side ジュン
「フォートレス!ストレングス!アヴァランチ!ミリアラル!ドリームジャンボ!」
とりあえず最強級のステータスアップ系エンチャントを片っ端から自分にかける。これで肉弾戦でもなんとかやっていけるだろう。
(あのダイスとかいう男、忍者刀を持っているな。するとやつはニンジャか?ニンジャには独特の魔法が多いから注意しないと。
マリーは……よくわからん。戦士職か?)
俺はグレイヴを両手で持ち、突っ込んだ。
狙いはダイスだ。ニンジャだったらAGIが売りのはず。エンチャンターもINTが低い代わりに魔法職にしてはAGIが高い。
その上エンチャントで強化しているうえに、回避率も今ならニンジャにも引けを取らない、いや、それよりも少し高めかもしれない。
ならばダイスと高速戦闘にもつれ込んでしまえば大抵の戦士職じゃそのスピードについて行けずにサポートができないはずだ、と考えたのだ。
「そりゃそりゃそりゃあ!」
「フンッ!ハアッ!」
俺はダイスと接近戦にもつれ込むことに成功した。ギインッ!ギインッ!と何度も刃と刃がぶつかり合う音がする。もちろんグレイヴの刃の内側に入られないような距離を保って戦闘することを心がけている。
(それにしても攻められない!こいつ、かなりの手練れだ。明らかに殺しに慣れてるって感じだぞ!)
「どうした!さっきまでの威勢はどこに行った!俺にダメージがほとんど入ってこないぞ!」
「そのままそのセリフ返すぜ!その忍者刀は飾りか?ダメージなんてこっちもぜんぜん入ってこねえよ!」
「舐めるなクソガキが!」
そういう間にも戦闘は続けられ、刃と刃が何度も交じり合う。
それにしても予想通りマリーは手が出せないようだ。ここで手を出されるとこっちがヤバくなるからそのまま……。
「フレイムストライク!」
「ぐがあああああああ!?」
マリーの野郎、ダイスごと範囲魔法を撃ってきやがったぞ!あいつ正気か!?そんなことをすればダイスも……
「スキありっ!」
「くっ!ウインド!」
ダメージを無視して向かってきたダイスの刃を、風魔法のウインドでそらす。そのおかげで頬を浅く切るだけで済んだが、あのままだと目に直撃してたぞ、くそっ!
あわてて俺はダイスから距離を取る。ダイスも、俺が接近したままではマリーが介入する余地がないと気づいているので追撃はしてこなかった。
「お前ら正気か!?味方ごと範囲魔法くらわせるとかバカじゃねえの!」
「それがどうした。猊下の敵を抹殺するためだ、多少の痛みなど大したことはない」
「ヴァイヒール!あんたが離れてくれたのはラッキーだったよ。あのままじゃあたしが戦闘に参加できなかったからね」
マリーがダイスのHPを回復する。さっきのフレイムストライクもスクロールを使っていないようだったから、おそらくやつ自身が使ったのだろう。
(となると、剣を持ててある程度の魔法を使えるクラス……?もしかしてスペルダンサーか?)
「マリー、てめえスペルダンサーかよ?」
「ほう、よくわかったね。そういうアンタこそなんのクラスだい?両手武器を持てて強力なエンチャントも使えるなんて、そんなクラスあったかねえ?」
「恐らくエンチャンターだろう。フォートレスやストレングスはエンチャンターのみが使える魔法だからな。あのグレイヴは魔法剣といったところか」
ダイスが俺のクラスと武器について考察を述べる。ちっ、聡い野郎だ。
「へえ。ってことはあの武器、かなり値打ちもんだね。あんたを殺して装備を剥ぎ取るのが楽しみだよ」
「悪い女だ。いたいけな年下の男を追いはぎしようなんてよ。もしかしてそのまま食われちまうのかね、俺は」
「ガキが!その下品な口、さっさと閉じてやるよ!ダイス!」
「分かっている。影分身!」
ダイスが影分身を唱えると、奴の幻影が二人現れた。そして、走りながら複雑に交差しあい、どれが本物だか分からなくなった!
しかも三方向から同時に攻めてきやがる!これはまずい!
