八月の始め。
高校生ならそろそろ夏休みが折り返し地点を迎え、「学校とかまじだりい」とか「やっべ!宿題全然手つけてないんだけど!」とか「でもまだまだあるし」とか言っている今日この頃。
大学生である俺はとても快適な日々を過ごしていた。
というのも、大学生は基本的に八月の一週或は二週から夏休みに突入し、そして九月の終わり頃まである。どちらかといえば夏秋休み的な感じだ。シルバーウィークがただの祝日という悲しい事態ではあるが、それらを差し引いても、やはり高校よりも長い休みというのは素晴らしい。大学の数少ない利点の一つだ。
出された課題なんかは機を見て適当にやっているので、三割近く終わっている。このペースなら九月中旬には全部終わってウハウハ状態だ。宿題ってのは早めに終わらせておくに限るよな。うん。
そう、このままいけば。
ダーダーダーダーダダーンダーダダーン……。
そしてこのまま行くはずがないのだ。何せ、魔王がいるのだから。
「……もしもし。今忙しいんだが?」
主にゲームで。そろそろボスと戦えそうなところなのに。
『へぇー。暇そうで何より。流石は彼氏。彼女の為に何時もフリーなんて』
「耳がイかれてるんじゃねえか?第一バイトもしてるっつーの」
そして久々に三連休だ。なんとしても死守しなければ。
『知ってるよー。でね、今回の三連休の事なんだけどね』
知ってるって、そこまで知ってんのかーい!
何故だ……情報漏洩はしなかった。バイト先には同じ大学の奴もいない。一体どこから漏洩したんだ!?
『別荘に行こうと思ってるんだよねー。少し山の方にある涼しいところで』
「そうか。じゃあな」
そう言って一方的に電話を切って、電源も切った。家の電話のコードも抜いて、後は鍵を「ねえ、景虎ー。いきなり電話切れたんだけど、どうしたのー?」げっ。
「な、なんで……」
「君の考えてることなんてお見通し。引きこもって有耶無耶にしようとしてたでしょー?」
「なんのことだか、さっぱり……」
じいっと見つめられて、思わず目を逸らした。
すると、雪ノ下陽乃は数秒こちらを覗き込むように見つめた後、にやりと笑う。
「そう。私の思い違いならいいけど。五分で支度してね。下で待ってるから」
お、終わった……俺の徹夜ゲームの日々が一瞬で終わりを迎えた。
いや、待て。家庭用はともかく、携帯ゲームなら……。
「あ、そうそう。ゲームは持って来ちゃダメだからね。見つけたらデータ全消去するから」
忘れていたとばかりに雪ノ下陽乃はそれだけ言って出て行った。
お、鬼かあいつは……いや、魔王だった。データ全消去とかゲーマーに一番やっちゃいけない事だぞ。血と汗と涙の結晶なんだぞ。
しかして、俺に対抗するすべはなく、やはり言いなりになるほかなかった。
魔王の命令通り、きっかり五分で準備をし、高級感溢れるハイヤーに促されて乗る。
流石は県議会議員の娘、金持ちを前面に押し出している。
運転手の人は特に何も話さないし、こちらを一瞥する事もなく、ただ無言で運転していた。
おかげで車の中は静寂に包まれ、車に程よく伝わる振動と相まって睡魔が……。
「可愛い彼女が隣にいるのに寝るとは感心しませんなー」
指で俺の頬を突つくというか、指を押し込んでくる雪ノ下陽乃のせいで迫っていた睡魔はあっさりと霧散した。
「いや、だって暇だし。ゲームないし」
「もー。暇なら私がいるでしょー?」
「やだよ。お前と話すときは二人きりでないと」
下手に弱みも握らせたくないし、ボロを出した時に第三者に聞かれるのだけは避けたい。
「おやおやー?大胆発言だね」
「あ?何処が?」
茶化すように言ってくるが、残念ながらどの辺が大胆発言だったのか全くわからん。
「へぇ……景虎にしてはなかなかいいパンチ打ってくるね」
雪ノ下陽乃も、俺がしらばっくれているのではなく、本当にわからないと悟ったらしい。
