もしあの時、彼女の方が落ちていたら(完結)   作:ファルメール

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第01話 きみを待ちながら筋トレを

「なぁ、何でお前そんなに宇宙人信じてんの?」

 

 始まりは、そんな何気ない一言だった。

 

「信じないから言わない」

 

「信じるよ、クロネコの言う事なら」

 

 クロネコと呼ばれていた幼馴染みの少女はその言葉を受けて暫く考えた後、口を開いた。彼女達の運命を大きく変える言葉を。

 

「だって私、会った事あるから。宇宙人に。私、宇宙人の居る場所知っているから」

 

「だったら連れて行ってよ」

 

「それは無理。怖そうな大人が一杯いたから。見付かったらきっと殺される」

 

「それはちょっと、見るまで信じられないな」

 

 今にして思えば、この時が最後のチャンスだったのだ。

 

 適当な言葉で流しておけば。あるいはもっと純粋に、幼馴染みの少女の言う事を信じられていたのなら。

 

 そうしたら、あんな事は起こりはしなかったのに。

 

「分かった、絶対誰にも言わないなら、明日宇宙人がいる所に連れて行ってあげる」

 

「ホントか!?」

 

 その時は無邪気に喜んでいた。

 

 でも、彼は。村上良太はこの時、取り返しのつかない間違いを、一つ犯していた。

 

 次の日、クロネコが言う場所へ行くにはダムの側面に設置されたパイプの上を通っていかなければならなかった。

 

 この時、クロネコが何と言おうがその先へと進むのは止めておくべきだったのだ。たとえその後で「やっぱり私の事信じてないんだ」とか、彼女に失望されて、嫌われたとしても。

 

 パイプを中程までに進んだ時、良太は後悔した。やっぱり止めれば良かったと。だが後悔先に立たずと、当時はそんなことわざなど知らなかったが、それは本当だと思った。

 

「おい!! そこで何をしている?」

 

 突然かけられたその声に、びくりと二人の子供は体を震わせて……

 

「クロネコ!!」

 

 足を滑らせて、女の子の方が落ちた。

 

 良太は反射的に手を伸ばして、クロネコはその手を掴んで……しかし悲しいかなそこは片手でしかも5歳児の力。二人の体はそのまま空中へと投げ出されていた。

 

 彼の記憶はそこで途切れている。

 

 次に覚えているのは、病院の天井。九死に一生を得た良太は、そこでクロネコは別の病院に入院していると聞かされた。

 

 一体どんな言葉で謝れば許してもらえるのか。良太はベッドの上でそればかり考えていた。

 

 そして時が過ぎて退院の日に、真実を聞かされた。クロネコはダムから落ちてすぐに、死んでいたのだと。

 

 泣いた。その時の記憶が無くなるほどに。

 

 もう、彼女に謝る事すら出来ない。

 

 それから10年。

 

 良太はNASAの研究員を目指して勉学に励みつつ……同じぐらい、日々筋トレに励んでいた。

 

 宇宙に一番近い場所で宇宙人を捜す為、幼馴染みとの約束を守る為に。

 

 そして……あの時と同じような思いを、もうしない為に。

 

 あの時、自分の力がもっと強ければ、クロネコは死ななかった。自分に、彼女を支えられるぐらいの力があったのなら。

 

 だから、勉強だけではなく体を鍛える事にも心血を注いだ。

 

 身長167cm、体重152kg。

 

 これは良太が高校2年生に進級した際、4月に行われた身体測定のデータである。

 

 この数値だけ見れば、人はとてつもない肥満体を想像するであろう。実際、一見した良太の外見は太っているように見える。

 

 だが、デブではない。彼の体脂肪率は、常に5%以内をキープしている。分厚い体を形作っているのは、良く絞り込まれたとてつもなく巨大な筋肉である。考え得る限りの筋力鍛錬により、彼の小さな骨格は高密度の筋肉を搭載するに至る。単純な腕力ならば、恐らくは亜細亜一。

 

「はあ……」

 

 その日の鍛錬を終え、100kgあるダンベルを床に転がすと、良太は溜息吐いて星を仰いだ。

 

 いくら力を付けても、いくら自分の体をいじめ抜いても、10年前から同じ空しさが彼の中には残っている。

 

 この筋肉で支えるべき人は、もう居ない。

 

「クロネコ……もう一度、お前に会いたい……」

 

 

 

 

 

 

 

 そして7月のある日。

 

 プールの授業で、事件は起こった。

 

 その日は潜水の練習が行われていた。

 

 そこで佐伯という女子生徒が、吸水口に足を詰まらせてしまったのである。しかもちょうど潜ったタイミングで、顔が水面下に沈んでしまっている状態で。

 

 男性教員が循環器のポンプを止めたが、排水のペースが全く間に合わない。水位が下がるよりも佐伯の息が切れる方がずっと早いだろう。

 

「佐伯さん!!」

 

「いやぁぁぁぁあああ!!」

 

 ほんの十数秒後に訪れるであろう悲劇を連想して、ある者は絶叫して、ある者は顔を手で覆い、ある者は目を逸らす。

 

 だがこの時、唯一人だけ、別の動きを見せた者が居た。

 

 この時の様子を、現場に居た男子生徒・片平保(16)は以下のように述懐している。

 

 

 

「村上が何をしたかですか? いや……まずプールサイドにまで歩いていくと、こう……力こぶを作ったんですよ。その大きさっていったら……それこそ村上の頭と同じぐらいはあって……血管は浮かび上がって金属みたいにも見えましたよ」

 

「その後ですか? その拳で……こう……プールサイドを空手の下段突きですか? あれみたいに、思い切り殴ったんですよ。凄い音がしましたよ、ドカンっていうか、ビシャアッっていうか……工事用の鉄球をコンクリートに叩き付けたら、ちょうどあんな感じなんですかね? 一瞬、プール全体が地震にでも遭ったみたいに揺れましたよ」

 

「そしたら後は……プールサイドの一角が粉々になって、一気に水が抜けたんですわ。佐伯も何とか息を吹き返して……いや、まさに間一髪でしたよ」

 

「村上の事は知ってますよ。あの筋肉で、全国模試3位ですからね。しかし見ると聞くとではねぇ……」

 

「俺も男だから、どこか強さへの憧れがあるんでしょうね……」

 

「……ぶっちゃけ抱き付いて、キスしたいくらいでしたよ」

 

 

 

 その夜、良太はいつも通り天文台で筋トレを終えた後、望遠鏡で星を眺めていた。

 

 今日は色々あった。こういう日は星を見て、気持ちを落ち着けるに限る。

 

 天文部の部員は、今は彼一人になってしまった。

 

 だから、こんな時間に天文台を訪れる者は居ない筈なのだが……

 

 キィ、とドアの軋む音に良太は少しの驚きと共に出入り口を向いて、そしてこの十年間で最大級の驚愕を覚えた。

 

「こんばんわ」

 

「お前……」

 

 何故ならその子は。

 

「クロネコ……?」

 

 十年前のあの日に、永遠に喪ってしまった幼馴染みと瓜二つであったのだ。

 

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