アスモディ・ストーリー (Asmody Story) 作:メレク
音をたてながら、部屋の片隅に置かれている時計はその針を動かし続ける。
「遅い......」
一人きりのリビングで私は何度目か分からない言葉を呟いた。喉が乾いたためテーブルに置いてあるお茶を飲む。
既にアハトと別れてから十時間は経っていた。見えていた太陽はとうに失せ、家の外は夜の暗闇しかない。
あのあと、私達は町に戻る馬車に乗ってミディナちゃんの家に帰ってきた。あまり元気は出せなかったが、年長者として夕食の準備をし(料理の腕はともかく)、二人は少し早めに寝てしまった。アハトが帰って来るまで起きようとはしていたけど、足場が安定しない洞窟を半日以上歩いた上、精神的問題もあって限界だったらしい。今は布団の中でぐっすりのはず。
そして私は、
「早く帰って来なさいよ...まだ洞窟にいるわけじゃないんでしょ」
眠たい体を奮い立たせ、誰にも届かない罵倒を繰り返していた。夕飯の残りは用意してあるし、お風呂も沸いている。その並べられている食器を見ながら、またため息をついた。
魔物は夜になると獰猛になる者が多く、いくらなんでもこんな時間まで探索しているとは思えなかった。だからここまで遅くなっても帰ってこないのは、偉い人に捕まっているのか、あるいは______
「っ!そんなわけない!」
立ち上がり、あわてて自分の想像を打ち消す。それ以上思ったことが現実だったら耐えられないから。私は脱力し、項垂れるようにソファーに沈んだ。
「はぁ...どうして」
少し前まで、こんなことになるなんて思わなかった。『遺産』だけ求めて一人旅をしていた私が、どうして一月たらずでここまで変わると思えるだろう。
「...アハト・テイカー」
初めはカムイ・テイカーと名乗っていた彼女を、私は男だと思い込んでいた。短めであまりそろってない黒髪、何も寄せ付けないような黒い瞳、なにより飄々とした態度と言葉使い。
男を信用していない私は、ずっと警戒していた。だが、まだ彼女を男だと思い込んでいた時___竜に襲われ、助けてもらった。それから正体が判明したわけだが。
私はその時、男でも女でも、信頼できる相手というのは関係なく決まるのだと思った。別に、男だから信用出来ないわけでも、女だから信用出来るわけでもない。
「ただ、あいつだから」
ユーノちゃんも比べられない位大切な仲間だ。友達とか、親友ともとれるが、仲間という言い方が私にとって一番しっくりくる。
ミディナちゃんも、つい数日前に出会ったばかりだが仲良くできてると思う。なにより『遺産』の話が出来るのが嬉しい。
だが、それでも、
「私にとって、あいつは...」
視野の狭まっていた私に無理やり周りを見せた人、何かと気にかけてくれる人、竜の時もあのレイの時も、私を気づかってくれた人。
「あぁーもう」
自分の考えが分からなくて頭をかかえる。勿論それで答えが出ることはないが、それでもやらずにはいられなかった。
「信じられない」
ソファーに顔をつけ、力を抜く。自然と肺から息が出る。
確かに彼女が私にとってどういった人物なのかはわからない。でも、
(......大切な人を考える時って、こんなかんじなのかな)
「...早く帰って来い。バーカ」
私はその感覚が気持ちよくて微笑んだ。
「ただいまっと...ノクスが死んでる!?」
まぁ、そんな感傷はすぐに消えるのだけど。
「死んでないわバカ!」
「バカとはなんだ、やっと帰ってきたのにいきなりそれは傷つくぞ」
「こんなに遅くなる時点でバカでしょ!外真っ暗じゃん!」
「はいはい悪かった悪かった」
「絶対悪いと思ってないー!」
こうして、夜は更けていく。
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「ん、ご馳走様でした」
「お粗末さまです。お風呂にする?」
「いや、朝シャワーにするわ。今はこのまま寝たい...ふぁーあ」
「確かに眠そうだね」
「まぁな」
ひとまずノクスが作ってくれた夕飯を平らげ、満足感に浸りながら目をこする。しかし、落ちてくる目蓋が元気を取り戻すことはなかった。
「全く...」
「...悪いな」
「別にそういうこと言われたくてやってるわけじゃないから」
「......ありがと」
「はいはい」
会話の最中に目の前に置いてあった食器が無くなっていく。言い訳しながら流しまで運ぶ彼女に感謝しながら、机に突っ伏した。
(自分だって眠いだろうに、なにも言わなくてもこういうのをやってくれる辺り、凄く根はいいやつなんだがなぁ...)
