魔王の玩具   作:ひーまじん

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偶然にも雪ノ下雪乃は姉の恋人と出会う。

七月の半ば。

 

そろそろテストの文字が見え始める今日この頃。

 

俺は真面目に講義を受けながら、至って真面目にゲームのイベントをこなしていた。

 

え?真面目じゃない?何言ってるんだ。言われた事はノートに書いて、プリントもやって、話も一応聞く。その傍らでゲームをしているだけだ。誰にも迷惑はかけてない。

 

寧ろ、俺よりもはた迷惑な人物が一人いるではないか。

 

そう、例えば自分は時間が空いてるからって、人の講義中に呼び出してくる自分勝手な魔王様とかな。

 

『今、大学のカフェテラスにいるから』

 

これである。

 

知った事か。今講義中だと返してやりたいところであるが、ここはあえて無視。

 

何時もは文句を言って、結局は行く羽目になるが「ごっめーん☆講義中で気づかなかったー♪」という戦法は取った事がなかった。

 

なので物は試し。早速……

 

『気付かないフリしたら、景虎にレイプされたって言いふらすから』

 

「先生ー、ちょっと腹痛いんでトイレ行ってきまーす」

 

開始三秒で叩き潰された。この女、なんて恐ろしい事を宣うんだ。メールの文面見られただけでもアウトな気がする上に、実際にやりそうで怖い。

 

結局は言われるがままにカフェテラスへと呼び出される羽目に………いつもと同じ展開かよ。

 

幸いというか、知っているからか、カフェテラスは今の講義場所は近く、徒歩で大体二、三分ほどで着く。

 

つまり、たった三分で俺は地獄へと赴けるわけだ……なんでやねん。

 

カフェテラスに着くと、そこには笑顔でこちらに手を振る魔王ーー雪ノ下陽乃の姿があった。

 

それは一見すると待ち合わせのカップルのように見えなくもない。だがその実態はそんな生易しいものではないと知っているのが俺だけだというのがなんとも言えない。

 

「……取り巻きはどうした」

 

何故か雪ノ下陽乃一人だけだったので、問いかけると魔王様はジト目で否定する。

 

「取り巻きじゃないよ」

 

「ああ、奴隷または手駒だったな、悪い」

 

「それ謝ってるつもり?……当たらずも遠からずだからなんとも言えないけど」

 

皆さん、聞きましたか?当たらずも遠からずって言ったぞ、この女。やっぱり魔王だ。誰だ千年に一度の美少女とか天使とか言った奴は。脳みそ解剖してもらってこい。

 

「で、何の用だ」

 

「暇潰し」

 

……またか。

 

雪ノ下陽乃は退屈というものを酷く嫌う傾向がある。

 

それは彼女に限った話ではないが、それを抜きにしても彼女の退屈嫌いはかなりのものだ。

 

だからこそ、講義中はともかく、常に周囲には人がいるし、会話は大体雪ノ下陽乃を中心に展開されている。それでも退屈凌ぎにしては下の下だろう。

 

それ故に俺がいる。

 

退屈凌ぎに遊び転がせ、自分のご都合で強制的に相手にできる人間。

 

それが九条景虎の、雪ノ下陽乃から見た評価だろう。

 

しかし、それは雪ノ下陽乃の都合であって、俺の都合は全く考えられてない。

 

こいつからしてみれば、玩具に都合の良し悪しが存在するはずがないと言い切ってしまうのだろうが、それでも、俺にだって都合の悪い時はある。例えば今さっきの講義のように。

 

「あのな、お前が暇だって理由で講義抜けさせるのやめろ。授業点は減るし、テストだって近いんだぞ。落としたらどうすんだ」

 

「その時は笑ってあげる」

 

「そうだな。お前に罪悪感とか倫理観を持てって言いたかった俺がバカだった」

 

助けるでもなく、慰めるでもなく、ただ嘲笑する。

 

流石の魔王クオリティーだった。

 

「俺はお前みたいななんでも出来る天才肌じゃないんだよ。そこそこ勉強してここに入ったんだぞ」

 

「大変だね。凡人に生まれると」

 

「うるせえ。嫌味か」

 

「嫌味じゃないよ、本音。でも、単位くらいなら私がどうにかしてあげる。私の彼氏であるうちはね」

 

いや、それ暗に彼氏(仮)じゃ無くなったらアフターケアしてくれないって言ってるようなものじゃねえか。そんな危なげないアフターケアするなら、普通に講義受けさせろよ。

 