「あたしも忘れるんじゃないよ!」
「お前まで!いらねえんだよ!」
しかも悪いことにマリーまでその攻撃に参加してきた。完全に周囲を囲まれたことになる。
「クレイウォール!」
腰に付けてあるカバンからスクロールを四枚取り出し、発動させる。俺を囲むように四枚の壁が出現した。
クレイウォールは文字通り土の壁を出現させる魔法だ。その壁の高さは三メートル。共に戦士職で跳躍力も高い二人相手では心もとない高さだが、これで接敵してくる場所は絞り込める。
「なめるな!ライトニング!」
「火天!」
高レベルの二人相手ではこの壁は無いも同然で、相手の魔法一撃で崩れてしまったが、これでいい。これで本物のダイスの居場所が知れた!
忍術で作り出した幻影は確かに強力だ。だが、その幻影たちは魔法を使えない。つまり、今忍術を撃って穴を開けたその先にいる奴、それが本物のダイスだ!
「スティッキー!」
「むうっ!こ、これは……!」
俺はダイスにスティッキーを放った。ダイスの頭にピンク色の液体の塊が出現してダイスに落ち、ダイスの体中がピンク色の糊まみれになった。
スティッキーはエンチャンター固有の魔法の一つだ。レアな魔法で、効果はくらったものを一定時間その場から動けなくするというもの。
しかも動けるようになってからも、その戦闘中はAGIや回避率にペナルティを帯びるという、まさにスピード自慢殺しの魔法だ。
「ダイス!」
「くそっ!糊ごときに……っ!」
ダイスはなんとか動こうと頑張っているようだが、スティッキーに一度とらわれたのならば動くことはできない。なぜなら、そういう仕様だから!
「これで邪魔者はいなくなったな」
「ふんっ!だがダイスの幻影はまだ残っているし、そもそも三対一だ。敵うものか!」
「だったらこっちも応援を呼ぼう」
「なに?」
マリーが周囲を警戒し始める。俺の仲間が外から来ると思っているのだろう。
だが違う。俺の
「こい死霊ども!スレイヴサモン!」
スレイヴサモンの掛け声とともに、地面に二つの盛り上がりが生まれる。そしてほどなくして地面から這い出てくるものがあった。
それは右腕と、虫の翅だった。
「な、なんだ!?なんだそいつらは!」
マリーが騒ぎ、ダイスも目を見開いてその光景を凝視している。幻影も同様だ。そんな中、ついに一人と一匹が姿を現す。
「キュイイイイイイイイイイ!」
「ゔおおおおおおおおおおお!」
虫の方は巨大な蛾だ。翅を広げれば横の長さは五メートルに及び、縦の長さも三メートルはある。翅には紫色の毒々しい模様が描かれており、尻の部分には蜂のように針がある。口にはがっしりとしたアリのようなキバがあり、一度噛まれたら人間の体などすぐに真っ二つになってしまうような鋭さだ。
人間の方はショートカットの女だ。布の装備を身体に纏い、腕にはガントレット、足には頑丈そうなブーツを履いている。
顔立ちは、目つきが鋭くクールビューティーといった印象を受ける美人だが、今は顔色が悪く、目はどこかトロンとしていて健康そうには見えない。
蛾のキャラクター名はアンデットバドモス。女のキャラクター名はアンデットキャシー。ともに俺が旅の途中でアンデットにしたやつらだ。
「あ、あれはバドモス!それに隣にいるのはキャシーじゃないか!?キャシー、あんたなにがあったんだい!?」
キャシーは答えない。ただ虚ろな目でマリーを見つめ返し、俺の命令を待っているだけだ。バドモスも同様にその場にたたずんで俺の命令を待っている。
「バドモス、とりあえず上から鱗粉をまけ。その後、あのダイスに向かって攻撃。幻影は無視して、とにかく本体を狙え。
キャシーは俺と共にマリーを攻撃だ。いくぞ!」
「キュイイイイイ!」
「ゔおおおおおお!」
バドモスが上空に飛び立つ。天井があるからそう高くないが、少なくともマリーが跳躍してもギリギリ届くか届かないかくらいの高度には飛んだ。
「キュウウウウウウ!」
「まずい!マリー、急いで範囲外に出ろ!」
バドモスが鱗粉をマリーのいるところにばらまく。マリーは鱗粉の範囲から出ようとしたようだが、間に合わずに鱗粉をくらってしまった。
「こ、これはっ!」
マリーのHPが異常な色を発する。白色に点滅し、バットステータスを受けたのだと分かる。
(あの色は沈黙か。魔法の詠唱ができなくなる状態異常だな。一番くらい安い状態異常が毒だというのに、運の無いやつめ)
