魔王の玩具   作:ひーまじん

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魔王の玩具〜高校編〜
番外編:ズレた俺とおかしなアイツ(陽乃同級生ver)


 

「君、生徒会に入る気はない?」

 

開口一番にそう言われ、間の抜けた顔で腑抜けた声を出したのは、はたして何年ぶりだったか。

 

いや、多分生まれて初めてだったと思う。

 

俺、九条景虎の人生を振り返っても、これ程までに予測不可能な展開に巻き込まれたのは初めてだった。

 

ちょっと表には言えない職業を生業とする親父の元に生まれた俺は、幼い頃からの英才教育だったのか、はたまた単に親バカだったのか……前者だとかっこいいんだが、残念ながら後者だと思う。

 

兎にも角にも、親バカを拗らせまくった親父の影響で、その頃から裏の世界というものを認識していた。普通、親バカならそこから遠ざけるものだと思うんだが、親父としては生まれた瞬間からそっちの世界に俺が行くことを認識してたらしい。まあ、全くその通りなわけで俺の進路はもう決まっているも同然なわけだ。

 

とはいえ、将来が決まってるからって、勉強には手を抜かなかった。今も昔も、トップが頭悪いんじゃ下の者に悪い。それが許されるのはそこらの不良ぐらいまでだ。

 

都内に居を構える俺は、当然都内有数の高校に行くとばかり思っていたのだが、親父もお袋も一度は外に出てみるのもいいんじゃないかって事で、万が一の時に対応できるように爺さん達のいる千葉の総武高校に通うことになった。なんでも昔母さんもそこに通ってたって話だ。そこから親父とお袋の惚気話が始まった時は頭が痛かったけど。

 

本当なら国外の方が良かったんだが……やっぱり人種が変わると色んな奴がいるしな。俺としては、その高校生活で、色々身に付けたいと思ってる。だから、人間関係なんかも大切にしつつ、俺なりにこの高校生活で得られるものは得ていくつもりだった。勉強するって言っても、何も授業だけじゃない。人から学ぶ事だってあるし、高校や大学はそのての意味合いも多分にある……と俺は勝手に思っている。

 

親父には色々仕込まれた。自慢じゃないが、腕っぷしは強いと自覚してるし、連れまわされた結果人を見る目はあると自負している。だから、まあ。

 

今こいつと初めて(・・・)面と向かった時に感じたのは、とてつもない違和感だった。

 

今までも外と内の見せる感情に差があるやつは何人もいた。親父があえてそういう人間に俺を会わせていたのも知ってる。家業を継いだ時、コロッと騙されたのでは話にならないからだ。

 

だが、こいつ程のやつは見たことがない。

 

ここまで強烈に違和感を感じてるってのに、それが自分の勘違いなんじゃないかって思うほどに馴染んでいる。今気づけたのも、多分声をかけられたからで、俺は今まで雪ノ下を見た事がないわけじゃない。顔を合わせるのが初めてであって、見るだけならいくらでも機会があった。それなのに気づいたのが今だった。

 

本心を隠してるはずなのに、それが虚ではく、実だと思ってしまう程にこの女子はーー雪ノ下陽乃は自分を偽る事に長けていた。いや、ここまで来るとその偽りも真実と言える。

 

こりゃ、あれだな。意識してないと相手の術中に嵌ってるってやつだな。警戒しとかねえと。美人局じゃないが、知らんうちに乗せられてるかもしれん。

 

「あー……と。雪ノ下だったよな。急にどうした?」

 

さっきも言った通り、俺と雪ノ下自身は全く面識がない。

 

雪ノ下は校内で知らない人間がいないほどの人気者で、アイドルのような存在だと言われているが、対して俺は目立たないよう極力目立つ行動は避けてきた。ただでさえ、中学時代は目立っていた部類だし、身長もそれなりにデカい。部活に勧誘されるのが煩わしかった事もあった。だから知らないやつは知らないわけだ。もっとも、全校生徒を覚えているとも噂される雪ノ下の事だ。俺に話しかけてきたのに俺を知らないって事はないんだろう。噂とはいえ、本当に全校生徒の顔も名前も普通に覚えてそうな奴だ。

