蒼の彼方のフォーリズム ~少年の空~   作:Aruki

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本日2話目!


第7話 灰色の狼と真面目な子犬の再会

 昨日の敵は今日の友。

 そうは言うが、それはあくまでも物の例えであって、なんでもかんでもそれに当てはまる訳じゃないし、当てはまっても敵対関係だったしこりが急に消えるわけではない。

 それもそのはずで、前日にいがみ合っていたり、場合によっては殺しあっていた関係が友人になるにはやはり時間がかかるものだ。

 だから......この二人がちょっとおかしいだけだ。

 

「高瀬さん、昨日の回避すごかった! あれどうやってタイミング図ってるの?」

 

「ん? あれはな敵の口の開き具合と後ろ足の上げ具合で分かるんだよ。例えばーー」

 

 二人が話しているのはモンスターイーター、通称モンタッタという流行りのゲームのことだ。

 話の発端は練習の休憩中に真白が明日香とゲームの良さを熱弁しているときに、モンタッタの話題を真白が出しちょうど同じく休憩中だった悠も話に加わったという具合だ。

 簡単に言えば、ハンターを操作して多くのモンスターを狩り、そのモンスターから採取できるアイテムで武器や防具を強化し強くなっていくという内容だ。

 さらにこのゲームは通信機能があり、友達と一緒に狩りに出られるというのも流行りの理由になるだろう。

 ふとしたきっかけで悠と真白が互いにモンタッタをプレイしていることを知り、通信プレイをするようになった。

 先日の蕎麦うどん友好条約のこともあり、二人の距離はぐっと近づいた。

 その結果二人は......一気に友達のランクを越えて親友と認め合うほどになっていた。

 最初の頃の他人行儀な会話はどこへやら、今は仲睦まじく(若干ニュアンスが違うが)話している二人を見る回りのメンバーは苦笑いを隠せない。

 そんな中でゲーム話に盛り上がる灰色と白色の二人に声をかけた勇気ある者は久奈浜FC部のコーチであった。

 

「おい、二人とも。休憩中とはいえゲームの話で盛り上がりすぎるなよ?」

 

「「......」」

 

「......なんだよ二人とも。その無言の視線は」

 

「「いえ、ただ......敵のHPがレッドに突入したところで回線切断したときってこんな感じだなーって気分になっただけです」」

 

「文句までゲームに例えて言ってくるなよ。しかもその長い台詞完全にシンクロするとかどれだけ仲良くなってんだ」

 

「「いえいえ、これもひとえに、打倒日向晶也の精神あってこそですよ」」

 

「俺、どれだけ嫌われてんだよ......」

 

 と、二人の打倒目標が達成されると(つまり晶也の心が折れた)二人は同種の意地の笑みを浮かべる。

 元々同い年というのは噛み合う話題も多いことから相当相性が悪くない限りは仲良くなれるものだ。二人の場合例の友好条約+モンタッタ、さらにその上共通の敵というものまで存在するのだから仲良くなれない理由がなかった。

 その結果今のようにシンクロ率100%の小悪魔後輩コンビが出来上がるのも仕方のないことというわけだ。

 再び楽しく話始めた二人を見て晶也は頭痛がするような表情でため息をついたのだった。

 

 

 灰白コンビが休憩時間ギリギリまでモンタッタ会談に熱中し、今は再び練習時間。

 今は悠と明日香が練習試合をしている。

 この悠が来ることによる練習試合での試合勘を鍛えるという練習は、一番効果が出ているのはダントツで明日香だ。

 明日香はまだまだプレイスタイルこそ固まっていないものの、今まで空を飛んだことがなかったためか物事の吸収率がスポンジ並みに高く、一度の試合が終わったあとには別人のように上手くなっていることもあった。

 そのおかげもあってのことなのか、明日香の動きはみるみる内にレベルアップしていき、エアキックターンも成功率をあげていた。

 その証拠に。

 

「はぁっ!」

 

「っ! .....くっ」

 

 明日香のエアキックターンをすんでのところでかわし明日香にポイントをとられることを取られることを防ぐ悠。

 ペースを握られまいと悠も反撃に出るがそのタイミングを見計らって明日香は悠から距離を取り自分のペースを守る。

 ......このように、手加減しているとはいえ、悠といい勝負を繰り広げられるほどになっていた。

 

