アスモディ・ストーリー (Asmody Story) 作:メレク
到着した洞窟前は、異様な光景に包まれていた。
「この人達は...」
「凄いな...」
いつものように集まった人が、いつもより少し熱く武器の見せあいをしたり、どう戦うかを話していた。
それは確かにいつも通りだったのだろう______昨日の朝までなら。の話だが。
「私が言えることじゃないけど、昨日あんなに逃げてた人がこんなに集まるものなの...?」
ノクスの言葉は、俺達全員の意思を組んでいるように思えた。
昨日、逃げ出した人ほとんどがいる。それも、まだ討伐部隊しか入ってはいけないとなっているのにも関わらず。疑わない方がおかしかった。
「カムイさん」
「あ、ハルベルト...さん」
こちらに声をかけてきたのは昨日共に戦ったハルベルト・クリムだった。そのままこちらに寄ってきて、静かな声で話し出す。
「ミコンさんから何か聞きました?」
「いや、何も...昨日全員で解散してから見てません」
「全員討伐部隊に参加......というのは、あり得ない話ですよね。そちらの彼女達は?」
「こいつらは一緒に参加します。昨日あれだけ怯えてて不安だと思う...でも、戦力になることは、保証する」
「......危なかったら、すぐ退かせて下さい」
「勿論です」
「でしたら、あとは......」
数分してからスラッツさんが来る。彼がした顔は、たくさんの討伐志願者が来てくれた喜びではなく、なぜここにいるんだと言いたげだった。
「皆さん?ここはまだ一般に解放するつもりは...」
しかし、返ってきた言葉はある意味予想できたことであり______予想外のことだった。
「え、昨日倒したんじゃないのか?」
「もう終わったんだろ?」
「今朝言いに来ていたぞ。今日からもう大丈夫って」
「...え?」
昨日最後まで洞窟に残っていたのは、俺とクリムとスラッツさん、それに馬車を動かすスラッツさんの部下の四人。
「どういうことだ...」
「...俺じゃありません」
少し視線をずらしているのに気づいたのか、クリムが釘を刺してくる。
「リン、貴女はなにか?」
「知るわけないですよ。ただでさえさっきまで寝てたんですから」
聞こえる声からして、残りの二人も知っている様子ではない。
「とすると...」
「皆さん!まだ危険があるので今日も入らないで下さい!」
「あ!?またかよ!?」
「こっちは大丈夫だって言われたから来たんだぞ!」
「情報の伝達にミスがあったのは謝りますが、ご了承下さい!」
気性の荒い男達と、自分に関係ないことで謝るスラッツさんの声を聞きながら、俺は考えていた。
誰が何の目的で、こんなことをしたのか。もしこの探索者達を使って『遺産』を手に入れようとしているなら、こんなところで指導者を待たせる必要はない。
この騒動の間に自分だけ洞窟に入ろうというなら、危険の高い場所に一人で入るのはあまり考えにくい。この町で強い人が死んでいるのだから尚更。
だが、それ以外の理由はどれも大した理由にはならない。もうすぐこの探索者達も、死にたくはないだろうから帰るだろう。
(もし誰かが目的をもってこんなことをして、ここに沢山の人を連れてきた理由...?)
「うっ!」
「わわっ!」
その時、突風が吹いた。目に砂が入らないよう目を瞑る。別段珍しいことではないただの強風。
「あ...」
しかし、タイミングは最悪だった。
「あ、...あ、あぁ」
そこには、帽子が飛ばされたユーノが震え声を出していた。
全員が彼女を______彼女の頭に存在する、大きな角を見ていた。
「その角...旧魔?」
「旧魔がなんでここに!」
「ここ『ヘルシンキ』だよな?」
「てめぇいつからいやがった!」
「ひっ...ち、ちが......」
ざわついていた空気が爆発するように、ユーノを攻める声が上がり始める。ユーノはそれに怯えることしか出来なかった。
(まさか...これが目的だったのか?)
