「……………………………………………………」
男達は全て抹殺され、少年のテリトリーに生きて残った者は、当人除いて少女だけだった。
その姿を見た少年が絶句している。
「………失禁かよ……」
意識なくへたり込んでいる少女の股を中心に水溜り。
極度な緊張や恐怖により引き起こされるその現象は、少年も何度か経験済みだ。
特に驚いた様子はない。
ただ、異性の同じくらいの歳の子という事で何とも言えない気分になってしまったのだ。
早く目覚めないかとそわそわするが、まともに直視できない少年。
「あーもー……めんどくせぇな」
彼は舌打ちをしながら場所を移動した。
行き先はすぐ近くの井戸。
もう使われなくなったものだが、中にある水はそこまで汚くない。
(これをバケツに汲んであの女にぶっかけてやるか)
直ぐ目覚めてくれるし、失禁したという事実を無くすことが出来る。
まさに一石二鳥。
「ふぅ……………よっ」
バケツに汲んだ水を両手で持った。
中々の重さに険しい表情を見せる。
少年は本来、対した力を持っていないのだ。
体は細身で、骨も弱ければ身長も大して高くない。
全てはまともな食事が取れていないせいだ。
ならば何故あの数の男達を殺せたのか。
理由は至って簡単に説明がつく。
殺し合いにおいて、ナイフの扱いや体の動きが場慣れしているからだ。
つまりそのセンスなくしては、少年はただの細くしおれた子供だ。
故に、このバケツを運ぶのがとても辛くなってしまう。
「くそ………あの女………」
尚も運び続ける彼には、ある思いがあった。
少女の事だ。
突然自分の自殺を止めに入り、翌日には少年のテレトリーで強姦されそうになっていた。
その経緯を問いただしたら少女を殺せという命令の下の行動。
彼女が只者ではないのは誰が見てもわかる。
バシャァンッ!
「ぶっ!?」
少年はその場所に着くとすぐさま水を頭から掛けた。
目を見開いて飛び起きる少女。
その後、ものすごい勢いで辺りをキョロキョロして、男達の死体を見る。
「そ……………そんな………」
見なければ良かった、と少女は思う。
だがそれ以前に、ありえない。と言わんばかりの顔つき。
少女の中で少年は死んでいた。
その絶望が故にショックで意識まで失ったのだ。
それがこのザマである。
死んでいたのは少年ではなく彼女を襲ってきた男達。
勝ってしまったのだ、彼はあの集団に。
殺してまで……………
「な………なんて事したのっ!」
「…………え」
突然の怒りに少年は目を点にする。
「あなた何したかわかっているのっ?殺しよ!殺し!それもこんな人数…………」
容赦なく怒鳴る少女。
第三者であるかのような言動。
少年はわからなかった。
こんな事を言われるなんて微塵も予想していないのだから、いや、するはずがない。
むしろ感謝されるのが普通だ。
強姦されそうになってそこを助けた、と解釈される。通常ならば。
ますます不思議な女だ、と少年は思った。
「お前はこいつらに狙われていた。いや、他の誰かに殺すように指示されていた。…………つまりだ。俺が殺らなきゃ死んでたんだよ、お前。強姦じゃ済まされなかったんだぞ?それでもまだ同じ事を言えるのか」
「そ…………それは………」
少年の冷静な口調に怯んだ彼女。
「偽善者が………まぁいい。俺はお前に聞きたいことがある」
「何…ですか?」
「まず…………」
●
少年はいくつものクエスチョンをまとめて、段階を経て聞いていく。
何処から来たのか。
以前は何をしていたのか。
狙われる動機は何なのか。
一番気になっていた最後の質問は、期待にこたえてくれなかった。
わかった事は、この里出身で、つい最近まで裕福な家での召使いをやっていた事くらい。
何故自分が狙われているのかは、分からないという。
「あ……でも一つ、心当たりが」
「何だ?」
「種族です」
種族という言葉に少年は片眉を吊り上げる。
「種族?この世界には俺たちヒューマンしかいないんじゃないのか?」
少女も同じような表情を見せた。
「え?あなたデミ・ヒューマンを知らないんですか?」