だが、いいパンチも何も俺は何もしてないんだが。ついでに言うとパンチなんて雪ノ下陽乃に打ったら、何されるか分かったモンじゃない。
「ところで雪ノ下の別荘に行くって言ってたけど、何すんの?」
「んー、大体の事はできるよ。高校の時も何回か友達誘ったりして遊んだから」
「……そうか」
「?どうしたの?……あ、もしかして嫉妬ー?だーいじょうぶ。皆、女友達だから♪」
そんな事わかってるよ。いくらなんでも別荘にお泊まりで遊ぶ事も考えたら、どう考えたって男を連れて行くのはまずいだろ。世間体的に。
「違う。意外だな、って思っただけだ」
「そう?」
「ああ」
てっきり、俺みたいな例外はともかく、雪ノ下陽乃は友達関係をもっとドライに考えていると思っていた。だから、外では遊ぶし、誘われても遊ぶ。だが、自分から別荘とはいえ家に招く事はしないだろうと。
それは雪ノ下陽乃の人物像もさる事ながら、雪ノ下陽乃の母親のことを考えても、やはり意外だ。
「そういえば、女子のお泊まり会ってどんな感じなんだ?やっぱコイバナとかで盛り上がるわけ?」
「まあね。でも、景虎が想像してるような良いものじゃないよ。女の子のコイバナって基本的にお互いに対する牽制だから」
「えっ?マジで?」
「うん。見てて楽しかったよー。お互いに気づかれないように釘を刺そうとしてるの」
うわぁ……聞きたくなかった。そんな殺伐としたコイバナ事情。こいつの場合は好きな人間とかいなさそうだから、さぞその状況は楽しかったに違いない。
「お前はその時どうしてんの?人気者なんだから、聞かれないって事はねえだろ」
「私?私は私を楽しませてくれる人なら誰でも良いよー?」
まったく、実に雪ノ下陽乃らしい答えだ。
おまけにこれなら誰からも責められないし、茶化されもしない。それどころか、掘り下げる事すら不可能。相手に攻めてを与えないあたりがこいつらしいところだ。
「景虎の方はどうなの?男の子もコイバナはするんでしょ?」
「しなくはねえよ。基本的にゲームでオールしたりすんのが妥当だけどな」
それに男の場合はコイバナというよりかは寧ろ……いや、これ以上は言うまい。
「ただ、女子みたいに牽制するためとかじゃねえよ。男の場合、同じ相手を好きになるのは珍しい事じゃないしな。その時はその時だ」
多少なり関係は変わるかもしれないが、そこからいじめに発展なんて事はない。少なくとも、俺の周りでそんな事はなかった。
「まあ、高校の時にお前がいたなら話は別だったかもしれないけどな」
具体的には男子の目の色が変わる。色んな行事の度に男子が雪ノ下陽乃に振り向いてもらおうと無駄な努力をして、そしてあえなく玉砕するビジョンまでは見えた。
「そう?今とあんまり変わらないと思うけどなー」
「はぁ?いや、変わるだろ」
「変わらないよ。だって、高校でも大学でも、私は景虎に出会ってたら、景虎と付き合ってたと思うから」
窓の外を見て、雪ノ下陽乃はそう嘯く。
シチュエーションはともかく、雪ノ下陽乃ほどの人間にこんな事を言われて喜ばない人間が果たして何人いるだろうか。少なくとも真意を汲み取れない人間は喜ぶ事は確かではある。
しかしながら、俺はわかってしまう。
雪ノ下陽乃は別に運命だとかそういう事を言っているのではなく、至極単純に雪ノ下陽乃は仮に高校で九条景虎と出会っていても今と同じように遊んでいたと言っているだけだ。
そうなると嬉しさも萌えも何もあったものじゃない。寧ろ、高校で会わなくてよかったとホッとするところだ。
「……それはありがたい事だな」
「そうやって悟りきってるところ、私は好きだよ?」
「そりゃどうもありがとさん」
俺の方はそうやってなんでも見透かしているようなお前の余裕そうな態度が嫌いだよ、とは言えなかった。
