謝罪は後に回す程敷居が高くなる。勝手に家の一部を壊され、
と言う訳で、今朝は朝食を御座なりに済ませ、家事を鈴仙さんに任せて紅魔館へ向けて永遠亭を出たのである。夜中以外に吸血鬼を訪うのは、それこそ
紅霧異変から以前のレミリアさんは、
西洋出身のレミリアさんの口には果たして何が合うか。洋菓子なんざ滅多に口にしないから何を
通りの
「おや、識がお菓子の品定めとは珍しい」
「あら、上白沢さん。これから授業ですか?」
人里の人気者、上白沢慧音さんである。半妖の身にも拘わらず、独力で人里での信頼を獲得した、幻想郷でも一、二を争う人間好き且つ御人好しである。
「そういう所だ。永遠亭に賓客でも来るのか?」
「いえ、
「何を遣ったんだ一体」
「無意識のうちに紅魔館の四階の窓に頭から突っ込みまして」
「……
「大当たりです」
事の結果を言えば大体事情を察せてしまう位、私や鈴仙さんの奇行は有名になってしまった。誠に遺憾である。
「というか、飛べない筈の識が如何遣って四階に?」
「さあ。飛んだのか、
神のみぞ知る、というやつである。
「それで詫びの品を考えていたと」
「そうなんですが、基本洋菓子なんて口にしないもんですから、どれがいいかと判断為兼ねてまして……」
「ふむ、そうだな。レミリア殿は紅茶をよく飲んでいるそうだから、焼き菓子とかその辺りが無難じゃないか?」
「そうですねぇ……」
焼き菓子……クッキーとかその辺りか。併し一口にクッキーと言っても結構値段に幅がある。俄だが
「じゃあ……これにしますか」
「それ一番高い奴だぞ、大丈夫なのか?」
「財布はパンパンなので大丈夫です。俄長者は俄乞食、落魄する前の最後の買い物ですからこれ位は出さないと」
「不吉な事を言わないでくれ。
「私もそう思いたいのですが、生来の
「随分難儀な性格だな……」
これ許りはどうしようもない。矯められるものなら疾うに矯めている。
「じゃあそういう事で。身包み剝がされないようにと祈っていてください」
「だから何で考えが暗い方に流れるんだ。其処迄心配せずとも大丈夫だろう。まあ、念の為祈ってはおく」
――
併し彼女に取り次いでもらわないと事が進まないので、さっさと華胥から出国してもらう。取り敢えず頭をしばいておけばいいか。
「ホァター!!」
「なぶち!?」
パァン! という快音と共に華胥の国から追い出された門番が目を
「え!? 何、敵襲!?」
「よし、未だ寝惚けてるみたいだから今度は人中に拳を入れるか……」
「やめてください! 急所は洒落になりませんから!」
「で、目は覚めました?」
「御蔭様でバッチリですよ!?」
そりゃ重畳。併し喚かれると耳が痛い。
「というか、起こすならもう
「ナイフ刺されるよか数段いいと思いますがね。所で、職務怠慢の件は十六夜さんに仔細報告しますが宜しくて?」
「済みませんでした私が悪いです」
一転、大人しく頭を下げる紅さん。毎度毎度懲りない人である。
「偖、事も円満に収まった所で、十六夜さんに取り次いでもらえます?」
「何処が円満なんですか……というか、咲夜さんに何か用事ですか?」
「硝子の件でのレミリアさんに謝罪と修繕費の支払いに来たんですよ」
「随分律儀ですねぇ。大概の方は壊した所で知らんぷりか、開き直るかの二択なのに」
「
其処迄礼儀知らずになった覚えはない。
「私の頭を
「それはもう通例になっていますし。ほら、門を
「それ完全に今
「居眠り癖を矯めない限り変わりませんよ?」
寧ろ皆から愛されていると考える事も出来なくはない。私は御免蒙るが。
「それはそうと、取り次ぎはまだですか?」
「はいはい、今取り次ぎますよ」
――
紅さんに取り次いでもらい、更に十六夜さんにレミリアさんへ取り次いでもらう。帰れバカヤロウと追っ払われる事も覚悟したが、特に問題も無く取り次ぎは完了した。
今は矢鱈滅多長い廊下を案内されている。相も変わらず目に入るのは赤、
「昨日は直ぐ行っちゃったから、てっきり知らない
「いやー、昨日は何と言うか、一人で干されている分には落ち着いていたんですが、いざ誰かに見られると途端に恥ずかしさが湧いてきて……本当、失錯ですね、申し訳ない」
