アスモディ・ストーリー (Asmody Story) 作:メレク
本編どうぞ!
「うぅっ...」
「はぁ...はぁ...」
ベッドで寝ている二人の苦しそうな寝息を聞きながら、俺は一口紅茶を飲んだ。酸味が良く聞いていて、入れた者の技量が良くわかる。
「ローズヒップなんて、珍しいな」
「私が好きなんですよ。アールグレイやダージリンの方がよろしかったですか?」
「いや、いい」
チンッ、と陶器ならではの音を立ててカップが皿に置かれる。その反対側で同じ音を鳴らすのは、俺と同じくソファー座り、俺と同じく傷だらけのハルベルトだった。
魔物の群れがユーノによって氷漬けになり、シュバイツァーと名乗った彼女をノクスが追いやった直後、意識を保っていられなくなったミディナとノクスが気絶した。
慌てて介抱していたところに訪れたのは、町の反旧魔の意識が強い新魔と戦い、傷だらけになったハルベルト。
その後、ハルベルトの後をついてきたスラッツさんとその部下(名前はリンと言うらしい)の馬車に乗って、『ヘルシンキ』のハルベルトの家まで逃げて。
気絶したままの二人を軽い治療をしてからベッドで寝かせ、今にいたる。
「...ありがとう。あの大人数相手に、良くやってくれた」
「いえとんでもない。数えられないくらいの魔物を洞窟ごと氷で覆うような人はいなかったので大丈夫でしたよ」
「そのくらいのことが言えるなら大丈夫そうだな」
ハルベルトの話では、ユーノの魔法は洞窟の入口付近まで冷気を漂わせ、相手していた新魔達は凍った洞窟の中には入ってこなかったらしい。結果としてバレずに町まで逃げてこれたのだから幸運だろう。
スラッツさんは今頃洞窟に残っていたり、この家に来ようとする新魔の相手で汗水垂らしているらしい。
「暫くは来ないと思いますよ。権力には誰しも弱いですから。一日くらいは平気です」
「聞きたくなかったなぁそんなこと...」
ため息をついてから、ローズヒップを口に運んだ。
「...俺もまだまだだな。今回、皆に助けられたし、思い知らされることも多かった」
「......」
「...まだまだ強くならなきゃなって、思うよ」
「...そうですか。私はその実力を拝見させていただけませんでしたが、きっとそう思えるうちは強くなれますよ」
「偉そうだな」
「これは実際経験しましたから」
「そうか...そうだな。そう思うよ」
『新魔と旧魔と人間、そんなごっこ遊びはやめたらどうじゃ?』
(最初はパートナーとしてユーノを選んだのも、自分の...戦争を避けるという目的があったからだ。その意味では確かに、関係としてはごっこ遊びと言えなくもない)
脳裏にシュバイツァーの言葉がよぎり、無意識に歯を食い縛った。
(でも、ユーノと旅して、途中からノクスとも一緒にいて、ミディナもいるこの町に来て。新魔も旧魔も...種族なんて関係なく、俺には本当の意味で守りたい物ができた)
「あぁ、強くなるさ。皆の為にも、俺のためにも」
「旧魔の角って皆おっきいの?」
「人によってそれぞれです。私のは大きい方かな...」
「触ってもいい?」
「旧魔の角を触れるのは本当に信用できる人...それこそ夫婦同士とかだけなので...すいません」
「ちぇっ...」
「出てきたみたいですね」
決意を口にしたところに、隣の部屋______シャワー室からいつもの服を着たユーノと、部屋着に着替えたリンが現れた。
「ユーノ、大丈夫か?」
「うん。汚れはしっかりとったよ!」
「いや、そういうことじゃ...まぁいい」
水色の瞳を輝かせるユーノの返事に、俺は微妙な反応をした。今の質問の意味は、あれだけの魔法を使ってしっかり意識を保っていられているのかという問いだったから。
(何事もなかったようにぴんぴんしてんな...俺だったら、詠唱時間が三倍にして、やっとこいつの半分くらいだろうか......)
