アスモディ・ストーリー (Asmody Story) 作:メレク
「...うぅぅ...ぐすっ」
逃げ出した。逃げてしまった。どうして逃げてしまったのか。
(私が弱いから...)
魔力の制御も、そして______意志も。
いつもいつも魔物を倒すのはアハト君かノクスさん。『fog・beast』を出す前に決着がつく。昨日なんかはミディナちゃんもいた。
もし魔物をすぐ倒せる力があれば。いや、力があっても魔力の制御が出来ないのだから、宝の持ち腐れだった。
(私が役立たずだから...)
どこまで走ったか分からない。辺りは全て暗闇で、私の場所を示しているように思えた。絶え絶えになった息を抑えて膝を抱え込み、うずくまる。
私はいつも後ろ向きに考えやすいと分かっているのに、そこまで強く変えようと考えなかった。だからあのおじさんたちの言葉に耐えられなかった。
悪意のないミディナちゃんの、ノクスさんの、アハト君の言葉も悪くとってしまう。
『二人まとめて殺してやるよぉ!』
「......ぐすっ」
唐突にさっき言われた言葉を思いだし、涙がこぼれる。
(私がなにもできないから...)
______アハト君まで、殺されそうになった。
そんなのだけは、絶対に嫌だった。
「あぁぁ....」
______ユーノ!
最後の、あの顔。私は涙が潤んで見れなかった顔。
(きっと、悲しげな顔してたんだろうなぁ...)
あの人は、そういう人だから。
______さよなら______
それを私は、振り払った。伸ばされた手を拒絶した。
もう、戻れない。
「だから、もういいよ。好きにして」
両手を前に伸ばす。その先には______『リグロ』と呼ばれていた犬みたいな魔物がいた。
魔物からしてみれば、目の前に魔力の沢山あるご馳走が落ちているんだ。その子は目を血走らせて掛けてくる。
「サヨナラ」
さっきと同じ言葉なのに、心が全く違っていた様に感じた。涙がまた溢れる。
今まで会ったことのある人の顔が、代わる代わる出てくる。リーゼ。バルトさん。お母さん。お父さん。ミディナちゃん。ノクスさん。そして______
「...さよなら。アハト君」
『リグロ』のシルエットが地面から跳躍し、その牙が私に、
「さよならは、まだ早いですよ」
突き刺さる前に、横やりが入って吹き飛ばした。
蹴り飛ばしたのは______
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「今の雄叫び!」
「...こっちだ!急ぐぞ!」
「分かってる!!」
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「貫け。氷よ」
私は魔法を詠唱する時、よく動詞と名詞を繋げる。こっちの方が身近に感じられてイメージがしやすいからだ。
発した言葉は自身から魔力を吸いとり、代わりに包丁程度の大きさをした氷の塊を宙に浮かばせる。その数九。
上げていた手を降ろした瞬間、それは『リグロ』に突き刺さる。絶叫し倒れるそれを見て、私はようやく一息ついた。
「ふぅ...ユーノちゃん。大丈夫?」
ついこの間出会い、今助けた同い年の彼女に声をかけると、その子は涙ながらに口を開いた。
「...で」
「え?」
「なんで助けたの!?なんであんなこと言った私を助けるの!?私はそんな資格ない!!」
「ユーノ...ちゃん?」
ユーノちゃんは、涙を流しながら激昂していた。その意味が分からず私は首を傾げる。
「私は役に立たないから!!何もできないから!そんな私を何で助けるの!?」
「何言って...」
「あのまま喰われてよかった!こんな、皆を傷つけるような厄介者にしかなれないなら...あのまま死んだ方がよかった!!!」
「ユーノちゃん!」
「なのに...何で邪魔するの!!邪魔しないで!」
「ユーノちゃん!!」
「ッ!!!」
気がついたら私は、彼女の頬を叩いていた。
「なんで...っ!」
「誰も貴女が役に立ってないなんて言ってない!何も出来ないなんて言ってないよ!!」
「私はダメなんだよ!魔力を使っても剣捌きはノクスさんと同じ!魔法は全然使えない!皆におんぶにだっこされたままここに来て、私のせいで皆が危ない!何で私ってここにいる必要があるの!?」
「別にそんなのを求めてるわけじゃ...」
「じゃあ気持ち!?こんなに泣き虫なのに!?」
ユーノちゃんの特徴的な角は心なしか垂れ下がり、顔は苦痛の度合いが増していく。 涙はぼろぼろとこぼれて両頬を濡らす。
「こんな思いするなら、『シオン』で一生暮らしてればよかった。なにもしないまま、魔法に悩みながら、お父さんとお母さんと暮らしてればよかった!」
「......」
「ねぇ...答えてよ。ミディナちゃん。私は...私は、どうすればよかったの......どうしたら......」
どうして、と繰り返し呟きながら私の服を掴み、膝をついて項垂れるユーノちゃん。
私はそのユーノちゃんの手を掴み、そっと抱き締めた。
「...私も、最初は魔法が全然使えなかった。先輩に会うまでは剣もまともに使えなかったし、自分のお店なのになにも出来なかった。カクテルだって上手く作れなかった」
その時友達には、『このお店本当に大丈夫なの?』とよく言われていた。
「でも、最初から何でも出来る人なんていないよ。皆弱いし、何にも出来ない」
「...天才だって沢山」