「其処等の妖精や魔理沙で慣れているから、硝子一枚程度で其処迄気に病む必要はないわよ。お嬢様には報告したけど、
「一応、身包み剝がされる前提で有り金全部財布に突っ込んできたんですけど……」
「貴女の中のお嬢様のイメージってどうなってるのよ」
「いかにもな、おっそろしい吸血鬼です」
レミリアさんの性格は十六夜さんやノーレッジさんから聞いてはいるが、
「何回も説明しているじゃないの……まあいいわ。今回で確り覚えなさい」
「まあ、善処します」
そんな話をしているうちに、十六夜さんが或る扉の前で止まった。どうやらこの部屋らしい。気分は宛ら、入廷前の罪人である。十六夜さんが四度扉を叩くと、中から「入れ」という声が返ってきた。
「お嬢様、識様をお連れ致しました」
「ご苦労様。早速だけど紅茶を入れてきて頂戴。余り緊張されると話が進み難くなるからね」
「畏まりました」
そう言って十六夜さんが姿を消し、レミリアさんと二人きりになる。
「其処に突っ立ってる儘じゃ疲れるでしょ? 其処の椅子に掛けていいわよ」
「へえ、ではお言葉に甘えて」
テーブルを挟んで対面に座る。体は小柄だが、放たれる威圧感は相当で、自然と
「えーそれでですね、今回の件に就いてですが……」
「あ、事の顚末は咲夜から聞いているから説明しなくて大丈夫よ。貴女も大変ね。毎回変な実験に付き合わされてるんでしょ? 薬の副作用って聞いたけど、どういう薬なの?」
此処に来る迄に色色説明内容を考えていたけど、どうやら無駄だったらしい。瀟洒な従者は仕事を完璧に熟す。
「実験の内容を詮索すると陸な目に遭いそうにないので、基本は訊かないようにしています。只、実験後は必ず人事不省の状態での徘徊があります。徘徊期間は
「どういう実験なのよそれ。夢遊病患者でも作り出す気なのかしら」
「私は薬学の知識はそれ程深くないのでさっぱりです。只、徘徊中は大概変な事をしていますが、他人の家で器物損壊行為をするのは初めてでして……」
「まあ、要は薬の影響で遣ってしまったんでしょ? だったら貴女は悪くないわ。それに、この辺りの連中は壊した所で詫びの一つも無いんだもの。謝りに来るだけでも十分よ」
「……御諒恕して頂けて幸甚です」
思った以上の斟酌だ。成程確かに話せば分かってくれる人である。評価を大幅に上方修正しつつ、修繕費の話に入る。
「それで、硝子の修繕費ですが……」
「それは払わなくていいわ。毎度妖精にされているし、何時もの事よ。故意に遣った訳じゃないし、薬の所為と言う訳も聞いた。それなのに更に金を巻き上げる様な真似はしないわ」
「……遉にそれだと
「……美鈴やパチェから貴女の事は何度も聞いているけど、本当に
予想外の待遇に驚く。硝子を打っ壊しておいて一銭も払わずはい御終いは遉に虫が良過ぎる。だが、レミリアさんの度量の広さは相当なものである事が確認出来た。これで戦戦兢兢せずに接する事が出来る。
そして話が纏まった頃に、漸く咲夜さんが紅茶を持ってきた。
「お待たせしました」
「咲夜にしては随分時間が掛かったわね」
「下手に話に割り込むのも如何なものかと思いまして。では、どうぞ」
どうやら頃合いを見計らっていたらしい。遉、完全で瀟洒
紅茶を飲んでほんわかしていたら、同じく紅茶を飲んだレミリアさんが瞠目した後、ゴホゴホ噎せていた。
「さ、咲夜。これ、何入れた? 何か豪い臭いと味がしたんだけど」
「納豆のペーストを少し。以前納豆が好きだと仰っていたので」
「何で選りに選って今入れるのよ!? 折角カッコいい感じを出せてたのに台無しじゃない!」
「識様はお嬢様に対して少少恐怖を抱いているようなので、多少は御茶目な感じを見せた方がいいと思いまして」
「方法が明らかに間違ってるわよ!!」
……瀟洒の語義に茶目っ気なんてあっただろうか。先程迄の固い氛囲気は霧消し、なんとも言えない気分になる。先程とは打って変わって、十六夜さんにギャーギャー文句を言っているレミリアさんが癇癪を起した子供にしか見えない。何とも可愛らしいが、これが十六夜さんの狙いか。果たして瀟洒とは何だったか、今一度辞書で調べ直す必要が出てきた。
こうして、初めは戦戦兢兢していた謝罪の話は、瀟洒な従者が瀟洒に打っ壊して終わった。