「んー......倉科先輩。なんで先輩はさっきの俺の攻撃に対して下降したんですか? あの場面ならくっついたままでも十分かわせたと思うんですが......」

 

「へ? そうですねー、こう、なんとなくだけど、高瀬くんの体が迫ってくるようなイメージが浮かんで、ここにいたら危ないーって思ったからかなー」

 

 二人の試合が終わり次はみさきと覆面選手が試合している中、悠と明日香は自分達の試合の反省会をしていた。

 二人の試合のあとはいつもこの光景がある。おそらくFCバカとしての精神が語らずにはいられないのだろう。

 と、言いつつも、この話し合いは吸収力の高い明日香にとってはかなり有効なもので、この話し合いのあとの明日香はいつにも増して成長している......気がする。

 

「イメージ......倉科先輩ってアンテナすごいんですね。俺がしようとしてたの丸々そのままですよ」

 

「あ、ほんと? よかったです。晶也さんにもこういうイメージは大事にした方がいいって言われてたので......」

 

「......のろけ?」

 

「はい? 何がですか?」

 

「あぁ、いえ、何でもないです。でも分かってたのならさっきの場面は下降じゃなくて上昇して上に逃げるべきでしたね。それなら追撃もできますし」

 

「そっか! 確かにそうですね、勉強になりますっ!」

 

 みさきとは試合を通して。真白とは食べ物や趣味を通して仲良くなった悠だが、明日香とはこれといって特別なことをしなくても仲良くなれた。

 それは明日香が癖のない性格をしていて仲良くなりやすいから、というのもあるが、やはり一番の要因は互いにFCバカだからだろう。

 フライングサーカスと聞けば一も二もなく食らいつき、試合と聞けば目を爛々とさせながらその経過を見守り、練習後も互いにどうにかして居残り練習できないかと画策して晶也に叱られる、というのを最近は繰り返す二人。

 悠から見れば明日香のFCの知識はまだまだ未熟なものであったが、悠の話を何度も頷き楽しそうに聞く明日香を見れば悠も悪い気はしなかった。

 そんなこんなで二人は仲良くなっていった。

 

(倉科先輩を見てると......確かに晶也さんがFCに戻ってきた理由が何となく分かるな)

 

 明日香は本当に楽しそうにFCに向き合っているのだ。

 それはまさに、子供が大好きなおもちゃで遊び満面の笑みを浮かべるそれと同じように。

 その光景を見ていると、悠自身も何かをなくしてしまったことを心のどこかで悔しむような感慨深い感覚に襲われるが、なくしてしまったものの正体も分からないし、この感情がどういうものなのかも分からない。

 ただ1つ、言えることがあるとするならば。

 

 

 悠は久奈浜にいつの間にか完全に馴染み、楽しく仲良く高いレベルでFCの練習に励めているということだった。

 

 

「ぐわっはっはっは!! この覆面と試合できたことを誇りに思うがいい!!」

 

「え? あ、はい。ていうか今回私が勝ったはずなのにどうして覆面選手の方が強気なんだろう......」

 

「簡単なことよ。それは覆面が最強だからに決まっている!! 理解したのであれば死ぬがよい!」

 

「いきなり!? 唐突すぎて私でも着いていけない!!」

 

 ......若干1名。そもそも馴染もうと努力していないような気がする色物覆面選手(中身は小動物系守ってあげたくなる女子)がいるが、それは気のせいということにしておこうと現実から目を逸らす悠であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄貴、邪魔だから今日は帰ってこないで」

 

 ちょっとそろそろ本気で覆面選手のたち位置をどうにかしなければと考えつつ帰宅した悠を待ち構えていたのは、まさかの帰宅禁止令だった。

 あまりの出来事に思考が停止しかけるがそこをなんとか持ちこたえて自分に刺がありすぎる言葉を放ってきた相手を見返す。

 高瀬凪沙。悠の実の妹だ。

 凪沙は自慢であるらしい黒髪の長いポニーテールをふらふらと揺らしながら悠を呆れたようなジト目で見ると、物分かりが悪い生徒に対してするように小さくため息をついた。

 

「だから、今日は私の友達がくるから兄貴がいても邪魔なだけなの。顔がいいだけで性格は普通の兄貴なんて話の種にもならないじゃない」

 

「帰りしなにこうまで妹に貶されるってさすがにいらっとくるぞ?」

 

「は? なにそれ知らないわよ。とにかく今日は私のためにみんな集まってくれるんだから、兄貴はどっか行っててよ」

 

