GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
エピソード1:未知との遭遇
20XX年 8月 東京 銀座
その日も東京は、湿度の高い東洋ならではの不快な暑さに包み込まれていた。それにもかかわらず大勢の人間が街を忙しなく動き回り、車が列をなし排気ガスを吐き出しながら進む。
ごくごく普通の、有り触れた夏の光景―――しかし、この日だけは少し様子が違った。
「蛮族どもに告ぐッッ!! 皇帝モルト・ソル・アウグスタスの名において、帝国はこの地の領有を宣言するッ!!」
突如として響いた異世界の言語を合図に、銀座は惨劇の舞台となった。
――いわゆる、「銀座事件」である。
突然現れた巨大“な門”から、まるでファンタジー世界のような軍隊が出現する。人々は何事かといぶかしがったが、その答えが出たときには既に手遅れとなっていた。
伝説上のドラゴンを彷彿とさせる生物が人々を喰らい、醜悪なバケモノが人々を斬り殺していく。逃げ惑う人々には、空から雨あられと矢が降り注いだ。
一時間もたたないうちに屍山血河となり果てた銀座を闊歩する、古代ローマ帝国風の歩兵たち。その中の一人が、うず高く積まれた死体の山に旗を突き立てた。そして帝国の進撃は止まることなく進んでいく……。
―――はずだった。
「……今、何と言ったのだ?」
皇帝モルト・ソル・アウグスタスと第3皇女ピニャ・コ・ラーダがその報告を聞いたのは、午前の政務を終えて昼食をとろうとした矢先の事だった。
――――遠征軍 全滅。
突如もたらされたその報を聞いた時、始めピニャは信じることができなかった。これまで帝国は諸国を武力を持って平定し、逆らうものは悉く滅ぼしてきた。その武威は天下に響き渡り、外国も迂闊に手を出すことが出来ないほどである。
そんな帝国の精兵たちが壊滅?しかも、『門』を抜けたとの報告が入ってから数日と経っていないのである。信じられるはずがなかった。
「……その言葉、嘘偽りは無いだろうな?ゴダセン議員」
戦場からそのまま来たのだろう。ゴダセンと呼ばれた男は、血と泥にまみれた鎧を着たまま、憔悴しきった表情で頷いた。つい数日前までは整えていたであろう髪と髭は、乞食と見まがうほど乱れている。背後にいる彼の従者たちも同様で、眼孔は落ち込み、唇はガサガサでひび割れていた。
「……当初、作戦は何の問題もなく進んでおりました。我々が『門』を抜けると、そこには蛮族どもがアホ面を並べてこちらをぼんやりと見ておりました。」
彼は疲れた顔を上げると、訥々と話し出した。
「我々は一気呵成に奴らに突撃しました。私も槍を手に取り、戦場を駆けておりました。初めの内は、奴等はただ逃げ惑い、我らの敵ではありませんでした。しかし……」
当時の様子を思い出したのか、ゴダセンはそこで言いよどむ。唇は震え、徐々に血の気が引いていく。
「半日も経とうかという頃になって、敵の反撃が始まったのです……私が率いていた600人ほどの歩兵大隊はその時、敵の城を包囲している最中でした……」
その態度にピニャはよっぽどの大軍であるとあたりを付けた。だが、彼の言葉はピニャの予想を遥かに超越したものだった。
「我々に向かってきた敵は20人ほどの小部隊。戦い始めて1時間も経たない内に、逃げ出したのは我々の方でした……」
あの時の衝撃を、ゴダセンが忘れる事は一生無いだろう。
隊列を組んだ敵兵が彼らの武器らしき鉄の棒を構えると、甲高い破裂音が連続して響いた。とっさに盾を構えて凌いだものの、周囲には部下の死体が折り重なるようにして倒れていたのだ。
「ワイバーン隊が敵の注意を引き付けてくれたおかげで、なんとか数で押し切ることは出来ました。しかしそのために部下の4割を失い、ワイバーン一個小隊は全滅です。そのあと我々は、ゲートを抜けて逃げるしかありませんでした……」
「馬鹿を言うな!」
ピニャは椅子を蹴るほど勢いよく立ち上がると、机を思いっきり叩いた。
己が耳を疑わずにはいられない―――この男は、今何と言ったのだ?
