宇宙空間に漂い続けてだいぶ時が経った。
視界に映るのは戦争でコロニーから剥がれたであろう、建物の瓦礫。そして宇宙艦やMSの残片。所謂スペースデブリだ。
それが俺が搭乗しているジャベリンの周りを漂い続ける。最初は人々の生活の名残を感じられるゴミ達に興味を抱いていた。だがこの長い時間で縛られる退屈というものは苦痛でしかなく、段々と飽きてしまっていた。
だが前方にいるVガンダム…ウッソの方は俺とは裏腹に、まるで遊園地に来てはしゃいでいる子供のように感嘆していた。
「やけに興味津々だな、ウッソ」
『え…そ、そうですかね』
照れて口調で話すウッソ。地球出身とはいえ、こういったスペースデブリの光景はウッソもとうに見慣れた筈だと思っていたのだが。
『この周りにあるゴミ達って、よくよく見れば昔の物ばかりなんですよ」
「ん?…そういえば」
無重力空間で流れているゴミの中で、建物の看板を見つめる。そこにはUC79という文字が記されていた。 あの宇宙世紀初の戦争が起きた年だ。何とも貴重な…こんな戦場跡に80年程の残骸が紛れ込んでいるなんて。まさかベスパが骨董品として持ってきてたのか?
『何だかこうして見ると、大昔と今も生活環境は変わらなかったようでとても不思議だなと』
「そりゃあ戦争した後にまた戦争…というのが繰り返されていたからなぁ。人々の生活もリセットされるんだから発展も何もあるはずがない」
その反面、皮肉だろうが兵器に対しての技術力は上がっている。昔のMSなんて地球じゃろくに飛ぶことも出来ないし、ビームシールドなんて搭載すらされていなかったらしい。
『その戦争を続けたのが連邦と、それに対するコロニーなんですよね?』
「そうだ、よく勉強してるな」
軍人の俺でさえ学んだであろう、宇宙世紀の歴史なんざ全然覚えてない。それほど子供離れしたウッソは両親に英才教育でも受けていたのだろうか。
『でも、今回のベスパやザンスカールに対しては連邦自体は動いていない。これは一体…」
「あれ?メカニックの爺さんとか、ゴメス隊長に聞いてないのか?」
『は、はい。最初は色々と戦いでドタバタしてたので』
あの爺さん達子供に戦わせておきながら、そんな背景も説明してなかったのか。こいつがいなかったらリガミリティアなんてすぐに潰れてしまっただろうに。
「少なくとも連邦がザンスカールの暴れように気づいているのは確かだ」
『そうですよね、流石にこれは気付いていないとおかしいですよ」
「だけど奴らは見て見ぬ振りしているのさ。地球で町が爆撃されようとも、殺されようとも」
『っ…』
無線からウッソの呻き声が僅かに聞こえた。あいつの境遇はオデロとトマーシュから聞いていた。ウーイッグの大量虐殺。そんなものを目にした子供には一生のトラウマだろう。
「もはややる気がないんだ。大昔からの戦争や内紛によって有能な将官は死に絶え、残るは腐敗し続ける無能な奴ら」
俺も含め、地球連邦は怠惰を貪り続ける太った芋虫状態だ。
「だから奴らは動かないんだよ。…一部の部隊が動いてくれているのはせめての救いだ」
『そう…なんですね。説明して頂きありがとうございます』
ウッソとの無線が終わる。
…ウッソに限らず、子供達は今の時代をどう考えているのだろうか。止まない戦争、人権すら無視した圧政。俺がガキだった頃はここまで酷くなかった筈だ。
こんな未来のない世界であいつらは夢を持っているんだろうか。
——-
「…こりゃあデカいな」
残片を掻い潜り続ける中、眼前に巨大な物体に遭遇した。色々な資源がまるでミンチ肉のように複雑に絡み合っているのを見る限り、人為的に造り上げている可能性がある。
そして、丁度トンネルのようにその物体には洞穴というべきものがあった。大きさ的にはMS一機が入るぐらい。
横にいたウッソのVガンダムは緩やかにスラスターで移動し、その洞穴へと機体を動かしているのが見える。
『中を見て、味方の兵士がいるか確認してきます』
「了解した。…だが、この物体はベスパの作りあげたスペースデブリのダミーかもしれない。気をつけてくれ。俺は外を回る」
