tragic ray   作:黒迅 憂

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黒き汚さ

真っ暗で無音の廊下。

風も全く通っておらず、ただ自分の呼吸音だけが辺りを響かせる。

アイレスは一人、この場に立っていた。

大浴場での一件、アヴィルに襲われそうになったが、突然ヒューマンが攻め込んできたという状況に救われた。

服は、用意する時間がなかったらしく、元から着ていたものをもう一度着ている。

臭いは相変わらずになってしまった。

あの後彼女はアイレスに、エイダを連れてくるからここで待て、と言い去り、一人でここで待っているのだ。

 

「今、外へなら逃げられそうだな……けど………」

 

辺りを見回すと、窓やドアが見受けられる。

脱出を試みるのもいいが、彼はそれをできないでいた。

あの異様な殺気を放つ彼女から、逃れられる気がしないからだ。

それにエイダもいる。

今は、黙ってアヴィルに従うしかない。

 

「エイダ……か」

 

今になって思うと、彼女は本当に何者なのだろうか。

人生を諦めようとした彼を無理に止め、部外者なのに諭してくる。

忘れもしない。

あの薄汚れた緑色の髪の毛。

ボロボロの服。

ヒューマンとは違う異形の耳。

エイダの姿を思い出すと、何故か不思議な気持ちに襲われるのだ。

 

「お待たせ、アイレス」

 

「…………早かったな」

 

暗闇の中からアヴィルはやってきた。その肩には、スヤスヤと吐息を立てながら眠るエイダを担いでいる。

その服装こそボロボロの服のままであったが、髪の毛や所々見える肌なんかは、里にいた頃よりも艶っぽく、綺麗になっていた。

彼と同じように身体を洗ったのだろうか……

 

「じゃあ急いで行くよ、アイレス。なんだか……嫌な予感がする」

 

「……?」

 

顔を険しくさせたアヴィルは近くにあったドアから急いで出る。

彼もそれに続いた。

 

ガチャンッ!

 

重いドアを開け外に出ると、冷たい夜風が穂を伝う。

アヴィルは肩にエイダを担いだまま駆け足で進んでいく。

無論アイレスも走っているのだが、いつもの感覚ではない。

 

「っ?」

 

なんだか動きが良いと言うか、走りが速くなったと言うか……

 

「身体……軽くなったろう?」

 

アヴィルはそんな彼の様子を見ずにそう言った。

あの唾液のせいだろうか。

 

「お前を刺した傷、あれを治す時に『ヒール』という魔法を使ったんだ。あれは傷を癒すだけではなく身体全身の体力や疲労を回復させる。それに、私の唾液にも、身体の稼働力を促進させる効果があって、その二つを兼ねた今だから動きがいいんだ」

 

「説明どうも」

 

馬鹿丁寧に説明してくれるアヴィル。

『ヒール』という魔法も凄いが、彼女の唾液の効果は計り知れない。

獣族というのはみんなそうなのだろうか。

 

「そういえば、俺達を連れて行く意味があったのか?エイダなんて眠っているじゃないか」

 

「ああ、その内わかる」

 

どうでも言いようにはき捨て、ひたすら前を走る。

すると直ぐに…

 

「っ?……チッ!」

 

彼女は急に舌打ちをし、焦るような声を上げた。

 

「??」

 

アイレスは何が何だか分からず、ただ後をつく。

 

「くそっ、誰かやられたか……アイレス!この子を頼んだぞ。このまま真っ直ぐ、走り続けて来るんだ。のんびり歩いたり、逃げようとしてもすぐにわかるからな」

 

フッ…ドサッ!

