アスモディ・ストーリー (Asmody Story) 作:メレク
翌朝。なかなか寝付けなかったわりにはすっきりした朝を迎えられた。
朝ごはんは用意されてるかなだろうか。
すこし上機嫌だった私の心は、
「おはよう」
「......おはよぅ」
風呂場兼洗面所から出てきた黒髪のせいで急降下した。朝一で会うとは運が悪いとしかし言いようがない。同じ家使ってるんだし、当然といえばそうだけど。
「朝飯もう出来てるってさ。ティナちゃんも起きてる。お前が最後から二番目だな」
「あっそ...」
なんとなく、必死に作り笑顔を作ろうとして失敗した。なんだか、こいつの前だと顔や口調がごまかせなくなっている気がした。
顔を洗ってリビングに向かうと、確かにユーノちゃんを除いた全員がいた。
「おはようアカーディアさん」
「おはようございます」
今のは特に変化もなく対応できた。この差はなんなのだろうと考えるも、きちんとした解答は得られない。
「あ、ティナちゃんもおはよう」
「お、おはようございます...」
ティナちゃんはまだ少し緊張しているのか、たどたどしく返事を返してきた。
「ユーノ起こして来ますね」
「いや、まだいいよ。寝れるときに寝ておかないとね...」
そう言った本人が眠そうだったけど。明日娘が自分のもとからいなくなるかもと考えたら寝てなんていられないか。
「それよりアカーディアさん。服は洗っておいたから、はい」
「あ、ありがとうございま~す」
触られてたと思うと嫌な気分だが気にしない。それより、
「この服どうしたらいい?もらえたら嬉しいんだけど」
「あ、無理だわ。返してくれ」
「...あんたが着るの?」
「んなわけあるかよ」
まぁ、借りた奴が言えるもんじゃないし、当然か。
「後で匂い嗅いだりしたら殺すから」
冷めた口調で口にすると、
「そんな変態みたいなことしないから安心しろよ」
あっけらかんとした返事が返ってきて、なんだかつまらないと思った。
----------------
「ふぅ~」
朝御飯を食べ終わって一息。
「お前ダンさんと情報聞いてきてくれない?」
そんな休みは口論へと変わった。
「はぁ?なんであんたの言うこと聞かなきゃならないのさ?」
「俺は資料読むから」
「一人で行かせればいいじゃん?」
「『遺産』貰えなくなるぞ?」
「うっ...」
そこをつかれると痛い......今のところ何もしてないし...
でも、男とは極力話したくないと言うのが本音。
「ユーノちゃんに行かせれば」
「あいつ寝てるし」
「ティナちゃんと遊んでる!」
「ユーノが起きたらやらせる」
「うぅ......わかったよ!」
「じゃあダンさん。任せます」
「うん」
あいつのいいように進んでいることに腹が立った。全く勝手に指図しないでほしい。腹が立つことこの上ない。
「じゃあ、行ってきます!「おはようございます~」!うそ!ユーノちゃんに行かせて!」
「いってら。そしておそようだぞねぼすけ」
いきなり呼ばれたユーノちゃんは、寝ぼけた目をぱちくりさせていた。
----------------
「それじゃあティナちゃん行こうか?」
「は...はい」
無事にティナちゃんと遊ぶという仕事を手に入れた私は、二人でリビングがら出て二階に上がっていき、そのままティナちゃんの部屋へ向かった。
「ど、どうぞ」
ティナちゃんの部屋の中は主にベット、机だけと質素ではあるものの、人形があったりと女の子らしい面もあった。
「じゃあ、何して遊ぼうか?」
「私は...」
「遠慮しなくていいんだよ?」
「......じゃあ、ケーキを買いたいです。」
ティナちゃんから聞いたのは予想外の言葉だった。
「ケーキ?」
もしかして、私の最後の食事とか言うんじゃ......
「い、いえ。別に最後にするつもりなんてなくて、ただ、皆で食べたいな~って」
私の雰囲気から察したのか、ティナちゃんがかぶりを振って否定してきた。そのしぐさと考えに少し当てられたんだろう。
「...じゃあ、買いに行こうか?」
「はい!」
この子を助けられたらいいな~とぼんやり思った。
お出かけ用の服に着替えるティナちゃんを置いて、入ったばかりの部屋を出る。私は一応出掛けることを連絡するためリビングへ顔を出した。
「ん?どうした?」
いたのはテイカーだけ。ソファーに座り、机に並べられている本の山を睨んでいた。生物の専門書や図鑑、果ては竜が出てくる絵本まで。
「あの二人は?」
「もう出掛けた」
「早いねぇ...」
「ユーノが準備するだけだったからな。で、なんかあんのか?」
「あ、ティナちゃんが皆で食べる用のケーキ買いに行くんだけど」
「マジで!?」
「今日食べるかは知らないけどね」
「マジか~...」
何故か一喜一憂して揺れる黒髪に目がいく。面白い動きしますねと言いたくなった。
「アカーディアさん...」
「あ、ノクスでいいよ~」
いつの間にかリビングに来ていたティナちゃんに訂正を入れながら近寄っていく。
「...じゃあ、行ってくるよ」
「待て、その前に一つ」
「?......ッ!」
あいさつをしたら、こいつは少しずつ寄ってきた。
ヤメテ。
その顔が少しずつ近づいて__________
「近寄らないでっ!!」
耳元で喋ろうとしていたんだろう。でも、耐えられなくて反射的に押し返してしまった。
「っとと...わりぃな。そんなに嫌だったとは......ティナちゃんは先準備しててくれ。」
「わ、わかりました」
ティナちゃんはいそいそと靴を履き、外に出ていく。
「えーと...悪かった。ごめん。ティナちゃんに聞かれたくなかったからさ」
彼がしてきたのは謝罪だった。今まで...今までの相手とは違う反応。
私だって今の行動に他意があったなんて思わなかったけど、すごく近くにいられるのが堪らなかった。
「こっちが過剰に反応しちゃっただけだし...こちらこそごめんね?」
無意識に謝っていた。いつもだったらもっと怒ったりするのに...どうして?