『わかりました』
本来なら俺が中に入ればいいのだが、いかんせんジャベリンのショットランサーが残骸に引っかかって動けなくなる。そんな蜘蛛の巣のように雁字搦めになった状態で敵と遭遇でもしたら一貫の終わりだ。
「しかし…こうまで生き残りがいないのはおかしい」
あれ程の激しい戦闘ならば生き残った者は極端に少ない。
…とはいえ、流石に1人も見つからない事実に首を傾げてしまう。
もしかすると、既にこの宙域は敵の回収部隊がやってきて、味方は既に…。
駄目だ、あまり悪い方向に考えるのは良くない。よりによってそっちの方が当たる確率が多いんだ。こういう戦争に限って。
『…くはただ…きでVガンダムに』
『い…わけは…』
突如ウッソから無線が聞こえた。それと同時に第三者の声も聞こえる。野太いその声は壮年の男の様だ。
何かを話ししているようだがこの密集した残骸が無線の電波を邪魔であり、ノイズが走って聞くこともままならない。
「おいウッソ!!どうした!!」
言ったそばから嫌な予感が当たった。ウッソの叫び声と雑音が混ざり、その男は味方では無いことが明確する。
このままではウッソがやられてしまう。流石に回りこんで洞穴の方は戻るのは時間がかかってしまう。
ならば、残骸の壁を突き破るしか無い。
俺はビームサーベルをウェポンラックから右手で取り出した。
左手にあるビームライフルで残骸を吹き飛ばそうと考えたが、それでは無作為に飛ばされるビームに、ウッソが巻き込まれる可能性があった。
「待ってろウッソ!」
ビームサーベルで残骸を溶断した瞬間、
「!?」
突如としてとんがった物体が俺の目の前へと姿を現した。更に猛スピードでこちらへと突進し、そのとんがった穂先に俺のコックピットへと衝突する。
「グオッ!?」
急な衝撃にエアバッグが作動し、俺はクッションに挟まれたまま気が動転する。
『なんだお前は!?』
さっきのウッソとやり取りしたのであろう、その男の声が不意に聞こえた。恐らく接触回線…という事はこのトンガリに奴が乗っているということになる。
そのトンガリは俺の機体を押し付けたまま加速している。この機体の質量を押し続けでも尚、高速に推進する。
「やばいっ…!」
丁度トンガリの穂先…恐らくはビーム砲だろう…それの砲塔がジャベリンの右脇腹部分へと突っ込んでしまい、それが引っかかっている。そしてこのスピードによる衝撃によって、スラスターを動かしても逃れる事はできない。
持っていたビームライフルもそしてビームサーベルも、さっきの衝突によってマニピュレーターから離れてしまった。
『そのまま逝け!リガ・ミリティア』
砲口から粒子の光が迸る。コックピット近くの脇腹であれば、諸にビームは当たらなくても高熱によってパイロットスーツは焼け切れる。受け入れれば死は免れない。
「そう簡単にやられるかよ!」
そうなればこの手に賭けるしかない。左にあったジャベリンユニットを手にかける。こいつの使い用はただ単に槍を飛ばすだけではない。
ランサーの一部を伸縮させ、打撃武器として活用もできる。
『何!?』
この機能はあれど、それを使用するのは稀だろう。ベスパの奴らはそれを知らないのも無理はない。
「おらぁ!!」
ユニットを振りかざし、トンガリの砲口へと突き刺した。
火花を散らし、動きに乱れが生じた事を見逃さずに俺は急いでスラスターで奴の突進から難を逃れる。
真っ直ぐに突き進むとんがり。そしてまたもやこちらへと旋回した。
俺は辺りを見渡す。残骸にあった方は…どうやらオリファーのVガンダム、ジュンコのガンイージが確認できる。…救援に少し安心したが、どうやらあちらもゾロアット2機を引き連れてきたみたいだ。
このMAは流石にあちらへと向かわせたら危険だ。…撃墜じゃない、ただ食い止めるだけで良いんだ。
艦でケイトに言われた事を脳裏によぎらせる。そして、
「く、くるならこいよ…!」
向かってくるトンガリを対峙する事に決めた。
アビゴルはザンスカールで1番好きなのかもしれないです。