どんどん行こう!
みなもの驚愕の告白からちょうど1日。
悠とみなもは今日もまた一緒に飛びながら下校していた。
今日の会話内容はもちろん、FC部についてだ。
「それで、やっぱ部は無理だった?」
「う、ん......最低でも、5人はいないと......部と、して認められないって......」
この日学校が終わってすぐに、みなもは職員室に向かって先生にFC部を作りたいと言ったのだ。
だがもちろん、なんの実績もなく、しかも人数もみなもと悠の二人だけしかいない部活など認められることなく、それどころか同好会としてすら認められなかった。
むやみやたらに同好会を作って、収拾がつかなくなるのを嫌っての教師側の判断だろう。
ふーむ、どうしたものかなーと悠が頭を悩ませていると、みなもが恐る恐るといった風に声をかけてきた。
「でも......ちょっと、意外、だった......」
「ん、何が?」
「だっ、て、悠くん、中学で、もFC部......入ろうとしなかった、から......私、と、一緒に部活しようと、してくれて......嬉しい」
「.......」
この子は本当に天然でヤバイなー、と悠は苦笑いする。
悠としては、みなものFC部作りには中立の立場だ。
反対の理由としては第一にやはり作る理由となったのが晶也にあるだろうからだ。
あの晶也のためにみなもが頑張るというのが、やはりあまり面白くはない。
第二に、みなもの人見知りだ。
FCというのはその競技の性質上相手と正面から向き合うことになる。なので極度の人見知りであるみなもにはキツいものがあるのではないかと思った。
ただみなもは隼人の妹ということだけあって昔からFCに関わってきているので飛行姿勢もその辺の人なんかよりもずっと綺麗だし、ルールも熟知している。なので人見知りという観点を除けばみなもの素質はかなり高い。
賛成の理由としては、これもみなもの人見知りだ。
みなもが自分から何かしたいと言い出したことは悠の記憶には今まであまりない。
だからこれはみなもが変わるいいきっかけになるのではないか、と悠は思ったのだ。
隼人も同じ考えなのか、みなものことは悠に任せた。
ただこの辺りの考えをそのままみなもに言うわけにもいかない。
「......まぁ、俺も隼人さんにそろそろ公式戦には出ろってよく言われてたし、いい機会かなって思ったんだよ」
「それ、でも......嬉しい」
「そうですか」
これ以上は色々ボロが出そうだなと思い悠は適当に会話を切った。
高藤学園。
悠たちが住んでいる四島列島では最大のマンモス校だ。
あまりに大きすぎることから本校と分校までもが作られる程で、首都にある本校に至っては在学生徒数が6000人を越える。
それだけあって分校も本校ほどではないが莫大な生徒数を誇る。
しかも偏差値もかなり高い学校で生徒も頭がいい。
そういった面で有名な高藤学園だが、それ以外にももう一つ、学園を有名にする理由がある。
それは......FCの強豪校ということだ。
「さすが高藤学園、飛んでる人も多いなー」
「みんな......姿勢、綺麗......」
悠とみなもは高藤学園FC部の練習場にいた。
隼人が悠に持ってきた対戦相手の話は高藤学園の選手だったのだ。
フライングサーカスは開けた空間で行うスポーツなので、大体の場合フィールドが海の上に展開されている。
高藤学園もその例に漏れず、学園近くの砂浜に練習場がある。
そこでは多くの部員たちが空を駆っていた。
高藤の部員は各々が腕に魚の尾びれのようなものがついた不思議な服を着て、普通のグラシュとは異なったデザインのグラシュを履いている。
服はフライングスーツといって、メンブレンの動きを効率的にする働きがある衣装で、観戦者により楽しんで見てもらえるよう多種多彩な色のものがある。こういった公式の場では着て練習、試合をするのが普通だ。
グラシュは、競技用のグラシュだ。競技用のものは普通のグラシュよりも出力が高く、かつより自由な動きができる物になっている。
さらに競技用のグラシュは大きく三つのタイプに分けられる。
スピードが出てブイタッチを狙いやすいスピーダー。
初速が速く、相手の背中をタッチしやすいファイター。
そして二つの中間に属すオールラウンダーだ。
これらは反重力粒子をメンブレンとして体のどこに多く纏わせるか、ということで変わる。
そしてこれはグラシュの設定を調整することである程度変えることができるのだ。オールラウンダーでもスピーダー寄り、といった具合にだ。
当然悠も今はフライングスーツを着て競技用のグラシュを履いている。どちらも灰色を基調としたデザインのもので、グラシュはオールラウンダータイプをファイター寄りに調整したシューズ。バリアブルシューズという国内メーカーの『駆狼二型』と呼ばれるものだ。
(やっぱり、こういう所に来ると、うずうずするな......)