バドモスはガルガンシア王国とアライエンの間にある、エドモの森に生息しているボスモンスターだ。バドモスはエターナルの中でもっとも危険な昆虫型のモンスターで、状態異常を誘発させる。
バドモスの鱗粉にはランダムで状態異常を付与する効果がある。この手のランダムで状態異常になる技というのは、毒などの軽度の状態異常は比較的出現しやすいが、麻痺や石化などの重大な状態異常はなりにくい仕様だ。
マリーがさっき沈黙をくらったが、麻痺や石化よりはましだとはいえ十分重い状態異常だ。一発目で沈黙になってしまったマリーはかなり運が悪かったのだろう。
さらに尻にある針からは消化液が発射され、岩すらドロドロに溶かしてしまう。おまけに消化液から発生する煙を吸うと重度の毒状態になってしまい、一度にかなりの量のHPが毒ダメージだけで失われてしまう。
口のキバに傷つけられたらそこで試合終了だ。なにせあのキバで傷をつけられると高確率で麻痺状態になってしまう。動けないところに消化液などを浴びせられ続ければそのまま死ぬこと間違いなしだろう。
しかもHPやVITこそ低いがAGIに秀でており、状態異常に対する耐性も異常に高く空も飛ぶことから、戦士職泣かせのモンスターとしてwikiでは有名だった。
そして人間の方、キャシーは、メルクリッドの街に行く前に襲われた教団の連中のリーダーだったやつだ。戦って手ごわかったためアンデットにしてみたのだが、みごとに成功。クラスはモンクということだったので嬉しい誤算だった。
モンクは戦士職に分類されるクラスで、STRやAGIに秀で、回復魔法や光属性魔法を習得できる。HPも多めで、壁役にはもってこいのクラスだ。
だが、その分レベルアップに必要な経験値が多く、防具も皮や布製でないと装備出来ない上に、武器もガントレットなどの手甲系のやつでないと装備できない。短剣はおろか、
キャシーのレベルは46。だが実際にはレベル56くらいの戦闘力はある。マリーが沈黙状態で魔法が使えない今、俺とキャシーの両方で攻めれば負けるはずがない。
ダイスだってその場から動けないのだからバドモスから一方的に攻撃を受けるしかない。幻影を盾にするにしても、やられるのは時間の問題だろう。
「勝った!これでお前たちに勝ち目はなくなった。このまま殺して、俺の新しいしもべに加えてやる!」
「ゔおおおおおおおおお!」
「くそっ!こんなところで死んでたまるかっ!」
「キュウウウウウウウウ!」
「マリー!っくそ、この虫けらがああああ!」
まさに怒涛の反撃だった。
マリーのHPはみるみるうちに削れ、残すところあとわずか。
スペルダンサーの強みは剣も魔法も使えることだが、その一方が封じられてしまった以上、もう片方の技能は中途半端もいいところ。高レベルである俺とキャシーの攻撃(しかもキャシーは俺と違って正式な近接職だ)にそう長く耐えていられるものではない。
ダイスも最初は幻影を盾にして消化液を防いでいたが、とうにその幻影は消え失せ、今は体中に消化液を被っている。装備がいいのか体や顔は溶けていないようだが、素肌が出ているところは火傷したかのように真っ赤だ。
HPも残すところあとわずか。スティッキーの効果時間ももうじき切れるが、その前に始末することができるだろう。
「さてお二人さん、覚悟はいいか?」
「くそっ!こんなところでっ!」
「おのれ……っ!」
俺は満身創痍な二人を見下ろしている。死体を傷つけてはアンデットにしたときに傷が残ってしまうので、このまま両方とも毒によるダメージ(あのあとマリーの沈黙が回復してしまったので改めて鱗粉をかけたら毒状態になった)で死ぬのを待っているところだ。
このまま何事もなければ俺の勝ち。そう思っていたが……
「なんだ、何の騒ぎだ?」
廃墟のドアを開けて一人のドワーフが入って来た!どうやら今までの戦闘の騒ぎを聞きつけて気になって見に来てしまったらしい。
(くそっ!どうする?どうやってこの状況を説明すればいい?見かけだけで言えば俺が二人を一方的になぶっているようにしか見えないし……)
そんなことを考えていたのがいけなかったのだろう。スティッキーが切れるタイミングに気付かなかった。その時にできる一瞬のスキ。そのスキを、ダイスは見逃さなかった。
「煙幕!」
「っ!しまった!」
ダイスが、スティッキーの効果が切れる一瞬のスキをついて煙幕を発動させた。廃墟全体が真っ黒な煙で埋め尽くされてしまった!
