氷の回廊を、北方棲姫と二人で歩く。
北方棲姫は烈風を片手に、「ブゥ〜ン」とか「ギュイ〜ン」とか言いつつ、旋回させたり上下させたりしている。
なんというか……微笑ましい限りだ。
結婚どころか彼女も出来た試しがない僕なのに、気分は“お父さん”だった。
やがて北方棲姫は大きな扉の前で立ち止まった。
扉に向けられる北方棲姫の目は、先刻までの無邪気さはどこへやら、不安に満ちたものだった。
「ここに仲間がいるの?」
しゃがんで聞く僕に、大きく頷く北方棲姫。
なんだか縋るような目付きだ。
「ミンナ、ナオルカ?」
「治る?病気にでもかかってるの?」
北方棲姫は答えず、扉を開く。
そこには、壮大な光景が広がっていた。
野球でも出来そうな程に広大な広間に、ひしめく深海棲艦たち。
駆逐艦の他には人間に近い姿の重巡や戦艦が多いようだ。
一段高くなったスペースには、港湾や離島、泊地といった『棲姫』達が居る。
皆それぞれに僕を一瞥するが、その殆どは攻撃どころか興味もないといった風に視線を外す。
その気怠げな空気は頽廃的で、滅びを待つカルトの末期を思わせた。
「人間……カ」
広間の一番高い場所、玉座と思しき主無き椅子の横で肘掛に寄り掛かっていた深海棲艦だけが、僕に反応した。
長い、膝まで伸びる長い髪をツインテールに纏めたその深海棲艦は、別名を『深海大和』という……
「南方棲戦姫……」
「ホゥ、オ前達ノ間デハ私ハソノヨウニ呼バレテイタノカ?……」
一瞬、興味の光が宿ったが、それもすぐに消え、疲れたような目に戻る。
「我々ヲ滅ボシニ来タカ?」
「わざわざ手を下さなくても、自滅しそうな空気じゃないか。ゲームで見せてた憎悪や怒りは、どこに行ったんだ?」
南方棲戦姫は、何もない頭上を振り仰ぐ。
その目は過去を懐かしんででもいるかのようだった。
「我等ガ憎ンダ人類ハ、世界ハ、ココニハ居ナイ。我等ヲ産ンダモノモ、ココニハ居ナイ。我等ハ人間ニ見捨テラレ、造物主ニモ不用品トシテ廃棄サレタ。我等ニ存在スル価値ナド、既ニ無イ」
造物主?
まさか……運営の事か?
深海棲艦は人間によって使い捨てられた軍艦の怨念だと云われている。
その様に“設定され”て、運営によって創り出された。
サービスが終了して廃棄されたデータという“彼女達の魂”がこの世界に現れたというのならば、南方棲戦姫の言は図星と言える。
「人類に捨てられた」という“設定”で産み出され、サービス終了によって「運営に捨てられた」ーーーー
二重に見捨てられた彼女達を支配しているのは、『絶望』という病だった。
「我等ヲ滅ボシニ来タノデハナイナラバ、何ヲシニ来タ?」
南方棲戦姫の目は、今にも光を失いそうな様子だった。
所謂『死んだ魚の様な目』だ。
そうじゃないだろ。
お前達は、そんな目をしてちゃ駄目だろ。
僕は「腹一杯食べたレ級の笑顔」を、「烈風を手にして顔を輝かせる北方棲姫」を思い浮かべた。
そうだ。
例え元は敵であったとしても、こんな終わり方を許す訳には行かない。
一気に肝が据わった。
先刻まで震えていた足が、シャンと立つ。
「運営が捨てたというなら、僕が拾う……僕は、君達を“艦娘”にしに来たんだ」