なのでここにきてあれなんですが、この作品における雪ノ下陽乃もその矛盾に則ったまま、突っ走っていますが、どうかご勘弁を。
後、アンケートなんかを今やってるので、宜しければどうぞ。
「……いってーな」
俺は意識を起こすと、開口一番にそういった。
痛いのは当然頭。昨日の記憶が途中から途絶えているあたり、おそらく俺は酔いつぶれてしまったのだろう。身体を起こす事も億劫だ。
このまま二度寝してやろうか、そう考えたその時ーー。
「……んぅ……」
小さな声と共に何かが俺の身体を締め付けた。
まさかと思い、そーっと目を開けるとーー。
俺に抱きつくようにして眠っている雪ノ下陽乃の姿がそこにはあった。
……これは夢だ。夢に違いない。
なんだかんだ言って、こんな無防備な姿をさらしたのは後にも先にもあの打ち上げの時だけだ。そしてあれは楽しかった故の雪ノ下陽乃の失敗。決して意図したものではない。そして雪ノ下陽乃に限って、同じミスをするようなことはしないはずだ。
つまり今回のこれは夢だ。夢以外の何物かであるはずが……。
「ん……あ、景虎。おはよ」
寝ぼけ眼のまま、微笑みかけてくる雪ノ下陽乃。
ますます夢の可能性が増してきた。あの雪ノ下陽乃が、あんなに簡単に裏表もなければ、全方位に対して全く警戒心のない顔をするわけない。朝に弱いにしたって、その程度雪ノ下陽乃なら物ともしないはずだ。
……もう一回寝て起きたらいつも通りになるはずだ。夢の中で寝るなんておかしいことだが、夢の中で起きて、現実でも起きるなんてザラだ。俺はよくある。だから今回もこれに違いない。
「また寝るの?景虎、昨日一杯飲んじゃったもんね」
しかし、夢の雪ノ下陽乃は思いの外優しい。俺の願望か?確かに少しはマシになるようにお願いしてみたが、俺の初夢まで侵略してくるとか、マジで雪ノ下陽乃ぱねぇな。
「私お風呂に入ってくるから。おやすみ、景虎」
雪ノ下陽乃がそう言った後、俺の頬に何かが触れ……って、夢じゃない!?
「はぁぁぁあああ!?がぁ!?」
驚いて、ガバッと勢い良く身体を起こすと同時に二日酔いに悶絶する。
しかし、それどころではない。いや、今はそれどころじゃない。
「ゆ、雪ノ下。お前さっき何を……」
「んー?何のこと?」
「いや、さっき俺の頬に……」
と、ここで気付いた。
ほっほーう。こいつさては俺を試そうとしているな。
さっきの頬に触れたのは、俺の想像しているものと違うもので、雪ノ下陽乃は俺が勘違いして慌てふためく姿を見て、楽しむ算段に違いない。だからこそ、今こいつは余裕綽々で聞き返してきているに違いない。
「……いや。何でもない」
「ふふっ、変なの」
くすりと笑って、雪ノ下陽乃は立ち上がるとそのまま居間を出て行く。
なんなんだ、いったい……?
痛む頭を押さえながらも、とりあえず雪ノ下陽乃が風呂に入っている間、放置していた昨日の晩飯の片付けと換気をする事にした。
「うー、寒い」
身を削る思いで換気をしつつ、朝一番からゲームをしている。
昨日は一日中、ほぼゲームに費やしたので、今日はおそらく外出を強要されるに違いない。
外は寒いから嫌なんだけどなぁ……と考えながらも、雪ノ下陽乃を考えると俺の嫌が聞き届けられるはずもなし。覚悟は決めておこうと密かに決意する。
「さっむ!寒い!寒いよ、景虎!」
「うおっ!?……と」
全く気配を感じさせず、いつの間にか風呂から上がって帰ってきていた雪ノ下陽乃はものすごい勢いで、後ろから抱きついてきた。
一瞬、顔面から床にダイブしそうになったものの、今はボス戦なのでそんな事は出来ない。根性で体勢を立て直して、ゲームを続ける。
「なんで、窓全開なの?超寒いんだけど」
「匂いがこもって凄かったからな。換気しねえとな」
「それもそうだけど……お風呂上がりにこの仕打ちは酷くない?」
「じゃあ、炬燵にもぐっとけ」
「えー、それもなんか嫌」
なんか嫌って……相変わらず理不尽な奴め。
「はぁ……わかったよ。これが終わったら窓閉めるから。それまで我慢しろ」
「しょうがないなぁ。その間はこれで我慢してあげる」
そういう雪ノ下陽乃は肩からではなく、俺の脇腹から手を通してきて、抱きついてきた。
「……何これ」
「寒いから、景虎が温めて?」
「いや、意味わかんねえよ……」
本当に意味がわかりません。どんな嫌がらせだ、これは。
背中に伝わる感触のせいで、全く集中出来ず、俺にしてはありえない凡ミスを連発する。
三日オールしたって、初心者みたいなミスはしないのに。
「景虎ー?凡ミス多くない?」
「一体誰のせいだと……はぁ」
最早ため息しかでなかった。窓閉めて欲しいのはわかるが、せめてクリアしてゲームを終わらせて欲しい。や、出来なくはないけど、集中力が散漫になる。
「つーか、よく考えたらお前が閉めればいいじゃん。そろそろ換気は十分だし」
「えー、離れたくないもん」
そう言って、より一層雪ノ下陽乃は腕に力を込める。そして俺の背中にはその柔らかい感触が更に伝わってきた。本当に良い体してんな、こいつ。マジで死角なさ過ぎない?
