魔王の玩具   作:ひーまじん

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投稿遅れました、すいません。バイトが忙しくて。

後、ちょっと本編が長くなったことも影響してたりします。誤字脱字が結構あるかも。一話でまとめましたので。

それでは総武高校文化祭をどうぞ!


今まさに総武高校は最高にフェスティバっている。

とうとうやってきた文化祭二日目。

 

二日間ある総武高校の文化祭は一日目を総武高校の生徒のみとし、二日目からは一般公開という事で、ご近所やら他校のお友達、受験志望者やOBなどが訪れていた。

 

それにしても、やはり高校の文化祭は凄いな。俺のところも大体こんな感じだったけど、それよりも多い気がするし、何より催し物が自由だ。文化祭となると、はっちゃけたいのに学校とか市が許可出さないなんてわけのわからないこと言って出来なかったりするからな。

 

まあ、それはそれとしてだ。

 

「相変わらず、人の視線集めるの好きだよな、お前」

 

俺は隣で歩く雪ノ下陽乃に対して、半ば呆れたように言った。

 

「好きで視線を集めてるわけじゃないけどね。ほら、私綺麗だし」

 

あからさまな自慢ではあるものの、それを否定できないのが悲しいところだ。

 

しかも、今日は有志の事もあって、身体のラインを強調する細身の黒いロングドレスを着て、胸元と髪留めには黒い薔薇のコサージュがあしらわれている。一歩歩くごと翻るスカートの裾がすれ違う人間全てを魅了していた。

 

ぶっちゃけ、現地集合の今日は死ぬ程声をかけたくなかった。ナンパ野郎と周りに思われるのも嫌だったし、例えば周りに人が大勢いた場合、それをかき分けていかなければならない。そんな事は酷く面倒だし、目立つのも嫌だ……雪ノ下陽乃が隣にいる時点で無理だけど。

 

こいつの隣にいるせいで「え?まさか彼氏じゃないよな?こんな奴が」って視線を年下から向けられるのが死ぬ程鬱陶しい。俺だって好きでこんな事やってるんじゃないだよ。やめられるならとっくにやめてるっつーの。

 

それもこれも全て雪ノ下陽乃が原因だが、今日は大目に見てやろう。こいつもこいつなりに文化祭は楽しみにしていたみたいだし、何より楽しむ事で俺への負担が軽減されるわけだから。寧ろ、存分に楽しんでくれて結構だ。被害が減るから。

 

「で、最初はどこに行くんだ?」

 

「隼人がミュージカルやるって言ってたから、観に行ってあげようかと思って」

 

観に行ってあげるのか。安定の上から目線。隼人くんもありがた迷惑だろう。

 

「つーか、劇じゃなくてミュージカルなのな。高校なら、普通に演劇とかやりそうなのに」

 

「さてね。その辺はどうでもいいかな」

 

「それもそうか」

 

今回は俺も同意する。大方、目立つ事をやりたい輩が演劇じゃなく、ミュージカルをやるって言い出しただけだろう。こういうのに限って、大体小難しそうなのを選ぶって相場も決まってる。

 

「あ、たこ焼きあるよ、たこ焼き」

 

「ああ、そうだな」

 

華麗にスルー……しようとしたら、雪ノ下陽乃は俺の前にまわって、こちらに振り向いた。

 

「景虎」

 

「……寄り道してたらミュージカルに間に合わないぞ」

 

「席は私が取っとくから。頑張ってね♪」

 

きゃぴっ、とでも言わんばかりの猫撫で声でそう言うと、有無を言わせず、雪ノ下陽乃は先に行ってしまった。相変わらず人の話聞かない奴だな。

 

とはいえ、無視もできないのが現実で、仕方なく列に並ぶ。

 

隼人くんがミュージカルに出るからなのか、お客さんはあまりいない気がするし、いても男が多い。マジでアイドルだな、彼。

 

しかし、いくら並んでいないと言っても作っているのは学生で、ともすれば経験者はほぼいないのが当たり前の上に一人が複数人分買って行ったりするため、思ったよりも待つことになりそうだ。

 

「何処かで見たと思えば、陽乃の連れ合いじゃないか」

 

「はい?」

 

雪ノ下陽乃の連れ合いと呼ぶ声が聞こえたため、思わず反応すると、そこにはいつぞやの女教師がいた。

 

「えーと……」

 

「平塚静だ。ここの教師で、一応あいつのクラスの担任を請け負った事もある……が、感覚で言うと友人といったほうが正しいな」

 

先生が友達って……普通に聞いたらぼっちの可哀想な子にしか聞こえないが、雪ノ下陽乃の、と聞くとあら不思議。凄さしか感じません。

 

「陽乃はどうした?」

 

「たこ焼き買ってからミュージカルに来いとのお達しで。うちの姫様は気まぐれなんですよ」

 

「はぁ……いつも通りというわけか」

 

「ええ、まあ」

 

いつも通り、俺が貧乏くじを引かされてますよ。

 

と、そこで違和感を感じた。

 

この女教師は雪ノ下陽乃の行動を「いつも通り」と称した。

 

ならば、彼女は雪ノ下陽乃のその行動を当たり前と知り、雪ノ下陽乃の気まぐれ加減も把握しているというわけだ。

 

そういえば、この人は雪ノ下陽乃の事を普通に名前で呼ぶ。

 

雪ノ下陽乃は基本的にさん付けか、名字呼びばかりで、呼び捨てにするものは少なくとも俺が知る限り、この人ぐらいだ。俺はもちろん例外。

 

「ふむ。いきなりで悪いが、君と陽乃はどういう関係だ?」

 

「彼氏……ですかね、一応」

 

断言しないのは、後で雪ノ下陽乃に知られた時に茶化しそうだしな。

 

「ぐはっ!?」

 

何故かダメージを受けていた……はい?

 

「な、何故、陽乃に彼氏が……そんな……そんな馬鹿な事が……」

 

「あ、あの、だ、大丈夫ですか?」

 

「いや、陽乃が彼氏なんて作るわけがない……何かの間違いだ。うん、そうに違いない」

 

何か一人でぶつぶつと言っている。こ、この人本当に大丈夫か?

