永遠亭の三番弟子   作:車輛運搬具減価償却累計額

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載籍浩瀚(さいせきこうかん)……書物が多い事の譬え。


四 載籍浩瀚

 メイドの御茶目により場も和んだので、詫びの品を差し出し修繕費を支払い部屋を後にした。「意外と可愛い所もあるんですね」なんて言ったら、「ち、違う! 今のは違うのよ!」と、顔を赤くして弁明していたが、その姿も又可愛らしく、思わず口許が緩んでしまった。そんな私を見たレミリアさんは更に「キーッ!!」と更に癇癪を起していた。彼是(あれこれ)懊悩(おうのう)していたのが阿呆らしく思え、同時に牝牡驪黄(ひんぼりこう)の難しさを改めて思い知らされた一件であった。

 今は紅魔館の図書館へと向かっている。此処の図書館を利用するのは初めてではなく、紅霧異変終結後は偶に利用している。では何故レミリアさんの事を殆ど知らなかったのかと言えば、レミリアさんが何時も居るのは上階で、対して図書館は地下にあり、単純に謦欬(けいがい)を聞く機会が無かっただけだ。

 利用を始めた当時は永遠亭の存在を明かす訳にはいかず、人里近くに住んでいる野良妖怪を装っていたが、よくそんな何処の馬の骨とも分からない奴に利用許可を出したものだと今になって改めて思う。一連の流れからレミリアさんの人柄は多少なりとも揣摩(しま)出来る筈だが、図書館の鄴架(ぎょうか)を目に入れた瞬間、そんな事は頭の中から自動的に排遣されてしまった。

 そして後から、おっかない人が気紛れで許可を出したに過ぎない(など)という考えが湧いてきてしまい、這般の件に繫がったという訳である。今思えば自分勝手も(おびただ)しいが、後の祭である。

 

 霎時(しょうじ)迷いつつも図書館に着く。外観と内部が齟齬を来している廊下は未だに慣れない。鴉軋(ああつ)の音と共に扉を開ければ、何時もと変わらぬ浩瀚(こうかん)が出迎えてくれる。

 

「あら、(また)来たのね」

「硝子の件の謝罪も済んだので序でに」

「レミィと話してきたの? ならレミィの性格も把握出来たでしょ?」

「ええ、ノーレッジさんの言う通りでした」

 

 変わらぬ定位置で本を読み耽っていた此処の管理人のパチュリー・ノーレッジさんが出迎えてくれる。出迎えるといっても本から顔を上げるだけだが。

 

「だから言ったじゃない。そんなに怯える必要なんて無いって」

「ですね。当主に相応しい威厳がありましたし、其の後に外見相応の愛らしい仕種も見られたのでよかったです」

「レミィは何をしたのよ……」

 

 したと言うよりはさせられたと言った方が的を射ているが。()の二面性が人を惹きつけるのだろう。

 

「それで、今日も案内は不用かしら?」

「ええ、何時も通り、適当に彷徨(うろつ)いて探します」

 

 此処には牙籤万軸(がせんばんじく)の位置を知悉している司書の小悪魔さんも居るが、私は何時も良さそうなのを適当に見繕って読んでいる。禁書の類は林立している本棚の上部に纏められているようなので、飛べない私は気にせず本を選べる。

 遐方絶域(かほうぜついき)の童話やら寓話やらは、日本のそれとは内容の毛色が違うので新鮮である。家庭教師に使嗾(しそう)されて義母を殺害する抔血腥(ちなまぐさ)い話も多いが、人間の黒い部分が良く出ていて中々に面白いと個人的には思う。遏悪揚善(あつあくようぜん)の話もそれはそれでいいが、一辺倒では何れ飽きが来る。そんな話を以前鈴仙さんにしたら性格が悪いと言われてしまった。

 そうして暫し彷徨(うろつ)いて、一冊見繕った。題簽(だいせん)の「白雪姫」という字は人里の貸本屋でも見た事があるが、貸本屋のそれより装訂が確りしていたので思わず手に取ってしまった。

 

「あら、その本久々に見たわね」

「そうなんですか? 棚の央ばにありましたけど」

「そうだったかしら。最近は小悪魔に取りに行かせて許りだから、位置が疎覚えになっているわね。内容は……()えて言わないでおこうかしら。一つだけ言っておくと、それは初版に近いものよ」

 

 そう言ってノーレッジさんは(また)、目線を手元の本に落とす。人里で読んだ方の内容は疎覚えだが、言い淀む様なものではなかった筈だが。そんな考えをしつつ、近くの椅子に座って頁を捲る。