ユーノが旧魔だと知っているものはこの町で俺達だけのはず。だが、古跡(ファーデン)が探索できなくてストレスがたまっている探索者たちがここに集まったことがわけの分からない情報ミス______偶然で起こったこととは思えなかった。
「カムイ!」
「っ、違う!ユーノは違うんだ!」
ノクスに名前を言われて意識が現実に戻される。俺は何を言えばいいか悩みながらも必死に否定した。
「カムイくん...」
ユーノを庇うように探索者達との間に立つ。後ろから彼女の弱々しい声が聞こえる。隣にはノクス、ミディナも立ってくれた。
「なにが違うってんだ!旧魔はこの町にいないはずなのにここにいて、古跡の中に行こうとしていた!手柄を横取りする気だろうが!」
「彼女は魔物を倒そうと、逃げたい気持ちを抑えてるんだぞ!」
「そんなの信じろってかぁ?旧魔禁制の時に入ってきた不法侵入者の時点で信用なんかないんだよ!」
「そもそも旧魔に信用なんかしてられるか!」
「違う...違う!!」
彼らの膨れる言葉を抑えられず、自分の言葉も意味を成さなくなる。ストレスがたまっている彼らを論ずるなど土台無理だった。
「もう殺すか?」
「やめろ!ユーノは...」
「旧魔なんだからいいだろ!?」
「ああ...あぁ......」
なぜこんなにも旧魔を嫌ってしまっているのか。そんなに種族の隔絶は、市民層の間で広まっていたのか。この場では意味のない疑問ばかり上がってしまう。
「さてはお前も旧魔だな!?とっととそのフード外せ!」
「ちがっ、俺は!」
「うるせぇ!このままなら二人まとめて殺してやんよぉ!こちとら腹立ってんだ!」
「そうだそうだ!」
探索者達の粗野な声が響き渡る。
殺せ!いや、それは不味いから生け捕りに...いや角折って杖に使おうぜ、旧魔は角に魔力がたまってるからな。そりゃいいね!俺達とは違って全身に魔力を貯められないかなら! キャハハハハハギャハハハクスクスハハハギャーッアハハハハハハハハハハハ______
『もうやめろぉぉぉぉ!!!!』
その叫び声は、決して届くことがなかった。
「もういい」
その言葉だけでここにいる者全員が静まる。鳥のさえずりさえ聞こえない。それほどまでその声は悲痛で、底知れない冷たさがあった。
「...もういいよ」
「......ユーノ」
声がした後ろを振り向くと______ユーノが、泣いていた。
「もういいよ。カムイ君」
その目には、覚悟を決めているように見えた。
「カムイ君まで、殺されそうになったら嫌だもんね」
ただ、その目には______
「...今まで、ありがとう」
____さよなら______
そのまま彼女は、洞窟の方へ走り出した。目元から流れた一滴の涙が、地面のほんの一部分を丸く濡らした。
「ユーノ!!!」
「ユーノちゃん!」
俺達の声を無視して洞窟の中に入る。数秒たたずに彼女の姿は見えなくなった。ミディナだけは無言で後を追う。
「俺達も________」
「おっと、一人は行っちまったが...行かせると思うなよ。全部話すまでいかせないからな」
「旧魔の仲間なんだろ?なんでこんなところにいるんだ!?」
「やっぱり『遺産』目的か!?他に理由があるなら言ってみろよ!」
「洗いざらい吐けよこらぁ!」
「悪いが邪魔だ!どけ!」
ミディナの後を追おうとするが、その道を彼らが塞ぐ。俺は初めて、こいつらに殺意が沸いた。
「皆さんいい加減にしてください!」
「そもそもあんたの管理が悪いのがいけないんだろ!なんで旧魔が混ざってるんだよ!」
「そ、それは...」
大切な、大切な仲間をこんな風に言われ、自分の命は大事にするくせに人の命を無惨に殺そうとする奴ら。
アイオスさん、メイルさん、そしてユーノを思い浮かべ、これが旧魔より優れている、と言われている姿だとは思えなかった。
そして______そう言えなかった。ユーノを守れなかった自分に腹が立った。
「てめぇら、いい加減にしろ...」
言いながら、エクスシアを作り出そうとして______
「あなたたちバカなの!?」
「...ノクス」
ノクスが、誰よりも大きな声を張り上げた。
「人を角有るか無いかでしか判別出来ないなんてそれでも人類?」
「なんだてめぇ、いきなりしゃしゃり出て来やがって」
「文句あんのかぁ!?」
「文句あるよ、だって私のこと人間だって分かってないじゃん」
その言葉に何人かは動揺し、何人かは自分の魔力でノクスに魔力があるか調べたのだろう。その顔をさらに動揺させた。彼女には魔力などないのだから。
「その程度で仲間意識強いですみたいに言われても、なに言ってるの?って感じよ」
「てめぇ!」
「本当のことでしょ?ねぇ、角が大きかったら悪なの?角が小さかったら善なの?旧魔は悪者で、新魔は正義なの?どうなの?」
「そうだよ!旧魔は悪者だよ。この古跡にも手を出して来てるじゃないか!」
「新魔の一人占めを阻止したら悪者だなんて、自己中心的過ぎるでしょ。それに、私は旧魔と新魔が一緒の町で過ごしているのを見てきた。一緒になって笑ってたり、楽しんだりしてた。あんたたちは他の町とかを見てないだけだよ」
「なんだと......」
ノクスがこの場にいる全員に諭すように話続ける。
(ここは、男ばっかりなのに...)