 

「よし。すまない。あまりにも衝撃的すぎて取り乱してしまった」

 

「あ、いや、気にしてませんけど……」

 

とりあえず、この人も何か普通じゃないのは理解した。結婚の話とかNGな感じの人なんだな。

 

「まさかあの陽乃が彼氏を作るとはな。それが普通なら泣……もとい、友人として祝福するところだが……君はどうにもそういう風には見えないな」

 

さっきとは打って変わって、平塚さんは鋭い視線で問いかけてきた。

 

いやはや、全くごもっともでございます。

 

と、言えたらどれだけ楽だろうか。少なくとも、ここまで苦労はしていなかった。

 

「残念ながら彼氏ですよ。まあ、飽きられたら何時でも捨てられる、とつきますけど」

 

「そういう事か」

 

納得されてしまった。

 

別に悲しくもなんともないし、分かりきっていた反応だ。特に思うところはない。

 

「そうか……陽乃は、私が思っていたよりずっと普通(・・)だったんだな」

 

どこか意外そうに平塚さんは呟いた。

 

「あいつが……ですか?」

 

「ん?納得がいかないか?」

 

「……いや、別に」

 

納得いくわけがない。アレのどこに普通な要素があるのか。異常な要素しか見当たらないだろうに。

 

「君には雪ノ下陽乃はどう映る?」

 

「完全無欠の完璧超人。なお性格に難ありすぎ……みたいな」

 

「ふむ。言い得て妙だ」

 

ちょっとふざけてみたが、平塚さんはそれに納得するように頷いた。

 

「それで?その陽乃と付き合っている君は?」

 

「偶々、姫のお眼鏡にかなった哀れな市民。逆シンデレラみたいな感じですかね」

 

色々と足りないものはあるが、例えるなら足フェチ王子様は面白い事のみを追求する雪ノ下陽乃、それに見初められてしまったのはやる気のないシンデレラこと俺。魔法の解ける時間は雪ノ下陽乃の飽きた時間を指し、意地悪な姉は哲平辺りで、執事みたいなのがさしずめ陽乃の取り巻きといったところか。執事多いな。

 

「とても彼女にしている人間に言うセリフではないが……陽乃が気に入るわけだ。君は陽乃の求める人種に比較的近い存在だな」

 

「あいつの求める人間……?従順な犬ですか?」

 

「それもあるだろう。自らの欲求の為に文句も言わず、報酬も求めず、さながら奴隷のように従順に従う犬。陽乃が求める人種の一つだが、君はこれに当てはまっている自覚があるのか?」

 

「いや、全く」

 

「そうだろう。私も、君はそれと正反対に位置する人間だと思っているよ。決して懐かず、一定の距離を置いて反発しながら、それでも要求には応える。まあ、ツンデレに近いな」

 

「……まさかとは思いますが、それが俺と?」

 

だとしたら心外だ。俺だって好き好んで雪ノ下陽乃の言葉を鵜呑みにして実行しているわけではない。

 

しかし、俺の問いかけに平塚さんは肩を竦めるだけだった。

 

「それは陽乃の口から聞くと言い。私は見回りに戻らなければいけないので、ここで失礼する」

 

また気になるような物言いを……こういうのって後々気になって眠れなくなるやつだから嫌なんだよなぁ。

 

追求しようとしたものの、既にたこ焼きの方が準備出来たらしい。話しながらだったので全く気付いてなかった。

 

本当ならこのまま追求するが、遅れると雪ノ下陽乃に何を言われるかわからない。あの魔王は人の事は幾らでも待たせるが自分が待つのを極度に嫌う。自己中心的なのではなく、心の底から世界は自分を中心にして回さなければ気が済まない。他人の時間を喰うのは良くても、喰らわれるのは嫌なんだ、あいつは。

 

「九条景虎です」

 

「ん?」

 

「俺の名前ですよ。知らないと面倒くさいでしょう。ほら、ハルと話すときとか」

 

「それもそうだが、気遣いは不要だ。君の名は陽乃の口から聞いていたからな……恋人とは知らなかったけど」

 

何故か自虐的な笑みを浮かべて、平塚さんは遠い目で空の彼方を見た。

 

あ、あれ?自己紹介しただけなのに。この人さぞモテるだろうに、そういう浮いた話はないのだろうか?

 

訊こうかと思ったが。それを訊くと後戻りできないような気がして、たこ焼きを買って、そそくさとその場を離れることにした。触らぬ神に祟りなしということだ。

 

……あれ?隼人くんのクラスってどこ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽く探し回ること数分。

 

文実の腕章をした生徒に案内してもらい、始まって少し経った後に着いた。

 

だが、もう入場は締め切られているらしく、扉には机が置かれていて、空気を入れ替えるためにほんの少しだけ扉が開いている程度だ。

 

……と、よく見れば、入り口には見知った顔があった。

 

「よっ、比企谷くん」

 

「……ども」

 

ぺこりと頭をさげる比企谷くん。

 

ここにいるということは彼は受付だという事か。

 

「比企谷くん。中にハルいるか?」

 

「いますよ。で、来たら入れてあげてくれって言われてます」

 

珍しく雪ノ下陽乃にしては気が利いてるな……と思いかけたが、そんな馬鹿なことはない。単にたこ焼き食えなくなるから嫌なだけだ。俺はそのおまけに過ぎない。

 

「いいのか?」

 

「入れないと後が怖いんで」

 

違いない。特に比企谷くんのように目をつけられている人間は、無闇矢鱈に雪ノ下陽乃の『お願い』に背く必要はない。

 

僅かに空いていた扉を人一人が入れるくらいに開け、長机の下を抜けるように教室へと入る。

 

本来なら、灯りがスポットライトしかない状態の教室でそんな事をすれば、確実に注目を浴びるのだが、どうやら予想以上にミュージカルに集中しているらし……い……?

