フェルスティアの里の外れ。
そこは壮大な湖や草原が広がっている。
澄み渡る爽やかな風。
美しく鳴く昆虫たち。
里と里の間には、こうして野放しにされた大自然があるのだ。
死体の転がっていた路地裏なんかとはまるで別世界。
そんな場所にいるのは、赤い髪の女と獣族。
それぞれ、肩にまだ幼き子供を担いでいる。
勿論、アイレスにエイダだ。
「ふぅ……随分と歩いたな」
でこから湧き出る汗を拭いながら、獣族は一呼吸する。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「ざっと20kmかなぁ〜」
一方で汗ひとつかいていない赤髪の女。
疲れを知らないのか、と思わされるほど余裕な笑みで喋り始める。
「ひひっ…でもまぁ、もう着いたわけだし、たーっぷりと癒していただこうか、この子犬ちゃんに♪」
女は意識のないアイレスを仰向けにし、地面に寝かせると、視界には可愛らしい寝顔が映る。
興奮を隠せない女は、よだれを垂らすほどに高揚していた。
「早く起きてその可愛いい声を聴かせておくれ」
女はアイレスを起こすべくビシッと穂をひっぱたく。
だが反応はない。
「うーん……しばらく起きないかぁー。背中に刺したナイフの傷が思ったより深かったのかな?」
仰向けの体制をうつ伏せにし、背中を見ると先程女が刺した部分から大量の血が吹き出していた。
「おやおや、ナイフの一刺しくらい平気かと思ったんだけど………獣族の相手ばかりしてきたから、ヒューマンは非力で軟弱だった事をすっかり忘れていたよ…ひひっ」
相変わらず狂ったような笑い方で傷口を摩る。
摩った手はアイレスの血でいっぱいになり、それを見た女は顔を真っ赤に高揚させた。
「はぁ……はぁ………ちょっと味見………」
口を開け、血濡れた指を突っ込む。
「〜〜〜〜〜っ!?」
半分白目をむき、声にならない発声をした。
身体全体を硬直させ、心身からアイレスの血を感じている。
「これだからヒューマンの子供はたまらない……………それにこの子の血は絶妙過ぎる。こんな味初めてだな」
「アヴィル、味見はいいがそのままだとそいつ死ぬぞ」
アイレスの服の背中部分は真っ赤に染まっている。
大量出血で死んでもおかしくないくらいに。
獣族のいたって冷静な判断に、女は溜息をついた。
「わかってる…」
アヴィルと呼ばれた女は再び手を傷口へと運ぶと、優しく添えるようにのせた。
そして目を瞑りヘラヘラしていた表情とはうって変わって集中した雰囲気を出す。
「ヒール……」
そう呟くと、手を中心に薄い緑色の光が灯される。
辺りが暗いのもあって、その光は獣族とアヴィルを照らした。
それがしばらく続き、やがてアイレスの背中の傷は自然に塞がっていく。
「ふぅ……慣れねぇなぁ、回復の魔法なんてよ」
アヴィルのこの言葉に、それもそのはずだ、と獣族は思う。
獣族、名は先程エイダに名乗っていた通り、ジェディ。
彼女はアヴィルとよく行動を共にし、数々の殺しを行ってきた。
2人はよほどのことがない限り負けることはなかった。
魔法の使えるアヴィルはそのほとんどを攻撃に使っていて、回復に使う機会などまずなかったのだ。
だから、そんな事をしてまでアイレスを生かしておく理由がある。
それをジェディはよく知っていた。
「アヴィル、この妖精はどうする?」
「風呂に入れて綺麗にしてあげな」
側から見たら優しく聞こえるはずのその言葉。
しかし、その発信源であるアヴィルの顔は不気味で汚い笑顔だった………
それは見たジェディは、
「酔狂な奴め…」
と呟きながらアヴィルとアジトへ入っていった。
●
ガチャンッ
重い扉が大きな音を立てて閉まる。
それによって目を覚ましたエイダ。
辺りを見回すと広く薄暗い部屋で、扉を閉めた当人であろう、コートを着た獣族が彼女を見つめていた。
エイダの今の状況は全裸に手足をイスに縛られ、全く身動きが取れない。
自分の匂いをよく嗅ぐと、覚えのないいい匂いがした。
それよりも一番気になったことを獣族に質問する。
「アイレス君はっ?」
「殺していない、アヴィルと共に他の部屋にいる。あと、お前の身体だが……私が綺麗に洗っておいた」
エイダの汚れていた髪や顔は打って変わり、髪の色は湖のような色で透き通るような綺麗さだった。
だが彼女は不思議でならなかった。
「洗った……?なんのために………貴方達は妖精狩りでしょ?」
フッ……
「っ!?」
突然獣族の姿が消えた。
うろたえるエイダに容赦ない一撃が入る。
ゴンッ!
