「へぇ.......」
高身長で、余裕の表れであるような落ち着きを纏っている男が呟く。
その男は、高藤学園FC部の練習場で空を見上げていた。より正しく言えば、ちょうど始まった高瀬悠と市ノ瀬莉佳の試合をだ。
新入生である莉佳も1年生とは思えない綺麗な姿勢で飛んでいるが、男が注目したのは悠の方だった。
どことなく、男が尊敬するスカイウォーカーに飛び方が似ていた。
それも男が敬愛する、3人の伝説のスカイウォーカーに似ているのだ。
今はまだファーストラインからスタートしただけだが、男にはそれが分かった。
「彼は確か、佐藤くんが呼んだ相手だったな......」
名前は確か......そう、高瀬悠。
それを思い出すと、男はもう一度小さく笑った。
これから、きっと面白いことが起こりそうだ。そう確信めいた予想を頭の中で思い描きながら。
ファーストブイから飛び出した悠は、最初こそ初速の速さによって莉佳より先行していたが、スピーダーである莉佳は加速力がある。ファーストラインを100メートルを過ぎた辺りで悠は抜かれてしまった。
しかしそれはオールラウンダーとスピーダーの勝負なら当然のことだ。悠もそれを想定していたので抜かれるとすぐにセカンドラインにショートカットし、セカンドブイ寄りに莉佳を待ち構える。
莉佳がファーストブイにタッチして0対1。
反重力粒子の反発力を利用して莉佳がさらに加速して迫ってくる。それを見て悠はさらに笑みを鋭くする。
「実力を見せてもらおうか、市ノ瀬!」
莉佳は悠に近づくーーと見せかけ、斜め下に向かって下降をしながら進む。
ローヨーヨーという基本テクニックだ。下降しながら進むことで高さによって得た位置エネルギーを運動エネルギーに変えて、加速を促す。
莉佳はこのセカンドラインでスピードに乗って試合の流れを掴もうとしているのだろう。
悠は莉佳に合わせるように垂直に下降して莉佳の正面から向き合う。そして莉佳に接近しながら右手を伸ばした。
スピーダーを止める方法というのは、相手に触れるだけでいいのだ。
そうすれば、互いが纏っているメンブレンが反応して、互いが弾かれ、結果スピーダーはスピードを殺される。作用反作用の法則だ。
「甘いです!」
もちろん、スピーダー側もただ触られるのを待っているわけではない。相手の妨害をかわして抜き、ブイタッチを狙っていく。
莉佳も同様に、悠が伸ばした右手を体を捻らせるようにしてかわし、悠を抜いていった。
一度完全に抜かれてしまえば、スピードが莉佳よりも遅い悠は追い付くことができない。今度はサードラインにショートカットする。
莉佳がセカンドブイにタッチして0対2。莉佳はさらに加速してサードラインを飛行する。
だが今度は降下しない。どうやらローヨーヨーによる加速は行わないらしい。
これだけスピードに乗っていれば悠のことを正面から抜ける、ということだろう。
対して悠はその場で小さく円を描くようにホバリングする。
これは加速が弱いファイターがスピードに乗っているスピーダーに対応するためだ。動いていない状態から動くのと、動いている状態からさらに動くのであれば、後者の方が圧倒的に動きやすい。
さぁ、どうくる? と悠が待ち構えると、莉佳はサードラインを蛇行するような飛行をしながら悠に接近する。
シザーズ。スピーダーがよく用いる飛行テクニックだ。
蛇行するように飛ぶことで待ち構える相手の妨害のタイミングをずらし、かわすという技だ。
それを見て、悠は素直に、上手いな、と思った。
先程莉佳は1年生だと言った。それにしては莉佳はシザーズをかなり綺麗に行っている。中学からFCをしているにしても、相当練習したのだろう。
悠は相手の蛇行に合わせるように動き頭を抑えて止めようとしたが、莉佳は頭を抑えられる直前で蛇行のタイミングを変えて上手くかわした。
そしてそのまま莉佳はサードブイをタッチして0対3。
悠はその様子をショートカットしながら見て小さく呟く。