 

舞台の方を見てみると、とてもミュージカルとは思えない何かが広がっていた。

 

全身アルミホイルが貼っつけた男子が「自分を崇拝してくれ」とか「認めてくれ」とか言い出してる。ピカピカ反射して眩しい。

 

な、なんじゃこりゃ……星の王子さまってこういうやつなのか?

 

っと、半ば惚けているとちょんちょんと肩をつつかれた。

 

はっとして横を見ると、雪ノ下陽乃がいた。

 

「なんだ、お前。前に行かなかったのか?」

 

「人混みとか暑いし嫌だもん。それに前にいたら景虎来ないでしょ」

 

「まあな」

 

相槌を打ちつつ、雪ノ下陽乃にたこ焼きの入った包みを渡すと、何も言わずに普通に受け取った。別に礼は求めてないが、当然のように受け取られるのもなんだかなぁ。

 

「ところで、ありゃ何だ?」

 

舞台の上を指差して雪ノ下陽乃に問う。

 

次はスーツを着た男子が何か数字をぶつぶつ言っては、自分は物語の重要な人間だと宣っている。その姿が既にモブとかそういう役柄だ。

 

「『星の王子さま』を全年齢対象にしたらしいよ……原型ないけどね」

 

雪ノ下陽乃にしては珍しく呆れているような声音だ。ともすれば、これは原型ないどころか別作品レベルなのかもしれない。俺は原作知らないから何とも言えないが……。

 

「なんかさっきから出演してる男子の台詞が意味深に聞こえるんだが……」

 

「多分そうだろうね。なんていうの、BLってやつ」

 

やっぱりか。どうりでさっきから台詞が際どいというか、変な意味に聞こえると思った……まあ、そういうのがわかる人間でないと理解出来ない………ん?ということは。

 

「ハル。お前、BLとか好きな人?」

 

「理解はあるよ。あまり好まないけど………あ、今度友達に書いてもらおっか?景虎がやられるの」

 

「マジでやめろ。洒落になってねえから」

 

「冗談冗談。それにそんな友達いないし」

 

そうこう話している内にも物語は進んでいく。

 

「王子さま……。僕は君の笑う声が、好きだ……」

 

主役であろう隼人くんの一言に女性たちが色めき立つ。その反応から、やはり彼はさぞモテるんだろうという事がわかる。

 

「僕達はずっと一緒だ……」

 

これまた隼人くんの台詞に満足したよつにため息が観客席に充満する。うーん、これ販売したらかなり儲けられそうな気がするな。

 

しかし……相手の子は男に見えないな。

 

いや、流れ的に考えると男のはずなんだが……あまりにも見た目が可愛いもんだから、男に見えない。これが世に言う男の娘だとでも言うのだろうか。

 

そしてそのまま物語は進み、さっきの男の娘のモノローグでラストシーンが締めくくられる。

 

すると、客席からは万雷の拍手が鳴り響く。一応俺も拍手を送ったが……。

 

「これ、ミュージカルじゃなくね?」

 

「いいんじゃない?誰も気にしてないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々なところに立ち寄った後、予定の時間が近づいてきたこともあり、体育館に向かっていると『ペットどころ、うーニャン うーワン』と書かれた看板のある教室に目が止まった。

 

どうやら、ここの生徒がそれぞれ家庭のペットを連れてきている場所らしい。

 

さながらホストクラブのようにペットの写真が壁に掲示されている。看板の名前的には犬か猫しかいなさそうなのに、兎やハムスター、フェレット、おこじょ、イタチにヘビに亀と色んなものがいる。

 

「どうしたの?景虎。もしかして好きなの?」

 

「いや、お前に似合うと思ってな。ほら、ヘビとか」

 

「女の子に対してヘビが似合うっていうのはどうかと思うなぁ」

 

「じゃあ……イタチか?」

 

「なんで妥協してる割にはイタチなの?ラグドールとかマンチカンもいるのに」

 

ジト目でこちらを見てくる雪ノ下陽乃。これは別にワザではないらしく、素で非難してきていた。

 

ていってもなぁ………こいつが猫とか持ってると、完全に趣味の悪い金持ちにしか見えないんだ。ならやっぱり狡猾なヘビとか辺りがベストだ。何故イタチかって訊かれると、ガ○バの冒険のイタチ見てこいと答える。あれ、やばいぞ。

 

「じゃあ、こいつ」

 

俺が指さしたのは豆柴。特に深い意味はない。俺が好きなだけだ。

 

「時間まだあんだろ。行くぞ」

 

「わお、景虎にしては珍しく強引」

 

そう言って、半ばペットショップっぽい感じになっている教室に入る。

 

すると、一斉に犬が簡易式の柵に寄りかかって、吠え始める。別に威嚇されてるわけじゃない、その逆だ。

 

「おうおう。お前ら元気だな」

 

ダックスフンドを抱き上げると振りちぎらんばかりに尻尾を振っていた。

 

「良かったね。犬には好かれてるみたいで」

 

「暗に犬にしか好かれてないみたいな言い方はやめろ。人間以外の動物には好かれてんだよ」

 

「自分で言ってて虚しくない?」

 

「虚しくはねえよ。哀しいだけだ」

 

本当、なんで人間には好かれないんだろうな……いや、理由はわかってるけどさ。

 

ダックスフンドを下ろし、次はお目当の豆柴を探してみる。

 

あ、もう他の奴がもふってるな。先を越されたか。

 

「ハル。有志まで後どれくらいだ?」

 

「十三分。時間は割と余裕あるけど、私はともかく景虎は最終準備とか欲しいでしょ?」

 

「まあな。天才と違って、凡人はぶっつけ本番なんてリスキーなことしたくないしな」

 

いや、本当。かっこよくぶっつけ本番でも余裕とか言いてえけど、現実は甘くない。こいつなら余裕だろうが、俺たちみたいなのはちゃんと準備してからでないと。

 

豆柴が駄目ならフェレットで我慢するか。あいつも可愛いし、もふれる。

 