 

因みにその噂というのは、どれも雪ノ下を褒め称えるようなものばかり。容姿や性格、頭脳や運動神経。どの話をとっても、男女どちらの性別でも、雪ノ下を誹謗中傷するようなものは聞いた事がない。

 

「言葉の通り。九条くんを我が生徒会に勧誘にしてるの」

 

あっけらかんと言い放つ雪ノ下に、俺はふと疑問を抱いた。

 

「生徒会に勧誘って……確か先週終わったよな、生徒会選挙」

 

十月末にあった生徒会選挙。

 

俺は家庭の事情で参加できなかったが、なんでも圧倒的多数で雪ノ下が生徒会長に就任。その瞬間から様々な校則、通称『雪ノ下ルール』と呼ばれるものが作られている。それらは横暴でもなく、内容は生徒にも教師にも受け入れられるようなもので、かつその生徒や教師を問わない人望からか、殆ど総武高校の支配者的な位置付けに近い具合だ。だからこそのそのネーミングなのだが。

 

そして生徒会選挙といえば、当然雪ノ下以外も他の役職に就任している人がいるわけで。ただの役員だって、無闇矢鱈に増やしていいわけじゃない。そんな事をしていたら、生徒会の規模が大変な事になる。とはいえ、確か雪ノ下が役員の席を意図的に一つだけ空席にしたなんて話を人伝に聞いたような気がするんだが……。

 

「そうだよ。だから、勧誘。終わってなかったら立候補してってお願いするから」

 

「成る程。それは一理ある」

 

今誘うには勧誘しか手段がないわけだ。次誘うとなると、来年の生徒会選挙までお預けになるしな。それまで待てって話なんだが、雪ノ下はそれが待てないからこうして勧誘してくるんだろう。

 

まあ、今ばったり鉢合わせたばっかなんだけどな。

 

この総武高校には、普通科と国際教養科っつー二つの学科に分かれている。俺は普通科。国際教養科はどうにも女子の比率が高いってんで、学力的には問題はないが、あえて普通科にした。それでもってこの雪ノ下は国際教養科。よほどの事がなけりゃ、面識がないのは当然だし、こうして鉢合わせるってのも、またかなり珍しい。たまたま職員室によってなきゃ、こうはならなかった。

 

で、初めて言葉を交わした途端に生徒会に勧誘ってのは、どういう事なんだろうか。

 

「一応勧誘の理由を聞いていいか?」

 

「君が他の人と違う気がしたから。初めて会った相手にそこまで警戒されたのは私も初めてだし」

 

……どういうわけか、俺の警戒は雪ノ下に伝わっていたらしい。これでもバレないように、心にセーフティーをかけているようなものだったんだが、それさえも雪ノ下に見抜かれた。人を見る事に長けているのは雪ノ下も同じってわけか。

 

「どう?理由になってない?」

 

ふふん、と自信ありげというか、挑発的な笑みを浮かべてくる雪ノ下。

 

そう見えるのは、俺が雪ノ下を友達が言うところの『理想の彼女』というところからかけ離れていると感じたからなのかもしれない。あいつらが言っている通りの人間なら、そもそもこんな予測不能な事はしてこないだろうし、理由ももっとマトモなはずだ。

 

「いや、十分な理由だと思うぜ。俺も、お前みたいなタイプは初めて会った」

 

だが、それは嫌じゃない。寧ろ好感がもてる。

 

予測不能って事は、少なくとも退屈なんてしない。何より俺の予想できない人間なら、俺にはないものを幾つも持ってるだろう。得られるものがあるのに越した事はない。

 

「じゃあ承諾してくれたって事でいいのかな?」

 

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、そんな初会話かつ割と軽いノリで俺が生徒会に入ったのが、かれこれ一ヶ月前の話だった。

 

雪ノ下政権の生徒会は、それこそ本当に一つの企業と言えた。

 