「ひひっ......いいね市ノ瀬。やっぱりFCはこうじゃないと」
『悠、くん......大丈夫?』
「あぁ、心配要らない。やっとエンジンかかってきたところ」
悠はインカムの向こうのみなもにぶっきらぼうに返し、フォースラインに立ちふさがる。
もしも悠たちの会話が他の人に聞こえたら、悠の言葉は負け惜しみに聞こえる、というのがほとんどの者の感想だろう。
だが、みなもは『わか......った』とだけ返してそのまままた黙りこんだ。
それに少し気を良くすると悠はさらに加速した莉佳に相対する。
ここまで莉佳は一度も止まらずに加速している。シザーズは蛇行するから少し減速するが、それでも今の莉佳のスピードはスタート時とは比べ物にならないほどに速い。
「これ以上点はやらねぇよ!!」
「......っ、抜かせてもらいます!」
悠の叫びに一瞬怯むが、莉佳はそのまま減速するようなことはなく再びシザーズに移行する。
右へ左へ蛇行する莉佳のシザーズは......というより、飛び方は綺麗だと悠は思った。
まるで教科書通りという言葉そのままと言っていいほどだ。それはやはり莉佳の真面目な性格と日々の努力の賜物なのだろう。
......だから、こそ。
悠は先程の再現のように蛇行してくる莉佳に動きを合わせながら右手を伸ばす。
そして莉佳もまた先程の再現のようにシザーズのタイミングをずらして悠の妨害の回避し抜く。
これは教科書通りの動きだ。教科書通り、と言われると嫌味に聞こえるかもしれないが、それは多くの場で有効な精錬された一手ということであり、優れた一手なのだ。
ただ。
今回は相手が悪かった。それだけの話だ。
「はぁっ!!」
悠は右腕を伸ばしながら後ろに飛びスピンする。
シザーズは相手を抜き去った後ももう何度か蛇行を繰り返す。なぜなら急に蛇行から直線飛行に切り替えたら姿勢もメンブレンばらばらになって速度ががくんと落ちてしまうからだ。
なので莉佳は悠を抜いた後もいくらか蛇行する。
つまり、莉佳は悠を抜いた後、悠の背後を通過する。教科書通りならばまず間違いなくだ。
楕円を描くように半周した悠の右手が、蛇行した莉佳に触れる。
バチィイ!!と何かが弾けるような音が響き渡り悠と莉佳が反対方向に弾かれ、同時に練習場から大きな驚愕の声が響く。
いくら莉佳の軌道が読めたからといっても、悠は頭の後ろに目がついているわけではないのだから莉佳の動きは見えない。それに完璧に合わせて触れたのだから驚くのも無理はない。
そしてそれは触れられた本人である莉佳はさらにだろう。
抜いて一瞬安心した瞬間に弾かれて混乱したのか姿勢が一気に崩れてしまっている。インカムから莉佳のセコンドである佐藤院の声が聞こえてくるところからも相当に混乱しているのが予想できる。
弾かれたのは触れた側である悠もだが、悠は触れることを目的としていたのだから混乱もしない。よって姿勢整えるのにも時間はかからない。
初速の速いグラシュを活かして悠は一気に姿勢を崩している莉佳の背後に接近する。
「1点いただき!」
悠が莉佳の背中を海に叩き落とすようにタッチすると莉佳の背中に大きな三角形の物体が浮かび上がる。
ポイントフィールドといって、背中にタッチしてポイントを取った際に現れるものだ。
FCは今の悠たちのように、高速で動きぶつかることが多い。上空でそれを行っては観客には見辛いということがあり、こういう演出が設けられているのだ。
コントレイルやフライングスーツもその一種だ。
悠がポイントを得て1対3。しかも悠は莉佳をあえて下に叩き落とすようにしてタッチした。
背中へのタッチでも反重力粒子の反発は発生する。よって莉佳は姿勢を崩したまま下方へ弾かれることになる。
「まだまだ行くぜぇ!」
さらに悠は莉佳を叩き落とすように背中にタッチする。
2対3。
こうなってくるとスピーダーは辛い展開だ。
タッチされて動きはどんどん鈍くなり、低空へと押し込まれていくから加速しようにも空間が狭くて加速できず。
逆にファイター側としてはこれ以上に美味しい展開はない。