二匹いるうちの一匹は寝ていたものの、もう片方の白いフェレットは起きていて、誰ももふってなかったので、俺はそのフェレットをひょいっと持ち上げる。

 

いやぁ、このもふもふが堪りませんなぁ~。噛み付いてこないあたり、飼ってる人の躾が行き届いてるのか、それとも人間慣れしてるのか、どちらにしてもそれさえなければ後はひたすらもふるだけだ。

 

よーしよしよしよし。

 

もふるもふるもふるもふるもふるもふるもふるもふるもふるもふる……ふぅ。

 

「あー、癒されるわぁ」

 

「何かシュールだね。大の男が愛玩動物に頬緩ませるって」

 

「大の男だろうが、小の女だろうが同じ人間だろ。癒されるものは癒されんだよ。ほら、お前も癒されてみろ」

 

「私はいいよ。フェレットって臭いが凄いし、服についちゃうとね」

 

「野生の奴でも捕まえねえ限り、普通に飼われてるやつは臭腺は手術で取り除いてるから、そこまで凄くねえよ」

 

「毛とかついちゃったら嫌だし……」

 

「俺が抱いてるから問題ねえ。第一、こんなところに来てる時点で臭いとか気にしても意味ねえだろ」

 

「でも、やっぱり……」

 

雪ノ下陽乃にしては珍しく否定的だ。てか、さっき俺がもふってる間、普通にプードル触ってたし。臭いも毛気にしてないだろ絶対。理由も取って付けたようなこいつにしてはちぐはぐな返事……ん?もしかして……。

 

「お前、フェレット苦手なのか?」

 

「私が?なんで?」

 

純粋に問いかけてくる雪ノ下陽乃……だが、それはいつもの外面だ。問いかけたほんの一瞬だけ、眉がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。

 

「あのな……別に俺はお前の敵じゃねえんだ、苦手ならそう言え。名前だけの張りぼてでも彼氏だぞ、一応」

 

俺だって別にこいつの苦手なものを知ったからといって、それを使って反撃しようだなんて露ほども思っちゃいない。だって後が怖いし。そもそもフェレットに人間を襲わせるような躾なんてできないし。

 

「………それもそっか。うん、わかった」

 

数拍おいた後、雪ノ下陽乃は頷く。

 

「昔ね、小学校に近所で飼ってる人のフェレットが迷い込んできた時があって、その時に真っ先に捕まえようとしてたの。そしたら手痛い反撃を受けちゃって」

 

「それで苦手になったと?」

 

「まさか。噛まれたぐらいじゃ苦手にはならないよ。問題はその後。私がフェレットのせいで怪我したって、お母さんにバレて、フェレットごと近所の人はいなくなっちゃった」

 

「お、おう……」

 

こ、怖え……権力マジで怖え……。

 

しかし、これが本当なら雪ノ下陽乃がフェレットを苦手になる道理はないはずだ。寧ろフェレットを飼い主の方が苦手になってそうなんだが。

 

「最初は別に苦手じゃなかったんだけどね。フェレットを見てると、その時のことを思い出しちゃって、気づいたら苦手になっちゃってた」

 

思い出した。そういえば、雪ノ下陽乃の母がどんな人間であるのかを。

 

雪ノ下陽乃の母がどういう人間なのかを考慮すれば、その後一体フェレットとその飼い主がどうなったのかは想像に難くない。例え低学年の頃の雪ノ下陽乃に理解ができなくとも、高学年になれば理解できてしまうだろう。

 

だから、雪ノ下陽乃はフェレットが苦手なのではなく、フェレットを通じて思い出してしまう『過去』が嫌なんだ。人間、子どもの頃のトラウマや思い出は早々忘れられないものだし、今なら平気な事も昔にされたのがきっかけで無理なんてことはよくある。雪ノ下陽乃も、おそらくそれに近い。

 

「なら、今克服するか」

 

「え?」

 

「こんな可愛いやつをもふれないなんて人生一割くらい損してるだろ。今の内に克服しといて損はねえよ」

 

ずいっとフェレットを近づけると、雪ノ下陽乃は僅かに身体を後ろに引いた。反射的に行われたその所作を見るに、苦手というのは本当らしいが、この様子だと噛まれた事もひょっとすると関係しているのかもしれない。本人がそうは思っていないだけで。

 

「噛まねえから。触ってみろ」

 

おそるおそるといった感じに、白く細い指がフェレットお腹に触れる。

 

二度三度、軽くお腹をつついた後、雪ノ下陽乃は本格的にフェレットをもふり始めた。

 

普段の様子とは打って変わって、もふもふしている時の雪ノ下陽乃はどこか真剣な面持ちで、不意に頬を緩ませた。

 

ついでに俺は手を滑らせた。

 

「わわっ、景虎。何してるの」

 

「っ。ああ、悪い。手が滑ってな」

 

フェレットは俺の手から離れた直後に雪ノ下陽乃の手にキャッチされていた。

 

「手が滑るって……このもふもふで?」

 

「まあな。そういう時もあんだよ」

 

「ふーん」

 

どこか納得いかなさそうな表情で雪ノ下陽乃は言う。

 

つーか、手が滑ったのは比喩みたいなもんだけどな。理由は別にある。

 

一瞬、可愛いくて見惚れた……なんてのは絶対にこいつには言えねえよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛~、疲れた」

 

「お疲れ様、景虎。短期間で仕込んだにしてはなかなか上手だったよ」

 

有志のオーケストラをやりきった後、俺はコーヒーを片手に項垂れていた。

 

普通にオーケストラ……のはずだったんだが、機嫌がいいのか、雪ノ下陽乃がアドリブで色々とぶっ混んでくる。観客すらも巻き込んだアドリブは大盛況ではあったが、演奏団のメンツは大体が死屍累々と言わんばかりに疲れ切っていた。

 

俺が項垂れている横では隼人くんとその友人達がバンドでもするのか、各々に緊張したり、イメトレしたりしていて、その周囲で女の子二人がマネージャーの真似事をしていた。

 

「今年は成り行きでやってやったけど、来年はぜってーやらねえからな」

 

