tragic ray   作:黒迅 憂

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絶対的不運

狭き路地にて。

雨が降り出した。

それは虚しく歩く彼女の頭に、容赦なく振り注ぐ。

 

「…………………うぅっ…………」

 

堪えていた涙がぶわっと流れ、雨のように顔を伝っていく。

雨粒に押されるかのように地面に跪き、嗚咽を漏らす少女。

 

彼女もまた…………少年のように報われない人生だった。

かつて母親と父親に囲まれ、楽しく過ごしていた日々。

 

それが突然……奪われた。

 

強盗による殺人。

一人になった彼女は、酷く悲しき過去を背負いながら、それでも生きようとした。

死んでしまった二人の分まで……

 

容姿が良かったのもあり、仕事は直ぐに見つかった。

娼婦だ。

まだ幼き自分の身体を求める大人への接待。

 

苦しかった。

 

痛かった。

 

怖かった。

 

逃げ出したかった。

 

…………死にたくなった。

 

だが彼女はこれらの感情を押し殺し、生きる道を選び続けた。

そしてある日、常連客が少女を買い取ってくれることになった。

 

これで少しは楽になれる。と、思った少女に降りかかったのは絶望。

名目では召使いという事にされているが、買い取ってくれた主人の毎晩の相手のみならず、その兄弟や友人、金を取って知らぬ人との相手までさせられた。

まともな休みもなく……

 

少女の身体はもう悲鳴を上げていた。

やがて主人に飽きられ、捨てられ、こうして浮浪者に逆戻り。

とことん報われない人生。

何度も死のうとした。

その度に思い出す両親の顔。

本心では死にたかったのかもしれない。この世界から逃げたかったのかもしれない。

 

しかしその両親との思い出が、彼女の自殺を引き止めていた。

頭の中に………死なないで、生きて。と言われている気がしてならないのだ。

 

だから死なない。

死ねない。

 

生きる意志を強く持つんだ、と自分に言い聞かせながら歩んでいく。

これが少女の生き様。

 

「私は…………死なない」

 

涙をふき取り立ち上がる彼女には、まだ命の灯火が燃えている。

それはごく小さく、今にも消えてしまいそうだ。

だが消えない。

その火を燃やす物は根強く頑丈だからだ。

しかし一つ重大すぎる欠点がある。

単に、外部の物からは簡単に消せてしまう事だ……。

 

「…………………あれか…………」

 

立ち直ったばかりの小さき少女を見る一つの影。

それは建物の屋上から見つめていた。

 

「よし…………ふっ」

 

バサッ

 

異様な空気を放っているそれは、標的をめがけて飛び降りる。

常人なら着地と同時に骨は砕け、肉は飛び散る。

だが………

 

ダァンッ!

 

「ひっ!」

 

獣族であるために頑丈にできているのだ。

全くの無傷。

しゃがんで着地していたそいつは、身体をムクリと起こして少女に話しかける。

 

「始めまして妖精。私は獣族イヌ科のジェディだ、よろしく死んでくれ」

 

耳は頭脳に近い場所に生えており、獣のような物だ。

体幹部分は露出され、六つに割れた腹筋がこれ見よがしに浮き出ている。

少し焼けたような肌の色で細めの目、大きな口。

これぞまさに獣族、戦闘に特化された種族。

 

「なんで、こんな……獣族までもが私を…………」

 

妖精いうのを知られている、となればやはり狙われる原因はそれだったと、彼女は確信した。

だからと言ってこの絶体絶命の現状は打破できないが……

 

シャーー………

 

獣族は腰に下げていた剣を鞘から抜く。

光り輝くその刃は、自分をいとも簡単に切り裂くのだろうと想像した少女。

それはすぐに現実になろうとしていた。

 

シュッ

 

「え?」

 

一瞬でジェディと名乗る獣族が消えた。

消えたのか?

否、速過ぎて見えないのだろう。

もう一秒もせず殺されると言うことだ。

 

突然の死。

両親と同じ運命。

だが少女はこれで納得してしまった。

 

このまま死んでもいい、と。

どうせ生きていた所でもう長くはないのだ。

殺されるか飢え死にでもして、野良犬の餌になるだろう。

 

それによくここまで生きてきたものだ。

さんざん辛い思いをして、痛い思いをして……やっとこの生活から開放される。

 

両親に………会える。

 

この思いが少女の頭の中を満たし、わずか0.何秒の間に死への覚悟を決めた。

 

目を閉じる………

 

「さような」

 

キィィンッ!