着いたところは雪ノ下陽乃の宣言通り、山の中にある立派な木造建築の建物だった。
運転手さんは俺と雪ノ下陽乃の荷物を降ろして、何度か雪ノ下陽乃とやり取りをした後、そのまま帰って行った。ご苦労な事だ。片道二時間弱。割と遠かった。
「さて、と。景虎、ジャージ持ってきてる?」
「ああ。山の中って聞いてたしな。そういうのしか持ってきてねえ」
だって、何させられるかわからないし。一応普通の服も持ってきてはいるが、最悪、野生の動物捕まえてこいとか言われる可能性も覚悟していたし、多分着そうにない。
「じゃ、それに着替えて」
「何させるつもりだ?ツチノコ探しか?」
「それはそれで面白そうだけどハズレ。答えは……これ!」
雪ノ下陽乃が見せてきたのはテニスボール。成る程、という事はつまり……。
「今からそれを投げるから拾ってこいと。頼むから取れるところに投げてくれよ?」
「なんでそうなるかなー?普通の用途じゃないでしょ、それ」
「持ってるのがお前の時点で、普通の用途じゃない可能性の方が遥かに高いんだよ。日頃の行い考えてみろ」
俺だってテニスボールを見て最初にテニスを連想できるような生き方がしたいに決まってるだろ。何が悲しくて、常に最悪の事態を連想しなきゃならないのか。
「普通にテニスするだけだよ」
「俺、テニスやった事ないんだけど……」
体育でもテニスは選択項目になかったしな。バドミントンはした事あるが。
「やり方は教えたげる。で、慣れてきたら試合ね。負けたらいつも通り。OK?」
「おい、待て。それ俺が不利なんてもんじゃないぞ」
「そうだよ?それが?」
それが?じゃねえよ……。
なんでそんな「何がおかしいのかわからない」って顔が出来るんだよ。しかも素じゃねえか。
「さ。着替えて着替えて。泊まりがけになるけど、時間は限られてるんだから」
楽しそうなこった。今頃、雪ノ下陽乃の脳内では俺に対する罰ゲームを皮算用しているに違いない。
あちらも遊ぶ気満々で来るだろうが、言い出した本人は確実にルールを知ってるだけの素人じゃなく、スクールに通っていたガチ勢とかだろう。覚えたての素人では勝ち目なんてないし、かといってバックれて機嫌をそこねてもここから無事に帰れない事が始まるという、完全に魔王の思惑通り。なら、本人のお望み通り華麗に散ってやろう。
がくりと肩を落として、俺は雪ノ下陽乃に教えられた部屋へと向かう。
今日から二日半程度、俺が使用する部屋は、俺が普段いる部屋よりも少し大きく、よく手入れが行き届いている。埃や塵なんて殆ど見当たらない。俺の部屋とは正反対だな。ゲームの山が作られてるから。
一人用のベッドが一つしかないあたり、その辺の事は雪ノ下陽乃も弁えているという事だろう。いくら悪戯でも限度はあるらしい。嫌がらせに際限はないが。
「しかし、まあ。こんな魅力も期待も全くないお泊りイベントなんて。ギャルゲーならクソゲーだぞ、これ」
哲平が聞いたらぶち切れそうな設定だ。こんなギャルゲーあってたまるかと。
ぱはっと着替えて、雪ノ下陽乃の待つテニスコートへと向かう。
「おっそーい」
非難するようにそう言ってくるのは当然雪ノ下陽乃なのだが……。
自前のテニスウェアを着ていた。どこのものかは詳しくないのでわからないが、こいつに限って安物はないだろう。自分はしっかり用意してるあたりは流石は雪ノ下陽乃だ。見た目も元が良いだけになかなか様になっている。
「あれれー?どこ見てるのかなー?景虎ー?」
「いや、本当にテニスコートがあるんだなーって思ってただけだけど?」
「ふーん、その割にはさっきからやらしい視線を感じるんだけどー?」
「さあな。幽霊でもいるんじゃねえか?」
くっ……最初からそれが狙いか……!俺だって男なんだから、いくらこいつでも反応するときは反応するんだよ!