「寒いんじゃないのかよ」
「景虎がいるから大丈夫だもん。景虎って温かいし」
それって俺から温もりを奪ってるって事なんですが。どんな嫌がらせなんですかね。
一つため息を吐いてから、俺はゲームの電源を切って立ち、窓を閉める。
臭いはもうない。半日放置の形になるから、残る可能性も考慮していたのだが、案外何とかなるらしい。
……それはともかくだ。
「……なんでまだ引っ付いてんの、お前」
「まだ寒いもん」
「そりゃ、今閉めたばっかり……はぁ、もういいわ」
これ以上話してもループしそうだったのでもう諦めた。
なんでこんなにボディタッチが多いのかは知らんが、どうせこいつの事だ。何か裏があるに違いない。
「ハル。何かしたい事でもあるのか?」
「んー?あるといえばあるし、ないといえばないよー」
なんのこっちゃ、それは。
雪ノ下陽乃をして、随分と曖昧な返答が返ってきた。
いつものように裏を含んだ言い方でもなく、かといってどうでもいいというわけでもない。本当に俺に選択権を委ねているような、そんな言い方だ。
その雪ノ下陽乃らしくない態度は些かむず痒いものの、なんだかんだ言って、やらなきゃならない事である事に変わりはないだろうし、逆に曖昧な態度は気になるというものだ。具体的には何を企んでいるとか。
「なら言え。昨日はゲームに一日中、付き合わせちまったしな。あんまし無茶な要求でもない限り、お前の意思を尊重してやる」
「本当に?嘘じゃない?」
思いの外、食いついてきた。やはり適当に流せるようなものじゃなく、雪ノ下陽乃にとってそれなりに重要なことらしい。
「嘘じゃねえし、嘘ならわかるだろ。ほら、言ってみろ」
「わかった。じゃあ、デートしに行こっ♪」
「………は?」
雪ノ下陽乃のデートに行こう発言から三十分後。
俺達二人はパルコにいた。
パルコというのはららぽーとと同様にデートの定番のお店で、日々派閥同士の争いが絶えない……もっとも、それはきのこたけのこ論争のようなもので、どちらかが意識して、相手を敵視しているという事実はない。
そんな場所にきたわけだが、例のごとく、唐突に行われたデートの目的は意外にも、雪ノ下陽乃が楽しむためのものではなかった。
「ねえねえ、景虎!こんなのどう?」
雪ノ下陽乃が指差したのは巨大な猫のぬいぐるみ。立たせれば五歳児の身長ぐらいはありそうなともかくデカいぬいぐるみだ。まあ、立たせる意味はないわけだが。
「それもいいと思うけどな。もうちょっと、手頃なやつにしねえと、出会った先ですぐ渡せねえだろ。常時携帯できるわけじゃねえし」
「それもそっか。雪乃ちゃん、喜ぶと思うんだけどなぁ」
今の発言でわかる通り、今俺達はデートに来ているものの、その実雪ノ下雪乃ちゃんの誕生日プレゼントを買いに来ているのである。
雪ノ下陽乃が俺に言いたかったのは、雪乃ちゃんの誕生日プレゼントの買い物に付き合うこと。言い出し辛かったのは、完全に俺は関係がなかったからと言ったので、何を今更と一蹴してやった。ついでに何か俺もプレゼント買ってあげようかと物色している。
パンダのパンさんが超好きだと言うことと猫が超好きなのは雪ノ下陽乃経由で知っているものの、あの子の性格上、今だけの限定商品とか、つい先日出たばかりのものでもない限り、買っているか、あえて買っていないかの二択になりそうだ。
ネット通販で買うのも悪くはないと思ったのだが、それではどう頑張っても明日渡すのが不可能に近くなるから嫌なんだそうだ。渡せるなら誕生日の日に渡したいんだと。
なのでこうして来てみたわけだが……。
「これとかどうかな?猫なりきりセット」
「仮装パーティーじゃねえんだからよ……雪乃ちゃん、怒るぞ?」
「そんな事ないよ?雪乃ちゃんの事だから、きっと一人になってから鏡に向けて「にゃー」とか言っちゃうよ?」