「そういや、お前の親父さん県議会議員かなんかだったな」

 

「ついでに建設会社の社長ね」

 

「使えるものはなんでも使うってか。怖えな」

 

「大丈夫。今の所は君には向かないから」

 

だから、一々そういう遠回しな威嚇発言をするな。反射的に謝りそうになっただろ、何も悪いことしてないのに。

 

「で?今日は何する気だ」

 

「悪巧みを考えてるみたいな言い方は好きじゃ無いなー。私はいつも楽しい事しか考えてないのに」

 

「俺は楽しくねえよ。楽しいのはお前と、その取り巻きだけだ」

 

「それはきっと君が普通じゃ無いからだよ。私達は別におかしく無いよ」

 

否定したいところだが、成る程これが民主主義というものか、数の暴力には勝てない。どれだけ真っ当な正義を語るにしても、一人では意味がなく、悪が正義を主張し、正義を悪だと非難すれば、白は黒に、黒は白になる。

 

「話が逸れたけど、今日は……じゃじゃーん!」

 

雪ノ下陽乃が取り出したのは半分に折りたたまれている小さなボード。

 

「なんだ?オセロでもするのか?」

 

「惜しいなー。白と黒っていうのは合ってるんだけど」

 

オセロ以外で白と黒でボードゲームっていえば……。

 

「チェスか」

 

「正解~。それじゃあ始めよっか……あ、ルールはわかる?」

 

「ゲームじゃ何度かやった」

 

リアルでやるのは初めてだが、こう見えてゲームと名のつくものには自信がある。苦手なものはゲーセンにあるレーシングゲームくらいだ。コントローラーなら出来るんだが、実際にやるとコーナーも碌に曲がれん。

 

「じゃ、負けた景虎は罰ゲームね」

 

「おい、まだ始めても無いのに俺が負ける事前提で話を進めるな」

 

「え?勝てると思ってるの?」

 

素で聞かれた。

 

こ、この女……マジで自分が負けるはずが無いと確信してやがる……良い度胸だ。表面上の恋人となってから約三ヶ月。今こそ引導を渡してやるぜ。

 

「いいぜ。なら、お前が負けたらどうする?」

 

「負けたら……うーん、ちょっと想像出来ないから、景虎が考えておいて」

 

「言ったな。後悔するなよ?」

 

これはまぎれも無いチャンスだ。この関係で初めて俺に主導権が渡るときが来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と思っていた時期が俺にもありました。

 

「景虎弱ーい」

 

「お前強すぎだろ……」

 

結果は雪ノ下陽乃の圧勝。

 

特に際どい闘いになるでもなく、殆ど一方的な展開だった。

 

「あんなに勝てるみたいな事言ってたから、少しは期待してたんだけどなー」

 

ぐっ……俺もまさか雪ノ下陽乃がここまで強いとは思ってなかった。いや、ひょっとしたら本当に俺が弱すぎるだけなのかもしれないが、そうなると俺がプレイしたゲームの方もかなり弱いということになる。

 

「さてさて、景虎には何をしてもらおうかなー?」

 

くすくすと笑う雪ノ下陽乃は本当に楽しそうだ。大体は外面だけのこいつだが、こういう瞬間だけは心の底から楽しんでいるような節がある……俺は全然笑えねえけど。

 

「そうだ。景虎のお父さんとお母さんはどんな人?」

 

「それが命令か?」

 

「うん。但し、全部教えてね。私が聞いたらどんな事でも」

 

何気にえげつない事言ってくるな、こいつ。もし、家族関係に闇を抱えてる人間だったら、逃げ出してるところだぞ。

 

「はぁ……まあいいけどな。別にうちの親父は県議会議員でもない社会人。お袋も大体は親父をサポートしてる。ごくありふれた一般家庭さ。強いて言うなら親父がどうしようもない馬鹿って事だけか。会社じゃ超優秀で厳格な人間らしいけどな」

 

「ふーん、お母さんの方は?」

 

「親父とは正反対。愛想も良いし、人当たりも良い………と見せかけて、お前みたいに裏じゃえげつない事考えてたけどな」

 

転んでもただでは起きないし、ギブアンドテイクがしっかりしてる。流石に雪ノ下陽乃のように道楽で人を遊ぶような事はしないものの、人を弄る事は好きだと言っていた。

 

