メイドの御茶目により場も和んだので、詫びの品を差し出し修繕費を支払い部屋を後にした。「意外と可愛い所もあるんですね」なんて言ったら、「ち、違う! 今のは違うのよ!」と、顔を赤くして弁明していたが、その姿も又可愛らしく、思わず口許が緩んでしまった。そんな私を見たレミリアさんは更に「キーッ!!」と更に癇癪を起していた。
今は紅魔館の図書館へと向かっている。此処の図書館を利用するのは初めてではなく、紅霧異変終結後は偶に利用している。では何故レミリアさんの事を殆ど知らなかったのかと言えば、レミリアさんが何時も居るのは上階で、対して図書館は地下にあり、単純に
利用を始めた当時は永遠亭の存在を明かす訳にはいかず、人里近くに住んでいる野良妖怪を装っていたが、よくそんな何処の馬の骨とも分からない奴に利用許可を出したものだと今になって改めて思う。一連の流れからレミリアさんの人柄は多少なりとも
そして後から、おっかない人が気紛れで許可を出したに過ぎない
「あら、
「硝子の件の謝罪も済んだので序でに」
「レミィと話してきたの? ならレミィの性格も把握出来たでしょ?」
「ええ、ノーレッジさんの言う通りでした」
変わらぬ定位置で本を読み耽っていた此処の管理人のパチュリー・ノーレッジさんが出迎えてくれる。出迎えるといっても本から顔を上げるだけだが。
「だから言ったじゃない。そんなに怯える必要なんて無いって」
「ですね。当主に相応しい威厳がありましたし、其の後に外見相応の愛らしい仕種も見られたのでよかったです」
「レミィは何をしたのよ……」
したと言うよりはさせられたと言った方が的を射ているが。
「それで、今日も案内は不用かしら?」
「ええ、何時も通り、適当に
此処には
そうして暫し
「あら、その本久々に見たわね」
「そうなんですか? 棚の央ばにありましたけど」
「そうだったかしら。最近は小悪魔に取りに行かせて許りだから、位置が疎覚えになっているわね。内容は……
そう言ってノーレッジさんは
――
読み終わってからの第一の感想は、何とも言えないの一言に尽きる。
一瞬、題名が全く同じの別の本を疑ったが、登場人物が全く契合していたのでその線は消えた。これが換骨奪胎というものか。いやはや、美化とは素晴らしい。
「その顔を見る限り、何とも言えない気分になったでしょ?」
「ええまあ、何と言うか、眼光紙背に徹すると、下っ端は辛いとか、美人は
「グリム童話の原作なんて、大概は殺伐としているわ。大人しく後付け設定の現代版を読むのをお勧めするわ」
「姫の背中に蹴りを入れた召使いには親近感が湧きましたけどね」
振り回され方が私に似ている気がした。
因みに、本の内容は英語で記されているが、ノーレッジさんが翻訳魔法なるもの掛けてくれているので、私の目には邦訳されて映る。正に
内容が内容なので直ぐに読み終わったので、今度は適当な小説を選んで持ってきた。選択の基準は視界に入ったか否かである。深い意味は無い。
頭を空にして読んでいると、徐にノーレッジさんが話し掛けてきた。
「そういえば、レミィとも話したとなると、
「……例のおっかない妹さんですか」
気が
「
「ええまあ。
「確かに気が狂っていたとか、身に余る様な能力を持っているのは事実よ。でも気が狂っていたのは昔の話よ。今となっては大人しいもんだわ」
「そうなんですか?」
「人間である霊夢や魔理沙とも問題無く接せるわよ。今迄の狂気が噓みたいに消え失せたもの」
「狂気の有無ってそんな簡単に
「長く接していれば自然と判るものよ。魔理沙と弾幕ごっこをした日を境に、全く以て消えたわ。こっちが必死こいて何とかしようと研究してたのに、努力が水泡に帰した瞬間だったわ」
「それは又何と言うか……」
細工は流流仕上げを御覧じろと言わん許りに突っ込んでいく白黒魔法使いが簡単に想像出来る。
「まあ過程はどうあれ、長年の懸案事項である狂気が消えたのは手放しで喜べる事よ。弾幕ごっこを通じて手加減も覚えてきているし、一度会ってみてもいいんじゃない? と言うか、向こうは貴女に興味津々みたいよ」
「と、言うと?」
「貴女は気付いてないかもしれないけど、
全く気付かなかった。高位の存在ともなると、気配を隠すのもお手の物という事か。
「どういう訳か分からないけど、狂気が消えてからというものの、結構な引っ込み思案になっちゃったのよ」