初速はどのスタイルよりも速いのだから、動き出しで相手を抑えることができるからだ。
悠は生粋のファイターではないが、スピーダーである莉佳よりは圧倒的に初速が速い。
「くっ......」
莉佳は姿勢を戻すとすぐさまローヨーヨーを始める。
すぐに加速するためにその判断ができるのは莉佳が実力者である証拠だ。
だが低い位置からのローヨーヨーでは加速が充分には見込めない。しかも無理な角度で上昇するために結局減速してしまう。
それでは悠を撒けない。一度食らいついた狼のように悠は莉佳を逃がさない。
悠はさらに莉佳の背中をタッチしようとするが、莉佳はそれを嫌って体を横にローリングさせる。
悠の手は莉佳の肩に触れて、再び破裂音が響き莉佳が低空に弾かれる。
「ひひっ! これで同点だ!」
まさに捕食者。そんな笑みを浮かべて悠は莉佳の背中に再接近、タッチする。
空にメンブレンが弾ける音と、莉佳の悔しそうな声が響く。
ーーまだまだ、奪い合いの時間は始まったばかりだ。
佐藤院麗子は、目の前で起こっていることに驚愕を隠せなかった。
今回の練習試合は佐藤院が考案したものだった。
新入生である莉佳はかなりの実力がある上に、まだまだ伸びしろを感じさせ、一生懸命でひたむきさもある。
だから、実力を見たいと思った。この子には今現在、どこまで力があるのだろうと。自信をつけさせたいと思った。そうすればこの子はもっと伸びると確信めいたものがあったから。
副部長である佐藤院は誰か個人を贔屓してはいけない立場の人間だが、それでもつい肩入れしてしまう、期待してしまう、それが佐藤院から見た市ノ瀬莉佳という存在だった。
それが今ではどうだ?
どこか有名なFC部に所属しているわけでもない、莉佳と同い年の少年が莉佳を圧倒している。
莉佳は苦しそうなのに対して悠は楽しそうに鋭い笑みを浮かべている。
その表情は、この圧倒的有利な現状以外にも何かを表しているような気が佐藤院はした。
(このままではダメですわ。何か手を打たないと......!)
このままでは負けてしまうとか、そういう話ではない。
このままでは、莉佳の心にダメージが残ってしまいかねない。
それほどに、この試合は途中から圧倒的なのだ。
でも、どうすればいい?
「佐藤くん、困ってるみたいだね?」
不意に声をかけられ、佐藤院は相手を見る。
声をかけてきた相手は、雰囲気は柔らかいが、どこか強者の風格のようなものを纏っている、高藤の絶対王者であった。
真藤一成。高藤学園の生徒会長であり、高藤学園FC部の部長であり.......一昨年、去年と全国大会を2連覇した男だ。
真藤を見て、佐藤院は考える。部長ならば、この状況すらも覆してくれるかもしれない、と。
だがすぐにその思考は振りきった。
いったい何を考えているんだ。今、市ノ瀬莉佳のセコンドは、自分なのだ。
「いえ、結構です。これは『私たち』の試合ですわ。それと、佐藤院です」
「......そうか、じゃあ頑張ってね」
「言われるまでもありませんわ」
佐藤院は一度大きく息を吐くと、インカムを通して莉佳にある指示を出した。
14対3。
それが試合時間残り2分である現在の得点だ。
誰もが試合は決したと思っている得点差。だが悠は手を抜かない。
試合相手に手を抜かれるのは、何よりも辛く、失礼なことだと知っているから。
最後の最後まで、全力を尽くす。
例えそれが......もう心が折れかけている相手でも。
残り2分全力で行く。
集中力を切らさないように小さく息を吐く。
......だからこそ、相手の変化に気がつけた。
ギュン!! と、肩で息をしていた莉佳が突如悠に接近して腕を振ってきたのだ。
「っ!」
咄嗟に体を捻って莉佳の攻撃をかわすが、莉佳の攻撃は止まらない。
右手がダメなら左手とばかりに次々と攻撃してくる。
悠は莉佳が攻撃に突き出してくる腕を弾いて相手から離れる。
(急に目に力が戻った......? セコンドに何か言われたか?)