俺は大技を使えるタイプじゃない。どちらかと言えばエクスシアや氷魔法を使っての連続攻撃を得意とし、手数で押すのが得意だ。もっともその手数も、一度に操作できる数はあまり多くないが。
一気に氷を百個作り一斉射撃するのではなく、氷一個を飛ばし、即座にもう一個作って飛ばすことを繰り返す______そんな動き方だ。
だが、そのことを抜いても赤く目を光らせた本気のユーノの力は異常としか見えなかった。洞窟ごと凍らせるような魔法を使って、使った直後も息を切らした様子もなかった。
(結論としては、ユーノの魔力が底知れないってところか...それこそ、あれが使いこなせるようになったら...)
ユーノが喜びながらあれを連射する姿を想像し、途中で止めた。見てはいけないものを見たような感覚だった。
「アハト君?」
「あぁ...なんでもない」
「あ、ごめんカムイ君だよね!」
「...それも今はいいよ。それより今後の予定を言うから座ってくれ」
「?...分かった」
そう言うユーノが俺の隣に座った。風呂上がりで柑橘系の良い匂いが鼻をくすぐる。
「アハト君はお風呂いいの?」
「話が終わったら入るよ...分かってるとは思うが、もうこの町にはいられない。ノクスが目を覚ましたらすぐに町を出る」
「はい」
「用意はなにかあるか?」
「どこか行っちゃった帽子が...」
「そこのを使ってください」
「ありがとう、ハルベルト」
「ありがとうございます」
「いえ...アハト...さん。私はなぜ貴女が旧魔も行動してるのか、なぜこの町『ヘルシンキ』にいるのか存じません。ですが貴女のお連れが悪い人だとは思いませんし、実際皆さんを見てそれはないと思います。ですからせめて町を出るまでは、助力させていただきます」
「寧ろ助かる。感謝しかない」
「町の人からは文句しか出ないでしょうけどね」
「次の町長だろう?いいのか?」
「そしたら王都で働かせていただきます。過保護な家からも出たいと思っていたので丁度いいかもしれません」
「...そっちの助力はしないからな」
「問題ないですよ...たぶん」
話が纏まったことに安心して、俺はもう一度紅茶に手をつけた。
「じゃあ、あとは...」
後ろを向いて見つめる先には______ベッドで寝ている、ノクスとミディナがいた。
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「次期町長とあのアハトって人はどういう関係なんですか?」
アハト君がシャワーを浴びにシャワー室に入ってから、スラッツさんの元で働くリンさんがハルベルトさんに質問を口にした。
「まだ私は、町長になるなんて言ってはないんですけどね...」
「そこじゃなくてですね、前からの知り合いみたいですが、年齢的に立場は逆なんじゃ...」
「...スラッツさんの部下さん、でしたよね?貴女はもう少し国に目を向けた方が良いですよ」
「??」
「いえ、私も会っていなければ分からなかったかもしれませんが...」
意味の分からないことを呟くハルベルトさんは、何か決意したようにこちらに顔を向ける。
「んー...ユーノさん」
「は、はい!」
「...貴女はどれだけあの人のことを知っているか分かりませんし、私も本格的に話したのは昨日からですけど...寝ている二人も含め、皆さんと話している時のあの人はとても嬉しそうです」
____アハト君が国の軍に入っていたことや、国のために今ここまで来たことを知らないだろうハルベルトさんは、その全てを見透かしているように語りかける。
「これからも、仲良くしてあげてください」
「...言われるまでもないです!」
私はそれに、はっきりと答えた。
「お前に言われる筋合いはねぇぞハルベルト!」
素早くシャワーを終わらせたアハト君が、声をあらげて叫んだ。
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既に日は沈んだが、遠くから聞こえる喧騒はそのままだった。
「まだやってんのか...」
「そろそろ一度散ると思いますよ。もうすぐ明け方ですから」