さすがは高藤と言うべきか、みなもが呟いた通りみんな飛行姿勢が綺麗だ。
しかも動きにも無駄が少ないことからほとんどの部員がかなり上手いというのが伝わってくる。
悠が練習場を見渡していると、多くあるフィールドで一つだけ様子が違うものがあった。
空中に浮いているブイに男女の選手が二人並んでいたのだ。
FCは男女で区分けされていない珍しいスポーツでもある。
(これから模擬試合するのかな......)
悠の目がそのフィールドに吸い寄せられる。
二人が並んでいるのはファーストブイと呼ばれるポジションだ。FCは開始時、ファーストブイに並んでスタートし、そこから時計回りにブイをタッチしていく。
最初にタッチするのがセカンドブイ。次がサードブイ。次がフォースブイ。そうしてファーストブイに戻ってまたタッチしていくのだ。
辺にも名称がつけられていて、ファーストブイとセカンドブイの間はファーストライン。そこからまた順にセカンドライン、サードライン。フォースラインと続いていく。
男女の選手がブイの前でクラウチングスタートのような体勢をとる。
一瞬の静止。
ピィイ!! と高い笛の音が響いた瞬間二人の選手はファーストブイから飛び出した。
同時に飛び出した二人のグラシュから光の線のようなものが放出される。コントレイルという反重力粒子の帯だ。
これもまた、観客を楽しませるためのもので、競技用のグラシュからは常に放出されている。
同時に飛び出したはずの女の選手が男の選手を先行する。
こういったところにこそ、グラシュのタイプの違いが出てくる。
動き出しはファイターがもっとも速いが、トップスピードは断然スピーダーが速い。なのでセカンドブイまでの300メートルで、トップスピードとまでは行かなくても、スピーダーの方がファイターやオールラウンダーよりも速くなり、結果セカンドブイに早く到着する。
おそらくあの男の選手はスピーダーなのだろう。
悠の予測通りファーストライン中ほどで男の選手が女の選手を追い越した。
すると女の選手はファーストラインから正方形の内側に大きく進路を逸らした。
ショートカットと呼ばれる基本技術で、ブイタッチを放棄することで他のラインへの移動を許されるのだ。
こうすることで、スピードの遅い選手が先にセカンドラインやサードラインに先回りして、相手を止めることができるのだ。
ただしショートカットした選手は、相手と交錯、接触しない限り、ブイタッチの権利は得られない。
つまりファーストラインでの攻防は、自分の方が速ければブイタッチを狙い、遅ければショートカットで相手を待ち伏せする、ということだ。
男の選手がブイにタッチする。これで1対0だ。
そして男の選手はタッチしながらセカンドブイへ向かって方向転換する。
その際に体が急に加速するような動きを見せる。
あれも反重力粒子の性質だ。反重力粒子は重力に反発するが、同時に反重力粒子同士でも反発するのだ。
よって人間と同じで反重力粒子で宙に浮かんでいるブイに上手くタッチすれば、あのように反発力を利用して加速が見込める。
男の選手はファーストラインよりもさらに加速してセカンドラインを飛行する。
その先にはショートカットして待ち構えていた女の選手。
(ここから面白くなりそうだ.....)
