ウルトラマンメビウス -The Day After- 作:高月
カナタも予想はしていたが、それでも機銃で傷ひとつ付かないアントラーの強靭さには歯噛みするしかなかった。無機質な外皮には着弾の痕跡など微塵も見当たらない。
そうこうしているうちにも、アントラーは見る見るうちに接近してくる。磁力光線が云々という先ほどの忠告を念頭において、カナタは前部座席で眼前の怪獣を睨みつけているイチノセに指示を出した。
「イチノセ、回避だ。近づきすぎると危ないらしいからな」
「……GIG」
操縦桿を倒すイチノセ。同時にキャノピーの外の風景が急速に右側へ流れていく。
と、レシーバーからキノムラの声が聞こえてきた。
『あっ……』
「どうした、キノムラ」
『は、翅です。アントラーが翅を広げました!』
「翅……?」
座席に張り付けられそうになる頭を強引にねじり、後方を確認する。なるほど確かに、アントラーの黒光りする体表が真っ二つに分かれ昆虫のような翅が展開している。おそらくは体内にもう一つ単純な推進機関を持っていてそれでここまで降下してきたものの、ガンブラスターから攻撃を受けたので追いかけてこようという腹に違いない。翅はその複雑な機動における補助装置というわけだ。
「イチノセ、狙い通りに追ってきたぞ。どうしても無理そうになったら操縦桿から手を離せ」
ガンスピーダー、およびそれをコアとするすべてのGUYSメカニックの操縦優先権は前部座席のパイロットにあるが、そのメインパイロットが操縦桿に触れていない場合のみ後部座席のパイロットが操縦を交替することができるのである。
「できます!」
ぐっと操縦桿を押し込むイチノセ。急加速に、一瞬外の風景がブレたようにも感じられた。
「……俺が適当に攻撃して引き付けるから、しばらく飛び回って、それから一気に降下。静止しているガンサマウンターの脇を通って、アントラーから離脱するんだ」
かつて防衛組織UGMの矢的猛隊員が考案したと言われるフライトテクニック、フォーメーション・ヤマトの逆パターンとでもいうべきプランである。タイミングを誤れば真正面から味方機に攻撃される危険があるほか、できるだけ直前で離脱しない限り目標も一緒についてきてしまうなど高度な操縦技術が必要とされるが、
「GIG……!」
気丈にもイチノセは操縦を続けた。アントラーは飛び道具の類は持っていないようだが、磁力光線を出した場合に備えて上下左右に絶えず軌道を変化させ続ける。
操縦はイチノセに任せても大丈夫と判断し、カナタはコンソール画面の右下の部分にタッチした。
『Firing System is Activated』
画面が、機体上部に備え付けられているカメラからの映像に切り替わる。カナタが操縦桿を握るとカメラの向きが百八十度転換し、同時にその画面の中央に赤いサークルが出現した。照準用のガイドである。
「ターレットレーザー、ファイア!」
アントラーの黒光りする巨体がサークルに入った瞬間、カナタは操縦桿上部のボタンを力いっぱい押し込んだ。緑色のレーザーが、一直線にアントラーめがけて吸い込まれていく。
はたせるかな、ダメージを与えるには至らなかったがアントラーは大顎を広げ耳障りな鳴き声を上げた。蚊の針程度の痛みであっても、何度も刺されるとそれはそれで鬱陶しいらしい。
半透明の羽が一度大きく羽ばたいた。
「イチノセ、向こうが速力を上げたぞ!」
「すでにガンブラスターの性能限界ギリギリです!」
「……ガンサマウンターまであとどのくらいだ?」
「もうすぐです!」
と、レシーバーからキノムラの声が。
『た、隊長! アントラーの頭部から異常な反応を検知しました!』
(異常な反応……?)
一瞬判断に迷ったカナタだったが、次のキノムラの言葉で冷や水を浴びせられたような感覚を味わうことになる。
『断定はできませんが、おそらく例の磁力光線かと思われます!』
「まずい!」
カナタがそう叫んだのは、自機が磁力光線に捉えられることを恐れてのことではなかった。
反射的に目をやったコンソールの情報で、エンジンの推力に変化がないことは分かっていた。だから、いま自分の乗っているガンブラスターは磁力光線の射程に入ることはない――しかし、前方で静止して待ち構えているガンサマウンターは?
操縦桿を握っているイチノセにそのことを伝えようとしたカナタだったが、
「イチノセ、待――」
「うおぉー!」
時すでに遅し。
キャノピー越しに接近しているのが見えていたガンサマウンターが、轟音と共にすぐ目の前を横切った。
(まずい……!)
「イチノセ、方向転換だ!」
「……なぜです?」
疑問を呈しながらも、操縦桿を横に傾けるイチノセ。
と、次の瞬間、二人の視界が真っ白に染まった。
強烈な光の正体は、ガンブラスターのすぐ横を薙いでいった――高出力レーザーだった。カナタが幾度となく実戦で目にしてきた、ガンサマウンターの。
「どういうことですか!?」
その直前に方向転換を指示したカナタにもそれは予想外だったのだが、イチノセと違って原因は想像がついていた。
「いいから機首をアントラーの方に向けろ!」
機体後部を振りつつ、百八十度後方を向くガンブラスター。そのキャノピー越しに、カナタは予想通りのものを見た。
「隊長、ガンサマウンターが!」
「わかってる」
射撃体勢を整えていたはずのガンサマウンターは、いまやふらふらとした動きで、ゆっくりと、しかし着実にアントラーのもとへ引き寄せられていた。機首があらぬ方向を向いているのも、磁力光線の影響だろう。
つまり先程のレーザーは、今まさにアントラーを狙撃せんとしたガンサマウンターが磁力光線につかまり、バランスを崩した結果――ということに違いない。
「隊長、どうします!? あのままでは、シンドウたちが!」
「わかってる。……仕方ない」
コンソール画面を、フェニックスネストのディレクションルームのカメラに切り替える。トリヤマ補佐官とマル補佐官秘書が映し出された。
「トリヤマ補佐官」
『な、何かねハルザキくん』
落ち着きをなくしている様子の補佐官だったが、それでもカナタの呼びかけに対しては精一杯気丈に振る舞おうとしていた。
「メテオールを使わせてください」
『……し、しかしハルザキくん。マスコミも最近はGUYSが強力すぎる兵器を持っていることに批判的なのでね、こういうご時世にあまり使い過ぎるのは……』
「補佐官!」
『……メテオールの使用を許可する。ただし、メテオール規約第一条に則り制限時間は一分間!』
「行くぞ、イチノセ!」
「GIG!」
カナタとイチノセは同時に左脇のレバーに手を伸ばし、そして叫んだ。
「パーミッション・トゥ・シフト・マニューバ!」