「......」

 

 次から次へと出てくる凪沙の言葉に今度は悠がため息をついた。

 凪沙という妹は機嫌がいいときと悪いときでは態度がまるで違うのだ。良いときは悠に自作のクッキーを渡してきたりすることもあるが、悪いときはとことん悠のことを拒絶する。普通なことに聞こえるかもしれないが凪沙の場合はその行動の上がり下がりが乱気流の中を飛ぶ紙飛行機並みに激しいのだから困りものだ。

 このまま凪沙と押し問答をしていても仕方がないと思った悠が両親に話を聞いたところ、こういう話だった。

 

 

 今日、凪沙の友達が凪沙のために集まりパーティーをするとのこと。

 その際蕎麦屋を貸しきりにして盛大にパーティーをするから悠がいては邪魔だということ。

 だからどっかに夕飯を食べに行けとのこと。

 

 

 ......聞いてみてもあまり新しい情報はなかった。というか実の息子にどっかに食べに行けと適当な指示を出すのもどうかと思わなくもない。

 この悠の扱いは今に始まったことではない。よく言えば悠の考えの尊重。悪く言えば放任主義。どちらかと言えば前者の方が成分としては多いが、この扱いのせいで今の悠のようなイマイチ掴み所のない性格になったと言えなくもない。

 

「はぁ......分かったよ。今日はどこかで食べて帰ってくる。それで凪沙は満足か?」

 

「っ......満足よ。えぇ満足も満足。だーい満足。兄貴の席なんてどこにもないんだから早くどっか行ってよバカ!」

 

「? だからどっか行くって言ってんじゃん......?」

 

 凪沙の急なテンションの上がり具合に若干首をかしげながらも素直に家を出ていこうとする。すると凪沙はまたさらに機嫌を悪くして「出ていけー!」等と言っていたが悠は妹の思考は難しいと思うだけだった。

 外に出てどこで食べようかと悠が考え始めたところで、家のなかからの中から声をかけられる。悠の母親だ。

 

「ごめんね。凪沙のわがままに付き合わせちゃって」

 

「ん? あー、まぁ、別にいいよ。あいつの変なテンションは今に始まったことじゃないだろ?」

 

「そうだけどね......あなたもそうだけど凪沙も案外分かりづらいわよね......」

 

「は? 何母さん?」

 

「こっちの話よ。それよりも、さすがにどこか食べに行けっていうのは無責任だしね。ちゃんと食べるとこ決めてるから安心しなさい」

 

「母さん......」

 

 母親の言葉に悠は少し感動して涙目になってしまった。

 学校ではクラスメイトにみなもとの関係を揶揄され、久奈浜に行けば白黒コンビのボケ倒しにあい、家に帰れば妹の理解不能な言動に戸惑わされる。ぶっちゃけ心休まるときというのはあまりないのだ。それこそ試合中が一番心休まると言っても過言ではないぐらいに。

 そんなときに与えられた親からの優しさ。あぁ、やはり家族愛って素晴らしい! と何かに開眼しそうな勢いで悠が感動しても仕方がないというものだ。

 ......まぁ、その優しさが親から外食の場所を決められるだけというのが逆の意味で涙を誘うわけだが。

 

「それで? どこで食べてくればいいの?」

 

「えぇ、それなんだけどーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠が飛び去ったその後。

 

「.......凪沙、もう悠行ったわよ?」

 

「.......ぐす、知らないもん、あんな鈍感痴呆お兄ちゃんのことなんか」

 

「あんたねぇ、そんなに泣くぐらい自分の誕生日パーティに悠に出てほしかったのなら素直にそう言えばよかったじゃない」

 

「だって、お兄ちゃん私の誕生日、完全に忘れてるし......ちゃんと思い出してほしいんだもん......ぐす、ひぐっ」

 

「我が息子と娘ながら、面倒臭く育ったわねぇ.......」

 

「うるさいぃ......それに、最近お兄ちゃんFC楽しそうだったから、邪魔したくなかったんだもん......」

 

「......はぁ、あのバカ息子は、変なところで抜けてるわよねぇ......」

 

「うぅ、お兄ちゃぁああん!」

 

 ......なんて会話を通りすがりの謎の覆面選手が聞いたとか聞いていないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ......今日も上手く行かなかったなぁ......」

 