いや、と悠は自分の考えを否定する。
セコンドに何を言われようと関係ない。今反撃してきたのはセコンドではなく莉佳本人だ。
折れかけていた心を奮い立たせて反撃してきたのは市ノ瀬莉佳という選手だ。
「ひひっ」
悠は小さく笑う。
こいつは、本当に戦い甲斐があると。
悠はさらに目をギラつかせるが、莉佳は臆すことなく動き出す。
ーー悠に向かって、一直線に。
「このままでは終わりません!!」
「こい!!」
莉佳が翻弄しながら接近し腕を伸ばし、悠がそれを弾く。
佐藤院が莉佳に命じ、莉佳が実行した作戦。それは悠に接近戦を仕掛けることだった。
このまま悠から逃げようとスピーダーの動きをしていても、悠から逃げることはできない。
ならば、立ち向かうしかない。莉佳のセオリーにない、新しいことをするしかない。
だがもちろん、スピーダーである莉佳はスタイルからして接近戦に向かない。
だから、本当の狙いは別にある。
(なるほど、本当の狙いは俺に弾かせることで加速することか)
相手と触れることで発生する反発力。それを利用して加速することができるのだ。
悠は莉佳をタッチする際、大抵は下方に莉佳が弾かれるようにタッチしている。それは相手のスピードを殺しつつ相手の体勢を崩すためだ。
だが莉佳が弾かれた方向にそのまま移動すれば弾いた際の勢いをそのまま加算されるし、下手にタッチして莉佳が弾かれた方向が次のブイの方向ならばそのままブイに向かわれ、逃げられてしまう。
「.......」
こういうとき、悠の思考にはどうしてもあのいけすかない男の顔が浮かぶ。
あの男ならどう動くだろう。どう対処するだろうと。
あの男のことは決して好きではないが、その実力だけは確かなものだったから。
だから、あの男の動きを予想して、それを越えたい。
自分の方法で。自分のスタイルで。
「.......」
「.......」
一瞬の停滞。
それが、この試合最後となる静かな時間だった。
「行きます!」
下方にいる莉佳が体をちぢこませ、一気に加速して悠に突進する。
悠は体を揺らすようにふらふらと飛び莉佳の照準を乱す。
「はっ!」
「きゃあ!?」
二人が交錯する瞬間、悠は突進してくる莉佳の回りを走り高跳びをするように上体を反らして飛んだ。
そして、莉佳の体を巻き込むように、肩に触れた。
バチィイ!!と音が響き、莉佳は下方にきりもみしながら弾き飛ばされた。
悠が行ったのは、弾く際に回転の要素を入れることで、莉佳を回転させながら弾くという方法だ。
これをされると、触れられた側はきりもみしながら弾かれるので姿勢維持が困難になる。
それはに場において、明らかに隙だ。
悠は止めをさしに行くように、姿勢を整えようと奮闘している莉佳に接近していった。
ピィイイイ!! と、試合終了を告げる笛の音が聞こえる。
18対3。
それが、試合終了時点の得点だった。
悠が練習場の砂浜に降りると、慌てた顔でみなもが駆け寄ってきた。
「悠くん......いくらなんでも、やりすぎ......」
「試合にやりすぎ、なんかないよ。相手に頼まれたのならともかく、わざと手を抜くなんて失礼すぎるよ」
「そう、かもしれないけど......」
みなもが顔を下げる。
みなもの言いたいことは悠にも分かる。
これほど叩きのめすような試合をして、相手の莉佳は大丈夫なのか、ということだ。
互いに全力を尽くせば最後は笑顔、ということをよく聞くが、実際にそんなことはそうそうない。
勝った方は必ずいくらか優越感を覚えるし、負けた方は悔しみを覚えるからだ。