無駄な人員がいない。一芸に秀でるどころではない。役職持ちでないものでさえも、与えられた仕事を完璧に全うしている。普通の企業だって、ここまで無駄のないところは少ないだろう。人手が足りていないのと、無駄がないのは大きく違うわけだしな。

 

おまけに指示を出す側の雪ノ下も、その人間が最高の力を発揮できるようなものを選んで仕事を与えている。上も下も、どこにも無駄がなかった。

 

かといって、社畜よろしく心を殺して仕事をしているなんて事はない。普通に楽しそうで、辛そうな素振りは微塵も見えない。お喋りなんてものは当たり前、それどころ生徒会室ないだけなら、色々持ち込み有りだそうで、持ち出さない事を条件に私物が結構持ち込まれている。

 

……これ、俺必要ないんじゃねえの。と思ったのは昨日今日の話じゃない。目下、雪ノ下の補佐という立ち位置でいるものの、俺が雪ノ下の補佐として仕事を出来ている試しがない。何かやる事あんだろ、と浅はかな考えをしていた俺自身が恨めしい。寧ろ、研修でもしてる気分だった。副会長っていう肩書きで書類整理なんかをやらされはするんだが、俺の手元に来る頃には大体まとまってる。だから一応チェックの後、別の事をしてる雪ノ下に代わって判を押すだけだ。

 

「ちーっす。……って、今日は一番乗りか」

 

放課後に特にする事もなく、いつものように生徒会室に来た俺は、経費で落とされているインスタントコーヒーを淹れて、椅子に腰を下ろした。

 

基本的に生徒会室は閉められていない。

 

もちろん、完全下校時刻になると閉めるんだが、大体朝登校した役員の誰かが荷物を置いたりするのに使ったりするからだ。それにここは進学校。盗みを働こうとする輩もそうはいない。中学生や底辺校と違って、自制心ってのは人一倍あるし、リスクリターンを考えた上でなお実行に移そうとする奴はいない。

 

「しっかし、同じ一年生とは思えねえな」

 

俺は一人そうごちる。

 

上級生相手にも物怖じしないところもそうだが、その上級生も雪ノ下をちゃんと生徒会長として扱っている。年下を相手にしている風でもないところを見るに、敬っているという事だろう。まあ、雪ノ下みたいな相手を舐めるなんてまず出来ないと思うが。

 

一応雪ノ下が唯一指名した人間だという事で、俺も一応は年下扱いされていないものの、雪ノ下とは訳が違う。こっちは一応。あっちは本気だ。まあ、俺が現時点で特に何かをしたわけじゃないっていうのも多々あるが、それ以上に学園のアイドルが唯一指名した人間ということで、少なからず目の敵にされている節はある。なんていうか、刺々しい。

 

その辺は俺も気にしてないし、理解できる部分が多々あるので、何も言わず甘んじて受け入れている。これも忍耐力を鍛えている俺はどうって事はない。

 

と、その時。生徒会室の扉が開かれる。

 

入ってきたのは一つ上の男の先輩。名前は…………森下って言ったか。野球部と掛け持ちで生徒会に入っている強者だ。勉強もそこそこ頑張りながら、部活と生徒会をする。その頑張りは尊敬に値するというものだ。

 

「ここにいたのか。九条、ちょっと顔貸してくれるか」

 

「顔貸すって……カツアゲじゃないんスから」

 

先輩の言い方に苦笑しつつ、俺は立ち上がる。

 

荷物は置いて、先輩の後ろをついていく。遅れたら雪ノ下辺りに何か言われそうだが、その時は用事があったとでも言っておけば、なんとかなるだろ。流石にそこまで融通の効かん奴でもないだろうし。

 

特に話す事もなかったので、無言のまま歩いて着いたのは体育館裏。

 

これじゃ本当にカツアゲにしか見えねえな、と思っていたら、俺達が来た後から数人の男子グループがやってきた。あれ、これ本当にカツアゲ?進学校で?すっげー、レアな体験だな。

 

感慨深いな、なんて場違いな事を考えていたら、俺を連れてきた先輩がいつの間にかいなくなっていた。そしてオレを囲む男子グループ。おそらくは先輩だろう。構図的にはアレだ。カツアゲよりもリンチ食らいそうな感じ。

