人狼副官二次創作   作:碧海かせな

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とある爺の宝物 (1)

「アイリアさま……」

 

 教会の天窓から差し込む光が、印象的に彼女とその父の亡骸を照らしていた。

 アイリアはゆっくりとこちらを眼差しを向ける。

 

「とうとうアインドルフ家は私だけになってしまったな」

 彼女の手は、父の手を優しく握っていた。

 彼女の目には涙もない。 

 ロルフ・グライスはしばらく彼女の涙を見ていなかった。

 彼女の父が死病を宣告されたより前から。

 彼女の父が逝った後でも。

 

「爺めがおります、アイリアさま」

 だからロルフには言葉がない。

 アイリアはアインドルフ家をこれからたった一人で率いていかねばならぬ。

 それがどれだけの重荷であるか。

 いかにアイリアが父の元でその治世を学んだとは言え、まだ20を過ぎたばかりなのだ。

 彼女には時間があったはずだった。

 

「そうだったな、ロルフ(じい)。爺もアインドルフの家族だ」

 彼女はそこで微笑みを浮かべたが、その儚さがロルフには悲しかった。

 

 今、リューンハイト市は存亡の危機に立たされている。

 魔王軍が、迫っているのだ。

 北部都市では凶悪な魔族たち相手に、酷い戦をしているという。

 元来、魔物は人間よりも恐るべき力を持つ。

 一と一との戦いでは、まず勝つことは出来ない。

 それを押さえ込んできたのは、人間には協力する頭脳と理性があるからだった。

 だからこそ、魔族が魔王なる指導者を得ると、恐るべき脅威となる。

 今は、北部都市だけの侵略であっても、いつまでもそうとは限らないのだ。

 

「元老院はアイリア様の太守相続を認めるでしょう。すぐに、申請をいたします」

「ああ、私には先祖代々守り抜いてきたこの都市とここに住まう人々がいる。私がやらねばならないだろう。父上の遺言でもある」

 

——リューンハイトを、頼む。

 

 この言葉が今のアイリアを支えていることを、ロルフは理解していた。

 それと同時に、なんと残酷な言葉であろう、とも思っている。

 アイリアにはもっと他の人生もあったはずなのだ。

 アイリアの父とて、それを望んだわけではない。

 

 ロルフはアインドルフ家のアイリアの祖父であったリューンハイト太守に仕えるようになってから早数十年。

 ロルフはアイリアの父を赤子の頃から知っている。

 彼が一人前の太守になるのを、どれだけ心強く、そして誇りに思っていたか。

 そして彼が先に死に行くことに、どれだけの悲しみを抱いたか。

 

——私に何かあったら、アイリアを頼む、ロルフ。

 

 だが彼は最後まで泣き言を言わなかった。

 彼は誇り高いアインドルフ家の当主として最期まで毅然として死に立ち向かった。

 その生真面目さは、アイリアに受け継がれているのだろう。

 

 アイリアは今日も男物の礼装を着ている。

 彼女の凜々しさにそれはいかにも似合っていたが、今日ばかりはそれが忌々しいものに思えてしかたなかった。

 ロルフには、その礼装が何かを捨てた代償にしか思えかったのだ。

 

「リューンハイトは私が守る」

 

 アイリアの決意に、ロルフは深々と頭を下げる他なかった。

 

 

 

***

 

 

 

「衛兵はすぐに館の防御を固めよ!」

 ロルフはありったけの声で叫んでいた。

 リューンハイトの外に魔族が現れたという一報から間を置かずしてもたらされた人狼発見の報。

 ロルフにはこれが情報攪乱の策であることに気付いていた。

 であるならば、それには目的がある。

 アイリアの首だ。

 

「伝令! 市街地の人狼が太守館の門にまで迫っております!」

 そこに伝令役の衛兵がかけこんできた。

 

「もうそこまで来たか!」

 ロルフは歯噛みした。

 油断があったわけではない。

 だが魔王軍が交易都市であるリューンハイトをそこまで重要視するとは思えなかったのだ。

 だからこそ、奇襲されて驚いたのである。

 魔王軍には理性と頭脳が備わった。

 

