永遠亭の三番弟子   作:車輛運搬具減価償却累計額

6 / 8
程孔傾蓋(ていこうけいがい)……親しく話す事。


五 程孔傾蓋

 街談巷説に信憑性を求めるのも変な話だが、怨みある誰かの讒構(ざんこう)だったのではと思う程に現実と乖離していた。頭を撫でれば外見相応の含羞を見せ、控え目に背中の翼(?)がはたはたと揺れるその様に、風聞にあった恐ろしさは欠片も無い。

 (さて)、紹介も恙無く終わった所で如何話を繫げるかと椅子に座り直す。すると、是又控え目に袖を引いて「ねぇねぇ、膝に座ってもいい?」(など)と言ってきた。一回(うちと)けてしまえば結構積極的になれるらしい。特に断る理由も無いので「ええ」と頷き、抱え上げて膝に乗せると、満足気に鼻を鳴らして御満悦の様子。自然と復頭に手が伸びる。目映い金髪は一方のみを束ねて下げており、高襟(ハイカラ)な感じがする。手で梳攏(そろう)すると絡まる事無く毛先迄流れる。すると擽ったそうに体を動かすのが又いじらしい。こんな姿を見せられたら新しい趣味に目覚めそうだ。

 

「傍から見ると、完全に大人と子供ね」

「実年齢だとそれ以上ですけどね。私、一二〇〇歳超えてますし」

「え、貴女そんなに生きてたの? 全然そんな感じしないのだけど」

 

 妖怪程外見が当てにならない存在は却却(なかなか)ないだろう。一般に大妖怪と呼ばれている連中は、数千年生きている癖して肌には皺一つ無い。普段から美に気を使っている人間から見れば羨望と嫉妬の的であろう。

 

「まあ、弱そうに見られるのは何時もの事です。何故か妖力は一向に増えないんですよね、歳許り増えて。(おまけ)に空は全く飛べず、基本逃げに徹しますので」

「そうだったのね……。妖力は少ないのに妙に達観しているから可笑しいと思ってたのよ」

「お姉さん凄い年上だったんだね。私は五〇〇歳位だから、七〇〇歳も年上なのかあ……」

「意外ですか?」

「うん」

 

 随分はっきりした肯定が返ってきた。が、事実の為何も言えない。馬歯徒増という言葉がこれ程当て嵌まる存在は他に無いと思う。"弱い"が剴切(がいせつ)な評価である存在とは何とも哀れである。自分で言うのも何だが。

 

「能力は持っているのかしら?」

「それが意外な事に持ってるんですよねえ、何故か。"速く走る程度の能力"という奴です。兎には御誂え向きの能力ですよ」

「本当に誂えた様な能力ね。でも天狗すら追いつけない様な速度が出せるとか、そういう方向に突き抜けてたりするんじゃないのかしら?」

「いえ、急な方向転換が出来る位で、本当に額面通りの能力なんです。天狗でしたら軽々と追躡(ついじょう)出来ます。陸が空に勝てる道理はありません」

「……本当に平凡ね」

 

 干鼈煞(かんべっさつ)と言われたらそれ迄である。どうにも中途半端で評価し辛いと昔から言われている。本来、程度の能力を発現、具有している存在は稀である筈だが、何故か幻想郷では猫も杓子も能力を具えている。(おまけ)にその殆どが汎用性が高かったり矢鱈滅多強かったりと、突き抜けているものが多い。縦令(たとえ)用途が限定的過ぎたり訳が分からなかったりしても、その方面に突き抜けていれば笑い話にでも出来る。が、私の場合は感想に困る程平平凡凡であり、説明しようものなら喔咿嚅唲(あくいじゅじ)を返される事請け合いだ。ネタにも出来ないから扱い難い事(おびただ)しい。故に話欛(わは)に出来ないから基本訊かれない限りは黙っている。別に話さなかった所で然したる問題は無いからだ。

 