「うんうん。そういって、私がやるって言ったらやってくれるんだよね。ツンデレさんだなぁ、景虎は」

 

「うるせえ」

 

俺だって好きでやってるわけじゃねえんだよ。やらざるをえないだけで。

 

と、雪ノ下陽乃と話していたら、何やら周囲が慌ただしい。

 

「なんかあったのか?」

 

「さあ?でも、私達には関係ないんじゃない?」

 

「……珍しいな。お前の事だから、気になって首つっこむと思ったんだが」

 

「私だって時と場合くらい考えるよ」

 

……解せん。一体時と場合を考えたことがいつあっただろうか。

 

何よりさっきの突き放した物言い。こういった事に対して、全く雪ノ下陽乃が興味を示さなかったのは珍しい。大体は関係もないのに首を突っ込んでいくというのに。

 

その時、校内アナウンスがかかる。

 

その内容は相模ちゃんの呼び出し。内容を察するに委員長の相模ちゃんが来なくて、最後の挨拶やらができないといったところだ。

 

このタイミングでの行方不明は、どう考えてもマズい。

 

理由はわからないが、立派なボイコットだ。こんな事をすれば、今まで一応うまくいっていた文化祭も土壇場で悪い形で終わってしまう。

 

俺が歯噛みしている横でも、雪ノ下陽乃は特に気にした素振りも見せず、いつも通り余裕そのものだった。否いつも通りというよりも、どこか楽しそうだ。

 

なんで、と口から出かけて、はっとした。

 

もしかしたら、これは雪ノ下陽乃が狙っていた状況なのではないかと。

 

最初は、本気で文化祭を自分の考える面白おかしい方向に持って行こうとしているのだと、俺はそう思っていた。

 

しかし、今のこの状況は誰にとっても良い形とは言えないし、そもそも雪ノ下陽乃が相模ちゃんを潰そうとする理由が見当たらない。名前も覚えられていないほどだ。

 

ともすれば、目的は別にあるのかもしれない。そして結果として相模ちゃんが失踪してしまった。

 

「ハル。こうなる事がわかってやったのか?」

 

「んん?私は景虎の言ってる事がよくわからないよ?」

 

問いかけてみても、雪ノ下陽乃は首をかしげるだけだ。

 

「なら言い方を変える。なんでこうなるように仕向けた。お前だって、文化祭がコケるのは嫌なんじゃないのか?」

 

「嫌だよ。折角、私が作り上げてきた舞台なのに、あんな子の所為で壊されるのは」

 

あっけらかんと雪ノ下陽乃は言ってのけた。

 

やはり、こいつは初めから相模ちゃんの事など眼中にない。おそらく、顔すらも覚えていないだろう。いや、そもそも女子であった事くらいしか覚えていないかもしれない。相模ちゃんの器も能力も、全て見抜いた上で雪ノ下陽乃は彼女を立てるように見せかけて、雪乃ちゃんの引き立て役にあてがった。そのせいで雪乃ちゃんには多大な負担がかかったものの、結果として、文化祭は雪乃ちゃんのお蔭で周り、その反面委員長の無能っぷりが露見した。比企谷くんのスローガンの時が良い例だ。

 

「これから隼人のステージ。稼げて十分くらいかな?さて問題です。それまでにあの子は帰ってくるでしょうか?」

 

「無理」

 

「大正解。じゃあ、その為に雪乃ちゃん達が取る行動はなんでしょう?」

 

「そりゃ、代役立てるのが妥当だろ。賞の結果とかは後日に回すか適当にでっち上げて」

 

普通に考えれば、この状況で探しに行くという選択肢を選ぶのは間違いだ。効率が悪すぎる上に時間がなさすぎる。それなら十分のうちに適当に打ち合わせをして、委員長は体調不良という事にし、副委員長の雪乃ちゃんにやらせれば問題はない。

 

だが、雪ノ下陽乃は首を横に振った。

 

「ぶっぶー。答えは……」

 

「姉さん」

 

雪ノ下陽乃の言葉を遮るように雪乃ちゃんが呼んだ。

 

「時間がないから単刀直入に言うわ。手伝って」

 

あまりにも直截な物言いだが、雪ノ下陽乃の目の色が変わった。黙ったまま、冷たい眼差しで雪乃ちゃんを見下ろしている。

 

それでも雪乃ちゃんは視線を逸らさず、より強い意志を持って睨み返していた。

 

ていうか、この姉妹怖すぎ……真ん中にいたら視線で身体に穴が空きそうだ。

 

「いいよ。雪乃ちゃんが私にちゃんとお願いするなんて初めてだし、今回はそのお願いを聞いてあげる」

 

はぁ…….なんで妹相手にこんなに上から目線なんだ、こいつは。もうちと姉らしく……って言いたいが、ことここに至ってこいつが姉のように振舞っていたら、それはそれで怖いのでこれで良いのかもしれない。

 

だが、雪乃ちゃんはふっと笑って首をかしげる。

 

「……お願い?勘違いしてもらっては困るわ。これは実行委員としての命令よ。組織図を見なかったの?指示系統上、この場では私の方が上の立場であることを認識なさい。有志代表者の協力義務事項は例え校外の人間であっても適用されるわ」

 

「で、その義務に反した場合のペナルティーは何かあるの?別に強制力なんてないでしょう?出場取り消しなんて、もう私に関係ないし。どうする?先生に言いつけちゃう?」

 

雪乃ちゃんが正しさを振りかざし、その刃を持って迫れば、雪ノ下陽乃はそれを嘲笑うかのように現実を突きつける。

 

残念だが、雪ノ下陽乃の言う通りだ。今の状況で、雪ノ下陽乃はこの文化祭を手伝う道理などない。やる事はやったし、それ以上は求められていない。

 

これは分が悪い。そう思って腰を上げたのと、雪乃ちゃんが何かを言おうとしている比企谷くんを手で制したのはほぼ同時だった。

 

「ペナルティーはないわ……でもメリットはある」

 