 市ノ瀬莉佳は練習からの帰宅途中、綺麗な飛行姿勢を維持したまま暗い表情をしていた。

 その飛行姿勢は高瀬悠や日向晶也が認めるようにとても美しく教科書に乗せても文句はないほどのものだ。

 きっとその姿勢を保てるようになるまでには並々ならぬ努力が裏にあったのだろう。だからこそ莉佳はあの強豪の高藤でも一年生ながらにレギュラーを取れているのだし、その努力が莉佳の自信にも繋がっていた。

 ......だが、それが崩されてしまったのはつい先日。色々な思惑があったらしい上通社の高瀬悠との試合のときだ。

 元々莉佳は自分が強いとは思っていなかったが、自分の努力に自信は持っていた。

 つまり努力している自分に酔ってしまっている自分がいたのだ。

 それでは結果的に自分に驕っているのと同じだ。

 その伸びてしまった鼻を悠によってへし折ってもらえたのは莉佳にとってよかったことであるし、莉佳も感謝している。だからあの試合以降、あの獣が駆るような飛行に並んで飛べるように、いや、それ以上に飛べるようにと練習を積んできた。

 だが結果としては......最初のため息通りで。

 しかも近々、どことも知れない学校との合同合宿が行われる、という話まで持ち上がってきた。自分の悩みを置いておくにしても、先輩たちの大事な大会の前なのに一体どこの学校だ、と莉佳は内心かなり荒れていた。

 そして極めつけには自分の隣の家に住んでいる晶也に着替えを見られたこと。あの事件を晶也がわざと起こしたとはさすがに考えていないが......それでも莉佳が晶也に良い感情を抱いていないのは事実だ。

 自分のことから人のことまで、何をそこまで頑張るのかと問いかけたくなるほど、莉佳は頭を悩ませているのだった。

 

 

 

 莉佳が再びため息をつくと少し離れた場所から何か驚いたような、感嘆の声が聞こえた。そちらを見ると同じく空を飛んでいる男子生徒二人がその声の発信源だったようだ。

 莉佳は何にそんなに驚いたのだろうと二人の視線を追っていくと、広大な海に沈んでいくオレンジ色の夕陽が見えた。莉佳はそのときになってようやく今が夕方であることに気がついたのだ。そんな当たり前のことが頭から抜けるほど、今は少し落ち込んでいた。

 

「(綺麗な夕陽......そう言えばこっちに引っ越してきてから、ちゃんと夕陽見たことってなかったかも......)」

 

 莉佳は高校進学時に引っ越してきたので地元組ではない。だからこそ海に沈んでいく四島列島の美しい夕陽に目を奪われた。

 広大な海に沈んでいく、大きな夕陽。さらにその上には海よりも夕陽よりも大きな夜を迎えようとしている藍色の空。

 それらを見ていると莉佳は自分の悩みに比べてこの空はなんと大きいのだろうと思った。

 この大きな空を飛ぶのなら、こんな小さな悩みに縛られていてはいけないと。

 そう考えれば、少しだけ気持ちが楽になる気がした。

 ......ちなみに先程の男子生徒二人は夕焼けが沈んでいく空を物憂げな表情で飛ぶ美少女ーーつまり莉佳に見とれていたのだが、その事実には莉佳は気づかない。気づかないでもいい気もするが。

 

「(さ、早く帰ってお夕飯の準備しないと......って、あれ?)」

 

 ゆっくりと藍色から黒に変わっていく空から視線を戻し家に帰ろうとしたところ、前方に不思議な物体を発見した。

 物体、というかあれは空間ごと指し示した方が正しいかもしれない。莉佳が見た空間は一足先に夜の帳が訪れたかのような暗さをまとっていたのだから。

 もちろん、実際にそこだけが夜になった、という7つのボールを集めたときに起こるような超常現象が発生したわけではなく、あくまで印象の話だ。

 その空間の中央にいる人物。そこからこれでもかとばかりの不幸オーラというか、残念オーラのようなものが発せられていた。

 普段なら一瞬も迷うことなく視界から外して見なかったことにするタイプの状態だが、人物が人物なだけそうはいかなかった。

 

「高瀬さん!?」

 

「......あ? 市ノ瀬......?」

 

 夕方、空中で不審人物オーラをバリバリ放出しているちょっと危ない人の正体は、ちょうど莉佳の思考に出てきていた狼少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんですか、お知り合いの家にお夕飯を食べに......」

 

「うん、知り合い......まぁ、知り合いかな」

 