「何か……訊いちゃって御免なさいね。有繫(さすが)にこういう空気になるとは予想出来なかったわ……」

「私にしてみれば毎度御馴染みの空気ですけどね。ウチの姫さんに話した時もこんな空気になりましたし。出来れば馴染みたかありませんでしたけど」

 

 ()の姫さんの名状し難い愛想笑いは未だに忘れられない。

 霎時(しょうじ)会話が止まる。すると充盈した微妙な空気に耐え兼ねたか、フランさんが諕謼(こうこ)の声を投げてきた。

 

「ねぇねぇ、お姉さんって何時図書館に来るの?」

「と言いますと?」

「霊夢とか魔理沙は初中後(しょっちゅう)来るけど、お姉さんは偶にしか見ないから」

「ああ、そういう事ですか。まあ、言ってしまえば気分次第ですかね。家事が終わって、仕事も無くて、偶に気分が向いたら来る、という感じです」

「お姉さんってお薬屋さんなんでしょ? ウチには来ないの?」

「売っている薬は人間向けに調合したもの許りですからねぇ。それに、妖怪は薬の世話になる事なんて先ずありませんし、そういう用向きで来る事はありませんね」

「そうなの……私、もっと一緒にお話ししたりしたいなぁ……」

 

 常鱗凡介(じょうりんぼんかい)の自分の何処がいいのか、皆目見当もつかないが、どうやら御眼鏡に適ったらしい。併し妖怪は怪我をしても倏歘(しゅくくつ)と治ってしまうし、罹病も稀、売薬目的で紅魔館に来るのは厳しいものがある。とすれば、何か用事を(でっ)ち上げるか、用も無しにふらりと寄るかの(いず)れかだが……抔と思案投首していると、ノーレッジさんが話を振ってきた。

 

「そういえば、貴女の所に喘息の薬はあるかしら?」

「喘息ですか? (たし)かあったと思いますが……でもあったとしても人間用ですよ? というか、喘息持ちだったんですか?」

「ええ、持病よ。昔っから如何にか出来ないもんかと悩んでるのよ。彼是(あれこれ)薬を調合して(ため)したりしてるんだけど、どれも(かい)無しでね。詠唱中に発作が出たりして鬱陶しいから如何にかしたいんだけど」

「まあ、師匠さんに頼めば魔女向けにも調合してくれるとは思いますけど」

「出来たら御願いね。昔は魔女としてのプライドに懸けて、意地でも自分で調薬してやろうって思ってたんだけど、此処迄失敗続きだと、もう外註でもいいからさっさと治したいって考えになってね。最近だけど」

「大変ですねぇ。分かりました、掛け合ってみます。でもそれだけ試行錯誤して効果が無いとなると、何らかの別の原因が関わっているのでは?」

「それは思ったんだけど皆目さっぱりなのよ……」

「取り敢えず、部屋を清潔にして、日に当たる生活をすると多少は良くなると思いますよ。埃とか(だに)は主な原因の一つですから」

「そうなの? 早速試してみるわ。で、こういう用事があれば紅魔館(ウチ)に来れるけど、如何かしら、妹様?」

「でも、何かパチュリーを出汁に使うみたいで……」

「別にいいのよ。妹様は識と会える、私は薬が手に入る、一石二鳥よ。そんな複雑に考える必要はないわ」

「……お姉さんはいいの?」

「まあ仕事は増えますが、販路が増えれば師匠さんも喜びますし、別に構いませんよ。序でに本を読めると考えればいいのですから」

 

 そう言うと、フランさんが笑顔で頷いた。図らずとも紅魔館に来る用事を作れたのは僥倖である。

 そんな折、十六夜さんがお茶を淹れて持って来た。入室する機会を(うかが)っていたかの如き時宜である。

 

「話が一段落ついたようなのでお茶をお持ちしました」

「……随分タイミングがいいわね」

「いえいえ、偶然ですよ?」

 