 

 

――

 

 

 読み終わってからの第一の感想は、何とも言えないの一言に尽きる。(なまじ)「姫」なんて付いているから初版もそう内容は変わらないものだろうと思っていたが、成程言い淀むのも尤もである。貸本屋にあった方は(たし)か、毒殺された筈の姫が、王子様の口付けで目覚めて、その儘目出度し目出度しだった。一方こちらは、入殮(にゅうれん)された姫に王子が惚れ、棺に入れた儘召使いに担がせて連れ回し、それに腹を立てた召使いが姫の背に蹴りを入れ、その衝撃で姫が目覚めて以下略という内容だった。

 一瞬、題名が全く同じの別の本を疑ったが、登場人物が全く契合していたのでその線は消えた。これが換骨奪胎というものか。いやはや、美化とは素晴らしい。

 

「その顔を見る限り、何とも言えない気分になったでしょ?」

「ええまあ、何と言うか、眼光紙背に徹すると、下っ端は辛いとか、美人は(なん)()だで幸せになれるとか、そういう事でしょうか」

「グリム童話の原作なんて、大概は殺伐としているわ。大人しく後付け設定の現代版を読むのをお勧めするわ」

「姫の背中に蹴りを入れた召使いには親近感が湧きましたけどね」

 

 振り回され方が私に似ている気がした。

 因みに、本の内容は英語で記されているが、ノーレッジさんが翻訳魔法なるもの掛けてくれているので、私の目には邦訳されて映る。正に麻姑搔痒(まこそうよう)、熟熟魔法とは便利だと思う。

 閑話休題(それはさておき)

 内容が内容なので直ぐに読み終わったので、今度は適当な小説を選んで持ってきた。選択の基準は視界に入ったか否かである。深い意味は無い。

 

 頭を空にして読んでいると、徐にノーレッジさんが話し掛けてきた。

 

「そういえば、レミィとも話したとなると、紅魔館(ここ)で貴女が話してないのは妹様だけになるわね」

「……例のおっかない妹さんですか」

 

 気が()れていて、一度箍が外れると破壊の限りを尽くす、如何なる大妖怪も瞬霎(しゅんしょう)の間に(たお)せる能力を持っている抔、風の便りに聞くのは身を竦ませる内容許りであり、聞くだけでは余り近付きたくはない存在だ。巷説は飽く迄巷説であるが、内容が内容だけに好意的に解釈するのは憚られる。一臠(いちれん)の肉を嘗めて一鑊(いっかく)の味を知る様な能力は私には無い。

 

(また)噂かしら?」

「ええまあ。(ろく)な自衛手段を持っていないので、悪い情報は矢鱈と直ぐ憶えてしまうんです。自分から危険に向かいたくはないので」

「確かに気が狂っていたとか、身に余る様な能力を持っているのは事実よ。でも気が狂っていたのは昔の話よ。今となっては大人しいもんだわ」

「そうなんですか?」

「人間である霊夢や魔理沙とも問題無く接せるわよ。今迄の狂気が噓みたいに消え失せたもの」

「狂気の有無ってそんな簡単に甄別(けんべつ)出来るものなんですか?」

「長く接していれば自然と判るものよ。魔理沙と弾幕ごっこをした日を境に、全く以て消えたわ。こっちが必死こいて何とかしようと研究してたのに、努力が水泡に帰した瞬間だったわ」

「それは又何と言うか……」

 

 細工は流流仕上げを御覧じろと言わん許りに突っ込んでいく白黒魔法使いが簡単に想像出来る。

 

「まあ過程はどうあれ、長年の懸案事項である狂気が消えたのは手放しで喜べる事よ。弾幕ごっこを通じて手加減も覚えてきているし、一度会ってみてもいいんじゃない? と言うか、向こうは貴女に興味津々みたいよ」

「と、言うと?」

「貴女は気付いてないかもしれないけど、初中後(しょっちゅう)こっちを(うかが)ってるわよ。本棚の陰から」

 

 全く気付かなかった。高位の存在ともなると、気配を隠すのもお手の物という事か。

 

「どういう訳か分からないけど、狂気が消えてからというものの、結構な引っ込み思案になっちゃったのよ」

 

 どうも違うらしい。臆測の域を出ないが、狂気という或る意味便利な道具が無くなって、他人との距離感が分からなくなったのか。何とも難儀な人生である。

 辺りを見回すと、確かに此方を覘う紅の双眸があった。目が合うとびくっと肩を窄ませ、蒼惶(そうこう)として奥に引っ込んだ。成程(あれ)が抔と考える間も無く引っ込まれたので、形貌(なりかたち)はよく分からなかったが、レミリアさんと同じく小柄なのは判った。