「どんな?」

 

「この私に、貸しを一つ作れる。これをどう捉えるかは、姉さん次第よ」

 

堂々と言い放つと雪ノ下陽乃は動きを止め、笑みをやめた。

 

「ふぅん……雪乃ちゃん、成長したのね」

 

「いいえ。私は元々こういう人間よ。十七年一緒にいて見てこなかったの?」

 

「そう……」

 

目を細める雪ノ下陽乃の瞳からはどんな感情も読み取れない。だが、ほんの一瞬、勘違いなのだと思う。あの雪ノ下陽乃が悲哀とも嫉妬とも取れる表情を見せたのは。

 

「で、どうするつもりなの?」

 

「場をつなぐわ」

 

「だから、どうやって」

 

「私と姉さん……ついでに貴方も。後、二人いればなんとか。もう一人いればもう少し無理が利くわね」

 

雪乃ちゃんがちらっとステージ袖の楽器を見る。おいおい、マジか。

 

「おい、雪ノ下。本気か」

 

「はぁん、楽しいこと考えちゃうねぇ。曲はどうするつもりなの?」

 

「ぶっつけ本番で行くのだから、私たちができるものをやるしかないでしょう。昔、姉さんが文化祭でやった曲今もできる?」

 

雪乃ちゃんにそう問われると、雪ノ下陽乃は当時やった曲を鼻歌で歌ってみせる。鼻歌程度なのに聴き入るほどのメロディーは、やはり雪ノ下陽乃だと感心させられる。近くにいた明るい茶色に髪を染めた女の子が「ほぁー、その曲かー」と反応していた。俺は普通のJ-POPには疎いが、その俺でも知っている。かなりメジャーなのだろう。

 

軽く歌い終えて、雪ノ下陽乃は勝気にニヤッと笑った。

 

「誰に物を言っているのかな?雪乃ちゃんこそ、できるの?」

 

「私は、姉さんが今までやってきたことなら大抵のことはできるのよ」

 

「そう、じゃあ……静ちゃん」

 

「……仕方ない。私がベースをやろう。陽乃とやった曲なら、まだ弾けると思う」

 

溜息を吐いて、近くにいた平塚さんはそう言った。

 

となると、昔に巻き込まれた人と見た。偏見になるかもしれないが、この人がベースをすると凄くかっこいい気がする。それでなんでモテないのか。

 

さらに雪ノ下陽乃は振り返っていう。

 

「めぐり、サポートでキーボード、いけるね?」

 

「はい、任せてください!」

 

むんっと両手で拳を作り、めぐりちゃんが元気に答える。後は……。

 

「景虎」

 

「わかってるよ。ドラムやりゃいいんだろ」

 

残されているのはドラムか、或いはヴォーカルだけだ。さっきの反応を見るにこの場にドラムができそうな人間はいないわけだし、かといって生徒の中から引っ張ってくるのは色々と問題がある。

 

「景虎って、ドラムできるんだ?」

 

これは雪ノ下陽乃も意外だったらしい。純粋な疑問を投げかけてきた。

 

「高校の時にな。勝手に登録させられて、やらざるを得なかったんだよ」

 

高校三年の文化祭。たまたまドラムの音ゲーにハマっていた俺がそれを極めかかっていた時に勝手に友達が俺を巻き込んだ。生とゲームは全然違うっつったのにやらされて、練習させられる羽目になった。そのせいで俺の数少ない特技の一つとなってしまったが、まさかこんなところで活かされる時が来るとは。

 

「半年くらいやってねえから、上手くやれるかは知らねえけどな」

 

「大丈夫。景虎にはそこまで期待してないから♪」

 

「いや、わかってるから。言わなくていいから」

 

「冗談冗談。ちょっとだけ期待してるから。私の彼氏でしょ?景虎は」

 

「……そうだな。じゃあ、そのなけなしの期待とやらを裏切らないように努力するさ」

 

初めて、雪ノ下陽乃が俺に対して明確に見せた期待。口先だけではない、ほんのちっぽけなものではあるが、それでもあの雪ノ下陽乃に期待されていると考えるとそこまで悪くはないことだと思う俺がいる。

 

後はヴォーカルだけだが………それも決まったらしい。雪乃ちゃんが茶髪の子にヴォーカルをして欲しいと頼んで、その子はとても嬉しそうに承諾していた。

 

そして、それを見届けるように比企谷くんがステージ裏から出て行く姿が見えたので、声をかけようかと思ったのだが……。

 

「比企谷くん。よろしくね」

 

「ヒッキー、頑張って」

 

二人が声をかけたため、俺は黙る事にした。俺が彼にしてあげるべきは応援ではなく、文化祭を盛り上げ、そして時間を稼ぐ事だけだ。

 

「あ、あの、由比ヶ浜結衣です。よろしくお願いします」

 

「ん?ああ、俺は九条景虎。よろしく」

 

名前だけを伝え合うだけの自己紹介。今はそれ以上の必要性を感じない。

 

隼人くん達のバンドも含めて十分と少し。これがタイムリミットだ。それまでに見つかるか否か……いや、多分比企谷くんは見つけてくるのだろう。それがどんな方法なのかは俺にはわからない。彼は俺の予想を遥かに上回るニヒリストだから。

 

ふと、俺は楽器を見て、ある事を思った。

 

楽器、足りなくないか?