女の選手が男の選手の出方を見て、相手の動きを止めようと腕を伸ばす。
それを見て悠の口元は三日月のように鋭く歪みーーーー
「あら、もう着替え終わっていましたの」
悠とみなもが模擬試合を観戦していると背後から声をかけられた。
悠は少し邪魔されたような気分で振り返る。そこにいたのは、どこかお嬢様っぽいような、気の強そうな金髪の美少女だ。
髪は背中の中程までありその一部をツインテールにしている。
佐藤院麗子。2年生。高藤学園FC部の副部長だ。
彼女はかなりの実力者でもあり、悠も直接会ったことはなくてもその名前は知っていた。
......そう言えば、今はこの人を待っていたんだっけ、と悠は漫然と思い出す。
悠とみなもが他所の学校の部活の練習場で試合観戦をしていたのは、悠が着替えたらここで待っていてくれと佐藤院に指示されたからだ。
「はい、もうアップも終わってるのでいつでもいいですよー」
「そう。じゃあ、こちらにいらして」
佐藤院に言われた通りついていく二人。
移動しながら悠はみなもに小声で話しかける。
「みなも、今日の俺のセコンド、よろしく」
「え......えぇ!?」
小声の悠に合わせたのだろう、みなもは器用にも小声で叫んで驚くということをしていた。
セコンドとは実際に競技している選手に指示を出す人のことだ。
FCは、上下左右前後、いたるところに飛べることから、相手の位置を見失いやすいし、混乱もしやすい。
そういった時に、客観的に試合を見ているセコンドが、インカムで選手に指示を出すのだ。
「何驚いてるの? 試合するんだからセコンドは必要でしょ?」
「そう、だけど......お兄ちゃんが、悠くんは......いつもセコンドなしで......試合、してるって、言ってたから......」
「そうだけど......いるに越したことはないでしょ? 相手がどこにいるのか言うだけでいいからさ」
聞くと、みなもは渋々といった感じで頷き、悠の申し出を了承してくれた。
だが悠も誰だっていいからセコンドをしてもらいたいと考えているわけではない。
みなもは隼人の妹だけあってルールだって完璧な上に、店で働いていることから相手のグラシュを見れば大体のタイプが分かる。
それは悠にとってかなりありがたいことだ。なにせ試合前に情報を得られて、本当に試合だけに集中できるのだから。
みなもにセコンドをさせようと悠が考えたのは実はもう一つ理由がある。
それは、実績を残すためだ。
この試合、上通社FC部(仮)の部長であるみなもが関わっていれば、試合の結果は上手くすれば部の実績にできる。
しかも勝つことができれば、かの有名な高藤学園に黒星をあげた、という実績ができる。そうすれば教師も部、もしくは同好会ぐらいは作ってやろうと考えるかもしれないのだ。これほど美味しい話はない。
(あとは......まぁ、みなもに実際に試合に関わってもらいたいしね)
悠の知る限り、みなもは自分で試合をしたことというのは、遊びぐらいしかないはずだ。
だからこうして実際に経験してもらって、本当にFCをしたいのか、という判断材料にしてもらいたかった。
......さすがに過保護だよなぁ、これは。と悠自身も自覚はしているが、判断は間違っていないような気がするので行動も考えも変えない。
そのまま佐藤院についていくと、フライングスーツをきて着てストレッチをしている少女の前まで案内された。
「あなたに試合をしてもらいたいのは彼女ですわ」
「どうも......」
「こんにちわ! 私、市ノ瀬莉佳っていいます。今日はよろしくお願いします!」
少女ーー莉佳は悠に向き直るとなんとも真面目そうに言って頭を下げる。
肩にかかかる程度の髪に側頭部には可愛らしい髪飾りを着けている、真面目そうな女の子だ。
みなもは莉佳の真面目な元気さに怯えて悠の後ろに隠れてしまったが、悠はとりあえず莉佳に頭をあげるように言う。
みなもには佐藤院のような落ち着いた年上の雰囲気をもつ相手の方が相性がいいのかもなぁ、と悠は一瞬考えたが、またあのいけすかない男の顔が浮かんだのですぐに思考の外に追いやった。
そして改めて莉佳の雰囲気や体を確認する。
もちろんそれは男の子的な意味ではなく(いや、少しはあるかもしれないが)、相手がどういう戦い方をするのか予想するためだ。
(......ん?)