「バドモス!風を起こして煙を晴らせ!キャシー!そこら辺の壁をぶち壊せ!少しでも煙が外に出るようにするんだ!」
俺もウインドの魔法を使って煙を晴らすのを手伝う。この状況で下手に動くのは危険だ。迂闊にうろついて後ろからばっさりやられたら目も当てられない。
「うおっ!?い、一体なに……ぎゃああああああ!」
(今のはさっきの!まさかあの野郎!)
幸いというか、悲鳴と同時に煙が幾分か晴れてダイスの姿が見えた。隣にはマリーもいる。ダイスは忍者刀で、入ってきたドワーフの首を中ごろまで掻き切ったようだ。
そのドワーフはHPはまだ残っていたもののすでに半分を切っておりすぐにでも回復しなければ死んでしまうだろう。
ドワーフに忍者刀を突きつけたままダイスが言う。
「動くな!動くとこいつの命はない」
「かっ……かひゅ……っ」
「はっ!人質かよ。安っぽい悪役がするような真似だな」
「なんとでも言いな。今回はあんたを侮りすぎた。今はあんたに花を持たせてやるけど、次はこうはいかないよ!」
「次があればな」
「っ!まさか!」
ダイスは気付いたようだな。さっきのどさくさに紛れて二人とも解毒とある程度の回復はしたようだが、HPが完全に回復しきってはいない。今ならギリギリいけるだろう。
俺は腰からスクロールを取り出し、発動させた。
「ファイアークラッカー!」
「くっ!空蝉!」
「人質がいるってのに!アクアポンプ!」
ダイスは空蝉——近くにいる人間に自分がくらうはずのダメージを肩代わりさせる、MP消費が大きい忍術——を人質のドワーフに使い、マリーは水の範囲魔法でファイアークラッカーを相殺させた。水と火がぶつかり合い、水蒸気が発生してまた視界が悪くなる。
「このクソガキめ!次にあった時には必ずお前の息の根を止めてやる!」
というマリーの捨て台詞を聞いたのを最後に、二人の気配が消えた。水蒸気に紛れて脱出したらしい。おそらくあのドワーフの彼も生きてはいないだろう。HPが半分に減っていたし、INTが低いとはいえレベル60オーバーが使った魔法のダメージをくらったのだから。
(まあ、あのまま人質にされたままでもどうせ殺されていただろうから辿る運命は一緒だったのだろうけどな)
「おい、なんだこの騒ぎは!」
「煙だ!煙が出てるぞ!」
「火事か!?」
「おっといけね。俺もそろそろ脱出しねえと」
ようやくといったらいいのか、この騒ぎに他の人間も気づいたらしい。さっさと俺も脱出しないと俺が全ての罪をかぶせられる。
混乱に乗じて何とか俺はその場から脱出することに成功した。その後、宿ではなく近くに止めておいた馬車に飛び乗り、ララーンを後にする。
旅の準備は昨日のうちに済ませておいたし、ある程度買いたいものも買った。一先ずほとぼりを冷まして、リサさんとの約束まではここから離れておいた方がいいだろう。
マリーを殺し損ねてあの宝石を持ち去られたのは痛かったが、今となってはしょうがない。
こうして俺はララーンを後にした。