「凄まじいギャップ萌えだな」
案外普通にデートをしているようにも見えなくはない。
その実態は妹への誕生日プレゼント探しになるわけだが、今までの中で一番まともそうな気がする。
服こそ、雪ノ下陽乃はいつもの超おしゃれな服装ではなく、俺の貸している少しだけ大きいジャージではあるものの、目立たないという点に関して言えば申し分ない。すれ違った人が二度見するくらいのものだ。いつものように全員がガン見した後、俺に向けて殺意と嫉妬の籠った瞳を向ける事はない。
「景虎はどう思うにゃー?」
「そうだな。まあ、お前がやるとギャップ萌えじゃなくて、あざといっていうのがわかった」
「そう言うと思った」
そう言って、雪ノ下陽乃はその猫なりきりセットを戻す。
雪ノ下陽乃が語尾に「にゃー」なんて付けると、大体の男はキュン死するかもしれないが、俺からしてみれば、あまりにも狙ってやりすぎ感が否めないので、全然動じない。
「つーか、なんで妹ちゃんは猫飼わないの?」
「仕方ないよ、ペット禁止だから。飼えるなら今頃雪乃ちゃんのお家は猫カフェみたいになってると思うし」
それ、猫好きすぎるでしょうが。
しかしながら、好きなものが明確なのはプレゼントを贈る側としてはありがたい。地雷を踏み抜く事はまずないし、ある程度方向性は決まっている。
俺も俺で探さないといけないので、一度雪ノ下陽乃と離れて、その辺を見回っていると、その時猫のミトンが視界に入る。
何故やたらとこの辺りは狙ったように犬ではなく、猫押しなのかはわからないが、この辺にしとくか。
それに手を伸ばした時、不意に誰かの手が俺の手に重なった。
「あ、すみません!」
その手の主は勢いよく手を引っ込めるとすぐに頭を下げる。
「いや、謝んなくても……あ」
謝ってきた子の一歩後ろ、そこにいたのはつい昨日初詣で会ったばかりの人物ーー比企谷くんだった。
ていうか、よくよく見ればこの頭を下げてきた子もガハマちゃんではなかろうか。
「昨日ぶりだな、二人とも。もしや……デートか?」
「へ?……ち、違……くはないと思います、けど……」
「その言い方には語弊がありますね。ただ買い物に付き合ってもらってるだけなんで」
慌てふためくガハマちゃんに即座に比企谷くんがフォローをいれるが……はて、男女二人で買い物なんて飯を買いに行く時を除けば大体デートなんじゃないだろうか。
「あの、九条さんは一人なんですか?」
「いいや。二人にはとても残念かつ警告しなければいけない存在もいるよ」
「……雪ノ下さんもいるんですか?」
「まあね。俺一人でこんなところには来ないさ。見つかる前に早々に退散した方がいい。きっとろくな事にならないから。というか、しでかさないから」
「へぇ……それは誰の事を言っているのかな?」
びくっと、俺達三人の肩が震え、比企谷くんとガハマちゃんの視線は俺の後方に注がれる。
恐る恐る振り向いてみると、そこにはーー。
「私だけ除け者にしてお喋りしてるかと思ったら……誰が残念かつ警告しなければいけない存在なの?ねえ、景虎?」
「い、いやぁ……誰の事だっけ?」
横目で二人に視線を送ると、二人は即座に目を逸らした。ですよね、「振ってくるなバカ!」って感じだよね。
「ふーん。シラを切るつもりなんだぁ……そっか。じゃあーー」
「ごめんなさい。ちょっと言い過ぎました」
何か怖い事を言い出す前に即謝罪。やたら笑顔なのが怖いですよ、雪ノ下さん。
「あははは、冗談冗談♪別に怒ってないから。イラッとしたけど」
「……?それって結局怒ってるような……」
「やめとけ、由比ヶ浜。そこは掘り下げるところじゃない」