 

「うおっ」

 

前を走るアヴィルからエイダが投げ出される。

アイレスを狙ったのか、ちょうど胸部の辺りに衝突するように渡され、重みに足が止まった。

 

「くっ、なんだってんだ?俺は重いものを持てるだけの力はねぇってのに……」

 

まだ小さな女の子だから良かったものの、それでも少し重たそうに、背に背負い直す。

前方を見ると、もうアヴィルの姿は全く見えない。

少し遠くに湖が見えるくらいだ。

 

「どのくらい行きゃあいいんだよ。そんなもたねぇぞ俺……」

 

「せめてこいつが早く起きてくれれば、かなり楽になるんだがな」

 

スー、スー、と耳元から聞こえるエイダの呑気な寝息。

アイレスは溜息をついた。

 

 

 

到着後、その目に焼き付けられる衝撃的な現状があるとも知らずに……

 

~Iless end ~

 

「が………は……」

 

ジェディへ懇親の一撃を加えようとした所、何者かに吹っ飛ばされたレイ。

何十回に及ぶ地面との衝突に、身体は悲鳴を上げていた。

肋骨、左の肩甲骨が粉々になり、右足の膝下は明後日の方向にひん曲がっている。

100m程であろうか。

胸の辺りを張手で弾かれ、ここまでに飛ばされた。

 

「くそ……体が………」

 

地面に張り付いたように動かない身体。

彼は、これが誰によるものかは検討がついていた。

 

「ア……ヴィル……め」

 

目だけを動かし、先ほどまでいた所を見ると、やはりそいつはいた。

長く赤い髪を靡かせながら、しゃがみ込むジェディの前にたくましく立っている。

男よりも男らしい。

まさしくアルカンジェロのボス、という風格を感じる。

 

「ぐ……」

 

レイは意識こそ失っていないものの、折れた骨が多く、内臓に突き刺さってしまうため迂闊に身体を動かせない。

歯噛みをしながら、ただアヴィルを目で追うことしか出来なかった……

 

⚫︎

 

「ジェディ、ミレアを頼んだよ」

 

「ああ…」

 

アヴィルは、ミレアを預けると、ヒューマンの群れに向かって手ぶらのポーズを取る。

 

「ほらほらどうしたぁ?わたしは武器を持ってないぞ。さっさと来ないか、いひっ」

 

彼女の挑発には誰も乗らない。

仕掛けようともしない。

ただ恐怖や絶望を表情に表し、アヴィルを見ているだけ。

…………………………………………

 

「わかった。じゃあこうしよう……」

 

アヴィルは、何かよくないことでも考えているかのように笑う。

そしてこの現状を打破すべく提案を始めた。

 

「今から2分間好きなように攻撃しなぁ。私からは一切手は出さないよ。そして2分経っても私を倒せなかったらぁ……」

 

ぞわ……

 

殺気。

身体から発される異様なまでに莫大な……

 

「さっき言ったとおり、女からグッチャグチャのスクランブルにしやるからさぁ!!いっひひひひ!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

ある意味での士気上昇。

殺らなければ殺られる。

それも惨くグロテスクに。

アヴィルのこの提案は彼らを動かすには最適なものであった。

すぐさま手から滑らせた武器を持ち直し、狂ったように向かってくる。

 

「さぁおいで雑魚ヒューマン達、久々の肩慣らしといこうじゃないかぁ」

 

対してアヴィルは全く身構える様子がない。

直立して立っているだけだ。

何故彼女はこんなにも余裕でいられるのか。

そしてヒューマンの奴らはアヴィルをこれほどに恐れるのか。

彼女の強さとは、一体どのくらいのものなのか。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

ブンッッ!

 

まずは一人、大剣を備えた大きな男がアヴィル目掛けて繰り出す。

洗練された振出し。

両手を頭の後ろまで持って行き、状態を反らし、その反動を使って一気に剣を振り下ろす。

その重みは尋常ではなく、並みの者であれば身体を真っ二つに裂かれてしまうほどだ。

それを彼女は避ける様子もなく……

 

ガシッ!

 

「………………そ……んな」

 

まるで軽いチョップを止めるように、素手で受け止めた。

 

「振り方は悪くないが、まだ腰が乗ってないね。まぁ乗っていても私を斬る事など出来ないがなぁ……ひひっ」

 

バキバキ!

