殆ど敵襲もなく、鎮守府は北極海に到達した。
“殆ど”という事は敵襲そのものはあったワケで。
一度だけ、緋乃本軍から襲撃を受けた。
どうやら横菅での僕等の戦い方を見て、「人的被害を出せない甘ちゃん」だと思われたらしい。
こちらの消耗を狙って緋乃本が繰り出した『嫌がらせ艦隊』は、老朽艦や中破艦などの寄せ集めだった。
水雷戦隊で二割程を徹底的に叩いて沈めると、敵艦隊は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
「味方になるかも知れない勢力」と「完全に敵に回った勢力」とで対応が同じになるワケがあるまいに。
「なぁ提督。アイツ等……アホなのか?」
“本日の秘書艦”天龍の感想に、頷きかけて首を振る。
もしかしたら、この不様な敗戦は油断を誘う為の陽動かも知れない。
違うだろうが、これくらい想定しておかなくちゃ。
北極海は異様な静けさに満ちていた。
吹き渡る風は、防寒具を通り抜けてこちらの魂まで凍りつかせるかのような冷たさだ。
今回は“龍脈”が極点まで伸びている為、鎮守府ごとでの探検行となった。
南極探索の時と違って、暖房の効いた屋内に避難することも出来る分、楽は楽だが……やはり寒いものは寒い。
ブルリと震えると、何者かが背後から抱き付いてきた。
この温かさは……
「加賀さん。ありがとう」
「ここは譲れません」
カイロを用意していた金剛や、追加で羽織れるようにワンサイズ上のドテラを持ってきた夕雲らに高らかに宣言する加賀。
背後に居るから見えないが、多分すっごいドヤ顔してるんだろうなぁ。
普段『焼き鳥製造機ネタ』を振ると無言で怒る加賀だが、それが有利に働く場では積極的に利用してくる。
加賀、恐ろしい子。
南極と違い、北極には大陸が無い。
これはこちらの世界も同じらしい。
標高が無い事や、冷気を溜め込む陸地が無い分、北極は南極よりは過ごし易い筈なのだが……このレベルになると大差はない。
「多〜摩はコタツで丸くなる〜♪ニャ」
南極行に参加した多摩など、食堂のコタツから出て来る気配が無い。
お前、もっと寒いトコに行ったろうが!
「深海棲艦も加わったんだし、あたし等必要なくね?」
「ここは引き篭もる好機……」
駆逐艦の『初雪』『望月』も、多摩に便乗してコタツを占拠している。
……コイツ等……
加賀を“本日の秘書艦”に任命して、さながら二人羽織といった状態で鎮守府を巡視していると、移動する鎮守府の最先端、舳先に当たる部分に独り佇む艦娘が居た。
吹雪だ。
その横に立つ。
「あ、司令官」
「こんなところで何してるんだ?」
「なんとなく……懐かしい匂いがするんです。あっちから」
吹雪が前方を指差す。
と、その先に黒い影がーーーー
ちょっと待て。
川内が横菅からちょろまかしたどの海図にも、こんな所に陸地があるとは書かれてないぞ。
「提督、電探に感あり!」
遅れて、大淀から通信が入る。
だが、僕はそれに耳を傾ける余裕は無かった。
眼前に広がる、この光景ーーーー
「マジか……」
乾いた笑いが漏れる。
有り得ない展開に、僕は頬を引きつらせる事しか出来なかった。