 

「先輩方?何かご用で?」

 

「お前が最近雪ノ下さんに目をかけてもらって調子に乗ってる一年坊主か?」

 

「どういう解釈でそうなるんスか……まあ、スカウトされたっていうんなら合ってますけど」

 

何故雪ノ下だけさん付けなのかは最早考えもしない。つーか、考えなくてもわかる。先輩にさん付けさせる雪ノ下パネェ。女子だからって理由じゃない辺りが特に。

 

「一年生の癖に調子に乗ってると痛い目見んぞ?」

 

「ご忠告ありがとうございます。でも、俺も生徒会に入ってみたものの、自分の無力さに嘆いているところでして。調子に乗ってる暇なんてないんですよ」

 

「てめ、おちょくってんのか、ゴルァ!」

 

何故か胸倉を掴まれた。

 

おかしい。昔みたいに挑発したんならまだしも、俺は事実を述べただけだ。現時点で、俺が生徒会で調子に乗れる要素なんてどこにもない。雪ノ下は優秀な人間のみを選んで生徒会に属させているが、俺はまだ何も出来ていない。

 

「ま、まあまあ。落ち着いてください、先輩。確かに雪ノ下は俺を指名したかもしれません。でも、俺は新参者。調子になんて乗れるわけーー」

 

「呼び捨てにしてんじゃねえよ!」

 

先輩が拳を振りかぶった。どうやら、逆鱗に触れたらしい。これも全く持って意味がわからない。俺が一体何をしたというのだろうか。雪ノ下を呼び捨てにしたから殴られた、凄い理由だ。これ程理不尽な事がこんな進学校にも存在するのか。それともビビらせるだけのつもりが、俺の態度を見てキレるに至ったのか。つーか、先輩。

 

「いくらなんでも殴るのはマズイっすよ。停学になったら進路がめちゃくちゃになるんスから」

 

顔面に迫った拳を左手で軽く受け止める。結果的に煽った形になるんなら、俺にも多少なり非はある。流石に殴られたのを転けただけ、なんて言えないしな。あの嘘って本当に通じないんだよな。ソースは俺。

 

「後、一応この手も離してもらえます?誰かに見られるとマズイと思うんで」

 

できるだけ、そーっと俺の胸倉を掴んでいた手を外して、乱れた服装を整える。

 

「じゃあ、俺はこれで。先輩方のお気持ちはわからんでもないんスけど、くれぐれも暴力には出ない方が良いッスよ」

 

そう言って俺はその場から去っていく。うん、我ながら良い場の収め方だ。最近雪ノ下を見て、人身掌握術を学び始めたが、早くもそれがーー。

 

「一年生の癖に舐めてんじゃねええ!」

 

ーー活かされてませんでした。それどころか臨界点を突破してらっしゃる。あ、あれ?

 

頭に血が上って、もう後のことはどうでも良いって形相だ。殴った後に損をするのは先輩の方だっていうのに。怒りが理性を完全に上回ってるな。……怒らせたの俺だけど。

 

正直な話、場を収めるのはめちゃくちゃ簡単なんだけど……暴力はマズイよな。

 

「よっと」

 

先輩の拳を軽くかわして、足をかける。

 

つまずいて転けたところで、顔に拳をドーン!

 

「……なんちゃって。やめてくださいよ、先輩。進学か就職か知りませんけど、進路が白紙になった挙句、目が覚めたら病院、なんてのは嫌でしょう?」

 

寸前で拳を止めて、先輩にそう言うと、状況が理解できていないような、間の抜けた表情で何度か頷いた。

 

ふぅ……危ない危ない。寸止めのつもりが微妙に殴りそうになった。なにせ、今まで寸止めどころか殴り抜く事しかしてなかった。親父も『二度と喧嘩売りたいと思わねえようにボコボコにしてやれ』って言ってたし、手加減なんてものは教えられてねえもんな。

 

今度こそ、その場から去っていく……が、その途中で俺は足を止めた。

 