 

「……今のが?」

「はあ、そうよ。今のが妹様。別に怯える必要はないって何度も言ってるんだけど、中々上手くいかないのよ」

 

 そう言い乍ら立ち上がって、(くだん)の本棚へ歩いて行った。恐ろしさとは無縁の(なり)をしている私に、怯える要素は無いと思うが。子供が人見知りをする様なものなのか。外見相応に中身も幼いらしい。

 一拍間を置き、ノーレッジさんが手を引いて連れてきた。帽子を目深に被り俯いている為表情は窺えない。その外見で一番目を惹くのは本来翼がある所に鎮座する異形である。槁木(こうぼく)を髣髴とさせる軸が一本、横に大きく広がっており、七色の璞玉(はくぎょく)の様なものが垂れ下がっている。譬えるならば暖簾の様な感じとでも言うべきか。

 

「うぅ……ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫って何度も言ってるじゃないですか。この妖怪は滅多な事じゃ顔を顰めすらしませんし。ほら、妹様、何時迄も俯いてちゃ先に進めないですよ」

 

 急かし方が(やや)強引な気がするが如何なのだろう。背中を押されてからも目線を彼方此方に遣って「えっと……あの……えぇっと……」と伊優亜(いゆうあ)の声を漏らしていたが、(やが)て意を決したように顔を上げ、

 

「あ……あのね、前からあんまり見ない人だなって、気になってたの。そ……それでね、話し掛けようかなって……お、思ってたんだけど……」

 

 訥々乍らも一所懸命に言葉を紡ごうとするその姿は、(とて)も風の便りに聞いた恐ろしい吸血鬼と同一人物とは思えない程に(いとけな)い。()の風の便りは窾言(かんげん)だったと認識せざるを得ず、知らぬ間に恐怖心は霧消していた。

 椅子から下り、目線の高さを合わせる。

 

「慌てずとも大丈夫ですよ。私はちゃんと待ちますから」

「う、うん……。それでね、珍しい服だなぁって……。後、耳も見た事無い形してるなって思って……」

 

 耳と服が珍しいと来た。確かに、永遠亭に居る兎は猫も杓子も垂れ耳であるが、私だけはピンと立っている。御蔭で鴨居やら戸口やら、事ある毎に伏せたり立てたり、高い身長も相俟って何とも煩わしいものである。が、それはこの場合の珍しいの語義としては正鵠を誤っているだろう。恐らく兎そのものを見た事が無い、或いは知らないという事だろう。慥か、つい最近迄地下の(おくぶか)い場所に幽閉されていたとの説明が以前あった記憶が残っている。

 服に関しては、私は基本的に小袖のみを着ており、幻想郷の妖怪の中では最も簡素な部類、(やや)もすれば褐寛博(かつかんぱく)と言われそうな出で立ちである。色は白色、新橋色、薄鶸(うすひわ)色の(いず)れかである。毳毳(けばけば)しい色味のものは性に合わないので着ていない。

 閑話休題(それはさておき)

 此処の住人は皆揃って派手な服装をしており、此処を訪れているであろう博麗の巫女や白黒魔法使いも似た様な恰好をしているので、何等飾っていない一色染の服が逆に珍しいものとなっているのである。目立たない服装が逆に目立つのは此処位であろう。

 

「確かに此処では見慣れない恰好ではありますね」

「外の人って、皆そういうかっこしてるの?」

「人里の人間は大体こんな感じですね。妖怪だと逆に派手な服装の人が多いです。丁度、人と妖怪とで正反対ですね」

「そうなんだ。お姉さんはそういうかっこはしないの?」

「私はこういうのが好きなんです。あんまり目立ちたくないんですよ。兎って臆病なんです」

「お姉さん兎なの? 兎って本でしか見た事無いなぁ」

「なら、今見てみますか?」

「うん、見たい」

「じゃあ、今から兎に戻りますね。撫でるのはいいですけど、耳は摑まないでくださいね」

 

 そういって、兎に戻る。ポンという軽い音と共に視線が床擦れ擦れになる。すると上から、わぁっという小さい声。目を輝かせて妹さんが私を撫でる。今は秋なので褐色の夏毛と白色の冬毛が糅然(じゅうぜん)となっている。兎の状態での大きさは普通なのに、何故か人型になると背が伸びる。原因は今の所さっぱりである。