「まぁ、今は家出してるからどうなってんのかはさっぱりだ。特に何も言ってこないから、自由だし気は楽だよ。お前のところとは正反対だよ」

 

何気なくそう言ったつもりだったが、どうやら最後のは余計だったらしい。雪ノ下陽乃はわざとらしく首をかしげて問いかけてくる。

 

「どうしてそう思ったの?」

 

「……前にお前が妹ちゃんと話してた時に言ってたろ。『ひとり暮らしのこと、まだお母さん怒ってるから』ってな。よっぽど支配欲が強いか、それとも過保護か……いや、過保護なら怒らねえか。まあ、お前のお母さんは自分のものは思い通りに動かせないと嫌なタチっていうのはなんとなくわかった」

 

何故なら過保護な親というのは怒るを通り越して泣き落としに来るから。べ、別に経験談じゃないんだからねっ!

 

「……たまーにだけど、君は鋭いところがあるよね。初めて会った時も私と距離を置いてたし」

 

「アレは……本能か何かだろ。そのせいで目をつけられたけどな」

 

こんなことなら取り巻きたち同様に信者にでもなっとくべきだった。そしたら、こんなにも振り回されることはなかっただろうに。

 

「君の言ってることは概ね合ってる。母はなんでも決めて従わせようとする人だから、こっちが折り合いをつけるしかないの。雪乃ちゃんはそういうのへたっぴだから」

 

俺からはなんとも言えないが、確かに少しキツそうではあった。

 

姉が相手だから、という風にも見えなかったし、大体の人間にはああ言った態度なのだろう。母だからといって、へこへこしてそうな感じでもなさそうだし。

 

「で、母が強い分、父はそれをフォローする役回り。私も雪乃ちゃんもそれをわかってるから、予定調和だったんだけど……」

 

「一人暮らしをするって言い出した時に一悶着あったと」

 

「そうそう。そういう我儘を言う子じゃなかったから。その代わり、父が喜んじゃってマンションあげたの」

 

世の父親というのはやはり娘には甘いのだろうか。俺は一人っ子だから、よくわからん。

 

「母は最後まで反対してたし、今も認めてないと思うよ。機を見ては連れ戻そうとしてるんじゃないかな」

 

『子どもは親の物』ってか。いつの時代だよ。

 

「お前がここに来てるのも、お母様の命令ってやつか」

 

「まあね。本当はもうちょっと上に行きたかったんだけど……でも、これはこれで悪くないよ。たまに雪乃ちゃんと会えるし、面白い子とも会えたから」

 

「それは比企谷くんの事を言ってるのか?」

 

「今日は本当に鋭いね。どうしたの?」

 

「別にわかりきってることしか言ってない」

 

「それもそっか」

 

被害者第二号……いや、三号か?妹ちゃんが一号として。

 

「あの子凄いよねー。景虎と一緒だった分もあるけど……私、初対面であんな対応されたの初めて」

 

「貴重な体験だな。良かったじゃねえか」

 

「あれ?もしかして嫉妬してる?可愛いところあるなー、このこのー」

 

「馬鹿言うな。比企谷くんが心配なだけだ」

 

何せ目をつけられちゃいけない人間に目をつけられてるんだからな。彼の人生がどんなものかは知らないが、これからは荒れること間違いなしだ。雪ノ下陽乃が関わる限り。

 

と、その時、ちょうどチャイムが鳴った。

 

思ったよりも結構話し込んでいたらしい。いつもと違って、大した事をせずにこいつといる時間が過ぎるのは珍しい。

 

「あちゃー、もうこんな時間か。この後講義は?」

 

「いや、今日はもうねえから、帰りにゲーセンには……寄らせてくれねえよな」

 

わかっていることだ。どうせ、こいつは待っておけとでも言うに違いない。

 

「そ。じゃ、バイバイ」

 

と思っていたのだが、どういう風の吹き回しか。雪ノ下陽乃はあっさりと別れの言葉を告げた。

 

「お、おう。じゃあな」

 

これは流石の俺も想定外だが、返してくれるというのであれば願ったり叶ったりだ。気が変わらないうちにとっとと立ち去ろう。魔王は気まぐれなことで有名だしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜、いいな!実にいい!友達と遊ぶってのは素晴らしい事だな」

 

「なんでそんなにテンション高いんだよ、九条」

 

「何言ってんだ、いつもこんな感じだぜ!」

 

「それはない。確かにゲームが絡むとテンションは上がってる気もするけど……ひょっとして雪ノ下さん関連で良いことでもあったのか?」

 