賢明な判断だ、比企谷くん。雪ノ下陽乃は不機嫌になると色々手をつけられなくなるから、本人が冗談って言ってるうちに話題を別の方向に持っていかないと大変な事になる…………俺が。
紆余曲折を経て、俺と雪ノ下陽乃、そして比企谷くんとガハマちゃんはセンシティ・そごう千葉店に来ることになった。
思いもよらぬダブルデートとなったわけだが、お互いに理由が理由なだけに雪ノ下陽乃はガハマちゃんと、俺は比企谷くんと一緒にプレゼントを見て回っていた。
しかし、紳士服のコーナーには行くわけにもいかず、レディースのものを取り扱うところにいるので、あまり離れて見るわけにもいかないわけで。おまけに俺達二人は揃いも揃って、全くと言っていいほどそれらの女性ものには知識がないということもある。
雪ノ下陽乃やガハマちゃんは談笑しながら、商品を手に取り、あれやこれやと話している。やはり女子へのプレゼントを渡すなら、彼女や意中の相手でない限り、同性同士がいいに決まっている。
「……俺達いる意味あるのかね」
「由比ヶ浜も、雪ノ下さんも、こういうのには滅法強いと思いますし、いる意味はあんまり無いんじゃないんですか。かといって、フェードアウトするわけにもいきませんけど」
「まあ……怖いもんな」
出来ることなら聞いてやるって言っちゃったしな。流石にここで帰るのだけは俺としても有言不実行となるので避けたい。特に無茶苦茶言ってないだけに尚更。
「……なんか普通に買い物してますよね」
「?まあ、買い物だしな。何か引っかかったか?」
「いえ……今日は雪ノ下さんが大人しいというか、前会った時に比べたら全然別人に見えるというか。よくわからないんですけど。雪ノ下さん、会った頃に比べたらかなり変わりましたよね」
俺に聞こえるだけの声で、比企谷くんはそう言った。
変わった……と言われてもいまいちピンと来ない。時々見せる素顔はともかくとして、今の雪ノ下陽乃はいつものような外面をつけているはずだ。いくら比企谷くんとはいえ、見てもいないのに俺達がしてきたことを知っているわけではないだろう。
だから、比企谷くんの言っていることはそう言った部分ではないということだ。もっとわかりやすい。外面に混じった雪ノ下陽乃の変化が何処かにあるはずだ。
「やっぱりあれですかね。化物じみてると思ってても、結局は人の子ってことなんですかね」
「さあ?比企谷くんにとってハルがどんな人間に見えてるかは知らないが、蓋を開けてみれば結構可愛いもんだ」
「……惚気話は聞きたくないですよ」
「そんなもんない、と答えておく」
辟易したように言う比企谷くんに俺はそう返した。
普通のカップルでない俺達に惚気られるような話なんてない。出来ることは苦労話とか愚痴とか、大体そんな辺りだろう。意外性のある話も或いは出来るかもしれないが。
「ヒッキー!見て見てー!」
軽く雑談をしていると、ガハマちゃんが比企谷くんを呼ぶ。
その顔には眼鏡がかけられており、自慢げな様子で眼鏡をくいくいっとやっていた。
「ふふん。どう?頭良さそうに見えない?」
「眼鏡=頭良いの発想がもう相当頭悪いだろ」
「う、うるさい馬鹿」
拗ねたように言うと、ガハマちゃんはアイウェアと記されている棚をあれこれ手にとって物色する。
アイウェアって……普通に眼鏡でダメなのか。ブルーライトカットとか花粉対策とか視力矯正以外の使用が一般化されてきたとはいえ、なんでもカタカナにすりゃ良いってもんでもないだろうに。
……ああ、後、眼鏡を掛けるってなるとペルソナが出せるかもしれない。とりあえず口癖はハイカラにしよう。
「景虎っ」
「あ?何だよ。俺は今重要なーー」
呼ばれてそちらを向くと、雪ノ下陽乃もガハマちゃん同様に眼鏡を掛けていた。