「あの~......私、何か失礼なことしました?」
「あー、いや、なんでもないよ」
やはり真面目な性格なのだろう。悠に観察されるように見られた莉佳は自分に何か非があったと思った。
それを適当に流して、悠やみなもも自己紹介し、さらに二言三言会話する。
莉佳のセコンドは佐藤院がするということを聞き、悠たち4人はインカムを着け、悠と莉佳が飛び上がった。
そしてファーストブイに向かっていく中、悠が口を開いた。
「ねえ、市ノ瀬ってもしかして1年生?」
「あ、すいません言ってなかったですね。はい、1年生です」
「ふーん、そっか。俺も同じ1年。改めてよろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
爽やかな笑みを向けてくる莉佳に笑い返しながら悠は考える。
(やっぱ1年生か......ということは、高藤の目的は将来有望な選手を俺と戦わせて今の実力を見たいっていうことかな?)
これは悠と隼人が少し話したことでもあったが、強豪である高藤が野良スカイウォーカーである悠の相手探しに乗ってくれた理由がよく分からなかった。
だが対戦相手が1年生ということなら、先程の理由で納得がいく。
試合をしても部員同士では妙な馴れ合いが僅かとはいえ介入する余地があり、実力が分からない可能性がある。
が、他所の選手とならその心配入らない。その上、他校となら色々な話し合いや書類が必要だが、悠は個人で試合がしたいと言っている無所属の選手なのでそういった手間も省くことができる。
高藤からすれば悠は都合のいい存在なのだ。
(......ま、なんだっていいか。俺は勝てればそれでいいし)
試合をして勝つことができればそれ以外はどうでもいい。
そう考えると悠は思考を切り替えてインカムを通じてみなもに話しかける。
「みなも、市ノ瀬のグラシュ、分かる?」
『えっと......メインクーン、かな......スピーダー、タイプ、だと思う』
インカム越しの少しノイズの入ったみなもの声を聞き、悠はこれからの試合展開をなんとなく想像する。
(......よし、いけるな)
悠が一度頷くと、ちょうどそのタイミングでファーストブイに到着した。
先に到着していた審判に一礼し、審判の「セット」の掛け声と共に悠と莉佳はスタートの体勢を取り、ファーストブイを見つめる。
少しずつとだが、回りの音が小さくなっていくのを悠は感じた。
沸々と、悠の心、そして頭のなかに熱いものが込み上げてくる。
だがそれは、あくまで沸々と。外に溢れ出すような暴力的な熱さではない。
静かにゆっくりと、悠の心と頭は熱を持っていく。
......今この瞬間、莉佳はファーストブイを見ていてよかったと思う。
もしも悠の顔を見ていたら、きっと試合前から恐怖を感じてしまっていただろう。
悠の顔は......普段ののんびりとしたものとはかけ離れすぎている、まるで捕食者のように目をギラつかせて、鋭利な笑みを浮かべていたのだから。
場には小さな静寂が訪れ、空間の緊張が最大になった瞬間。
ピィイ!! と開始の合図が鳴り響き、二人のスカイウォーカーが空へと飛び出した。
ーーーーさぁ、楽しい楽しい、奪い合いの時間だ。
今日は3話まで行きますよー多分!