「……見てるなら、さっさと助けてもらいたかったんだがな。雪ノ下」

 

体育館裏から出てすぐ、角の物陰に声をかける。

 

はたから見れば頭がおかしいというか、厨二病のそれに見えるが、それは誰にもいない場合に限られる。

 

ひょっこりと何食わぬ顔で出てきたのは、どこか楽しそうな雰囲気の雪ノ下。その様子から察するに、最初から俺達のやりとりを見ていたらしい。

 

「かっこいいねー。まるで映画みたいだったよ」

 

「馬鹿言え。映画は魅せる為にやってるんだよ。俺のアレは潰す為にやってるんだ」

 

「でも、君は止めたよ」

 

「生憎暴力は禁止されてるし、俺がこの学校の生徒をやめる時は卒業する時って決めてるんだよ。ちょっと難癖つけられたぐらいで暴力事件なんて起こさねえよ」

 

もしも仮にお咎めなしで、それでいて難癖つけられた理由が理由なら、ひょっとしたら殴ってたかもしれないしな。ま、理由はそれぞれってことだな。

 

俺が歩き出すと、それに合わせて雪ノ下も俺の隣を歩き出す。どうやら話をこれだけで終わらせる気はなかったらしい。

 

「それより、お前が出てくりゃ、止まってたと思うぜ」

 

「えー。そんなの面倒くさいからしたくないし、見てたほうが面白そうじゃない?」

 

「……絶対そうだと思ってたが、いい性格してるぜ。お前」

 

がくりと肩を落とす。

 

雪ノ下の本質の片鱗を見た気がするが、なかなかに良い性格してる。もうこいつが焚きつけたんじゃねえかと思うレベル。まぁ、そうじゃないのは先輩見りゃ一発で分かったが。

 

「それに、私が止めに行ってた方が余計にこじれたと思うけど?だから、分かってるのに呼ばなかったんでしょ?」

 

「そりゃ……まあな」

 

やっぱりバレてたか。

 

正直、絶対見てる奴がいるのはわかってた。こう、視線を感じたっつーか、基本的に他の人間がいないか確認するのが癖になってるからな。流石に雪ノ下かまでは断定できなかったが。

 

「しかし、どうするよ。生徒会長?どうにも俺のご指名は他の生徒に不興を買ってるみたいだぜ」

 

「別に。どうもしないけど?」

 

「どうもしないって……そりゃマズイだろ。一応生徒からの支持で選ばれた人間なんだからよ。意思は汲み取ってやるべきじゃねえの?」

 

「具体的には?」

 

「そうだな……まあ、例えば俺をただの役員にするとか」

 

いくら雪ノ下が生徒から多大な支持を得ていたとしても、それが絶対的かどうかと問われればそうではない。どれだけ揺るぎのないものだとしても、崩れ去る時はほんの一瞬、かつつまらない理由であったりするのだ。特に学校の生徒会長なんていうのは、学校の殆どが半ば人気投票じみている。つまり友達が多く、好かれている奴が生徒会長になりやすいということだ。有能、無能は関係ない。

 

その中でも雪ノ下は有能すぎる人種ではあるが、その人気も、行動次第では減少するし、敵も作ることになるだろう。圧倒的カリスマを有している雪ノ下でも、それが無条件で人を従える力になるわけじゃない。

 

「正直、俺も得るものがあるし面白そうとか言うふざけた理由でお前の勧誘を受けたレベルだしな。副会長だろうが役員だろうが関係ないっつーか………あれだ。俺はお前が見れりゃそれでいい」

 

俺としては、立場ってのは割とどうでもよく、雪ノ下政権の下に生徒会がどう動き、学校に変化をもたらすのか、その一点が気になる。それは雪ノ下がどういった人間なのかがなんとなくわかってしまうから、理解できているわけじゃないが、少なくとも雪ノ下は大多数の人間が思うほどいい奴じゃないんだろう。だが、それは俺以外の人間も知っているやつがいて、それを含めて雪ノ下陽乃という人間に信仰に近い尊敬ないし恋慕を抱く輩もいる。それがカリスマだというのなら、俺にはないものだ。