 一頻り撫でられた後、今度は抱き抱えられた。柔らかくてあったかーいという頑是ない声が耳朶を撫でる。どういう訳かノーレッジさん迄私を撫でているが、この辺りでは兎とは珍しい存在なのか。

 霎時為すが儘に撫でられた後、床に降ろされたので、人型になる。

 

「どうでした?」

「気持ちよかった!」

 

 気に入っていただけたようで重畳である。すると、同じく満足げなノーレッジさんが(やお)ら質問を投げてきた。

 

「そういえば、耳を摑むなってどういう意味なの? 耳を触られるのが嫌って事?」

「いえ、兎の雌は耳を摑まれると目が(ぼんやり)とするんです。この時は無抵抗状態になるので好きじゃないんですよ。逆に雄は耳を摑まれると足をジタバタさせます。兎の雌雄って、結構判り辛いみたいですよ」

 

 撲朔謎離(ぼくさくめいり)という四字熟語はこの兎の雌雄の(みわ)け方から来ているというのは余談である。

 

「それはそうと、緊張は無くなりましたか?」

「あ、大丈夫になってる」

 

 先程迄の蒼い顔は何処へやら。無事に落ち着けたようである。

(うちと)けられて良かったですね、妹様」

「うん! 兎可愛かった!」

 

 一番大事なのは其処なのか。というか、目の前の大女とその可愛い兎が同じ存在だという事はちゃんと理解しているのだろうか。まあ、それを此処で(ことさら)に指摘するのは無粋だろう。

 

「では、いい雰囲気になった所で完全に忘れていた自己紹介をば」

「……そういえばしてなかったわね」

「私の名前はフランドール・スカーレットだよ! フランって呼んでね」

「フランさんですね。私は識と言います。字は面倒なので又何れ」

 

 兎と吸血鬼。先ず見ないであろう異色の旄倪(ぼうげい)の初対面は、和やかに終わった。此処で姉の方を引き合いに出してはならない。それが身の為である。




牝牡驪黄(ひんぼりこう)……物事は外見に囚われず、その本質を見抜く事が大切であるという事。
謦欬(けいがい)()く……その人の咳払いの声を聞く。転じて、その人に接する事。
鄴架(ぎょうか)……蔵書が多い事。
排遣(はいけん)……おしやる。おしのける。
霎時(しょうじ)……暫くの間。暫時。
鴉軋(ああつ)……轆轤や船の()、門の扉などを開閉する時に出る音。ぎしぎし。
浩瀚(こうかん)……書籍の大部な事。又、書籍の多い事。
牙籤万軸(がせんばんじく)……他人の蔵書の多い事を称する語。
遐方絶域(かほうぜついき)……遠い異国の地。
遏悪揚善(あつあくようぜん)……悪事を禁じて、善行を勧める事。悪事には刑罰を加えてその悪を禁じ、善事には報奨を与えて官職に挙げ用いる事。
入殮(にゅうれん)……死体を棺に納める。納棺する。殮葬する。
麻姑搔痒(まこそうよう)……物事が思いの儘になる事。又、行き届く事。
瞬霎(しゅんしょう)……一度またたきする程の短い時間。
(たお)す……人や動物を一撃で殺す。一矢・一発で仕留める。
一臠(いちれん)(にく)()めて一鑊(いっかく)(あじ)()る……一部分を以て全部を察知する譬え。一臠肉は、一切れの肉。一鑊は、一鍋。
甄別(けんべつ)……はっきり見分ける。区別する。
蒼惶(そうこう)……慌ただしい様。慌てふためく様。急ぐ様。
槁木(こうぼく)……枯れた木。かれき。
璞玉(はくぎょく)……磨かない玉。人工を加えていない宝石。
伊優亜(いゆうあ)……言語の不明瞭な様。言おうとして声は出しているが未だ言葉を成さない様。あー・うーん。
窾言(かんげん)……当てにならない言葉。出鱈目。空言。
褐寛博(かつかんぱく)……粗い布で作っただぶだぶの服。転じて、賤者。無頼漢。
糅然(じゅうぜん)……纏まりなく入り雑じる様。入り乱れる様。雑然。
撲朔謎離(ぼくさくめいり)……男か女か分からない事。又、物事が複雑で、見分けや区別が付き難い事の譬え。「撲朔」は雄の兎が足をバタバタさせる事。「謎離」は雌の兎の目がぼんやりしてはっきりしない様。兎の雌雄は見分け難く耳を摑み吊るすと雄は足をバタバタし、雌は目がぼんやりして初めて甄けられるという。
旄倪(ぼうげい)……老人と小児。
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