが、制御もできないヴァーリにとっては救いだったかもしれない。しかし、それでも覚えた呪文の数は一般の魔導士が覚える魔法より遥かに多い。それを制御するためにヴァーリが描いたビジョンは1つだった。

 

「……僕を貴方のギルドに入れて下さい!この力を何に使ったらいいかまだわからないけど……僕はもうこんな大きな墓石は作りたくないから!!」

 

 それがヴァーリの答えだった。。皆に与えられるだけ与えられて何も恩返し出来なかった自分が情けなかった。見るも無残な亡骸を運ぶだけの自分がやるせなかった。巨大な石に皆の名前を一人一人刻んでいくのが虚しかった。ただただ無力だった自分が許せなかった。8歳の少年が受けるにはあまりに大きな試練だったが、8歳の少年が持つにはあまりに強い心だった。ギルダーツは安心した。この少年は決して道を踏み外すことはないと。幼い少年にとってかなり酷な質問ではあっただろうが、どうしても聞いておかなければならなかった。道を踏み外すかも知れないとも思ったが、それは杞憂に終わった。決意を固めた少年の答えに自然と頬が緩み、気づけばヴァーリの頭に手を置いていた。

 

「歓迎するぞ坊主。来いよ、俺たちの我が家(ギルド)に!」

 

 

********************

 

 

 

――フィオーレ王国。

――人口1700万の永世中立国。

――そこは魔法の世界。

――魔法は普通に売り買いされ人々の生活に根付いていた。

――そしてその魔法を駆使して生業とする者共がいる。

――人々は彼らを魔導士と呼んだ。

――魔導士たちは様々なギルドに属し依頼に応じて仕事をする。

――そのギルド国内に多数。

――そしてとある町にとある魔導士ギルドがある。

――かつて、否、後々に至るまで数々の伝説を生み出したギルド。

――その名は妖精の尻尾(フェアリーテイル)

――これより10年の後、このギルドは最強の時代を迎えることとなる。

――火を吹く男。

――星霊と共に戦う女。

――氷を造る男。

――あらゆる武具を駆使する女。

――それぞれが一騎当千の魔導士と呼ぶにふさわしい者共であった。

――その中に白龍皇と呼ばれる者がいた。

――その者の空を自由自在に舞い、多彩で強力な技を操る姿はまさに龍であった。

 

 そう謳われる人物は現在、グッと拳を握り、その瞳に赤々と燃えるような怒りを宿していた。

 

「ただで済むと思うなよ……ナツ・ドラグニル!」

 

その眼下には夥しい数の瓦礫の山が広がっていた。

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