ハルベルトの家に来てから半日。ユーノとリンは別の部屋で寝ていて、ノクスとミディナは寝たままの状態。そんな中、俺はハルベルトとまた紅茶を飲んでいた。今度はアールグレイだ。
「ったく...だいたい、仲良くしてあげてくださいってなんだ?お前俺にそんなこと言えるほど知り合いじゃないだろう」
「...申し訳ありません」
「いや、別にそこまで...」
「本当にこの家に来てから、貴女が安心しきった顔をしていたのでつい...あそこにいたときの大人しさとの差が...」
「...戦闘続きだったからな...もういい」
「...おそらく行き先は王都ですよね?新魔のみ入れる場所ですけど...そこに彼女達を、旧魔を連れていく目的は?」
「...色々あるんだよ。でも...今は単純に、あいつらといたい」
「...明かしてないんですか?」
「え?」
「いえ、ユーノさんの反応が、全部知らないみたいな感じだったので」
「...言う機会がなー......もうサプライズとして最後まで持っていこうかと」
「私も初めはびっくりしましたけどね...」
「やっぱり口調か?」
「はい」
「...まぁいいさ」
今日何回目か分からなくなっている紅茶を飲む行為をして、無意識にカップを音を立てずに皿に置いたとき。
「ううっ...」
「ミディナ!?」
聞こえて来たうめき声の方へ急いで駆け寄った。
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『ミディナ~暇~』
『私はお店の経営あるから邪魔しないで』
『はー...お店しなくてもいいんじゃない?』
私の友達であり居候先の一人娘、ロアナスちゃんがお店のカウンターに突っ伏しながら文句を垂れているのを聞きながら、私はお店の真っ白な帳簿を整える。
『今は私の家で居候、『遺産』を扱うお店を開いても、商品が商品だけに来る客はなし、ここ開かなくても...』
『それでもお父さんのお店を潰したくないの。開かなくなったら...本当に、潰れたって言われちゃう』
お父さんが病気で死んでから、もう十年近くになる。四歳だった私の記憶は薄れており、割りと大きかったらしい葬式も、大勢の参列者も、その時思った悲しみも覚えていない。
『『遺産』は珍しくて、安定した入手もできない。それは安定した収入が得られなくて、経営が難しいってことだよ?剣と魔法が上手くて自分で冒険して『遺産』を集めてた凄腕だっていうミディナのお父さんはできても、ミディナじゃ...』
『...お昼は喫茶店にする』
『店員一人じゃ無理無理』
『...でも』
お母さんは重病にかかったお爺ちゃんの家で看病し、このお店を潰したくなかった私は、昔から家族ぐるみで中のよかったロアナスちゃんの家に居候する、という条件でこの町に残った。
もしかしたら、無意識にこのお店がお父さんとの最後の繋がりだと思っているのかもしれない。
『せめて回復薬とかあればねー...それか、ミディナに剣か魔法の実力があれば...私達、魔法は中級くらいで、剣はからっきしだもんね。ミディナは使ってもないから分からないけど。魔法だけだと魔力切れた時どうしようもないから冒険しにくいしね...』
(それでも覚えているから。大きくて輝いてたこのお店と、お父さんの手を)
つけている髪飾りと、そこから出る少し小さめなサイドテールにぶつからないように手を頭に当てる。薄れてる記憶の中で、あの大きな手で撫でられた感触ははっきりと覚えているものだった。
『しょうがない...バーとか始めれば?それなら一人でもなんとか出来るんじゃない?』
『...ロアナスちゃん天才!』
『いや、冗談だったんだけど...カクテルとか入れられないし、そもそも私達未成年だし』
『......あの、語尾に『くそやろう!!』が口癖のおじさんの所いけば...』
『剣の実力を上げて、魔物を倒しながら『遺産』を探す!』
『無視かー...でも、私一人じゃ剣の力ってどうやってつければいいのか分からないよ...』
『うーん...周り皆戦わないしね。ミディナのお父さんみたいな、凄腕って呼ばれるような人がいれば師匠にして習えるのにね』
『そんな人いなくないかな...?』