いや、悔しみですめばそれは本人の糧になるだろう。悔しさをバネにしてまた頑張ればいいのだから。
だが、完膚なきまでに叩きのめされれば、残るのは絶望のみだ。
それは悠にも分かっていたが......それでも大丈夫だと思った。
最後に見た莉佳の目には、これでもかと言うほどに、悔しさが浮かんでいた。
次は絶対に負けないと、目が物語っていたからだ。
悠の予想を証明する、というわけではないのだろうが、同じく砂浜に降りた莉佳が悠たちのもとに駆け寄ってきた。
「あの、高瀬さん! 今回はありがとうございました!」
「ん、あぁ、うん。こっちこそありがと。だから頭あげてってば」
「私、先輩方に誉められて少しいい気になっていたかもしれません。もっと練習して、今度は高瀬さんに勝って見せます」
また頭を下げてくる莉佳に悠は苦笑いする。
この子はどうしてここまで礼儀正しいのだろう? というかここまでくると逆に押し売りのような強さに見えてきた。
そしてみなもは例のごとく悠の背後に隠れてしまったが、だが莉佳の様子に安心したのかその表情はやわらいでいた。
「完敗でしたわ。私からもこの試合、お礼を申し上げます」
「いえ、俺の方こそ本当に......っと」
莉佳に遅れて近づいてきた佐藤院に返そうと悠は口を開くが、言葉は中途半端に止まってしまう。
佐藤院の隣には高身長の男ーー絶対王者、真藤一成がいた。
FCをしていて彼の名前を知らないという選手はいないだろうというほどの、現役高校生スカイウォーカーでは最強と言われている人物。
そんな人物が突如自分の前に現れたのだ、悠の思考が一瞬停止しても仕方がない。
真藤は柔らかく微笑みながら悠に声をかける。
「初めまして、高瀬悠くん。うちの部員との試合、見せてもらったよ」
「......どうも。それで、どうでした? すぐに試合したくなったのなら今からでもしませんか?」
悠が再び鋭い笑みを浮かべながら言う。
その失礼とも取れるような態度に佐藤院は眉をつり上げるが真藤が先に口を開いた。
「あぁ、いいね。しようか」
「「ええ!!??」」
重なった莉佳と佐藤院の声に真藤は苦笑いを返す。
「冗談だよ冗談。すまない、高瀬くん。正直なところ僕も君と試合がしたいのだけれど、今ちょっとストップがかかっていてね」
「ストップ......? どこか怪我でもしたんですか?」
「あー、いやいや。そうじゃなくて......協会の方からね」
あははと笑う真藤の言葉に悠は納得した。
秋に行われるFCの大会では勝ち進んで全国優勝すると、世界戦にまで出られるようになるのだ。
そして真藤は去年全国優勝している。世界戦はもう終わっている時期だが、それでも何かフライングサーカス協会から直々にトレーニングでもされているのだろう。
それで決められた試合以外はするなとでも言われているということか。
(この人とはすぐにでも試合したいけど.......まぁ、仕方ないか)
大会に出ればどこかで当たることもあるだろう。そう考えて悠は思考を断ち切る。
今はその大会に出るためにも、しなければならないことがある。
悠はみなもからある用紙を受けとると、真藤にそれを差し出した。
「これは......試合のスコアだね」
「はい。うちのセコンドにつけてもらっていました。得点、間違ってないですよね?」
「あぁ。でも、これがどうしたのかな?」
「右下の所に判子かサインもらえませんか? 真藤生徒会長直々に」
悠は、今度はどこか適当な雰囲気を纏いながら笑う。
悠が莉佳に勝った今、悠たちには実績ができた。あとはそれを教師陣に提出できる形で見せればいいだけだ。