「えーと、伝えたかったのはティナちゃんのこと頼むなってだけだ。さすがに竜に狙われてると思うと精神的にまいってそうだからな...」
それに答えるものは何もなかった。
「う、うん...わかった。じゃあね」
「あぁ。いってらっしゃい」
靴を履いて外に出る。テイカーの方は一度も見なかった。
「お待たせティナちゃん。行こっか?」
「はい」
こっちも精神的にまいりそうだよ。
----------------
「ここ?」
「はい。すいませーん!」
「なんだい一体...って、ティナちゃんかい?」
閑静な住宅街の中にそのケーキ屋さんはあった。ティナちゃんが声をかけると、中から小太りしたおばさんが出てくる。
「はい。ケーキ下さい」
「うーん...今在庫切らしちゃっててねぇ...今から作るから待ってて貰える?」
「分かりました」
「なに味がいい?」
「ノクスさん何かあります?」
「ティナちゃんが決めていいよ」
「えーと...じゃあチーズケーキで」
「あいよ。じゃあ一時間くらい後にもう一度来てね」
「はい」
女店主は早々と店の中に入ってしまった。私のこと何か言ってくるかと思ったんだけど...見た目人間だし。
「ティナちゃん。家に戻る?それともどこか暇潰せる場所知ってる?」
「ここで待ってもいいですか?」
「え?」
「家に戻ってもカムイさん一生懸命なので。邪魔したくないんです」
「そっか...じゃあ、ここで待とうか」
「はい」
と、待ち出してから少しして。
(気まずい...)
無言になってしまった。な、何か話題を!
「そう言えばティナちゃんのお母さんはどこにいるの?家には居なかったよね?」
「お母さんは...私が産まれてからすぐいなくなりました」
......墓穴掘った。
「え、えと...ごめんね?こんなこと聞いて」
「いえ...」
再び無言。それを破ったのは、
「私のお母さんは、私を産んですぐに竜に食べられたそうです」
「......え?」
ティナちゃんの、震えた声から発せられた一言だった。
「私が自分の母親について聞いたら、お父さんは泣きながら喋っていました。『僕を、この村の人を守るために、お母さんは自分を犠牲にしたんだよ...』って。なんで自分を犠牲にしたのか聞いたら、『あの人はこの町が好きだったから。昔の活気溢れた、暖かい心の人達が大好きだったから』と言われました」
「_____________」
私は、七つも歳が下の女の子が、凛として語るその話に聞き入っていた。
「私は、今のあまり関係が良くない村の皆しか見ていないけど......それでも、自分が育ったこの村の人たちを守りたいんです」
「......他人のために命を投げ出すなんて、怖くないの?」
「怖くないわけ、ないじゃないですか。でも......っ」
気づいたら私は、ティナちゃんを抱き締めていた。体が震えているのが分かる。
「ごめん。わかった。大丈夫。大丈夫だからね」
_____私も助けるから__________
この子のためなら、頑張ろう。そう思って、きつくきつく抱きしめた。
「ありがとう、ございます」
お父さんを心配させまいと我慢していたんだろう。ティナちゃんから涙が止まらなくなる。すすり泣く声を聞きながら、震える体を感じながら、私は抱きしめたまま動かなかった。
----------------
「......ノクスさん」
「なぁに?」
あれからまた少しして。
「今度は私が質問してもいいですか?」
「いいよ。なんでも聞いてね?」
「じゃあ...なんで、お父さんとカムイさんに突っかかるようにしているんですか?」
「うっ...」
痛い質問するなぁ...この子ホントに10歳?
「それには訳がありまして...」
「訳があっても、良くないと思いますよ?」
「そうですね......」
さっきお母さんの話を聞いてしまったため、心が痛かった。
「私で良ければ聞きますけど?」
「うーん...でも、ティナちゃんにはティナちゃんの問題があるし、これは私個人の問題だから」
これ以上この子と話していると、ダメになりそうだった。弱音を吐いてしまいそうで...
「私のは聞いてくれたじゃないですか」
「......私、男といろいろあって苦手だから、ついああいう態度とっちゃうんだよね~」
「......男っぽい人ですか?」
「え?まぁそうだね」
「そうですか......でも、カムイさんやお父さんはノクスさんのそう言う人達とは違うですよね?会ったばっかりですし」
「...そうだね」
「なら、話せるときにちゃんと話した方がいいですよ。その人の良いところが分かりますし!それに......」
_______________何かあってからじゃ、遅いですからね__________
そう言って苦笑するティナちゃんに、私は尊敬の眼差しを向けていた。
...ダンさん。あなたの娘さんはすごい子ですよ。曇り空を見上げながら、私はそう思った。
----------------
無事にケーキをもらって帰宅。
「お、おかえり。ずいぶん長かったな」
「作ってもらってたので...これ入れますね」
「何ケーキ?」
「チーズケーキです」
「イェス!」
先に行ったティナちゃんと、買ってきたケーキに喜ぶテイカーの声が聞こえる。私もそっちに向かうと、
「おかえり~アカーディア」
ガッツポーズをとったまま、こちらに声をかけてきた。
『話せるときにちゃんと話した方がいいですよ』
相手は男だけど、こいつは......
「...ただいま、テイカー」
呟くように出た一言。それは、小さくも大きい一歩だったのかもしれない。