この世界には、少年のようなヒューマン以外に、デミ・ヒューマンである獣族、妖精などがいる。
幼い頃から親に見放され、まともな教育を受けて来なかった彼はそんな事が分かるはずがない。
「知らん」
「そんな堂々と言われても…」
「教えてくれ、その……モミ・ヒューマン?」
「デミ・ヒューマンです!全く……本当に知らないみたいですね」
少女は呆れて溜息をつく。
彼女は種族の事を知らないのは記憶障害や生まれてからの浮浪者くらいだろうと考えていた。
つまり少年を浮浪者だとは思っていないのだ。
召使いではあったが、裕福な家育ちの少女。
彼が種族を知らないのと同じように、彼女も浮浪者の実態を知らない。
だからこのように人気のない裏路地を、平気で一人で歩く。
故に強姦されそうになった訳だ。
「では…簡単な説明だけしますね」
「ああ」
「代表的なデミ・ヒューマンには、エルフ、獣族、妖精などがいます。どれも耳の形が異形ですね」
少年は少女の耳を見る。
その形は少し尖っていた。
「獣の耳を頭から生やす獣族は、ヒューマンでは到底太刀打ちできない力を持っています。この里では滅多にいませんが…。ちなみに私は、デミ・ヒューマンの妖精です。こんならしくもない身なりですが」
「……………………」
少年が妖精と言われて意識するのは、小さくて羽の生えた蝶のようなもの。
そのあまりの予想外に絶句している。
「お前が妖精………空でも飛べるのか」
「あはは……やはりそういうイメージですよね…空は飛びませんよ?それに、妖精と言っても私はヒューマンとのハーフです?純粋な妖精はもっと小柄でいかにも妖精って感じです」
少しの笑みを見せる少女。
初めて見る彼女の笑顔に、少年は不思議な感情を覚えた。
自分に向けられた笑顔など今までになかったからだ。
「なるほどな……で、お前が狙われる原因にその妖精ってのが絡んでるのか?」
「おそらく……働いていた場所でも、" 妖精狩り ”と言うのを耳にしたことがあります。詳しくはわかりませんが」
妖精狩り。
少年もその単語を聞いた事があった。
種族を知らなかった彼は、ずっと比喩的表現で用いられたものだと思っていた。
「私はこれからも狙われると思います。だから、あなたはもう私に関わらないで」
「は?」
突拍子も無い発言に戸惑う少年。
いきなり自殺を止めに絡んできたのは向こうだ。
それが今度は関わるな、ときた。
「私は、あなたに死んでほしくない。生きる意志を見つけて欲しいの」
少年は眉間にしわを寄せる。
実に理解し難い、何故そこまで俺に言い聞かせてくるのか、と。
今まで見てきた奴らからは蔑みかバカにしたような言葉しか浴びされて来なかった少年。
まるで母親であるかのようなその言動に、ただただ不思議だった。
「わからねぇ……お前のその考えや行動全てが、俺には全く理解できねぇ。けど………チッ。いや、知りたくもねぇ」
言動だけは天使のようだ、と彼は思う。
それも、何も知らない無垢で無力で臆病な……
こんな人が寄り添ったら、彼はいい方向に変わるのだろう。
だが少年は、信頼という言葉を知らなかった。
いつだって自分一人で生きていた彼に、他人というのは邪魔以外に何ものでもない。
「自分一人を守れない奴に言われたくねぇよ」
「あはは……仰る通りですね。でも、死なないで」
最後に薄く微笑んだ少女は、少年のテリトリーから離れていった。
その後ろ姿を見ていた彼は、虚しくなった。
救われない者の末路。
それはあまりに悲しく、辛いものである。
力のない彼女はおそらく…………
「胸糞悪りぃ……」
少年は座り込んだ。
見上げた曇った空は彼を見下すようにまた、自分を見ている。
『どうせ死ねないくせに、強がるなよ臆病者』
空が彼に言った。
いや、これは少年の心の声だ。
他人を信じられない、だが自分ひとりではもう生きていけない。
かといって死ぬ勇気もない。
そんな少年の選択は…………
「あぁー、くそったれ!」
少年は勢いよく立ち上がり、少女の後を追った…………