ガールズ&パンツァー ~池田流戦車道です!~ 作:YUJIKONI
戦車道には2つの流派が存在する。西住みほとまほの母、西住しほが師範の『西住流』と島田愛里寿の母、島田千代が師範の『島田流』だ。
しかし、かつてこの2つの流派に加えてもう1つの流派が存在した。その名は『池田流』。これは、そんな『池田流』の一人娘と、戦車にまったく縁のなかった少女たちの物語である。
「みなさん、準備はいいですか?」
車長は辺りの様子を窺いながら、戦車内にいる仲間に声をかける。
「装填手、オッケーだよぉ!」
「砲手、問題ありません」
「操縦手……問題なし……」
タコホーンを通じて聞こえてくるチームメイトの声々に車長は安心する。
「車長兼通信手、問題なし! チームA、準備完了です!」
続けて車長はどこかと通信をはじめた。
「チームBも問題なーーし!」
「チームC、問題なしです!」
「チームD、もちろん大丈夫でーーす!」
「チームE、問題ない!」
この車長と同じ高校に通う生徒だ。
「了解しました。 それではみなさん、健闘を祈ります。 全速前進!」
車長のこの一言を合図に5輌の戦車が一斉に発進した。それらは隊長車を中心にひし形に隊列を組み前進する。だが、それはお世辞にも見栄えがするものではなかった。相手高校の凄まじい戦力に比べると、この高校は赤子同然だった。
「それでは、作戦行動に移ります。 『コッソリ作戦』開始!」
隊長車を除く4輌の戦車が散り散りに行動を開始した。
湾岸女子高等学校は富山県を寄港とした学園艦だ。人口はおよそ2万5000人、生徒数はおよそ350人ほどだ。学科は普通科、機械科、商業科、農業科、保育科、音楽科、体育科、福祉科の8つがある。そのなかでも普通科の生徒数が圧倒的に多く、250人ほどが普通科の生徒だ。その普通科のクラスも1学年ごとに3つの計9つに分かれており、1クラスあたりの生徒数はおよそ27、8人である。
「ねぇ、あやちん! 今日の放課後、3人でパフェでも食べに行かない?」
窓の外をぼーっと眺めている池田綾音に声をかけたのは、彼女の友達の山田佳奈子だ。佳奈子の隣には同じく友達の田沢麗華もいる。
「え? あ……、そうだね! それがいいね!」
綾音はふいに声をかけられたことに驚き、思わず大声を上げてしまった。その声でクラスの生徒の視線が自身に注がれてしまい、綾音は顔を赤くする。
「ホントにあやちんはいつでもアワアワしてるよね~~……」
「そ、そんなことないよ……。 い、今のは佳奈ちゃんが急に呼びかけたから……」
綾音はそう言い返すが、どうやら佳奈子には馬の耳に念仏のようだった。
「ちょっと~~! 聞いてるの~~?」
「うんうん、聞いてるよ~~」
絶対聞いていない。空返事をする佳奈子を見て綾音はそう確信した。
「ほんとに綾音さんと佳奈子さんは仲良しですね」
と、そんな2人のやり取りを見ていた麗華が言葉の腰を折った。
「麗華~~、ちょっとそれ違う~~!」
「あら、そうでしょうか? 私にはそう見えましたけど……」
佳奈子のツッコミに麗華は動じずそう言った。
と、教室に誰かが入ってきた。小柄な少女は綾音を認めるなり、
「やぁ、池田ちゃん!」
と、さも友達かのように近寄って来た。
「えと、あの人は……?」
「水島玲さん、この学校の生徒会長だよ」
綾音の素朴な質問に佳奈子はさっと答える。
生徒会長?そんな人が私になんの用だろうか。
「やぁやぁ、会いたかったよ~~!」
「あ、あの……、どういったご用件……でしょうか?」
「用件? あ、うん! ちょっと、相談なんだけどさぁ……。 廊下来て」
「……え? あぁ!」
どうして、と聞く暇も与えてもらえなかった。腕をぎゅっと掴まれ強引に廊下に連れ出される。
「あの……」
「あーーっと、必修選択科目のことなんだけどさぁ……。 『戦車道』受けてね、よろしく」
玲の一言に、綾音の表情が固まった。
「え? この学校は『戦車道』がないはずなんじゃ……」
「いやーー、実は今年からまた始めようと思ってさ!」
「私、『戦車道』がないからこの学校を選んだんですけど……」
