どよめきが起こった。
衛兵の一人が撃った弾は、天龍が眼前に翳した左手の掌に収まっていたからだ。
「ん?どうした?こんなもんでビビってんのか?」
天龍は最寄りの衛兵に無造作に近寄ると、腰に挿していた拳銃を奪い取った。
ありふれた回転式拳銃だ。
天龍は輪胴を外して残弾を確認すると、おもむろに自分のコメカミに銃を当てた。
バンバンバンバンバンバン!
一気に全弾撃ち尽くす。
潰れ、ひしゃげた銃弾は、床にポロポロと溢れ落ちた。
当然というか、天龍は無傷だ。
目の前の信じられない光景に息を呑む衛兵達に、天龍は弾切れになった拳銃を投げ捨ててニヤリと笑った。
「フフ……怖いか?拳銃弾なんぞで軽巡が沈むかよ、バーカ」
天龍の雰囲気に呑まれた衛兵達の包囲が緩むと、僕の身体が宙に浮いた。
「じゃあ提督、おいとましましょうね♡」
僕の襟首を掴んだ龍田は近接戦闘用艤装の薙刀を召喚すると、その柄で会見場のドアを突き破った。
ドア前に待ち構えていた衛兵を吹き飛ばし、廊下の窓をも破壊する。
「島風ちゃ〜ん♪いくわよ〜」
一声上げると、龍田は僕を投げ飛ばした。
部屋を飛び出し、廊下を抜け、一気に外へ。
成す術なく落下する僕を受け止めたのは、島風型駆逐艦『島風』だ。
「おかえりなさい、提督」
ウサギの耳を思わせるリボンの下で、悪戯っぽい笑顔が弾けていた。
「島風、提督を鎮守府まで頼んだぞ!」
「警備兵!そいつを捕まえろ!」
天龍と志摩田司令の怒声が交錯する。
「急いで帰れば良いの?」
僕をおんぶした島風が、聞いてくる。
「うん。“全速力”で、ね」
速度に関わるワードは、彼女を奮起させる魔法の言葉だ。
島風の顔が歓喜に輝いた。
「提督、ちゃんと捕まっててね♡」
ローライズのミニスカートの下で、紅白縞柄のニーソックスが躍動する。
「島風、行っきま〜す♪」
島風が土煙を巻き上げて走る。
駆逐艦島風の最高速度は40ノット。
時速78km超だ。
艦娘は陸上においてもそのスペックを発揮し、しかも人一人乗ったくらいで、その速度が落ちることはない。
見た目は少女ながら大の大人の警備兵達を翻弄して、島風は名前通り風となって疾走した。
鎮守府に着くと、大淀と警戒任務に就かせていた艦娘達が出迎えてくれた。
「天龍と龍田が戻ったら抜錨、ここを離脱する」
「了解しました」
会談の内容について詮索もせず、即応してくれる大淀。
交渉下手を責められないのは、有難い限りだ。
「よぉ提督。港の軍艦が動き出してるけど、どうするよ?」
はすっぱな物言いで聞いてくるのは、重巡洋艦『摩耶』だ。
天龍をして「姐さん」と言わしめるほどの傑物は、この状況を愉しんでいる風にも見える。
「撃ってきたら、反撃。ただし人的被害を出さない方向で」
「あいよ。“極力”出さない方向で、な」
不敵な笑みで応答する摩耶。
ふ、不安だ。
天龍、龍田、早く帰って来てくれ。
「よっしゃ!摩耶艦隊、出撃するぜ!」
「ちょっと!いつ『摩耶艦隊』になったのよ!」
「行くクマ〜」
「にゃあ」
「こらあかん、ウチがしっかりせな……」
勇んで出撃する摩耶に続き、重巡洋艦『足柄』、軽巡洋艦『球磨』、軽巡洋艦『多摩』、軽空母『龍驤』が迎撃に出る。
僕としては、無用な人死にが出ないことを祈るばかりだ。