「20人? 精強なる帝国兵が、たった6分の1の敵兵にやられたというのかっ!」
「……左様でございます」
「嘘を言うなっ! 帝国軍はその数百倍はいたのだぞ。それなのにたった、たった百人にやられたというのかっ!!」
「落ち着くのだ、ピニャ」
激昂したピニャが口泡を飛ばしながら問い詰めんとした時、皇帝が口を開いた。
「敵の数は問題ではない。もし仮に少数の敵に翻弄されたのではなく、多数の敵に飲み込まれたのだとしても、本質的には同じこと」
遠征軍の質と量は、これまでの遠征と比べても遜色の無いものだった。しかしここまで一方的に敗北した遠征は、未だかつて帝国の歴史に無い。
「“門”の先に我らを超える軍事力が存在する――真の問題はそこなのだ」
『帝国』の強さは、厳格な軍記や他部族より先進的な武器・編成・官僚システム、そして何より膨大な人的資源にもとめられる。帝国の保有兵力は30万、そして動員可能兵力は50万、同盟国から提供される戦力を合わせれば80万にも達した。諸王国の中で最大とされるエルベ藩王国の総兵力の数倍である。
一対一ならばフォルマート大陸のいかなる国家をも蹂躙しうるこの巨大な「蒸気ローラー」の動力源は、膨大な数の人口にあったのだ。
思えば、帝国はこれまでの勝利に慢心し過ぎていたのかもしれない。ロクに事前調査もしないまま、“門”の先にある勢力を自分たちより劣る蛮族と決めつけ、軍隊を送って武力制圧を試みた。
その結果、帝国は歴史に残る大敗北を喫した。“門”の先にあったのは、自国をはるかに凌駕する技術を持った勢力だったのだ。
「帝国は 鷲獅子 ( グリフォン ) の尾を踏んでしまったのかもしれん……」
皇帝の脳裏に、最悪の可能性が思い浮かぶ。
――“門”の先にある勢力は、先制攻撃をした帝国を許しはしないだろう。必ずや報復に出て、村を焼き払い、娘を犯そうとするに違いない。
あるいは復讐心ではなく、打算から帝国を滅ぼそうとするかもしれない。先の遠征の結果、軍事力の差が圧倒的であることが判明してしまった。進んだ文明が劣った文明に仕掛ける侵略ほど、楽に儲けられる戦争は無い。帝国の豊かな穀倉地帯や鉱山は、真っ先にその標的となるだろう。
「しかし! 挙国一致で団結し、帝国の総力を結集すれば――」
「そんなお伽話が、実現するとでも?」
あくまで帝国の優位を信じるピニャに、皇帝は皮肉っぽく返す。
「狼を前にした羊は、互いに助け合ったりなどしない。我が身可愛さから一目散に逃げた後は、食い殺される仲間を遠巻きに見つめるだけだ」
「周辺の諸王国が、帝国を見捨てると……?」
「見捨てる、か。それだけなら、まだ可愛げがある」
皇帝が何より恐れているのは、帝国の苦戦に付け込んだ諸王国が反乱・独立を企てることだ。最悪、寝返る可能性すらある。ヒト至上主義の帝国で虐げられてきた亜人種たちが、これをきっかけに暴徒化するかも知れない。
「ですが、帝国にはまだ兵がいるではありませんか!?」
ピニャの言う通り、帝国軍は全滅した訳では無い。遠征で総戦力の6割を喪失したとはいえ、残りの4割は無傷のまま温存されている。
「だからこそ、だ。帝国は残りの兵を、無闇に動かすわけにはいかん」
いつになく険しい表情で皇帝は言う。残りの軍は各地に駐屯し、治安維持と反乱防止のために存あるのだと。敗戦で国内が動揺している今、軍という箍を外せば帝国は内側から崩壊する。
「よいか、ピニャ。今の帝国は、丸裸も同然なのだ。慎重に動かなければならぬ。敵はあと一撃で、我らを葬り去れるのだから」
「そんな……」
ここに来て、やっとピニャも事態の深刻さを悟ったらしい。これまで武力で周辺国を蹂躙してきた帝国が、今度は蹂躙される立場になるかも知れないのだ。
「陛下、恐れながら……ここは和平を結ぶべきかと」
「ゴダセン議員!」
それまで黙っていたゴダセン議員が、絞り出すようにして口を開いた。思わずピニャが叱咤するも、ゴダセン議員は頭を下げて懇願する。
「乞食のように慈悲を乞う事が、どれほど屈辱的で耐え難いかは存じております!しかし、いま戦えば帝国は滅びます!ここを涙を呑んで和睦を結び、失った国力の回復に力を注ぐべきです!」
悪くない提案のように思われた。一時的な講和によって時間を稼ぎ、富国強兵に努めて雪辱を晴らした例は歴史上にも多々ある。
「議員、話は分かった……。余とて、講和が叶えばどれだけ有り難いかと思っておる。……だがな」
「陛下……?」
疑問の声を漏らすゴダセン議員に、皇帝は疲れたように応えた。
「―—連中が、和平などに応じるものか」
先の戦いで歴史的大敗を被った帝国は、国民の不満と反乱に日々怯える有様だ。まともな国家なら、こんな好機を逃すはずがない。
ゆえに、皇帝は決断せねばならない。異世界の軍勢から、彼の治める国を守るために……。
「ゴダセン議員、徴兵の準備を進めろ」
皇帝はよく通る声でそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。
「それから余は、少し帝都を離れる」
「ど、どちらに向かわれるので?」
「秘密だ。余が帝都を離れている事も、無駄な混乱を起こさぬよう他言は無用。――よいな?」
ピニャはまだ何か言いたげだったが、皇帝はそれを無視して、決然とした足取りで庭を後にする。
――少し、会ってみたい者があるのでな。
そう言い残して。
ゲート2期もそろそろ最終話。いやぁ、長いようで短かった・・・・・。
放送前に自分が予想してたストーリーを投稿してみました。