 

通常、バンドは五人編成までのものが多く、それ以上は滅多にない。

 

当然、俺達が借りるものも五人編成用のものだ。対して参加者は六人。必然的に一人余るが、かといって誰かが欠けるのにも問題がある。俺以外は。

 

それに他のメンバーも気づいたらしい。顎に手を当てて、考えていると、雪ノ下陽乃がこんな提案をしてきた。

 

「それじゃあ、こうしよっか。演奏は私達がして、雪乃ちゃんとガハマちゃんのツインヴォーカル」

 

それに対して、平塚さんはうんうんと頷き、めぐりちゃんも手をポンと叩いて賛同する。

 

「陽乃にしてはこれ以上ない名案だな。それがいい」

 

「雪ノ下さんと由比ヶ浜さん、仲良さそうだし、私もそれに賛成~」

 

しかし、当の雪乃ちゃんの方は渋そうな顔をしていた

 

「演奏なら、私も出来るのだけど……」

 

「だーめ。折角、ガハマちゃんに頼んだんだし、大事な友達なんでしょ?こういう機会は滅多にないんだから、やっておいたほうが良いよ」

 

おおっ、雪ノ下陽乃にしては特に深い意味もない、ど真ん中を行く正論だった。

 

「でも……」

 

「それに、この後も実行委員として色々あるのに、雪乃ちゃん体力持つの?」

 

駄目押しと言わんばかりの雪ノ下陽乃の言葉に雪乃ちゃんが押し黙った。流石に言い過ぎだろ、と思ったが、雪乃ちゃんは致命的に体力がないらしい。

 

視線を虚空に彷徨わせた後、雪乃ちゃんは諦めた様に溜息を吐いた。

 

「……わかったわ。由比ヶ浜さん、頑張りましょう」

 

「うん!一緒にゆきのんと歌うの久しぶりだね!」

 

「あの時は酷く疲れたけれど……今回は曲数も少ないから、なんとかなるわ」

 

「一緒に頑張ろうね、ゆきのん!」

 

「ええ」

 

由比ヶ浜ちゃんの言葉に、雪乃ちゃんは頬を赤く染めて、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隼人くん達の予定にはなかったアンコールとトークのお蔭で、予定よりも少しだけ時間を稼ぐことに成功していた。

 

だが、相変わらず相模ちゃんの姿は見えず、比企谷くんの連絡もない。

 

そしていよいよ俺達の番だ。どう転ぶかはやってみないとわからない。

 

『ありがとうございました!以上、葉山隼人くん率いる2年F組の皆さんでしたー!』

 

実行委員のアナウンスに会場が拍手喝采に包まれる。凄まじい人気っぷりに俺も羨ましく感じる。男からも女からも人気があるというのは良い事だ。

 

ステージから舞台袖へと引っ込んできたバンドの子達は口々に「マジ疲れたわー」とか「緊張パネェ」とかを言いあっているものの、その表情はやり切ったという顔で満足そうだった。

 

特に頑張っていた縦ロールの子は由比ヶ浜ちゃんから飲み物を受け取ると、近くにあった椅子にどかっと座り込んだ。

 

「景虎さん」

 

「何?」

 

「後のこと、お願いします。俺も俺なりに相模さんの事を探してきますから」

 

言うだけ言うと、隼人くんはステージ裏から出て行く。まあ、探す人間は多いに越した事はないだろう。それに彼の性格上、待つだけというのは合わないようだし。

 

『続きまして、トリを飾るのは先程結成されましたバンド!在校生に教員に大学生と多種多様な面々の即興バンドの皆さんです!』

 

実行委員のアナウンスと共に、俺達は舞台へと上がっていく。

 

各々が自分のやりやすい様に素早く微調整し、準備を整える。

 

後は歌うだけ……と言いたいが、稼げるならとことん時間を稼ぐ。それが俺達に与えられた役割なんだ。

 

「由比ヶ浜ちゃん。マイク貸して」

 

「ふぇ?あ、ど、どうぞ」

 

由比ヶ浜ちゃんからマイクを受け取り、部隊の真ん中に立つ。

 

「初めまして。俺は九条景虎。この美女美少女揃いのバンドの中でイマイチ冴えないモブっぽいやつだ」

 

軽く自己紹介すると、客席からちらほらと笑い声が聞こえる。自分で言ってて悲しいが、事実は事実。すべらなかったし良しとしよう。

 

「有志って事で参加してるが、俺はここの卒業生でもないし、生まれも育ちも千葉じゃない。言ったら、ほぼこの学校とは無関係の人間だ」

 

「けど、そんな無関係の人間でも、この文化祭は凄え楽しいって思える。生徒も先生も、一緒になって馬鹿みたいに楽しんでる。実際、立場が全然違うメンツで、しかも土壇場でやらせてくれって頼んだら通じたしな。こんな良い学校はなかなかねえからな。これが普通とか思うなよ。他校の文化祭行ったら凹むぞ」

 

またもや笑い声が聞こえる。トークは上手い自信はないし、何なら今話してる事は全部思いつきで話してるから、一体自分が何を言ったのかも覚えていない。

 

「それはともかくだ。ついさっき出来たばっかの即興バンドだから、合わない部分もあるだろうし、ミスもあるかもしれねえ、具体的には俺とか。でも、そういうのは皆の気合いと声援、後熱意で埋めてくれ。最高の文化祭を、最高のカタチで終わらせるためにな」

 

一拍置いて、大きく深呼吸をする。

 

「総武高校文化祭!最後まで燃えあがって行こうぜ!」

 

『オー!!!』

 

良かった。ちゃんと振りに乗ってくれる子達で。

 

「ありがと、由比ヶ浜ちゃん」

 

由比ヶ浜ちゃんにマイクを渡して、ドラムの椅子に座る。

 

スティックを鳴らし、テンポを取る。そして俺が叩くと同時に平塚さんと雪ノ下陽乃、そしてめぐりちゃんが曲を奏で始めた。

 

二人が歌い始めるとともにその美声に観客は引き寄せられる様にステージへと集まってくる。

 

ははっ!こりゃ、凄えな。マジでライブだぜ。

 

どんどんと盛り上がるを見せる会場はサビに入ると更に熱を上げる。

 

自然と俺の手にも力がこもり、ドラムを叩く力が強くなる。

 

二人の声がシンクロし、歌い上げられる歌詞は即席のものにしては凄まじいものだった。

 

サビが終わり、間奏に入ると同時に観客の腹の底にまで響く様な歓声。

 

たった半年のブランクとはいえ、凡人の俺には致命的だ。ましてやさして興味のない分野の曲において、さらに程度が低くなる。

 