赤く細いフレームの眼鏡。雪ノ下陽乃は視力は全然悪くなかった気がするので、おそらくブルーライトカットだろう。率直に言うと似合っているのだが、これには雪ノ下陽乃の容姿もさることながら、ピンポイントで自分に似合うものを引き当てるその感性にも思わず舌を捲く。流石としか言いようがない。
「どう?惚れた?」
俺の反応を見て、雪ノ下陽乃がニヤリと笑う。
いつもならアホかと返すところではあるものの、比企谷くんとガハマちゃんのいる手前、そう返せないのが現状であり、下手に疑問を持たれるわけにもいかない。
なので、俺はとりあえずこう返しておくことにした。
「ああ、そうだな。惚れ直した」
「……言葉が薄っぺらいよ、景虎。もっと、心の底から言ってくれないと」
嘘なんだから薄っぺらいのは仕方ないでしょうに。
しかし、比企谷くん辺りは察しが良さそうなので、こんな露骨だと感づかれる可能性もあるか……そういう意味では、もう少し感情を込めて言った方が良いのは確かかもしれない。
「惚れ直した云々はともかく、めっちゃ似合ってるぞ。プレゼントとは別にそれ買うか。ゲームするんなら、使える事には使えるし、パソコンも使うだろ」
「いいよ、別に。そんな事で視力落ちないし」
「じゃあ、前の誕生日プレゼント。これでイーブンだ。ちと遅いけどな」
「……私の誕生日、教えてたっけ?」
「七月七日。大学で騒いでたろ」
俺が言い当てると、雪ノ下陽乃は目を瞬かせた。どうやら俺が誕生日を知っていることもさることながら、半年前の事を覚えているのも意外だったらしい。
「よく覚えてたね」
「記憶力は良いんだよ。つーか、あんなに騒いでたら、普通忘れねえよ」
こいつ関連のことは大体覚えているが、誕生日の時は矢鱈と取り巻きが騒いでいたのを覚えている。後、あの時は持ち合わせが少なかったので一日中ヒヤヒヤしていたことも。
結局、あの日雪ノ下陽乃は俺と接触する事すらなかったので、あの後友人に訊かれた時は返答に困ったものだ。
雪ノ下陽乃の掛けていたものと全く同じ商品を取り、レジに持って行って会計をすませる。
「必要ないなら捨ててもいいぜ。これは俺の自己満足だしな。買った後はお前の自由だ」
俺は雪ノ下陽乃に今買ったばかりのそれを差し出した。
雪ノ下陽乃にプレゼントを渡したという事実にこそ意味がある。例え、雪ノ下陽乃がそれを目の前で捨てようとも、別に問題はない。普通に傷つくだけで。
「本当にいいの?」
「もう買った。寧ろ受け取ってくれねえと困る」
「……ありがとう、景虎。大切にするから」
差し出したプレゼントを受け取った雪ノ下陽乃はそう言って微笑んだ。
常々思ってはいたことだが、裏も表もない、雪ノ下陽乃の笑顔というのは本当に見惚れる程に綺麗である。それこそ、いつもとのギャップもあり破壊力がヤバい。
「景虎?顔赤いよ?」
「……赤くねえよ。別に照れてないし、なんとも思ってねえ」
「私は何も言ってないけど……やっぱり照れてるんだ」
「違うつってんだろ。あれだ。この店の暖房が効き過ぎなんだ」
「じゃあ……そういうことにしておいてあげる♪」
軽くウインクをする雪ノ下陽乃。
何故だかわからなかったが、敗北感が半端なかった。
買い物を終え、しばらく歩きっぱなしだったため、休憩がてらカフェに入ることになった。
比企谷くんとガハマちゃんとはそこで別れても良かったのだが、雪ノ下陽乃が「一緒に」なんて言い出したので、四人でカフェに来ることに。
通された四人掛けの席は窓のすぐそばで、眼下には千葉駅を一望できる。雪ノ下陽乃とガハマちゃんに奥を譲り、どかっと雪ノ下陽乃の隣に腰を下ろし、窓の外を眺める。
モノレールを走っている姿を見ると、こうしてみると千葉は超発展しているように思える。モノレールの行方を目で追っていくと、はす向かいの席に座る人間と目が合った。あれは……隼人くんか?