 悠と合流した莉佳は彼の話を聞きながら停留所へ降りた。

 本当は家まで飛んで帰りたいところなのだが、離着陸は停留所という決まった場所からではないといけないという規則があるため停留所から家までは歩かなければならない。

 ......と、いういことになってはいるのだが、それを守っている者と守っていない者の比率は五分五分だったりする。規則ではあるのだが拘束力が弱いためだ。

 二人が同じ方向に歩き出すと

 

「高瀬さんもこっちですか?」

 

「あぁ、もうちょい進んだとこ......それと、さん付けと敬語はやめない? 俺たち同級生なんだし」

 

「あ、すいません。どうにも癖になっちゃってて......えっと、高瀬くん」

 

 莉佳の言葉に満足そうにうんうんとうなずく悠。

 その様子を見て莉佳は少しだけ悠に対するイメージが変わってきていた。

 莉佳が見たことがある悠というのは、試合前の少しピリピリした感じの悠。次に試合中の獰猛な笑みを浮かべる悠。そして高藤のトップであり部員でも時々どこを見ているのか分からなくなるような印象があるあの真藤と意味深すぎる笑みを浮かべ合っていた悠。

 そんな悠しか見たことがなかった莉佳は、今のようにのんびりとした空気を纏っている悠のことが少し意外だった。

 

「(意外って言ってもまだ2回しか会ったことがないんだけど......試合中のイメージとかけ離れすぎてるから、そう思うのかも......)」

 

 悠のことを日常とFC、両面から見たことがある人物というのは意外と少ないのかもしれない。

 昔からの知り合いはともかくとしても、真白はゲームで熱狂しているときとしか話さないので悠の力の抜けたときは見たことがない。

 その事実を莉佳は知らないが、それでも何となく悠のこの空気は少し貴重なものなのかもと莉佳は思った。

 

「それで、市ノ瀬はなんでさっきため息ついてたんだ?」

 

 莉佳が物思いに耽っていると不意に悠が言った。

 まさか先程のため息を聞かれていたとは思わず少し驚き、返答に間が空く。

 

「......聞いてたんだ」

 

「ごめん、聞いてたというよりは聞こえた、だけどさ。気を悪くしたのなら聞かないよ」

 

「ううん。そういうことじゃなくて......ちょうど高瀬くんとの試合のこと考えてたから」

 

「俺との? あのときの試合だよね?」

 

「うん......」

 

 ちょうど悩んでいたから吐き出したくなったためか、それとも悠ののんびりとした雰囲気がそうさせるのか、莉佳は合宿や覗きのことは置いておくとしてFCの悩みを悠に話した。

 すると悠は聞いていたのか聞いていなかったのか分からないような口調で「ふーん」と呟いた。

 ......確かに莉佳も何か的確なアドバイスを望んで相談したわけではないのだが、それでも自分の悩みが小さいものだと思われたようで少し気にくわなかった。

 その莉佳の険悪な雰囲気に気づいたのか悠は若干苦笑いぎみに微笑みながら莉佳に顔を向ける。

 

「市ノ瀬ってさ、すごい真面目だよね。よく言われるでしょ?」

 

「えっと......まぁ、何回か」

 

「一個一個丁寧にしてますって感じでさ、そこは結構尊敬してるんだよね、俺」

 

「ありがとうございます......でも、なんだか奥歯に物が挟まった感じに聞こえるんだけど......」

 

「ははっ、まぁ、ここからが本題だからね」

 

 悠は自分の考えをまとめるように小さく唸ると口を開いた。

 

「真面目ってところ尊敬はしてるけど、でも、そこが市ノ瀬の弱点でもあると思うんだ」

 

「弱点......ですか」

 

「うん。だからこそ俺はあの試合、市ノ瀬の真面目さを逆手にとって試合を有利に運んだ。真面目が悪いって訳じゃないけどさ、もっと視野を広く持たないと」

 

「.......でも、誰か強い人を目標に、視野を絞って進んでいくのだって勝ったり、強くなる方法の一つじゃないかな?」

 

「違うと思うよ」

 

 悠のあまりにも即答すぎる返答に莉佳は言葉を失う。

 その間にも悠は空を見上げ、空ではないどこかを見ながら続ける。

 

「誰かの背中を追ってたんじゃ、いつまで経ってもその人を追い抜くことはできないよ。背中を見る本当の理由は、追い抜くべき相手を見失わないため」

 