「どうかした?」
「いや、なんでも」
(本人は、気づいてないんだろうな)
他人だからこそ分かることに苦笑しながら、活発に動かない頭で必要事項を整理していった。
「明日も討伐で、志願者以外は入れなくするそうだ。交通規制も延長、少しこの家で過ごすのが長くなるな」
「そうなの?」
「俺達もあのあとかなりの数を倒したんだが...大物が見つからなくてな」
半日近く洞窟を手当たり次第歩き、魔物を倒した成果はそう多くなかった。
「いや、ほんと、『リグロ』40匹を二人で倒すのは辛かったけど...」
「...へ?」
一番苦戦したそれは、間違いなく一人だったら何かしらの失敗をしていただろう。
「ねぇ、大丈夫なの!?」
「いや、無事だから帰ってこれてるわけですよ?」
ノクスが半笑いのまま固まっていた表情を変えて迫ってくる。俺としては彼女が洗っている皿が動揺で滑らせてしまわないかが心配だった。
「そ、そっか...よかった」
「...お前、ホントに最初会ったときから変わったな。今の方がよっぽど親しみやすい」
割りと最初の方から漫才染みたことはしていたが。
「親しみやすい...か」
「?」
「何でもない!」
突然微笑み、俺の顔をみてさらに笑顔を見せるノクスに、俺は疑問しか浮かばなかった。とりあえず話を戻すことにする。
「まぁ、だから明日も行くつもりだ。お前らはどうする?」
「...へ?」
俺の質問に彼女は再び表情を固まらせる。今日はコロコロ表情が変わるなと思い、いつも変わってるわと自分の中で突っ込みを入れた。
「いや、だから明日、お前らはどうするってこと。この町は魚が多いし、市場も賑わってると思うからそっち行っても...」
「...なにいってるの?」
「へ?」
彼女の切り返しに今度は俺が硬直する。ノクスは呆れたようにため息をつきながら、
「私も討伐行くよ?当たり前でしょ」
本当に、当然だと言わんばかりに言い返してきた。
「いや、お前らを行かせるわけには...」
「じゃあアハトも休む!」
「それはしたくない...なんでそんなこと言ってくるんだ?」
「......はぁーあ。いい?」
呆れた顔をさらに崩し、手を頭にあてる動作をしてから、
「ユーノちゃんも、ミディナちゃんも、...私も、皆一人だけ無理して行こうとするあんたが心配なの?分かる?」
「......」
「私と出会ってからいつも無理させてるし、足手まといなのもわかってるけど行かないなんて選択はするつもりないの。確かに今まで死ぬかもしれないと思ったことはあったし、実際...死体を見て、恐怖しかでなかった」
「......」
「でも、だからこそそんな場所に一人で行かせたくないの。私はなんと言われても絶対行くから」
ノクスの言葉に、俺はただただ聞いているだけだった。そのまま立ち上がり、二階へ向かう。
「ちょっ、話はまだ...」
「...明日も早い。もし来るなら...さっさと寝ろ」
「!...うん!」
返事を聞く前に二階まで上がる。真っ暗な廊下の中、壁に背中を預けてもたれかかった。
「......その言い方は、ずるいだろ」
俺と別れるまで震えていたから、行かせたくなかった。それが、俺が心配だからついていく。と言ってくれた。
俺は別に信用してなかったとか、仲間想いじゃないとか、力が劣っているとか、そうゆうわけじゃない。でも、彼女に言われて気づいたことはある。
「...ありがとう」
何か縛りが自分から離れた気がして、一人安堵した。
月は明るく、輝いていた。
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「くしゅん!...そろそろ朝シャワーは諦めるべきかね......」
背筋を走る寒気を振り払いながら頭を洗う。使わせてもらっている石鹸からは良い匂いがした。
昨日泥の様に眠り、残したままの汗を流すため朝シャワーをしているが、この地域だともうすぐ雪が降る季節でもあるので辛いものになってきていた。
「新魔にはあまり風呂ないし...」
新魔の住む場所は基本シャワーしかない。ここも例にもれずなのだが、風呂に入りたい派の俺には少し感じるところがあった。
(まぁ、使わせて貰っておいて何を言ってるんだってのは、重々承知だけどな)
女子としては短めの髪を洗い終わり、体の方へ手を伸ばす。
「失礼しまーす」
「へ?」
しかしそれは突然の来訪者______服を着たまま入ってきたミディナによって止まった。