 そう言って手際よく紅茶を淹れていく。

 

「そういえばパチュリー様、遂に薬の購入を決められたそうですね」

「ええ、もうこれ以上進展は期待出来ないって判断したのよ」

「つい過日(こないだ)、次こそは絶対成功させると意気込んでおられた筈では?」

「さあ、何の事かしら」

 

 ……どうやらフランさんの為に矜持を()げたらしい。世の中、子供に甘いのは今も昔も変わらないようである。

 

「……優しいんですね」

「だから知らないわよ。そんな事宣言した覚えはないわ」

「へえ、然様で」

 

 するとフランさんが小声で「ありがとね、パチュリー」と呟き、ノーレッジさんは更に顔を赤くして読書に戻ってしまった。

 

「では薬繫がりで、私からも一つ御願いしても宜しいでしょうか」

「十六夜さんもですか?」

「はい。仕事柄、小さい傷とかは初中後ありまして、絆創膏とかは取り扱ってますか?」

「まあ、ありますけど、人里で買うのとそう値段は変わりませんよ?」

「いいんです。少しでも手間が省ければ」

「そういうもんですか」

「そういうもんです。後、出来れば栄養剤の様なものもあれば助かります」

「栄養剤ですか……確かに激務ですもんね」

 

 唯でさえ広いのに、十六夜さんの能力で更に広くなっているこの紅魔館を僅か一人で維持管理しているのだから、その疲労も桁違いだろう。吸血鬼が住んでいる所で働きたい抔という好事家は先ず居ないだろうから、人員補充は当てに出来ない。何とも難儀な話である。

 

「分かりました。では何時頃伺えば宜しいでしょうか」

「そうね、一週間後位がいいかしら」

「では、調合が済んでいればノーレッジさんの薬も其の時に持って来ますが、それで宜しいですか?」

 

 そう訊くと、本の向こうから「それでいいわよ」と御座なりな返事が来た。

 

 

――

 

 

 其の後も談讌(だんえん)を続け、日が(かたむ)く頃に御暇した。フランさんからは「復来てね」といい笑顔を貰ったので、帰ったら早速師匠さんに発注しなければ。

 十六夜さんに門迄送ってもらうと、案の定門番が鼻提灯を膨らましていた。そういえば此処に来た時の門番の職務怠慢をまだ十六夜さんに伝えていなかった。

 

「全く、この門番は……」

「確かに暇と言えば暇ですがね……。私が来た時も爆睡してましたし」

「そう……。今日の夕飯は水ね」

 

 哀れ、門番の夕飯は水になってしまった。というかそれは夕飯の範疇に入れていいのだろうか。

 

「では復、一週間後に来ますね」

「ええ、御願いするわ」

 

 日返塢(にっぺんお)と緑の断末魔の叫びを背に受け乍ら帰途に就く。与えられた仕事は確り熟そう、そう考え乍ら。尤も、真っ当な見返りが来るとは限らないが。




讒構(ざんこう)……無い事を作り上げて人をそしる事。
梳攏(そろう)……髪を梳く。頭髪を梳る。
馬歯徒増(ばしとぞう)……無駄に(とし)を取る事。
剴切(がいせつ)……非常に適切な事。
追躡(ついじょう)……後から追い掛ける事。
干鼈煞(かんべっさつ)……面白味の無い奴。人を罵る言葉。
喔咿嚅唲(あくいじゅじ)……強いて諂い笑う。無理に笑顔を作る。又、其の様。
話欛(わは)……話のたね。談話の資料。
霎時(しょうじ)……暫くの間。暫時。
諕謼(こうこ)……呼ぶ事。
常鱗凡介(じょうりんぼんかい)……ごくありふれた人の譬え。凡人。
倏歘(しゅくくつ)……速やかな様。
談讌(だんえん)……集まって楽しく話し合う。
日返塢(にっぺんお)……日没時の反照。照り返し。夕焼け。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。