そのためにはスコアだけではダメだ。悠たちがでっちあげたものだと思われてしまう。
ならば、相手のサインでも貰えばいい。そこで高藤の生徒会長である真藤の出番だ。
高藤は生徒の自由自治という少々特殊な学校体系を取っている。つまり、生徒会長が教師と同等、もしくはそれ以上に権限を持っているのだ。
その人物のサインがあれば、実績の有無は裏がとれているも同然だ。
元々悠は、誰かのサインか判子は貰う気ではあったが、まさかこれほどの大物が出てきてくれるとは、運がいい。
悠が笑みを真藤に向けていると、その本人はやれやれと肩をすくめながら竦めながら首を振った。
「君はもっと野性的だと思っていたけど......意外と食えない人だね」
「そんなことはないですよ。俺は基本、皆仲良くって思ってますから」
「ふふっ、そうか」
「はは」
二人の不気味とも取れそうな笑い声に回りにいる人たちは顔をひきつらせていた。
「......まぁ、かくして上通社学園FC部は無事できたわけだけど」
「う、ん......」
「......やっぱ誰も入部しないよなー」
「うん......」
部を設立して約2週間が経ったが、FC部に入りたいと言う生徒は一人もいなかった。
それもそのはずで、上通社にFC部がないのは、FCをしたいという人がいなかったから部は発足されかったのだ。
その状態で部を作っても入りたいと言う生徒は出てこないだろう。
一応部費もいくらか下りているが、二人だけの部活に割り振られる部費など雀の涙だ。
ブイなどの機材を借りられないかと隼人にも聞いてみた二人だったが、店が一つの部活に肩入れするのは営業上まずいとのことだった。当然と言えば当然か。
なので二人は機材が無くてもできる基礎練習に没頭しつつ、再び隼人に試合相手(プラス今回は合同練習相手)を探してもらっていた。
本当は自分達で探さなければならないのだが、隼人が自分で宛てがあると言っていたので任せている。
二人は自由飛行という練習をしている。
自由に好きなように飛んでいいという練習だ。これだけ聞けば練習に聞こえないかもしれないが、競技用のグラシュで、自由に、と言われると意外と難しい。
通常のグラシュはほとんどの人が飛ぶためだけに使っているから、自由に飛ぶというのは訓練しないとできないことなのだ。
悠は宙で一回転しながら、みなもに尋ねる。
「でも、みなもはよかったの?」
「? な、にが......?」
「いやー、俺の試合見て、本当にFCやりたいって思った?」
悠と莉佳の試合は、少々行き過ぎた所があるが、だがああいった残酷な面もFCには確かにある。
それを見て、みなもは本当にFCをしたいと思ったのだろうか?
言い出したことを、撤回できなくて困っているのではないだろうか?
それが悠にとっては気がかりでもあった。
みなもは一瞬考えるような素振りを見せると、ゆっくりと口を開く。
「確か、に......悠くんたちの、試合を見て......ちょっと、怖いって思ったよ? でも、その後......」
「その後?」
「うん......その、後......市ノ瀬さん、を見て......したい、って思った......あんな、風に、悔しがったり......楽しん、だり、してみたい......」
「......ふーん、そっか」
確かに、莉佳は気持ちのいい選手だった。
どこまでもひたむきで、試合後も清々しくて。あんないい選手と会ったのは久しぶりだと悠は思った。
(市ノ瀬なら殻を破れば一気に伸びそうだよなー。基礎はこれでもかってくらいにできてるんだから......)