「そうといえばそうだし、そうでもないといえばそうでもない」

 

「はぁ?」

 

雪ノ下陽乃から解放された俺は同じ大学の友人ーー椎名哲平と共にららぽーとのゲーセンに足を運んでいた。

 

因みに何故ここなのかというと、雪ノ下陽乃とばったり出くわす事もなければ、近くのゲーセンは大体制覇したから。後、ここにしかないものを以前雪ノ下陽乃に連れてこられた時にちらっと見かけたから。付け加えると哲平の欲しいものがここにあるとか。連れ添いか、気が向かないとこういう場所は基本来ないしな。

 

「で、どうなんだ?実際?」

 

「どうって何が?」

 

「雪ノ下さんの事だよ」

 

野次馬根性丸出しの表情で哲平が聞いてくる。こういう場合の問いかけは決まって規制が入りそう方の話だ。

 

「別に。何もしてねえけど」

 

なんならまだ手も繋いでないし、繋ぐ気もない。少なくとも俺からは。

 

「はぁ!?お前、付き合い始めて三ヶ月ぐらい経つのにまだキスもしてないのかよ!?」

 

やっぱりおかしいよな。普通に付き合ってると思ってる奴らからしてみれば。

 

「そこは……ほら、あれだ。ああ見えてハルはピュアなんだよ」

 

「ふーん、人は見かけによらないもんだな」

 

いや、全く。ただ、真っ黒って意味だけどな。

 

「しかし、わからないよな。お前と雪ノ下さん。何の接点もないのにいきなり付き合い始めて。知ってるか?裏じゃ、雪ノ下さんのファンクラブがお前を暗殺する計画を立ててるらしいぞ」

 

「何でだよ……」

 

逆怨みだ。というか、変わってやれるなら今すぐ変わってやるよ。

 

「まあ、自然の摂理だ。身にあまる幸運は身を滅ぼすのさ」

 

これが幸運だというのなら、俺は神様を呪う。

 

「俺、これから予約したやつ受け取りに行くけど、お前どうする?」

 

「ゲーセンで待っとく」

 

「OK。俺も受け取ったら行くわ」

 

一旦、哲平と分かれて、俺は一人ゲーセンへと向かう。

 

哲平の予約したものは例に漏れずゲーム。それもギャルゲーだ。

 

曰く「ギャルゲーの主人公目指せば俺もモテ男になれるんじゃないか?」だそうだ。お前は中学生か。

 

そんなわけであいつは根っからのギャルゲーマー。その割には理由が理由なだけに二次元には溺れてはいないのが救いか。手段と目的を履き違えていない。

 

俺はドラゴンボー○かストリー○ファイターでもするかな。時々ヤンキーや不良とかやってるから怖いが、ガ○ダムよりはマシだ。動物園に行く趣味はない。

 

さてと、今日はどっちをしようか……な?

 

「ん?あれは……」

 

ふとゲームセンターで見た事のあるような気がする後ろ姿を見つけた。

 

そいつはUFOキャッチャーの筐体に食い入るように張り付き、何かを必死に取ろうとしている。

 

ああ、いるよな。ああいうやつ。そして何千円も吸われるまでがセオリー。俺は友達が三千円吸われるのを見てから、絶対にしないと誓った。

 

おまけにパンダのパンさんかよ……よくもまあ、こんな可愛げもないものを取る気が起きるな。

 

眺めている間にも、そいつは何度もチャレンジして惨敗していく。

 

「なあ、いい加減諦めねえの?」

 

流石に千円くらい吸われた辺りで声をかけた。

 

俺が通りかかる前にも吸われていたという事はもっと吸われているはずだ。こういうものは誰かに止めてもらわないと止められないだろうし、知り合いならこれ以上消費していく様を見ていられない。

 

「いきなり何?どうしようと私の勝手……」

 

ぱっと振り返ったそいつは何故か驚いた顔を……そういえば、この子あれだ。

 

「えーと、いきなり話しかけてごめんな。雪ノ下の妹ちゃん」

 

どこかで見たと思えば、雪ノ下の妹ちゃんだった。見るのは二度目だが、見た目はなんとなく似てなくもない気がしてきた。

 

「……何かしら?人をジロジロ見て。不快なのだけど」

 

「あ、ああ、ごめん。よく見たらあいつと似てると思って」

 

「当然でしょう。姉妹なのだから」

 