「それは何かをやってみて分かったことでしょ?何もしなければ得意なことだって、不得意なことだって分からない。ユーノちゃんは自分で努力して、不得意なことを見つけた。でも、誰も絶対に出来ないなんて言ってない。神様だって分からない。だから焦らないで、落ち着いて努力すれば...」
「努力...努力、か」
抱き締めたまま自分の思いを語ると、ユーノちゃんがかすかに震えているのが伝わった。
「努力。したよ?いっぱい。何年も普通の魔法を使う努力をして、アハト君に教えてもらって、ノクスさんとも戦って。ここに来るまでも朝と夜、特訓をしなかったのは一日もないし、魔物とも戦った。それで私は、強くなったの?なってないよ!!」
耳元でユーノちゃんの声が荒くなる。
「会って数日で...知ったような口を聞かないで!!」
きっとそれは、本心から出た言葉ではないと思う。たった数日でも一緒に過ごした私はそう思っている。
でも、今この子に言葉を届かせられるのは、
「...そっか、分かった。じゃあ、知ってる人に聞こう」
私はきっと、不機嫌な顔をしているだろうとぼんやり考えた。会って数日でも分かることがあるとか。ユーノちゃんと私は友達だから助けるのは当たり前だとか。言いたいことは沢山あったけど、今の彼女の気持ちを救えるのは私じゃないと分かったから。
「...やだよ。だって私、アハト君にさよならって言ったもん......私のせいで皆死にそうになったんだもん」
「それも含めて、本人に聞いてみよう?きっとユーノちゃんが想像してる返事は何もしてくれないだろうからさ。お店の全財産賭けちゃう」
軽く冗談を言いながら剣を抜く。
「だから...先輩とノクスさんが来るまで、耐えて?」
そこには、いつの間にか四足の魔物がいた。といっても、『リグロ』じゃない。
禍々しい魔力を纏い、太い体躯を見せつけ、獅子を思わせる毛を生やし、目と爪と牙を鋭く光らせ、口から涎を垂らす見たこともない怪物。
この洞窟で感じたことのない強さ______恐らく、うちの町の人を殺した高位の魔物。
(こんな時に...)
それがいつの間にか私とユーノちゃんの前にいた。ユーノちゃんを庇うように剣を構える。
撒き散らされるオーラで体が震える。強さは圧倒的にあっちが上だろう。
(それでも)
「きっと先輩はいつも剣使ってばかりだろうからなぁ...私が普通の新魔の戦い方を見せてあげる」
そして、その怪物は洞窟を崩す勢いで咆哮する。鼓膜が破けそうな音を聞きながら、今の私が剣を使うのと同時に扱える最大量______五つの氷を作り出す。
固有魔法がないため、剣と種類が豊富な魔法で攻める。これが基本的な、新魔の戦い方。
王道でありながら、王道であるがゆえに戦いやすい力。
「行くよ!」
そして私は、恐怖を隠しながら地面を蹴った。
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「こふっ!!」
「ミディナ...ちゃん」
ミディナちゃんが洞窟の壁に叩きつけられ肺にあった息を吐き出す。突然現れた魔物は、大きな腕で彼女を吹き飛ばし、何度も何度も壁に叩きつけた。
「なんで...」
「っ...こんのぉ!」
ミディナちゃんは落とした剣を拾い直し、魔物の周りに二つの炎を出しながら突撃する。しかしそれは、魔物の、その巨体さからは考えられない素早さで振るわれる爪で弾かれ、そのままの勢いでミディナちゃんに食らい付く。
とっさに剣でガードするも、その衝撃で地面が割れる。バランスを崩したミディナちゃんが倒れないようにバックステップをとるも、魔物はそのままミディナちゃんに体当たりする。彼女は爆音と土煙を立てて私のすぐ近くの壁にめり込んだ。
「があっっ!!」
煙の晴れた場所で、ミディナちゃんは口から血を流しながら笑っていた。渇いた薄い笑いだった。
「...もう、いいよ」
「ふふっ...はぁっ!!」
自分の半分くらいの炎を作り出し、相手に向けて勢いよくとばす。しかしそれは、相手が口元で作り出した炎の玉とぶつかり、爆発を起こすだけだった。煙を入れまいと目を隠す。
「もう無理だよ...」
「そんなことない!私だって出来ることがある!ユーノちゃんだって!」
「やめて!私は何も出来ない!!何も出来ないの!」
「そんなことない!!」
相手がさっきより大きな炎を作るのを見て、ミディナちゃんは両手を合わせ、六角形の氷の盾を生成する。その数七つ。
言われなくてもそれが避けようともしない私を守るためだと理解できた。
(...私、最低だなぁ)
最後まで足を引っ張るだけだった。最後まで出来なかった。
「ミディナちゃん。逃げて」
「今さら逃げれるわけないですよ!!」
魔物が出した灼熱の火球は、ミディナちゃんが用意した七枚の氷の盾を容易く破壊した。魔力の使いすぎで、一つ一つの質が低い。
「魔力が......」
「ごめんね。私のせいで。ごめんね...」
私は、同い年の彼女に謝ることしか出来なかった。涙がずっと止まらない。その涙を渇かす様に、さっきよりもさらに大きな炎を魔物が作っていた。ミディナちゃんが防ぐのは、もう、不可能。
「絶対、私が守るんだから」
「...なんでそんなに」
「大切な友達なんだから当たり前でしょ!私は死んでほしくないの!!会って数日でも、そう思えるから!!」
「......」
私は、こんな言葉をかけてくれる友達を、道ずれにしたんだ。
______シネば______
__ンダら、困ルヨ__
「私は...私は......」
私はこっちに飛んできた暗闇を照らす炎を見ながら。
もう一回くらい、話したかったかもなぁ______ごめん。
そして、大爆発が私達を包み込んだ。