男嫌いの彼女が、屈強な男達を論破する。それは、彼女を知ってる者ほど信じられない光景だった。
「私は、男が嫌い。嫌なことされて、偏見で男全員が嫌だった。でも...そこにいるカムイや、ユーノちゃん、ミディナちゃんもいて、私も。旧魔も新魔も人間も、種族なんて関係なく仲良くなれた。だから今、こうして男だらけのところで大声で話せるんだ。それを支えてくれる人がいるって知っているから...」
ノクスがちらりとこちらを見る。俺はその顔に笑顔を向けた。
「......だから、あんたたちみたいな奴らが、種族のこと言える資格なんてない。ぐちぐち言うな!!」
最後の言いたいところを言い切ったのか、少し息を荒くしながら叫んだ。俺はその姿に、なんとも言えない気持ちになる。
「さっさと散れぇ!!」
「...うるせぇぞ!綺麗事ばかり言いやがって!!」
しかし、それを聞いても全員が引き下がらなかった。
「まだやるの!?本当いい加減に...」
「...ノクス、もういい」
食って掛かろうとするノクスの肩に手を置いて顔を振る。これ以上何か聞いて変わる奴らじゃない。
「でも...」
「...強行突破、行くぞ」
「ちょっ!?」
そう口にして、呼吸を入れる前にノクスの手を引いて『psychic・plasma』で前の人の隙間を抜け、洞窟の手前までたどり着く。
「て、てめぇら!」
「行かせるかよ」
間を通られたことに気づいた者から順に、剣を、斧を、自身の武器を取り出す。何を言っても聞きそうにはなかった。
「このまま逃げるか」
「ユーノちゃんとミディナちゃん追っかけながらね」
「ふざけるな!行かせると思って...「いえ、あなたたちはここで止まっていてもらいます」!?」
俺達と探索者達の間にするりと入って、地面に愛刀を突き立てる。
「ハルベルトさん...」
「ここは任せて...あと、さん付けなんてやめて下さい。貴女がそれをするのは、素の貴女を見てからはむず痒い」
「あ、あんたまさか...」
「幸い、人の顔と声を覚えるのは得意なんですよ。フードを被っていても、すぐわかりました」
「...」
「だからここは任せて、早くいってあげて下さい。どんな事情があるかは知りませんが...今は」
「...助かる」
ハルベルトと目を合わせ、一つ礼をする。
「行くぞノクス」
「...そうだね。急ごう」
そして俺達は後ろを向いて、洞窟の中へ入っていった。
「さて...彼女たちを阻みたい者はここを通ってください。最も、その前にこのハルベルト・クリムが相手をさせて頂きますけどね」
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「ユーノ...ユーノっ」
暗闇の中を闇雲に走る。ユーノは見えない。
「大丈夫だよ。私達より先に行ってる子もいるし」
「そうだが...」
「アハトはもう少しユーノちゃんを信じてあげたら?」
ノクスは、場違いな雰囲気を出しながらそんな言葉を口にする。
「信じてるさ。でも俺が守らないと...」
「...それは違うんじゃない?」
「え?」
ノクスの予想外の言葉に、子供のように反応してしまった。
「そりゃアハトの方が強いけど、そんな一方的な物じゃないでしょ?助けてもらって、助けて上げて...支えあっていくものでしょ?それが仲間でしょ?」
「ノクス......うん、そうだな」
なんとなしに言われた言葉は、俺に深いショックを与えた。
(...そうだ。何を考えていたんだろう。ユーノにも支えられていたのに...まるで自分が上の立場の様に)
「...ありがとう、ノクス」
「どういたしましてと言っておく!」
「なんだそれ」
感謝の気持ちを言葉にしたのに、軽くあしらわれた気がしてむしゃくしゃした。いつものノクスはこんな感じじゃなかったのに、今日はやりづらい。
(もうこの大切な思いを忘れない。俺は俺のやり方で...仲間を支える)
自分の信念を新たにして、暗闇の中走るスピードをさらに上げた。
(だから...支えさせろ、必ず無事でいろ。ユーノ!)