それ故に必死こいて演奏しているわけだが、それでもわかる。観客から伝わる熱気が、歌声から感じる熱意が、それらが一体となって生まれる熱狂が。

 

二番に入って、多少なり余裕ができ、観客を見る余裕がある程度できたので視野を広げてみれば、そこは光の海だった。

 

サーチライトが踊り跳ね、吊るされたミラーボールが幾つもの光線を乱反射させる。

 

それ以外にも曲に合わせて様々な事をしている人間がいる。終いには客席から客席へダイブし、胴上げされる奴まで。プロにはない。アマチュアならではの熱狂がそこにはあった。

 

ステージの袖に目をやれば、そこには相模ちゃんがいた。その隣には隼人くんと仲の良いメンバーが。どんな方法かは知らないが、連れて帰ってきてくれたようだ。

 

そうなると、きっと、この客席の何処かに比企谷くんもいるのだろう。

 

彼はこんな熱気の中でも変わらずに一人、光の渦の中心であるこの場をただ眺めているのだろう。

 

そういえば、彼は記録雑務だったか。

 

なら、彼にはとびきりの記録を残してもらおう。

 

忘れられないように。記憶から消えないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エンディングセレモニーはつつがなく行われていた。

 

相変わらず、相模ちゃんは終始散々な結果に終わっていた。内容が飛んだり発表漏れがあったりと。

 

盛り上がった反動か、生徒達から激励が飛び、ついには相模ちゃんの目からは涙が溢れていた。

 

感動の涙……だと良いんだがな。

 

それにしてもさっきから耳に入ってくる話の内容がこれまたなかなかにひどい。

 

なんでも「文実の男子が相模ちゃんに罵声を浴びせた」「心ない言葉で傷つけた」となっているらしい。

 

その言葉から、比企谷くんのやった事は想像がついた。そしてそれは比企谷くんの思惑通りとなっただろう。

 

自分とはほぼ関係のない人間まで救ってしまうのか……凄いな、比企谷くんは。

 

あまり褒められた方法でもないけどな。

 

「不満そうだね、景虎?」

 

「うおっ!?いきなり出てくんな、寿命が縮むだろ」

 

ひょこっと顔出してきたのはつい先程まで姿を消していた雪ノ下陽乃。おおかた、雪乃ちゃんのところだとは思うが。

 

「文化祭は大いに盛り上がったと思うよ?景虎のアドリブも効果覿面だったし、バンドも上々。締めは良かったんじゃない?」

 

「……まあな。文化祭としてはな」

 

文化祭は良い感じに終わった。それはいい。

 

問題があるとすれば、それはその裏だ。

 

「非難されるべき人間が被害者になって、賛美される人間が詰られる事になった。これが良い文化祭って言えんのかね」

 

「そうだね。でも、真相は誰にもわからないし、この結末を望んだのは他でもない比企谷くん自身。なら、私達はこれを『良い文化祭だった』って言うしかないの。私達は部外者だよ?」

 

「……わかってんよ、んなこたぁ。言ってみただけだ」

 

雪ノ下陽乃の言い分は正しい。今更ここで俺達部外者が掘り返す事ではないし、これは比企谷くんが望んだ結末だ。本人が意図してしたというのなら、俺達がどうのこうの言う権利はない。

 

「そ・れ・よ・り・も!私はほんの少しだけ、景虎を見直したよ」

 

「はぁ?なんだよ、急に」

 

「ドラムの事もそうだけど、アドリブを入れてきたのは流石の私も予想外で驚かされたよ。目立つの嫌いとか言ってたから」

 

「嫌いだよ。ただ、今回は輝く人間が周りにたくさんいたからな。何を喚いても、俺の顔なんざ覚えてるやつはいねえよ」

 

「それもそうだね」

 

肯定するな。傷つくだろ。

 

「けど、私は今回ので景虎を彼氏役に選んで正解だったって思うよ。文句言っても言う事聞いてくれるし、対価を求めてこないし、私の予想を時々裏切ってくれるし」

 

「おい、最初の二つは完全に馬鹿にしてるだろ」

 

「だから当分はまだ景虎は私の『彼氏役』だから。私の期待を裏切らないように頑張ってね♪」

 

人差し指を口に当て、微笑むように雪ノ下陽乃は言った。

 

当分はまだまだ彼氏役をするのか。

 

勘弁してくれ……と言いたいが、不思議と最初の頃よりも嫌じゃない気がした。これも雪ノ下陽乃に散々振り回された結果の賜物だろうか。因みに最初の頃よりってだけで普通に嫌なんですけどね。

 

「んじゃ、まあ。せいぜい雪ノ下陽乃に失望されるように努力するわ」

 

「それは簡単だよ。私に土下座して服従を誓えば」

 

「俺はプライドは捨てるが人権だけは捨てる気はねえ。っつーか、ぜってー、お前にだけは土下座しねえ」

 

これは俺の信念だ。雪ノ下陽乃には絶対に土下座しない。口先だけでの謝罪なら何度でもしてやるが、それ以上はない。寧ろ、謝って欲しいくらいだ。

 

「ふふっ、じゃあいつ景虎が私に土下座するか、愉しみにしておくね?」

 

「嫌な楽しみつくんじゃねえ。てか、さっさと帰るぞ」

 

これ以上いても邪魔だろう。大分部外者の人間も帰ったようだし、俺達も帰らなければ。

 

「あ、私静ちゃんのお迎えできたから。帰りは景虎が送ってよ」

 

「はぁ……んなこったろうと思ったよ。ちゃんとヘルメット用意してやってるから着けろよ。サツに捕まるのはごめんだぞ」

 

「しょうがないなぁ。景虎がどうしてもって言うならつけたげる」

 

「どうしてもって…….ああ、もうそれでいいよ」

 

なんか一気に疲れた。

 

さっさと家に帰って寝よう。

 

「あ、今日静ちゃんと飲みに行くから。景虎もついてきてね」

 

そう心に誓うものの、一瞬のうちに砕かれる俺の安寧だった。

 

つーか、お前未成年だろうが。

 

 

 

 

 


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