『少なくともこの町にはね。あ、いや町長の息子が...あれ?名前なんだっけ?』
ロアナスちゃんが首を傾げ始めた時、カランコロンとお店の扉が開いた。
『い、いらっしゃいませ!』
『おー、久々の客』
『ちょっと黙って!』
出迎える私と呟くロアナスちゃんを気にせず、お客様は中に入ってきた。お金持ちが持ってそうな質感あるコートに身を包み、かぶったフードの中から豪華さを全て吸い込むような短めの黒髪と黒目が揺れる。年はそんなに離れていない印象だった。
『『遺産』を扱う店って聞いたんだが...合ってるか?』
『は、はい』
『ふーん...じゃあそこの剣も『遺産』の商品?』
そう言って、彼は店の奥の方に立て掛けてある剣を指差す。私は少し苦しめな表情をした。
『すいません、あれは『遺産』ではないですし、非売品なんです...』
この髪飾りと同じ紋章が描かれたその剣は、お父さんの形見だった。長年愛用されていた剣は、今も私が拭いていて、持ち主がいなくなって十年たっても錆び一つない。
作った人が同じらしく、私は小さい時髪飾りを貰った。いつだか、『お父さんはお揃いの物が欲しかったのよ』とお母さんが言っていた。
『うーん...じゃあ、手に持つだけならいいかな?ちょっと見たいんだ』
『まぁ、そのくらいなら...』
お店に来て非売品の剣を見たいというおかしなことを言う人を怪しむもの、それだけならと立て掛けてあった剣を手渡す。
『はい、どうぞ』
『ありがとう』
感謝を口にしてから、その客は色んな角度から剣を見る。
『怪しくない?』
『そんなこと言わないの』
ロアナスちゃんと小さな声で会話していると、あちらからも声が聞こえて来た。
『...古い、でも良い剣だな...この位の強度が出せれば......』
『なんかぶつくさ言ってるし』
『それは...』
訝しげに見ていた私達の目は、次の瞬間見開くことになる。
『やっぱ比べると悲しいな...』
瞬きした直後に、左手にお父さんの剣を握ったまま、右手に新しい剣を出したのだから。
腰や肩にさげていた様子はなかったのに現れた見たことない白と金で彩られた剣に、私は目を奪われた。
『え!?ねぇねぇ!今どうやってそれ出したの!?腰とかにつけてなかったよね!?』
興味深々で訪ねるロアナスちゃんに、男は『やっちまった...』と呟く。
『えーと..ちょっとした魔法、かな?』
『もしかしてそれで魔物倒すの? 』
『まぁ、ほとんどそうだな...』
『ふーん...ミディナ!この人でいいじゃん!』
『ふぇ?』『は? 』
突然話をふられて驚く私と、会話の流れについていけない彼が同時に声を上げる。
『だから、剣の師匠!魔物倒してるっていうし、なんとかなるんじゃない?』
『え、でも初対面の人に...』
『すいません!この子の師匠になってくれませんか?剣を教えてあげてください!』
『えーと...話についていけないんだが...これもいいか』
フードから、黒髪の全貌が明らかになる。少し跳ねがある短めの髪だった。
『で、えーと...師匠?だっけ?』
『はい!この店を続けるためにやらなきゃいけないんです!』
『こっちも訳ありできてるからな...でも、その期間だけならいいか』
『それじゃあ!』
『君はいいのか?』
『はい?』
『こっちの子が決めてるけど、やるのは君だろ?その...俺の弟子になるのは。それでいいのか?』
『っ...やります』
質問されても、出る答えは決まっていた。お店のために。今はいないお父さんのために。私のために。
『やらせてください!お願いします!』
『ん...分かった、じゃあよろしくな。俺の名前はカムイ』
『ミディナ・マキです。よろしくお願いします、師匠!』
『師匠呼びは止めてくれ。ま、もっとも...』
途中でいいよどむと、外から勢いよく男が入ってきた。二十代前半といったところで、かなり若く見える。
『ア...カムイ様!こんなところに!しかもフードとってるじゃありませんか!』
『様つけるな。フードとっても問題ない。あと落ち着け』
『落ち着いてられません!!』
『はぁ...こいつを落ち着かせて、納得のいく説明ができたら、だな』
そういうカムイさんは、どこか面白そうに微笑んだ。