「いや、ミディナ、お前」
「昨日早く寝たぶん早起きしてしまって、起きたらシャワー室から音が聞こえたものですから。背中流しても良いですか?」
「...頼む」
女子同士とはいえ恥ずかしさはあるが、出ていけとも言えず渋々了承した。
ミディナはどこからともなくスポンジを取りだし、同時に出した椅子に座る。俺も洗いやすいよう別の椅子に座ると、ほどなくして背中に柔らかい感触がした。
「気持ち良いですか?」
「あぁ、うん。ありがとな」
確かにミディナの洗い方は優しくもあり強さもあり、自分でやるよりも背中が気持ちよかった。
「......」
「......」
「...先輩」
「んー?」
「...昨日、どうして私達を残して行ってしまったんですか?」
「あの時のお前らを連れていっても、何にもならないだろ」
「そうですけど...聞きたいのはそうじゃないんです」
ゆっくりと、シャワーの音でかき消されそうな声で出てくる言葉をしっかりと聞く。
「なんで、先輩は危険のある場所に、一人で行ってしまったんですか?」
「別に一人ではなかったし、古跡(ファーデン)はいつも危険があるが...高位な魔物が町にでも降りて来たら、大変だろ?」
「......」
「今の俺は力もつけてきてる。戦って守れる物があるなら...俺は戦うさ」
「......」
コツン、とスポンジ以外の何かが背中に当たる。首だけ動かして見ると、ミディナが頭をもたれさせていた。
「...いつも先輩は、無茶し過ぎです」
「最近自覚してる」
「理想は高い方が良いですが、大勢の皆を守るために戦って、全部を守れるなんて思いません」
「そうだな」
「守れても、先輩が犠牲になったら意味ないんです。守られた人は、私も含めて喜びません」
「......そうだな」
「...だから、必ず無事でいてください。約束ですよ?」
ミディナの少し震えた、優しげな声に俺は、
「...あぁ、約束だ」
力強く頷いた。
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「......」
「......」
「...えっーと」
「......」
「......」
「......なにこの空気?」
シャワーから上がって残りの二人も起き、飯の時間。とある二人は無言を貫いていた。
「......」
「......」
まぁ、俺とミディナなのだが。
さっきのシャワー室での出来事が、頭から離れない。今思うと朝から赤裸々なことを言い合ったのだ。結果______
(恥ずかしすぎるだろ!!!)
羞恥心で一杯だった。飯の味がしない。顔は真っ赤で、体温も高くなっていた。
ミディナも同様らしく、ずっとうつむいたままだった。目を合わせないので気は楽だが。
「ねぇ、一体なにがあったわけ?」
「何もなかった。いいな?」
「いや、ここまで無言でなにもないっ「いいな?」...分かった」
無理に咳払いをして、俺は必死に話題を変えようとした。
「じゃあ、今日も俺は討伐の協力をする。お前らも来ても構わないが、昨日みたいに死体を見るかもしれないし、自分が死ぬかもしれない...それでも、来たいというやつだけ連れてく。後は買い物とかしてる。どうだ?」
「行くに決まってるでしょ。昨日みたいになるつもりはないから連れてって!」
「はいはい...お前は昨日聞いてたから分かってるよ」
くどくど説いた説明を吹き飛ばすようにノクスが手を上げ、俺は頷いた。残りは二人。
「私も行きます」
さらに手を上げてきたのはミディナだった。
「年上だけに任せてもいいんだよ?」
「年上でも年下でも関係ないですよ。私が行きたいから行くんです。私だって先輩や、ノクスさんも危険な目にあってほしくないんです。それに...自分の町くらい、自分で守ります」
さっきの恥ずかしそうにしてたのから一転、きっぱりと言い切るミディナが本当14歳か若干分からなくなった。
ともかく、これで二人が決まった。残るは一人。
「...ユーノは、どうする?」
「私は...私も、連れて行ってください!」
「...分かった」
「じゃあ早く食べて行こう」
「はい。そうですね」
これで、全員の参加が決まった。どうなるかは分からないが、ユーノの____暗いままの顔が、無性に記憶に残った。
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「これで、私も...今度こそ」