「その反応が見れただけでも良しとしようかな。さ、始めよっか」
にやにやしながら、雪ノ下陽乃は言う。これから当分これで弄られるのだろうか。勘弁してくれ……。
「はい、おしまーい」
雪ノ下陽乃の軽い口調とは裏腹に鋭い一撃がコートの隅、ギリギリに打ち込まれる。
「も、もう無理……」
がくりと膝をつき、項垂れる。
戦績は今のも含めて五連敗。しかも
こんなに運動をしたのはいつぶりだろうか。それぐらい前の話になる。
体力にはそれなりに自信はあるが、それなりでは話にならなかったらしい。立てないとまでは言わないが、スタミナの方は使い果たした。
「もー、だらしないなー。それでも男の子?」
「さ、さっき、覚えたばっかの素人相手に、ギリギリ攻めるやつがあるか……!」
おまけにギリギリというのはコートの隅ではなく、俺が届くギリギリ。諦める事さえも許さないえげつない攻撃だった。
「試合に素人も玄人もないよ。ほら、偉い人も言ってたでしょ?勝てば官軍、負ければ賊軍って」
「俺はその賊軍かよ……」
この場合はどう考えても賊軍は雪ノ下陽乃の方だとは思うが、そうは言ってもこいつは聞く耳を持たないだろう。そんな耳があるなら、俺もここまで苦労していない。
「で、罰ゲームはなんでしょうか。お姫様」
半ば諦め気味に問いかけると、珍しく雪ノ下陽乃は思案するような素振りを見せる。
「んー、それがね。どれも途中で飽きちゃいそうで面白くなさそうだから、次に持ち越す事にしたの」
……一体何個思いついたんだ、この女。しかも罰ゲームの途中で飽きるとかどんな規模の罰ゲームを設定するつもりだったんだ。
と、その時。
俺の鼻腔を良い香りが刺激する。
「お昼も出来たみたいだから、一先ずお昼にしよっか」
「できたって……ここ俺達以外にいたのか?」
人の気配が全くしなかった……いや、そもそも年齢を考えると二人きりになんて危なっかしくて無理か。
「残念でしたー。私と景虎がここに来る前に使用人が二人ここに来てました。思春期の男女が同じ屋根の下で寝食を共にするのは流石にマズイでしょ?もしかして期待してた?」
「してねえよ。寧ろ安心した」
これなら飯に何か混ぜられるような事はないだろう。雪ノ下陽乃の作った飯なんて何が入ってるかわかったもんじゃないから満足に食事も取れない。
とりあえず、適当に汗流してから飯食うか。いくら涼しいって言っても夏だし、雪ノ下陽乃と違って、俺はかなり動いた。冬でも汗だくになっていただろう。
「シャワーって何処にある?」
「シャワーだけなら部屋に備え付けてあるよ」
なんかドアあるなと思ったらそういう事か。別荘にすら備え付けのシャワーがあるとか流石は金持ち。金をかけるところは何処までもかけるな。
一旦、雪ノ下陽乃と別れ、俺は部屋にあったシャワーで汗を流す。
汗を流すためだけにシャワーを浴びるっていうのも随分と久しぶりだ。中学以来だな。
あまり時間をかけるとまた雪ノ下陽乃に文句を言われるので、さっと流してからすぐに着替え、髪も適当に拭いてから、リビングへと向かう。
リビングに着くと、まだ雪ノ下陽乃はおらず、使用人の人が昼食の準備をまだしていた。
使用人の人はこちらを見て、一礼するとすぐに準備を終えて、静かに部屋を出て行った。なんというか、ドラマとかで見るのと違うな。仕え従っている人にはともかくとして、俺みたいな一般人には結構くだけているのかと思っていたが、扱い的に俺は雪ノ下陽乃の次くらいには高いらしい。
する事もないし、スマホのアプリをしていると、雪ノ下陽乃が来て、俺のスマホの画面を覗き込む。
「何やってるの?」
「ファ○ナルファン○ジーのリメイク版。うちには昔のゲーム機器がないから、携帯でやるしかねえんだ。あ、言っとくがこれはアプリだからな。お前の言うゲームのカウント外だ」
「必死だね。そんなに大事?」
「俺の命の次の次の次くらいには」
「そっか………あれ?それって大事な部類に入るの?」
「大事大事超大事。なんていっても五本の指の中に入ってるからな」
人生で大事なものの中の五つに入ってるってめちゃくちゃ大事だよ?え?計算が合わない?そりゃそうだ。俺の命は二番目だからな。
何時もなら飯食べながらゲームがセオリーなのだが、流石に一人ではないし、相手が雪ノ下陽乃なので下手をすると携帯を叩き壊されるかもしれない……言い過ぎかもしれないが、こいつなら『データ初期化して買い直してあげるから』って笑顔で言ってきそうなんだよな。初期化したら意味ねえよ。