「どうも、お久しぶりですね。九条さん……陽乃さんも」
雪ノ下陽乃の方を見て、隼人くんは苦笑する。
「あー、ごめんね。今回は」
「気にしてないよ。陽乃さんが気まぐれなのはいつもの事だけど……今回はそう悪い事でもなさそうだし」
「流石隼人。理解が早くて助かるよ」
「ただ、ちょっと空気が重かった事については辛かったんだけど」
「……やっぱり怒ってるかー」
雪ノ下陽乃はあちゃーといった風に額に手を当てて、溜息を吐いた。
まあ、あえて音信不通にしたって言ってたぐらいだし、普通の親でも怒るのは当然だ。束縛の強い雪ノ下の母なら尚更な。
「隼人くん、奇遇だね。こんなところで」
「まあね。比企谷も、奇遇だな」
隼人くんの言葉に比企谷くんは一瞥をくれるだけで、特に何かを言うわけでもなかったが、隼人くんも比企谷くんが何かを言う事を期待していなかったらしく、苦笑するだけだった。
「それにしても、結衣達と陽乃さん達って珍しい組み合わせだな」
「さっきそこで会ってねー。ゆきのんのプレゼント選んでるんだー」
「雪ノ下さんの?」
「そ。やっぱり皆で考えた方が楽しいし、良いものが見つかるもんね」
ガハマちゃんの言葉に同意する形で雪ノ下陽乃が頷く。良いものが見つかるし、物がかぶらないで良いのはわかるが、プレゼントを考えるのに楽しいとかあるか?
「誕生日プレゼントか……陽乃さんから渡すの、久しぶりじゃないか?」
「そうなのか?ハル」
隼人くんの言葉が意外だったので、つい聞いてしまった。てっきりこいつの事だから、毎年恒例で何か渡しているとばかり思っていた。
「うん。基本的に私が渡す物って警戒して受け取ってくれないし」
「あー……成る程な」
ちょっとわかってしまった。
納得したように頷くと、ハルは頬を膨らませる。
「なに、その反応。なんで納得してるの」
「納得するだけの理由があるしな。妹ちゃんの気持ちは大いにわかる」
「むぅ……景虎はどっちの味方なのさ」
「被害者の味方だよ」
だって同類だもの。俺も雪ノ下陽乃と付き合う前が誕生日でよかったと常々思う。今年は不可避だが、それに関しては今から覚悟しておけば、余程の事がない限り、耐えられるはずだ。
「それよりも……うーん、お母さん近くにいるのかぁ……隼人とも会っちゃったし、知らぬ存ぜぬで通すのは無理があるかぁ……」
「この後に及んで、まだぶっちぎるつもりでいるとかどんだけ嫌なんだ」
「嫌だよ。挨拶回りなんて。それに、私は景虎と一緒にいたいの。うちの事なんてどうでもいいの」
至って真剣な表情で、雪ノ下陽乃はそう述べた。
いつもならここであざとい笑顔を浮かべてくるものだが……今朝からなんか調子狂うな。
「こうなったら、雪乃ちゃんも巻きこ……呼ぼうかな。どうせ、今年もお誕生日祝いって名前だけのものがあるわけだし」
「おい、それ絶対に雪乃ちゃん嫌なやつだろ。巻き込んでやるな、可哀想だろ」
「えー、だって雪乃ちゃんだけ逃げるなんてずるいよ。ね、比企谷くん」
「……だからって巻き込むのもどうかと思いますけど。それに呼んだところで雪ノ下は来ないんじゃないですかね」
「来るよ。比企谷くんにガハマちゃんもいるし」
「俺はともかく、由比ヶ浜がいるからっていうのならわかりますよ」
「捻くれてるなぁ、相変わらず」
比企谷くんの答えに雪ノ下陽乃は嘆息するが、これにも違和感を感じえない。
いつもならもっと追求するか、弄るところだが、雪ノ下陽乃はどうもいつもより一歩退いた姿勢でいるような感じがする。さっきの隼人くんへの謝罪も、簡単なものだったが普段なら多分なかった。
何かを企んでいる、というにはあまりにも意図が読めなさすぎる。
部分的にも、全体的にも全く見えない。雪ノ下陽乃が何を考えているのかが。
……少しカマをかけてみるか。
そう思って、雪ノ下陽乃を呼ぼうとしたその時だった。
「陽乃、こんなところにいたの……」
客の話し声や薄くかけられたBGMの中でもよく通る。聞くものの意識を惹きつけるような声。
それは思わず雪ノ下陽乃を連想させた。
そちらを向くと、そこにいたのは、艶やかな黒髪をまとめ上げ、落ち着いた雰囲気を醸し出す着物姿の女性だった。
その取り澄ましたような様子には既視感を覚え、比企谷くんやガハマちゃんもまた、俺と同じようにそちらを見て、何かに気づいたような様子だった。
「お母さん……」
雪ノ下陽乃の呟きによって、俺の確信めいた考えは答えへとたどり着く。
そこにいたのは、紛れもなく、雪ノ下陽乃の母親だった。