何を言ってるんだとばかりに妹ちゃんはこちらをジト目で睨んできた。

 

やっぱり似てるのは見た目だけか。

 

「それで?何の用かしら?今は忙しいのだけれど」

 

「いや、妹ちゃんが歯止めの効かないところまで来てるみたいだったから、止めてあげたほうがいいかと思って」

 

「余計なお世話よ。私は私の意思でしているのだから」

 

「………好きなの?パンダのパンさん」

 

もしやと思って聞いてみたら、びくっと一瞬だけ体を震わせた。

 

「別にそういうわけではないわ。ただ以前苦い経験をしたからそれを克服するためにたまたま挑んだ筐体がこれだっただけの話よそれ以上それ以下でもないわ下手な勘ぐりはやめてくれるかしら?」

 

あー、この子本当に雪ノ下とは似てないわー。嘘つくの超苦手な子じゃん。ラスボスの妹ちゃんは勇者ばりの正直者だよ。

 

はぁ……せめこの子の正直さが二割でも雪ノ下にあればなぁ……もうちょっとマシなんだが。

 

「ところであなた。姉の恋人、ということで間違いはないのよね?」

 

「一応」

 

恋している人という意味で聞かれると百パーセント違うと言い切れるが。

 

「……見た所、あまり特別な風には思えないけれど」

 

「まあ、普通の大学生だし。君のお姉さんに比べたらはるかに……って、比べる方が間違いか。凄いもんね、君のお姉さん」

 

「ええ。容姿端麗、成績最高、文武両道、多芸多才、その上温厚篤実。およそ人間としてあれほど完璧な存在もいないでしょう」

 

「ああ、確かに。ただ、最後の温厚篤実はない。その代わりに馬耳東風、自由奔放、傍若無人を付け足す事をお勧めする」

 

「……」

 

「妹ちゃんは知ってるんだろ?アレの中身。外面は良いから騙されてたけどな。ありゃねえわ。どういう育ち方したのかは知らねえけど、アレと結婚出来る奴がいたら拍手喝采を送るわ」

 

「『アレ』とやらと付き合っているのはあなただと思うのだけど……」

 

あ、やべ。ついうっかり本音が漏れ出てしまった。

 

いや、だってしょうがないじゃん。あの雪ノ下を指して温厚篤実?はっ!アレが温厚篤実なら、俺は聖人君子だ。

 

「まあいいわ。どんな理由であれ、あなたは恋人であると否定しなかったという事はそういう事なのよね。姉さんが恋人を作っている事も驚きだけれど、本性を知ってなお、その姿勢でいられる人間は初めて見たわ。世の中には珍しい人間何人もいるものね」

 

珍獣扱いされた……って。

 

「帰るの?」

 

「ええ。用は済んだし、人の善意を無碍にするわけにもいかないもの。それにあなたがいると姉さんと会う確率が上がるでしょう」

 

まだあいつは大学で講義を受けてる途中と思うが……なんとも言えないな。適当な事言って抜け出してくる可能性も否定できない。

 

「じゃあ、バイバイ」

 

「ええ、さようなら」

 

踵を返して、妹ちゃんは去っていく………が、その時、不意に足を止めた。

 

「ひとつ言い忘れていたわ。私の名前は雪ノ下雪乃よ。次からは名前で呼びなさい。いいわね」

 

そうだけいうと今度こそ、妹ちゃんもとい雪ノ下雪乃ちゃんは去っていった。

 

ああ、性格も一つだけ共通点を見つけた。

 

言葉の使い方はともかく、発言が上から目線というか命令口調だ。なんか嫌な共通点を見つけたけど、それを差し引いても雪乃ちゃんの方が好きだな、俺は。

 

さてと、俺も本命のゲームを……あだっ!?

 

いきなり後ろから叩かれた。

 

叩いてきた人物を見てみると……哲平だった。

 

「何すんだよ!」

 

「お前、雪ノ下さんというものがありながら、他の女の子を口説くってどういう神経してるんだ!?」

 

「はぁ!?ちげえよ!あれはハルの妹で……」

 

「ちょっと似てたからって見苦しい言い訳はやめろ!こうなったら、俺がお前の性根を叩き直してやる!」

 

「人の話聞けよ!」

 

この後、互いにヒートアップした結果、ゲーセンで五時間もいる羽目になり、その間に来ていた雪ノ下陽乃のメールをスルーしていたせいで、さらなる負債を背負う事になってしまった………なんでやねん。

 

 


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