 

「「っ!?」」

 

剣がはじかれる音がした。

耳に響き、脳が揺れているような感覚。

そして、その異様な余韻を吹き飛ばすかのような大きな声が発せられる。

 

「わかんねぇ!何でお前なんかを追って助けたのかなんて、全然わかんねぇけど、やっぱ知りたくなったんだ!」

 

見覚えのある声に目を見開くと、そこには獣族の剣から彼女を守るように、ナイフで剣を受け流す少年の姿があった。

 

「えっ?あなた……」

 

「俺の名前はアイレス。お前はっ?」

 

「え、私っ?」

 

「そうだっ」

 

少女は突然名前を聞かれ戸惑うも、直ぐに返事をした。

大声で、また涙を流して……

 

「エ…エイダよ!」

 

獣族の剣を未だ受けながらそれを聞くと、ニヤッと笑う少年。

 

「エイダ!じゃあ俺に教えてくれよ、生きる意志とやらを!」

 

キンッ!

 

受けていた剣を弾き、お互いに間合いを取る。

少年は突き動かされたのだ、少女の想いに。

散々一人で過ごしてきたのに、何故か彼女にだけは違う感情を覚えた。

それは愛などではなく、別のもっと深いような……

とにかく少年は、この少女に生きる意志を求めることにしたのだ。

 

「貴様は………あぁ、先程ウチの雑魚を殺った小汚い餓鬼か」

 

「見てたのか………どうやら、何が何でもエイダを殺したいらしいな。妖精だからか?」

 

「あぁ、その通り……だ」

 

キィィィィィンッ!

 

「ぐっ!?」

 

だ、と同時で少年アイレスの目の前に剣を繰り出してくる。

異常なまでのスピードに戸惑うも、間一髪でまた受け流すことに成功した。

だが、勢いに押されて後方にずれた。

重心も後ろに行き、このまま相手にスパートをかけられたらひとたまりもない。

 

「死んだな、アイレスとやら」

 

その事を獣族はよくわかっている、すぐさま次の攻撃準備に入った。

このままでは生きる意志を知る以前に殺されてしまう。

 

「へっ」

 

この緊張感の中、笑ったのは優位に立った獣族ではなくアイレスの方。

上唇を吊り上げ、歯を出してにぃっと笑う。

これが少年の戦闘スタイル。

昔からやってきた殺し合いの際の正攻法だ。

自分が不利になる、あるいは力量のある相手に勝てる方法はたったの一つ。

 

力まないこと。

 

身体を柔軟に動かせれば、もし相手が力んだ場合その隙が出来る。

それをついて、殺す。

いくつもの修羅場を乗り越えてきたアイレスだからこそのやり方。

 

「嘗めやがって……」

 

当然、そんなアイレスに苛立ちを覚える獣族。

生まれつきヒューマンより何倍も強い彼女ら。

このような少年などわけない。

一瞬で殺せて当たり前。

それをたった一度攻撃を防いだからといってニヤニヤと笑うその仕草が、獣族の怒りを促進させる。

 

シュンッ!

 

「おっと!」

 

力任せの大振り。

アイレスはバク転で避けた。

相手は冷静さを失っている。

彼の戦略にはまったのだ。

 

「んなクソ大振り当たらねぇよ」

 

「このっ!」

 

カンッ!

 

「うぉっ!」

 

今度は縦振りに繰り出され、避けるとそれは甲高い音を立てながら地面に衝突した。

凄まじい威力だ。

まともに受けていたら真っ二つであった。

 

「おいおい、どうした獣族?ヒューマンの俺にどこまで苦戦してやがる」

 

これ以上の挑発はまずいのでは、と誰もが思うところだが冷静になってみると、どの道彼女はアイレスを殺しにかかるのだ。

 

だったら冷静な状態か、怒り狂って理性のない状態か、どちらがいいのか。

より身体を硬直させ、避けやすい大振りな繰り出し、単調な攻撃。

これらは全て怒りに任せただけ。

 

よって隙を生みやすい。

アイレスはこれを狙うべく、怒り狂った状態を選ぶ。

 

「調子にのるなぁっ!ヒューマン風情が!!!」

 

ブォンッ!

 

獣族はアイレスの期待にこたえるかのように、持っていた剣を投げつけた。

横回転で風を切りながら向かってくる。

これもまた凄まじいスピードだ。

常人なら避けることは不可能…………だが。

 

「よっ!」

 

スォンッ!

 

伊達に浮浪者を続けていない少年は間一髪で避けた。

ブリッジのポーズで回避し、その鼻先が剣を掠める。

 

カンッ

 

カラカラカラカラカラッ!