 これだけの策を弄する魔王軍が、城外に網を張っていないはずはない。

 魔王軍南部侵攻の先駆けに、どれだけの兵力が用意されたか想像もつかぬ。

 できることならばアイリアだけでも他の都市に逃がしたい。

 だがそれができぬことをロルフはわかっていた。

 

 この一年、北部都市と魔王軍の戦争は凄惨の一歩を辿っていた。

 注意深く魔王軍を探っていたロルフは、魔王軍に慈悲の二文字がないことを知っている。

 敗れれば、リューンハイトは血に沈む。

 

「市民は館に避難できたのか?」

「それが、内部に入られてから時間がほとんどなく、ほとんどがまだ市街地に」

 ロルフは天を仰いだ。

 それでは、例え太守館を死守できても、市街地は魔族に好き放題されてしまう。

 

 だが他に道はない。

 

「なんとか、館を死守するのだ。一旦体制を整えて、城内を奪還する他ない。館にいる者は武器を用意しろ。文官、女もだ」

 ロルフは控えていた執事に言いつける。

 部屋に取りに行かせていた愛剣を侍女から受け取ると、一つ頷き、腰に差した。

「しかし……」

「魔族は兵士と民間人を区別してはくれぬ。いざとなれば、自らに刃を向ける方が救いになるかもしれんのだ。急ぎ、用意させろ」

 館を取り仕切っている執事は、その言葉に目を見開いたが、すぐに頭を下げ指示を出し始めた。

 ロルフは年を感じさせぬ走りで、門に向かう。

 年老いたとは言え、かつては剣一つで戦場を渡り歩いた古強者である。

 アイリアにサシマエル流剣術を教えたのは、伊達ではない。

 既に門は壊されていた。

 脚を砕かれ、胸を潰された衛兵たちが何人も転がっている。

 

 残った衛兵隊と対するは、赤毛の人狼2匹。

 

 滅んだと言われた伝説の魔族だった。

 

 ロルフは転がっていた槍を掬い上げるとその勢いのまま、一際体の大きい人狼に突き入れた。

 

「うおっ」

 その人狼は背中を突かれたにもかかわらず、俊敏な動きでその槍を避けた。

 振り返り様に襲い来る豪腕と鋭い爪。

 

 引き戻していては間に合わぬと、ロルフは槍を手放す。

 倒れ込むように前に走り込みながら爪を避ける。

 すり抜け様、左手で抜いた短剣で脇を切り裂く。

 

「いてっ!」

 だが厚く覆った毛と筋肉で急所を切り裂けなかった。

 

「兄ちゃん!」

「いってーけど、大丈夫だ」

 もう一匹の赤毛の人狼は、捨て身の衛兵隊から手が離せないようだった。

 ロルフが対する人狼は、軽く腕を回したあと、その凶悪な狼の顔で歯を見せた。

 まるで、得物を見つけた狼の顔だ。

 

「爺さん、つえーな」

 今にしてロルフは人の姿をせぬ狼が、人語を話していることがおかしく思えてしかたなかった。

 今までどんな敵と対しても感じ得なかったような力がそこにいた。

 なるほど、人間ではありえない。

 魔族とは、ここまで強大であったか。

 

「伝説の人狼と会うことがあろうとは、人生とはわからぬものよ」

 緊張に唾が乾くことを自覚しながら、ロルフは話しかけた。

 人狼が話をするならば、少しでも時間稼ぎすることがロルフの役目。

 奇襲から建て直す時間が、必要なのだ。

 例えどんなに短い時間であっても、今必要なのはそのわずかな時間。

 そのために、ロルフは死ぬつもりであった。

 

「さっきからつえー奴に会わねぇからつまんねーなって思ってたんだよ」

 ロルフは狼のその顔が、笑いを浮かべた顔だと気がついた。

「ならば儂が相手してやろう」

「その剣で? 銀でもねーだろ」

 人狼斬りの魔剣など、ディフォード家などでしか聞いたことはない。

 ないならば銀の剣を用意したいところだった。

 