「じゃ、よろしくーー!」
玲は綾音の反論を許さなかった。一気にまくし立てると、そのままそそくさとどこかへ行ってしまった。あとには、呆然と立ち尽くす少女の姿だけが残されていた。
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それからの綾音はというと、まるで抜け殻になってしまったかのようだった。授業に集中できず、先生に何度も注意された。
「池田さん、大丈夫ですか? 気分が悪いようでしたら保健室で休んではどうですか?」
あまりに授業に集中できていない綾音の様子を見かねて、先生はこう提案した。綾音は何も言わずにそのまま保健室へと向かっていった。
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戦車に乗りたくなくなったのはいつからだっただろうか。ああ、そうだ。あれは半年前だ。中学のときまで戦車隊の隊長としてチームメートを指揮していた私は、高校生になって試合をして相手との実力の差を思い知って、それで投げ出したんだ。乗るのが当たり前の戦車だったが、その日からそれが当たり前ではなくなった。
私は弱虫だ。強い相手に出会った途端、それまで築き上げてきたものが
「『池田流』って言ったって、やっぱり中学生止まりね。 期待して損したわ」
相手チームの隊長から言われたこの言葉は、今でも私の心に残っている。そのときの私を的確に表した言葉だと素直に思う。
ガラララ。
と、保健室の扉が開いた。綾音は誰だろうと覗きこむ。
「今日は体調不良の生徒が多いわねぇ。 気分がよくなるまでゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます」
「お手数おかけします」
入ってきたのは佳奈子と麗華だった。2人はそそくさとベッドに入りこむ。佳奈子は綾音の右、麗華は左のベッドだ。
「じゃ、気分がよくなったら私に声をかけてね」
保健室の先生はそう言うと部屋を出た。
「はーーい!」
「佳奈ちゃん、麗華ちゃん、授業は……」
と、佳奈子が綾音の声をさえぎった。
「友達のことが心配なのに授業なんて受けてられないよ!」
「佳奈ちゃん……」
「綾音さん、一体なにがあったのか私達に教えていただけませんか?」
「あ、そうそう! 生徒会長になに言われたの?」
麗華の言葉で思い出したように佳奈子が訊く。
「実は……、必修選択科目で『戦車道』受けろって言われて……」
「『戦車道』? なんだっけ、それ?」
佳奈子は首をかしげる。
「『戦車道』といえば、健全な乙女に必要な伝統武芸でしたかと」
麗華は佳奈子に説明する。
「で、その『戦車道』とあやちんにどういう関係があると?」
「……実は……、私の実家は元々『戦車道』の家元で……」
「ほえーー! そうなんだーー!」
「でも……私はダメダメだから……『戦車道』のないこの学校に転入してきたの……。 2度と戦車を見なくてもいいようにって……。 それなのに……」
「そうだったんだーー!」
佳奈子は分かったような分からなかったような顔をした。
「では、無理にやらなくてもよいんじゃないですか?」
と、麗華が言う。
「え?」
「やりたくないことを無理にやってもいいことはありませんし」
「そうそう! 絶対断るべきだよ! 私達も一緒に行くからさ!」
「佳奈ちゃん……麗華ちゃん……」
綾音は2人の優しさを感じとても幸せな気分だった。今まで感じたことのないくらい、彼女の心は温かさで満ちていた。
ビーー!ビーー!
と、それをぶち壊すかのようにチャイムが鳴り響いた。続けて、次のようなアナウンスも流れてきた。
『全校生徒のみなさん、ただちに大講堂まで集合して下さい。 繰り返します。 全校生徒のみなさん、ただちに大講堂まで集合して下さい。』
「な、なに?」
あまりにも突然なことに、綾音は言いようのない不安にかられた。と同時に、なにかイヤな予感がするのを感じた。
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