 

止めた大剣を握り、片手でそれをへし折った。

剣先が無くなり、もはや武器として扱えないものへと変わる。

とんでもないバカ力。

持ち主は戦意喪失し、その場に膝を着いた。

アヴィルはそれに目もくれず、次から次へと迫り来るヒューマンへと視線を移す。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

「あぁぁぁぁぁっ!」

 

片手剣と両手剣を扱うヒューマン二人。

やけになってアヴィルに攻撃を仕掛ける。

先ほどの大剣の奴とは違い、素早い繰り出しだ。

それも二人同時にとなると武器無しの上、二本の手しかないアヴィルには避けきれるはずが無い。

が、その常識が通らないのが彼女だ。

 

フッ…

 

「「っ!?」」

 

その攻撃が掠りもしない。

全て避けられている。

 

「ちっくしょぉぉぉぉぉっ!」

 

「化け物がぁぁぁぁっ!!」

 

それでも剣を振るい続ける二人。

しかし当たらない。

剣が斬るのは空気のみだ。

 

「ひひっ!軽い武器を扱っているのにそんな速さか?」

 

ずっと避け続けているのに、全く息が上がらないアヴィル。

格が違う……

 

「伏せろ!」

 

アヴィルの背後、二人の前方に太刀を持った大柄な男が声を上げた。

レイコナーギルドならではの連携技。

絶対的な攻撃。

二人がアヴィルの前方を攻撃により行き場を無くさせ、太刀使いの大柄な男の場所まで近寄らせる。

そして隙を狙い、背後から太刀を真横に振り出し、同時に片手剣、両手剣を扱う二人はしゃがみながら回し斬りをし、抜け道をシャットアウト。

故に絶対的な攻撃なのだ。

 

「ほぅ……流石だな。これは避けられない」

 

アヴィルはさっと背後を確認し、今から受ける攻撃を予測して関心する。

焦りなど全く窺えない。

 

「おるぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「「はぁっ!」」

 

計三人によるヒューマンのこの攻撃は、見事にその形通りに繰り出された。

 

「けど……まだだめだねぇ」

 

キィィィンッ!

 

剣と剣がぶつかり合う音が響いた。

暗闇を照らす火花。

アヴィルはこの場に剣を持ってきていない。

ならばヒューマン達のものが音を立てたという事になる。

 

「「「…………?」」」

 

しかし彼らの繰り出しの軌道上、アヴィルを外したとしてもぶつかり合うことはない。

となると……

 

「私を殺るには遅すぎるかなぁ」

 

「…………そ…んな」

 

「武器が……」

 

「嘘だろ……」

 

三人とも持っていた武器がない。

たしかにしっかりと握り締めて繰り出したのに、まるで最初から持っていなかったかのように、手元から消えたのだ。

アヴィルへと降りかかる攻撃に対し、片手剣を扱う奴から俊足の動きでそれを取り上げ、両手剣を弾く。

その後、背後から迫る太刀を回し斬りで弾き飛ばしたのだ。

出鱈目である。

ヒューマンでもかなり強い方の彼らでさえ手も足もでない。

これがアヴィルを恐れた理由。

これが彼女の強さ。

これが、アヴィル・ウィス・シャーレッド。

 

「さて、2分……経ったね」

 

ニヤァ、と例の笑み。

その目線はギルドの女達へと向かった……

 

 

「右手は……動かせるようになったか……」

 

一方で、レイは未だ地面に張り付いたままだった。

かろうじて動くようになった右手を見る。

 

「 ‘あれ ’をやるしかないな、やはり……」

 

ジェディ達と戦う前に話していた ‘あれ ’

一体どのようなものなのか、本人もよくわかっていないが、あのアヴィルの強さでは、普通に戦ってはまず勝てない。

故に、自身の身体を変える必要がある。

無理やりにでも、強く……

そう…… ‘あれ ’とはつまり薬物だ。

恐ろしい程に強力な。

 

「あの三人技が効かないんだ。このまま簡単に死ぬわけにもいかない……」

 

右手を内ポケットへと移動させた。

割れないように頑丈な瓶に入れてある。

後はそれのふたを開けて飲むだけ……

 

「…………く…」

 