 

それは狙って身につけられるものじゃないが、それでも俺はこいつの作る学校を見ていれば、何かを得られそうな気がする。ここに来なければ得られなかった何かを。

 

だから、俺は副会長だろうが役員だろうがどっちでもいいんだ。そりゃまあ、雪ノ下に近い位置でいる方がより良い位置で楽しめる事は確かなんだが……。

 

「合格」

 

「…………は?何が?」

 

「良いよ、九条くん。やっぱり君が副会長で」

 

何をどう思ったのか、雪ノ下はパチパチと手を叩きながら、笑顔でそう言った。

 

「九条くん。私はね、周りの人間がどう思うとか、何を言うとか関係ないの。私がやりたいからするんだから、間違っても祭り上げられたから応えるなんてわけじゃないの。支持してくれるならそれなりに頑張ってはあげるけど、それもついで。第一は私が楽しいか楽しくないか。後は二の次だよ」

 

雪ノ下の発言は割ととんでもないものだった。

 

生徒会長に立候補して任命されはしたが、生徒や先生の事はどうでも良く、自分を第一にして、この学校を変革ないし、盛り上げていくと言っている。しかも、それはあくまで副産物のようなものだと。

 

かつて、ここまで自分勝手かつ自由奔放な理由で生徒会長になったやつがいるのだろうか。もう、漫画のキャラもびっくりの我の強さである。

 

「……とんでもねえ理由だな」

 

「それ君が言う?面白そうだからって私の誘いを受けたのに?」

 

「……そういや、俺も同類だったな」

 

とんでもないやつの下にはとんでもないやつがつく。

 

流石に雪ノ下ほど、俺はぶっ飛んでいるわけじゃないが、どうやら俺は少なからず雪ノ下と通ずるものがあるらしい……おそらく、それは感性が大変に一般人とずれてるって事なんだろうけどな。

 

「でも、それぐらいじゃないとね。私が指名したからって、変に気負いして、全く使い物にならないんじゃ、必要ないもん。その点、九条くんは気負いしてる風は全然しないし、さっきみたいな事になっても自分で対処できるし、何より私が面白そうだと思ったから、副会長は九条くんしかいないよ」

 

微妙に褒められてるんだか、褒められてないんだかわからないが、そこまで言われたら応えるしかねえよな。多分、雪ノ下が俺を指名した理由は最後のが一番で、後のものは全部後付けっつーか、指名した後に分かった事なんだろうが、それでも雪ノ下が俺を指名してくれるのなら、とりあえず俺も周りの意見やら空気は無視して、俺のやりたいようにやらせてもらうとしますかね。

 

「これからも似たような事はあるだろうけど、頑張ってね」

 

「あれぐらいなら大した事ねえよ。俺を絞めたいなら、最低十人は用意しねえとな」

 

「……もしかして不良?」

 

「なんでそこで格闘技してるのかって、聞いてこないところにお前の感性のズレを感じた気がするが、残念ながら正解だ。ま、『元』ってのが付くけどな」

 

それに元は元でも、テストの点数も授業態度も完璧。家庭の事情以外は無遅刻無欠席の皆勤だし、基本的に校則は守っていた。単に売られた喧嘩は相手に殴らせてから正当防衛で叩きのめし、自分の中学の生徒が絡まれてたら助けるって事をしていただけだ。なので、結果的に不良という枠組みのはずが生徒や先生から恐れられたり、目をつけられたり、なんて事はなかった。

 

「へぇ〜、見た目通り過ぎて、なんだか意外」

 

「そうか……おい、待て。見た目通り過ぎてってどういうこった。俺のどこが不良っぽいんだよ?」

 

一瞬聞き流しかけたが、それだけは聞き捨てならなかった。俺みたいな善良な市民を捕まえて、一体どこが不良っぽいっていう気だ。

 

「目つきとか口調とか雰囲気とか?」

 

「……やべぇ。どれも全部否定できねえ……」

 

ズレた解答かと思ったら的確すぎて、俺は顔を引きつらせるだけだった。


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