 

剣はアイレスを通り過ぎると、激しく音を立てながら地面に落ちていった。

 

「獣族……………お前こそ、浮浪者嘗めんなよ?」

 

彼は立ち上がって相変わらずの笑みでそう言うと、もはや丸腰の獣族は歯軋りをする。

こんな小さな餓鬼へ攻撃が当たらない事に苛立ちを覚えているのだ。

 

獣族というのは戦闘能力はずば抜けているが、知能はヒューマンに下回る。

特に彼女のようなイヌ科は。

こんな安い挑発に簡単に乗り、冷静に戦っていれば勝てたものを台無しにしてしまう。

 

「チッ……」

 

今になって、しまった、と思わされる獣族。

だがもう遅い。

武器のない彼女とナイフ二つを所持するアイレスとでは、腕力こそ勝てようとも殺し合いで勝算はない。

 

「次は俺が仕掛けるとしよう。……よろしく死んでくれよ?獣族さん」

 

腰からナイフを取り出し、一歩、また一歩と獣族に近づいていく。

誰もがアイレスの勝利だと思ったその時だった。

 

ぐじゅるっ!

 

「「っ!?」」

 

ナイフが肉を抉る音が聞こえる。

獣族とアイレスの距離はまだ少し離れているし、ナイフを投げたわけでもない。

誰が誰にやったのか?

突然の出来事に誰もが驚きを隠せない。

いや、獣族だけは落ち着いていた。

 

「遅かったな……アヴィル」

 

彼女がそう口にした。

視線はアイレスから微妙にズレている。

つまり…………

 

「がっ………はっ………」

 

後方から何者かに背を刺されたのだ、アイレスが。

 

「よぉー浮浪者くん。獣族のジェディちゃんをここまで追い詰めるとは中々やるねぇー」

 

背後から耳元に囁かれるその言葉は女の声だった。

恐怖に目を見開くアイレス。

異様なまでの殺気は、自分の醸し出すものよりも何倍も強かった。

狂っているかのようにも感じさせられる。

 

「一応急所は外してある。大丈夫さ、直ぐには殺さない。あと、そこの妖精の女も殺さないでおいてやる」

 

「俺達を………どうするつもりだ?」

 

「ひひっ」

 

彼の質問に対し、女は甲高い声で笑う。

いやな予感が走った。

 

「君は臭いし小汚いけど、ちゃんと風呂に入れてきれ―にしたら………結構可愛くなりそうだねー」

 

穂を片手で鷲掴みにされ、無理やり顔を向かされる。

視線いっぱいに広がる女の顔。

赤い髪に目。

笑っているその口からは長い舌が出ている。

最低な事を考えている顔だ。

それなのに何故か美形で魅力もあった。

アイレスは何も考えられなくなり、ただ痛みと恐怖に耐える。

 

「ひひひっ、ほーら女の子みたいで可愛いー!あぁーもう決まりね」

 

ぶじゅっ!

 

「がぁっ!」

 

刺していたナイフを引き抜く。

女はアイレスの血液が一杯に染みついたそれを口元にもっていく。

 

「れろっ……じゅる……じゅるじゅる」

 

まるで飴でも舐めるかのように夢中になって味わっている。

血だらけの舌はミミズのようにナイフを這い、唇も真っ赤に染まっていく。

イカれてる、とアイレスは落胆した。

 

(折角後ろ向きだった人生から抜け出せたかもしれなかったのに……)

 

報われない人生。

最悪な日々。

それがずっと続いていたアイレスに、更正の余地などないのだと。

厳しく悲しき現実からは決して逃げられないのだと。

そう思い始めた彼はまた………自殺をしようとしたあの頃に戻ってしまった。

 

「はぁー♪おいしーっ。おや、お寝んねかい?」

 

口元がアイレスの血だらけになった女は、意識を無くしたアイレスを担いだ。

そしてエイダの元へと足を運ぶ。

 

「ひっ………こ、来ないで!」

 

怯える少女に容赦なく近づく女。

その顔は変わらずに最悪の笑み。

 

「こいつも連れてきな」

 

その言葉にすぐさま反応した獣族は、エイダを掴んで引っ張る。

尋常なく強い力に圧倒され、抵抗などする由もなかった。

 

「離して!やだ!離せ!離せぇ!」

 

言葉だけの抵抗。

泣きながら訴えるその声もまた力強かったが……

 

ゴッ!

 

「かはっ!」

 

獣族は黙れ、と言わんばかりにエイダの腹を殴る。

極度な痛みと緊張に、彼女も意識を失ってしまった。

 

この世には絶対的不運を持つ者がいる。

何をやっても報われず、努力しても見返りはその逆。

願っては叶わず、望んでは失う。

そんな者同士が会ってしまったらどうなるのか……

絶対的不運の持ち主同士が接触したら、それは……………………………………

 

悲劇の始まりだ。

 

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