………できない。

躊躇いが手を動かそうとしない。

それもそのはずだ。

使えば、その後ほぼ死ぬのだから。

強力な薬ほどその代償は大きい。

 

「くそ……………」

 

死ぬ。

その言葉がレイの頭を支配する。

何故、彼は死をもってまでして懸賞金を狙うのか。

死んでしまっては元も子もないように思える。

が、その理由はしっかりとあった。

メンバーの将来のためだ。

彼は過去の思い出に浸っていた…………………

 

 

まだフェルスティアの里の財政がよかった頃。

かといって浮浪者がいなかったというわけではないが…

仕事もそれなりにあって、レイコナーギルドは繁盛していた。

仕事内容は、依頼による野生のモンスターの狩り。

または、そのモンスターの甲皮、目玉、肉等の採取であった。

それらは、依頼主が料理の素材にしたり、服や靴なんかの高級商品として売り出して利益にする、というサイクルだ。

腕っ節の強い彼らは、絶大な支持を受け、ライバルギルドなど作らせもしなかった。

むしろ、レイコナーギルドに入るために必死な連中がいるほどだ。

楽しく狩りをし、何不自由ない仲の良さ。

家族であるかの雰囲気で、男女間仲もよく、最高の環境。

 

信頼できる、親友がいた。

 

ギルドの中で一人……恋をした女もいた。

 

数々の試練を共に乗り越えてきた。

 

どんな時も助け合ってきた。

 

彼らのためなら、レイはどこまでも頑張れた。

 

そして彼らもまた、レイのためならどこまでも頑張れ●…………

 

ドォォォンッ!

 

「っ!?」

 

「おいおい、ボスさぁん?なーに寝ぼけてんのかなぁ?」

 

突然、少し遠くにいたアヴィルが目の前に飛んできた。

寝そべるレイが見やすいように、しゃがみ込んでいる。

彼の視界一杯に広がる残虐な光景。

レイは目を見開く。

この上なく、血眼になってその現状を見る。

想像を超えたありえないもの。

かつてこんな思いをした事はあっただろうか。

絶望と恐怖と怒りがどろどろに混ざり合い、それが頭の中を高速で移動する。

 

「………か……あ……あ………」

 

まともに呼吸が出来ない。

嗚咽交じりに言葉になっていない言葉を発する。

目からは涙が出る余裕もなく、身体は極限に緊張していた。

そう……

彼が見たのは、アヴィルの右手が持つヒューマンのそれ。

………………レイが恋した女の頭部だ。

 

「いやぁ、君を吹っ飛ばしてからよーく女達の様子を見てたらぁ…この女だけ妙にお前が飛ばされた方をチラチラ見て気にしていたもんだから、気色悪くて………」

 

淡々と話を続けるアヴィル。

 

「首をぶちとって、お前の目の前に晒してやろうと思ったんだぁ……そんなに気になるならほら!って。その方が手っ取り早いだろう?ねぇ?」

 

「あ………く……く……」

 

レイは思った。

もっと早くに……使っておくべきだったと。

薬を使うのに躊躇い等もってはいけなかったのだ。

アヴィルはとんでもない化け物。

それを知っていながら、何故俺はこんな事を……と。

死ぬのは覚悟していたつもりだった。

そう、 ‘つもり ’だったのだ。

皆の将来のために自身を犠牲にする、そう決めて例の薬を持ってきた。

なのにこんな失態を犯してしまう……

彼は、もはや命など尊くなくなった。

薬を握るその手の震えは止まり、ただ口元へと運ぶ。

 

「……?」

 

アヴィルその様子を黙って見ていた。

瓶に入った黒い液体を飲むレイを、ただただ不思議そうに。

 

「……………まさか」

 

彼女はいやな予感を感じた。

この薬はただの薬ではない、と。

 

「馬鹿が……」

 

右手に持つ頭を投げ捨て、後ろにバックステップして距離をとる。

彼を見ると、周りから異様な雰囲気が醸し出されている。

 

「ヴ……」

 

「ヴォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

人と言えぬその不気味な雄叫びは、動物のそれに近く、辺りの地面を響かせた……

 

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