ウルトラマンメビウス -The Day After- 作:高月
アオイは隊員食堂で朝食を摂っていた。いわゆる『食堂のおばちゃん』である日ノ出 サユリの料理の腕前は一流で、どのメニューにしようかと悩むのも毎朝の楽しみである。今日は白ご飯に焼き鮭、味噌汁にほうれん草のおひたしというオーソドックスなメニューにしてみた。テーブルの上には、強い骨を作るために毎日アオイが欠かさず飲んでいる牛乳のパックも置かれている。
と、突如食堂内に警報音が鳴り響き、アオイは今まさに飲もうとしていた牛乳のパックを倒してしまった。こぼれた牛乳をテーブルの上の布巾で拭こうとするが、『基地内に侵入者を一名確認。警備部は直ちにD-3区画へ急行せよ』というアナウンスにしばし逡巡。アナウンスの通り急行するのは警備部だけで問題ないのだが、それを放っておけないのがアオイである。しかも彼女は、すでにトライガーショットを装備していた。
結局、テーブル上で円形に広がっていた牛乳を大雑把にふき取ってから、アオイは食堂を飛び出した。
その頃、GUYS JAPANベースD-3区画で。様々な装備を手にした警備部の精鋭たちが、少女の姿をした何者かに手も足も出ず蹂躙されていた。
警備部の装備品はデフォルトでスタンモードにセットされているのだが、その空間では実弾が飛び交っていた。これは、撃つたびにいちいち装填し直す必要のあるスタンガンではらちが明かないとして、指揮官が実弾への変更を指示したのである。
充満する硝煙の匂いと、壁に穿たれた無数の弾痕。しかしそれでも、状況は警備部の有利にははたらかなかった。
一人、また一人と倒れていく。
少し遅れてアオイが到着した時には、すでに最後の一人が回し蹴りを食らって吹っ飛ぶところだった。警備部の精鋭たちが通路に重なり合って倒れている様子に一瞬思考が止まったものの、次の瞬間腰のホルスターからトライガーショットを抜き放つ。こちらに向かって駆けてくる敵の姿めがけて、アキュートアローと呼ばれる赤いビームをすかさず三発撃ち込んだ。
しかし少女の姿をした敵は驚くべき瞬発性で、それを三発とも避け切った。次の瞬間放たれた蹴りを、トライガーショットを盾にして何とかしのぐ。そのまま蹴り足を掴むが、敵は掴まれた自分の右足を軸にして空中で一回転。遅れて襲ってきた左足の蹴りを頭部に食らい、アオイは通路の床を転がった。
予想したより一つ一つの攻撃がはるかに重たかったので、いったん数十メートルほど後退し柱の影に転がり込み姿を隠す。この区画は上部にフェニックスネストが鎮座しているので、強度確保のため太い柱が密集しており相手に気取られずに位置を変えることができるのだ。
ごうごうという低い音があたりに反響している。
かなり距離を取ったので精神的に余裕が生まれ、ディレクションルームに詰めているはずの隊長に連絡を入れておこうと思い立った。メモリーディスプレイの電源を入れると、すぐにハルザキ隊長の顔が画面に映し出される。
しかしアオイが何か言う前にハルザキ隊長の方から、
『ハナサカ、木曾谷のあづま湖から怪獣が出現した。まっすぐフェニックスネストに向かってきている』
と話し始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください隊長」
小声で応答するアオイ。ごうごうという音で隠されているものの、敵がこちらを先に見つける事態は避けたい。ゆっくりとした足取りで進んでいく敵を柱の陰から確認しながら、
「いま私、侵入者と交戦中なんですが」
『警備部はどうしたんだ』
「全員、死亡もしくは行動不能に追い込まれています。現時点で残ってるのは私だけ」
『……分かった。怪獣の方はイチノセとサンノミヤがガンサマウンターで出るからハナサカはそのまま侵入者の対処に当たってくれ』
「GIG」
通信を切り、敵の姿を再度視認。折しも、アオイの隠れている柱を通り過ぎこちらに背を向けようとしているところだった。
足音を殺し、静かに背後から近付いていくアオイ。あと数メートルという地点まで進み、トライガーショットの狙いを注意深く敵の頭部に定める。そして一歩踏み込み、まさに引き金を引こうとしたその時。
突然敵が身を沈めた。反射的に銃口を下げるが、次の瞬間恐るべきスピードで襲ってきた両足がトライガーショットを蹴り上げ、一瞬遅れて発車された光弾が天井に煤けた弾痕を穿った。
しかし素早く体勢を立て直し、今まさに着地した敵の左足を狙う。クリティカルヒットこそしなかったものの、高出力のビームは白い脚の表面をわずかに黒く焦がした。初めてのヒットである。
敵の一瞬の動揺に乗じて、今度はアオイが一気に距離を詰める。続けざまに放った三発はやはりかわされたものの、敵はまだ動揺が残っているのか先程までと違って避け方に余裕がない。さらにもう三発撃つと、一発が黒いワンピースの腰のあたりをかすった。つけていた金属製の携帯電話のような装置が床に落ち、耳障りな音を立てる。ひょっとすると武器の類である可能性もあるので、アオイはその装置を後方へ蹴った。
頭部に狙いをつけようとしたトライガーショットは、寸前で伸びてきた両手に阻まれるもののじりじりと下がっていく。どうやら敵は、敏捷性は高いものの体力は一般的な人間と同程度のようだ。相手が蹴りを放とうとする可能性を鑑み、アオイは空いている自分の両足で敵の黒い靴を踏みつけた。
こちらの筋力が上回り、だんだんと敵の頭部に近づいていくトライガーショットの銃口。あと数秒で確実に脳をぶち抜ける、という位置まで持ってきた時。
突然、背後から伸びてきた二本の手がトライガーショットを一気に跳ね上げた。驚いたアオイが振り向くも、次の瞬間頭部に強い衝撃を受けた。
薄れゆく意識の中でアオイが見たのは、まったく同じ顔をした二人の少女の姿――。
「ありがとう、ラブラン」
「まったく、目を離すとすぐこれなんだから……物質転送機が作動してなかったら、今頃死んでたわよ」
そう言いつつ、あとから現れた少女は通路の床に落ちていた銀色の機器を拾い上げる。携帯電話のようなそれは、まだ青白い光を放っていた。どうやらこれで、もう一人の少女は何キロも離れた地点から瞬時にここまで移動してこれたらしい。
「ともかく、エレキングは順調にこっちへ向かっているわ」
「さすがね。でも、エレキングに任せるだけってのも面白くないから……」
「そうね。ふふふふふ……」
「ふふふふふ……」
二人そろって、どこか悪魔的な笑みを漏らす。と、あとから現れた方の少女の身長が急激に伸びた。髪の毛はポニーテールになり、着ている服はオレンジ色のジャケットになって――数秒後には、床で倒れているアオイとうり二つの容貌になった。
「こんなものかしら」
「そうね。じゃあ私はこんな感じで」
もう片方の少女は、先程四番ゲートで相手をした女性警備員の姿に変化した。制服に適当なほころびなどを作り負傷している風に見せかけるのも忘れない。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ」
歩きだす二つの影。めざす先は、フェニックスネストの最上階――ディレクションルーム。