「次は何しよっか?」
昼食を食べ終えて早々に雪ノ下陽乃はそう告げる。
「何するつっても限られてるだろ。それに勝てる勝負が思いつかねえよ」
そもそも勝てるものが存在するのかどうかというところだが、そんな事は雪ノ下陽乃には関係がない。こいつの脳内では『遊ぶものを決める→勝つ→罰ゲームをさせる→愉しむ』がループしているのだ。そもそも外面を飾っている状態ではない今の状況で、相手が愉しむという選択肢は残念ながらこいつの脳内には一切存在していない。否、相手が苦しむというのは入っているかもしれない。
まあ、早い話が俺はこの別荘には罰ゲームをさせられるために連れてこられ、そして一時でも雪ノ下陽乃の退屈を凌ぐために存在している。それ以上それ以下の理由なんてないし、ともすれば退屈凌ぎにすら無くなれば置いていかれる可能性もある。やだ、怖い。
……ふぅ。仕方がない。こんなことはしたくなかったし、リスクが高いから避けたかったが、雪ノ下陽乃の退屈が今の状況では一番怖いのも確か。背に腹は変えられない。
「ハル。ゲームは好きか?」
「んー、景虎の言うゲームはあまりやった事ないかも。でも、興味はあるかな。どうしたの、急に?」
「ちょっと待ってろ」
俺は部屋に向かい、バッグの中を漁る。
こんなときのために俺のバッグは俺の手によって特殊な構造になっている。雪ノ下陽乃と出会って間もなく、こうなる事を悟って作った俺自身を褒めてやりたい。
バッグの中からP○Pを引っ掴んでリビングへと戻る。
「ほらよ」
俺は右手に持っていたP○Pを雪ノ下陽乃へと差し出すと、雪ノ下陽乃は目を瞬かせる。まあ、あんなにゲームが大事って言ってたやつが、データ消されるリスクを背負ってなお持ってくるのはともかく、わざわざ目の前に晒すというのは考えられない行為だ。
「言っとくが、それはお前用だ。そんでもって、これからするのはゲームでの対戦。あんまりやった事ねえんだろ?なら、暇潰しにはなるし、さっきはお前のフィールドでしてやったんだ。次は俺のフィールドでやってもらうぜ」
「……ふーん、そう来たの。景虎にしては考えたね」
そう言って雪ノ下陽乃はP○Pを俺から受け取る。
「やり方は教えてくれるんでしょ?」
「当たり前だ」
いくら相手が雪ノ下陽乃で、今こそ逆転のチャンスと言えど、やり方は教えるし、訊かれたことなら全部答える。それでも俺の方が有利なことに変わりはないが、今まで散々不利な条件でやらされては罰ゲームの刑に処されてきたのだから、これぐらいは大目に見て欲しい。
「いいのー?私に勝つチャンスなのにー?」
どうやら俺が考えている事は雪ノ下陽乃にはお見通しらしい。まあ、わかってはいたことだし、結構露骨だしな。
とはいえだ。俺は腐ってもゲーマーだ。
どんな手を使ってでも勝ちたいとは思わないし、雪ノ下陽乃に勝てる可能性を減らす事になっても、やはり一番正攻法に近い形で倒したい。
それにーー。
「お前がどう思おうと勝手だけどな。勝ち負け以前に俺はゲームを楽しみたいんだよ。お前に罰ゲームをさせられるのはそれはそれで面白そうだけどな」
ついでに言うとそのあとはかなり怖そうだし。もうこの際負けなければいいかなって思ってます。
俺がそう言うと、意外だったのか、はたまた予想通りの回答だったのか、雪ノ下陽乃はつまらなさそうに返事をするだけだった。
因みに俺が対戦するのに選んだのは伝説の傭兵とか出てくる某ゲーム。
出たのは少し前になるが、最近またもう一周している。特に深い意味はないが、なんとなーくやりたくなっただけだ。そしたらこれである。タイミング的には都合が良かったといえば良かったか。このゲームには対戦機能もあるし、格ゲーよりも飽きは早くない。格ゲー系統は人によるが飽きが早いしな。
やり方を教えると流石は雪ノ下陽乃こと魔王様はスムーズどころか、寧ろ怖いくらいに覚えが良く、やりながら教えてもいないことを勝手にしていく。
慣れるまで適当に援護しつつサイド系統をこなしていたのだが、気づけば普通のプレイヤーと変わらないレベルで技術を習得していた。
「ん。もう大丈夫だよ。覚えたから」
「よし。じゃあやるか」
対戦モードに切り替え、装備を選択。
まあ、最初は様子見……と見せかけて、俺流初心者殺し装備を選択!
邪道?はっ!必要最低限の義務はすべて果たした!よって俺は卑怯じゃない!