「だが、貴様はさっきただの短剣で痛いと言ったな。ならばこの剣ならばさらに痛かろう。斬り続ければ、貴様はいつか死ぬということだ」

 ただの鉄の剣であっても、希望がないわけではない。

「あー、そっか。くっそー、だから人間は嫌いなんだよ。ずる賢くて」

 

 ロルフは目を離さず、剣を構えていたはずだった。

 

「だから死ねよ」

 

 一瞬、目の前にその巨体が移動していた。

 見てはいない。

 理解してもいない。

 ただ勘に従って剣を動かし、身を避けた。

 強烈な衝撃。

 

 爪を防いだ剣ごと、ロルフの体が持ち上がった。

 

「ぐぅっ!!!」

 

 地面に叩きつかれるそうなのを、咄嗟に受け身で衝撃を逃がす。

 跳ね上がるように立ち上がるも、赤い人狼はさらに迫ってくる。

 いつまでも引けば活路はない。

 

 剣を突きに構えて前に出る。

 狙うは人狼の目。

 

「うおっ!」

 こちらを蹴り込もうとしていた人狼は慌てて顔を背けた。

 剣が避けられる。

 人狼の蹴りは、体制が崩れた不完全な蹴りであったはずだ。

 

 だがロルフに当たったその蹴りはロルフを10メートルは吹き飛ばした。

 

 

 

***

 

 

 

 まず自覚したのは、体が引き裂かれたかのような痛み。

 呼吸が出来ない。

 口に感じる血の味と臭い。

 

 意識を失っていたのは、どれくらいの間だったのだろう。

 遠吠えが聞こえる。

 

 体中が痛い。

 恐らく、肋骨が何本も折れているはずだ。

 

 だが、手は動く。

 脚も、まだついているようだ。

 右手には剣の柄。

 まだ、戦える。

 

 意識が急速にはっきりするにつれ、ロルフは気付いた。

 狼の遠吠えは、館から聞こえる。

 

 目の前で攻撃をやめた赤毛の人狼の存在も、

 自分の体の痛みを消えていた。

 

 狼の遠吠えは、開け放たれた太守(アイリア)の部屋の窓から聞こえていた!

 

 ロルフは立ち上がった。

 剣を杖に、歩き出す。

 

「おいっ、爺さん」

 目の前の人狼の声も耳に入らぬ。

 

 歩みは少しずつ早く、這うように走り出す。

 

——アイリアさま!

——アイリアさま!!

 

 自分はなんと間抜けなのだろう!!!

 城外の魔族も、城内の人狼も、最初から陽動だったのだ!

 魔王軍の狙いはただ一つ。

 

 アイリア・リュッテ・アインドルフ

 

 人狼には壁の高さなど関係ない。

 屋根から飛び込んでしまえば、階の高さなど関係ない。

 

 太守の部屋に転がり込む。

 部屋には侍女がいて、腰を突いて窓を見ている。

 いや、正確にはそこにいる人狼だった。

 

 黒い。

 

 夜の闇を固めても、こんなにも黒くはならないだろう。

 体つきは、さきほどの人狼よりいくぶんも小さい。

 だが、その人狼から感じられる力は、さらに強かった。

 

 これはもはや人の手に負える者ではない。

 大雨や火山などと同じだ。

 ただ人が受けるだけの、災厄だ。

 

 その傍らには、アイリアさまがいた。

 

「アイリア、さま!」

 

 かすれてまともに出ない声を振り絞る。

 

 黒い人狼はこちらを一瞥すると、そのまま窓から飛び降りた。

 アイリアは遅れてこちらを見る。

 

「爺!」

 駆け寄ってくるアイリアに、怪我はないようだった。

 安心に、力が抜ける。

 

 膝を突き、倒れ込む。

 だが、感じたのは硬い床ではなく、

 暖かく、懐かしい香りのする人の抱擁だった。

 

——大きくなられた。

 

 ロルフは、意識を失った。

 

 

 

 

 




書いてしまいました。
短編集なので、あと1話か2話で話は終わります。
思いつけば、続くかも知れません。
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