「おぇっ!」
腹を殴られたのだ。
何一つ着ていないか細い腹に、拳がめり込まれる。
エイダは飛び出んばかりに目を見開き、口から胃液を漏らした。
「おしゃべりな口だなぁ。少し黙れよ?」
「けほ……おぇ……ごほっ」
容赦ないこの言葉にエイダはこう思った。
あそこで殺されていた方がマシだった、と。
一思いに殺してくれないと言うことは、今から行われるのは間違いなく………拷問。
「返事を………しろっ!」
ドプッ!
「かはぁっっ!」
同じ場所を再び殴られる。
先ほどよりも、強く。
当然痛みで返事など出来るわけがない。
おまけに更に胃液が逆流している。
「おいおい、無視するなよっ!」
ドプゥッ!
「あがっっ!」
「おいっ!」
ドプゥッ!
「ぇ………ぉ……」
エイダは言葉も発せないほどに同じ箇所を何度も殴られた。
何度も。
「おらっ!」
ドプゥッ!
「ヶォッ……ヵッ……」
何度も。
ドプッ!
何度も。
ゴプッ!
意識が薄れる中、エイダの頭の中は……
(痛いっ!痛い!イタイイタイ!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイタイタイタイタイイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイ!)
痛いと言う言葉一色だった。
獣族、ジェディによる暴力は一向に止まない。
10発、20発、いや50発ほど。
途中から内臓でも破裂したか、口から血反吐や内臓のようなものを吐く。
エイダは今まで性奴隷のような生活をしてきたが、その方がましだと思える程の苦しさを今味わい、狂えるものならば狂ってしまいたいと願った。
「腹を殴られたくらいで大袈裟な………まだ死ぬなよ?心臓は元気に動いているし、息もしているんだから」
「……はぁっ…はぁっ………はぁっ」
エイダは薄く目を開け、口から血液を垂らす。
「息をするので精一杯か、まぁいい。聞くだけ聞け。私はアヴィルに指示されてお前の身体を洗い、ここに連れてきた。そこまで終わったら次は……」
グジュッ!
「……………?」
いちいち起こることが予測の出来ないものばかりだ。
たった今エイダは、殴られていた腹部をナイフで………
「う………あ………」
刺された。
「うびぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!」
絶叫で痛みが逃げるのならエイダはどんなに楽になっていただろうか。
この、殴られていた方がマシと思える痛み。
自分の内臓を鋭利な物で抉られる苦しみ。
始めの目覚めた時に想像していた恐怖をいくつも上回るこの惨劇は、本気で容赦なかった。
「このままだと出血多量で死んでしまう、拷問の意味が無い。だからこの特殊な薬で………」
ごそごそと上着の内ポケットから瓶を取り出す。
すると、瓶に入った緑の液体を傷口に流し込んだ。
回復薬のようにも見えたそれは、不思議なものであった。
「これは止血薬と言ってな。出血を強制的に止めることが出来る。その上失った分の血液補充もできるんだ。戦闘の際、足や腕を切り落とされた時に生きて帰ってこれるようにね。つまり、この効果が切れるまでは血は出ずに死ぬ事はない。だが、痛覚までは消すことができない」
そう言って、今度は赤い色の瓶を取り出す獣族。
「だからこの瓶、緩和薬を使って痛覚を麻痺させる。この二つセットで持ち歩くのが基本。だが拷問には………」
ここで一つ、まだ続く絶叫の中エイダは気づいてしまった。
獣族の着ているコートの中に何かが詰まっている事を。
そしてそれは自身への最悪の結末に誘うものだと。
「ああああああ!うっ!うぅぅぅぅぅぅっ!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
エイダは絶望し、絶叫から大泣きへと変わった。
それに答えるかのように、獣族はコートを捲し上げる。
「止血薬だけで充分……」
そこには大量のナイフと止血薬が詰まっていた………………