マップはランダムで決まった障害物は少し多めのマップ。
初っ端から入り組んだところでなくて良かった。先にそっちが出てくると慣れられるからな。
お互いに正反対の位置からのスタート。
俺は一目散に段ボールの散らばる場所へ。そしてすぐさまそのなかの一つにC4爆弾を設置。
後は装備をハンドガンに替えて進んでいくと、雪ノ下陽乃の動かす敵が前方を通過したのを確認して引き返し、曲がり角のところにクレイモアを設置してから、敵の視界に映るように移動する。
すると、雪ノ下陽乃は驚くべき速さで俺目掛けて発砲する。連射速度と威力からしてアサルトライフルだろうが、それ以上に雪ノ下陽乃の驚異的な攻撃速度には舌を巻く。
障害物に身を隠すと、絶妙の角度で手榴弾が放り込まれ、緊急回避する事で最低限のダメージに抑えるも、すぐにまた連射が俺を襲う。
からがら逃げ出し、安全な場所に逃げ込んだ時には体力はほぼゼロで一発とて喰らえない状態だった。
今の状況、どちらが初心者か分かったものではない。雪ノ下陽乃は一方的に俺を攻撃し、後一歩のところまで追い詰めた。勝ちはほぼ確定。悠然とした足取りでこちらへと向かってくる様は魔王そのものだ。
だが、それがどうしたというのだろうか。
ゲームにおいてほぼ確定というのは、一番用心しなければならない言葉。そして初心者が勝ちという美酒に酔い、最初に足元をすくわれる言葉だ。
敵に狙われないギリギリの角度から自分の仕掛けたクレイモアを撃ち抜き、破壊する。
これ自体には何の意味もない。無意味な爆破であるし、雪ノ下陽乃もおそらく俺が狙いを外したのだと思っているだろう。事実、クレイモアが当たるか否かのギリギリまで引きつけて撃ったのだから。
敵は進路をより俺の死角側に移動し、さっきのような事がないように警戒度を上げて接近してくる。
そして段ボールの散らばる場所に接近した時、絶妙にC4爆弾の射程外で足を止め、段ボールめがけて乱射する。
すると、俺の仕掛けていたC4爆弾が撃ち抜かれて爆発する。
雪ノ下陽乃の方を見ると、まるで「その程度の罠とは片腹痛い」とでも言わんばかりにドヤ顔でこっちを見ていた。ウゼェ。
そんなことはわかってる。わかっていようといまいと、お前にはその位置で、何も盾に出来ないその位置から動かないようになってもらわなければならなかったんだから。
ハンドガンから切り替えたのはロケットランチャー。このゲーム中一番のホーミング機能を持ち、プレイヤーの体力なら余裕で飛ばせる優れもの。
C4爆弾が爆発したと同時に既にロックオンしていた敵めがけてぶっ放す。
発射音は爆音にかき消され、黒煙がロケットの存在を有耶無耶にする。
それゆえに雪ノ下陽乃は気づかない。直撃したその瞬間まで。
着弾音と供に俺のP○Pから勝利を告げる音声が聞こえてくる。
ふっふっふ。ざっとこんなもんだ。
このロックオン式のロケットランチャーは一発しか弾がないが、その代わり障害物が近くにない限り、プレイヤーを絶対に殺す。おまけに撃ちさえしなければ、壁の一つ向こうくらいの場所なら居場所を教えてくれる優れものだ。
つまり、このロケランこそが始めから本命で、後の二つはただのブラフなのさ。
さて、雪ノ下陽乃は今どんな顔してるか……な……?
ちらっと横目で表情を見たら、画面を見たまま固まっていた。
何が怖いってそれが笑顔だ。だが、笑顔なのにものすごく冷たい。
「……景虎」
「な、なんだ?」
「もう一回やろ」
「お、おう」
それはそこはかとなく提案ではなく、命令であるような声のトーンだった。しないと殺す、と暗に言っているような気がした。
なんだろう……勝つには勝ったのに負けた時よりも酷い状況なんですが、これは。
こうなったら次はわざと負けてーー。
「景虎。手を抜いたら……わかってるよね?」
「当たり前だ。俺はゲームにだけは手を抜かねえ」
無理無理。これ全力で勝ち続けるしかないやつだ。それでもって、いずれ来るであろう雪ノ下陽乃の勝利までゲームしなくちゃいけない系のやつだ。
そうして、俺提案のゲーム対戦はその日から帰る日まで時間を見つけてはする事になり、はからずも俺の求めたゲーム三昧の時間を過ごす事になったのだが、人生で初めて恐怖と戦いながらゲームをするという異様な状況のまま、最後の最後で雪ノ下陽乃の勝利となり、これを機に雪ノ下陽乃はゲームも強くなる決心をしたそうだ。
……俺は人生で初めて知人にゲームを薦めた事を後悔した。