どうも違うらしい。臆測の域を出ないが、狂気という或る意味便利な道具が無くなって、他人との距離感が分からなくなったのか。何とも難儀な人生である。
辺りを見回すと、確かに此方を覘う紅の双眸があった。目が合うとびくっと肩を窄ませ、
「……今のが?」
「はあ、そうよ。今のが妹様。別に怯える必要はないって何度も言ってるんだけど、中々上手くいかないのよ」
そう言い乍ら立ち上がって、
一拍間を置き、ノーレッジさんが手を引いて連れてきた。帽子を目深に被り俯いている為表情は窺えない。その外見で一番目を惹くのは本来翼がある所に鎮座する異形である。
「うぅ……ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫って何度も言ってるじゃないですか。この妖怪は滅多な事じゃ顔を顰めすらしませんし。ほら、妹様、何時迄も俯いてちゃ先に進めないですよ」
急かし方が
「あ……あのね、前からあんまり見ない人だなって、気になってたの。そ……それでね、話し掛けようかなって……お、思ってたんだけど……」
訥々乍らも一所懸命に言葉を紡ごうとするその姿は、
椅子から下り、目線の高さを合わせる。
「慌てずとも大丈夫ですよ。私はちゃんと待ちますから」
「う、うん……。それでね、珍しい服だなぁって……。後、耳も見た事無い形してるなって思って……」
耳と服が珍しいと来た。確かに、永遠亭に居る兎は猫も杓子も垂れ耳であるが、私だけはピンと立っている。御蔭で鴨居やら戸口やら、事ある毎に伏せたり立てたり、高い身長も相俟って何とも煩わしいものである。が、それはこの場合の珍しいの語義としては正鵠を誤っているだろう。恐らく兎そのものを見た事が無い、或いは知らないという事だろう。慥か、つい最近迄地下の
服に関しては、私は基本的に小袖のみを着ており、幻想郷の妖怪の中では最も簡素な部類、
此処の住人は皆揃って派手な服装をしており、此処を訪れているであろう博麗の巫女や白黒魔法使いも似た様な恰好をしているので、何等飾っていない一色染の服が逆に珍しいものとなっているのである。目立たない服装が逆に目立つのは此処位であろう。
「確かに此処では見慣れない恰好ではありますね」
「外の人って、皆そういうかっこしてるの?」
「人里の人間は大体こんな感じですね。妖怪だと逆に派手な服装の人が多いです。丁度、人と妖怪とで正反対ですね」
「そうなんだ。お姉さんはそういうかっこはしないの?」
「私はこういうのが好きなんです。あんまり目立ちたくないんですよ。兎って臆病なんです」
「お姉さん兎なの? 兎って本でしか見た事無いなぁ」
「なら、今見てみますか?」
「うん、見たい」
「じゃあ、今から兎に戻りますね。撫でるのはいいですけど、耳は摑まないでくださいね」
そういって、兎に戻る。ポンという軽い音と共に視線が床擦れ擦れになる。すると上から、わぁっという小さい声。目を輝かせて妹さんが私を撫でる。今は秋なので褐色の夏毛と白色の冬毛が
一頻り撫でられた後、今度は抱き抱えられた。柔らかくてあったかーいという頑是ない声が耳朶を撫でる。どういう訳かノーレッジさん迄私を撫でているが、この辺りでは兎とは珍しい存在なのか。
霎時為すが儘に撫でられた後、床に降ろされたので、人型になる。
「どうでした?」
「気持ちよかった!」
気に入っていただけたようで重畳である。すると、同じく満足げなノーレッジさんが
「そういえば、耳を摑むなってどういう意味なの? 耳を触られるのが嫌って事?」
「いえ、兎の雌は耳を摑まれると目が
「それはそうと、緊張は無くなりましたか?」
「あ、大丈夫になってる」
先程迄の蒼い顔は何処へやら。無事に落ち着けたようである。
「
「うん! 兎可愛かった!」
一番大事なのは其処なのか。というか、目の前の大女とその可愛い兎が同じ存在だという事はちゃんと理解しているのだろうか。まあ、それを此処で
「では、いい雰囲気になった所で完全に忘れていた自己紹介をば」
「……そういえばしてなかったわね」
「私の名前はフランドール・スカーレットだよ! フランって呼んでね」
「フランさんですね。私は識と言います。字は面倒なので又何れ」
兎と吸血鬼。先ず見ないであろう異色の