その時は、また試合したいな。そう悠が考えると校舎から鐘の音が聞こえた。
午後6時の鐘の音、部活終了の合図だ。
早く、この練習のレベルの低さもなんとかしないとなー。
そんな悠の願いが届いたのか、後日悠たちの元に隼人から連絡が来た。
合同練習をしてくれる学校が見つかった、と。
なんでもそのFC部も最近発足したばかりで練習人数が少なく、練習相手が欲しいらしい。
それならば悠たちも願ったりだ。上通社FC部は発足したばかりの部活で、他の学校との繋がりも弱い。なのでこれを機会に仲良くできれば嬉しい。
ということで隼人の話を二つ返事で受けて、今は悠とみなもと隼人の3人でその学校に到着した。
「って......その学校って久奈浜ですか......」
「ん? 何かまずかったかいい?」
「いえ......」
久奈浜学園。
この四島列島では、あまり目立つところがない学校だが、悠にとっては違う。
あの日向晶也が通っている学校というだけでも中々に苦いものがあるが......
「久しぶりだな。悠」
悠たちが久奈浜の練習場である砂浜を歩いていると声をかけられた。
声の方を見れば、そこにいたのは、白衣を着た髪がショートで細身の女性だ。
「どうも、葵さん......」
「おっ? お前は私のことをまだそう呼んでくれるのか。晶也は最近呼んでくれないから......少し新鮮だな」
くくっと楽しげに笑うこの女性は各務葵。
数年前のとある出来事から今は辞めているが......元プロのスカイウォーカーだ。しかも、世界に通用するクラスの人で、今でも世界中に葵のファンがいるほどの選手だった。
今は何故か久奈浜の教師をしているということは悠も聞いていたが......まさかこんなところで出会ってしまうとは思っていなかった。
「ふふ、どうだ? 昔みたいに可愛がってやろうか?」
「あなたの、可愛がる、は人を全身筋肉痛に追い込むことなので遠慮します」
「......お前もすれたなぁ」
「誰のせいだと思ってるんですか、その遠い目やめてください」
「ははっ、やっぱりお前はいい反応するな」
この人のこういうところが苦手なんだよな......と悠は小さくため息をつく。
悠は昔、葵にFCを教えてもらっていた時期があった。その頃の名残なのか今でも葵は悠のことをちょくちょくからかってくる。
一緒に習っていた晶也もよくからかわれているが、いい反応をするということで悠の方が割合は多い。
せめてもの幸運は、悠が通っている学校には葵がいなかったことか。
ただ、今このタイミングで葵が出てきたということに、悠はさらに頭を悩ませる。
「あの、隼人さん。やっぱり久奈浜FCの顧問って......」
「あぁ、葵だよ」
やっぱりかーっと悠はその場に頭を抱え込みたくなった。
隼人に宛てがあるという時点で気づくべきだったのだ。
隼人と葵は互いに元プロということで知り合いなのか、昔から仲がいい。
その隼人が話を持ちかけられる相手と言えば、葵というのは少し考えれば分かったことかもしれないが、もう完全に手遅れだ。
(いや、これは考えようによっては幸運だ。あの各務葵に教えてもらえるチャンスなんだ!)
悠が自分に言い聞かせるようにそう唱えていると、みなもが小さく声をあげた。
何んだろうと思って悠がみなもが向いている方向を見ると。
「......げっ」
思わず、そんな声を出してしまった。
だって、仕方ないではないか?
各務葵以上に苦手な、あの日向晶也が、グラシュを履いた少女たちと一緒に砂浜に入ってきたのだから。
久奈浜の砂浜に、新しい風が吹く。
これが、この物語の始まりだ。
これで今日はラストです。
次回からは第2章ですよー!
感想送ってくれた皆様、ありがとうございます! 頑張りますよー!