「見失わないため......」

 

「あぁ。その人と同じ方向に走って行けば、強くなる方向は間違ってないだろうから」

 

「矛盾してる。背中を見続けて同じ方向に走っていくのなら、進んでいく道も同じ。私が言ってることと何も変わらないよ?」

 

「してないよ。方向は同じでも、前をいく人よりももっと良い道を歩いていくんだよ。強さは同じでもさ、そこに至るまでの道は一つじゃない。この広い空だったら、それこそ飛びかたなんて無限にあるんじゃないかな?」

 

 悠が空に手を伸ばす。それを見た莉佳は先程空を見上げたときと同じ感覚に襲われた。

 ーー広い。なんて広いんだろう。

 悠の考えは、莉佳には想像もできなかった方向から始まっていた。

 二人は別人なのだから、それも当たり前なのかもしれない。

 それでも、悠の言葉や考え方は、莉佳にとってとても新鮮なものだった。

 自分が知らない、もっと広い場所を見ているような、広い考え方。

 その考え方が、莉佳にはとても羨ましかった。それこそこの空のように広大で自由な考え方が。

 莉佳も悠の真似をするように空に手を伸ばすと、微笑んだ。

 

「私、なんで高瀬くんに負けたのかが、やっと分かった気がする」

 

 多分、全てにおいて負けていたのだ。

 技術も力も考え方も。

 それが分かっていたつもりで、本当は分かっていなかった。

 空に伸ばした手を軽く握ると悠に向かって力強く笑う。

 

「次は絶対負けないよ!」

 

「俺こそ、今度も勝たせてもらう」

 

 不敵に笑い返してきた悠。

 これは、どこにでもありふれている選手同士の会話だ。

 この会話が実はあとあとになってとても大事になってくる、なんてことは二人の人生においてないだろう。

 それでも二人は、この会話を決して忘れぬよう胸に刻み、この会話を実現できるよう誓った。

 

 

 ーー彼(彼女)には、絶対に勝つと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふーふーん」

 

 自宅に戻った莉佳は鼻唄を歌う。

 久しぶりに心がスカッとしている。これなら明日からの練習にも一層身が入りそうだと思った。

 ......そこまで考えて、莉佳はふと思ったことがあった。

 

「......いっそのこと、日向さんとか合同合宿のことも相談すればよかったかな......」

 

 と、そこまで考えていやいやいやと首を振った。

 そんなに彼に頼ってどうする。今回のことも元々は相談する気なんて微塵もなかったのだから、これぐらいは自分で解決しなければダメだ!

 

「(そうだ。日向さんのことは時間と私自身の行動でいくらでも解決できるんだし、合同合宿のことも合宿のとき相手校の人に文句......は失礼だから言わないにしても、どういうつもりでこんな時期に合同合宿なんてしようと言い出してきたのかを聞いてみよう。うん、それがいい)」

 

 この考えが少しだけ先の未来、お隣の覗き魔コーチに実行されるだなんてこと、莉佳も悠もそのお隣のコーチも誰も知らないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそのお隣の覗き魔コーチの家では。

 

「こんばんはー、晩御飯食べに来ましたー」

 

「お。来たか。いらっしゃい」

 

「......どうも、こんばんは、お隣が美少女の家というギャルゲー設定バリバリの日向晶也さん」

 

「なんで会っていきなり機嫌悪いんだよお前......というか、市ノ瀬と知り合いだったんだ」

 

「えぇ。高藤に試合に行ったときの相手でした......ところで、ちょっと晶也さん海にダイブしてくれませんか?」

 

「嫌だよ! はぁ、なんで俺って年下にこうも嫌われてるんだ......?」

 

「多分日頃の行いですよ。さぁ早くサメに食べられてきてください」

 

「今日のお前いつにもまして辛辣だな......」

 

 莉佳が晴れ晴れとした気持ちでいるなか、悠は再び暗い闇のどん底に叩き落とされたような気分を晶也に八つ当たりすることで発散し、次は晶也が暗く沈んでいくはめになるのであった。

 

 




友人とキャラを動物に例えたら? という話をしたのですが、その際莉佳は子犬っぽいという話になりまして。それで今回のようなタイトルになりました。
真面目で気に入った相手にすり寄ってくる感じの子犬。私的にはこんなイメージが莉佳からは離れないですね。

次回は、今回のように間が空かないように頑張ります......

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