GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:護衛艦レシピ

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エピソード10:信用は行動から

      

「おい、どういう事だ……」

 

 エルフの村は異様な空気に包まれていた。村が炎龍に襲われ、至る所からもうもうと黒煙があがっている事に、では無い。

 

 先日あらわれた不思議な人々が細長い筒を構えた途端、それが次々と火を噴き、炎龍を撃退したのだ。それはゆゆしき問題であった。

 

「あんなことが出来んのか!」

 

「とんでもねぇぞ、炎龍が悲鳴をあげてたぞ!」

 

「俺たち、あんな連中に弓向けてたのかよ……」

 

 

 伊丹達を監視していたエルフたちは、自分たちがどんな連中を相手にしていたのかを今更知って恐怖に震えだす。

 

「あいつら、自分の方が強いと分かったら、俺たちを奴隷にする気じゃないだろうな」

 

「冗談じゃねぇ、あんな連中の近くになんかいられっかよ!」

 

「お、俺だって!」

 

 

 そんな中、慌てふためく彼らの元に高機動車に乗った伊丹たちが意気揚々と戻ってくる。馬もいない鋼鉄の馬車が、低いエンジン音を鳴らしながら停車した。

 

「ひ……っ」

 

 伊丹が姿を現すと、エルフたちは恐れをなして後ずさりした。何人かは勇気を振り絞って弓を向けるも、すっかり怯え切っている。

 

「何だこりゃ……?」

 

 銃を下ろして一息ついた伊丹は、周囲の妙な雰囲気に不審を覚えて眉根を寄せた。

 

「ドラゴンから助けたんだから、歓迎があってもいいようなものだが……」

 

 村を襲った凶暴な炎龍を追い払った。エルフの村の被害は最小限に抑えられたはずだ。なのに、エルフたちは以前より警戒心を剥きだしにしているように見えた。

 

「どういう事だ……?」

 

 

 わからない。エルフの、いや特地の不文律に反してしまったのか?

 

 

 何がどうなっているのか、伊丹にはまるで理解できなかった。

 

 

「――フォス・リン、リーゲル(ちょっとアナタ)!」

 

 困惑する伊丹の元へ、テュカが血相を変えて駆け込んでくる。

 

「イタミ!」

 

 真っ青な顔で叫ぶテュカ。気が動転して、思わずエルフ語でまくしたててしまう。

 

「エ・フス、クンネ・キウルン、ルク・パーチ!?」

 

 伊丹が首を傾げたのを見て、テュカは慌てて帝国語に切り替えた。

 

「あ、あなた達は炎龍と戦ったことが……?」

 

「違う。初めて。戦っ、た」

 

 ――やっぱり。

 

 すっと血の気が引く感覚があった。恐れていた通りのことが起きてしまったのだ。

 

(ひょっとして私は、とんでもない人たちを連れてきちゃったのかも知れない……)

 

 大きな恐怖と後悔がこみあげてきて、テュカは思わずよろけた。

 

 

 **

 

 

 翌日―—。

 

 

 見張りの人員は増やされ、警戒の武器もより強力なものに替えられた。誰もが鎧を着込んだ戦闘用のフル装備でこちらに武器を向け、周囲には杭で作ったものものしいバリケードまで組みあげられた。

 

 だが監視するエルフたちの顔は、どれも前とは比べ物にならないほどの不安に覆われている。炎龍を撃退して以来、ずっとこうだ。

 

「……なんか嫌われたみたいだな」

 

 脅威である炎龍を排除した自分たちに対して、さらに警戒を強化するエルフたちの対応は、伊丹には理解できなかった。

 

「交渉の糸口になるかと思ったんだが……」

 

 口調に苛立ちが混じる。

 

 同胞の危機を救ったんだから、それなりに遇してくれてもいいはずだ。なのに警戒は強まるばかり。エルフたちの行動は一貫性を欠いているようにしか思えない。

 

 助けろと言っておいて、その通りにすればこの扱いだ。

 

 では、一体どうすればよかったのか。

 

 

「――隊長」

 

 警戒を続けていた栗林が、前方を指す。彼女の銃口の先には、見知った金髪の少女の姿があった。

 

「あれは……」

 

 アサルトライフルを構えた栗林も、こちらに向かってくる少女――テュカに気づいて目を細める。

 

 テュカは丸腰であることをアピールしながら、真っ直ぐな青い瞳で伊丹を見た。最初に出会った時と同じように硬い表情だ。

 

 

「ひとつ、確認させて欲しいことがあるの」

 

「了解、する」

 

 伊丹が答えると、テュカは慎重に言葉を選びつつ口を開く。

 

「その、イタミたちなら……炎龍を倒したように、私たちも全滅させられるんじゃないの?」

 

 テュカにとってそれは、かなり際どい質問と言ってよかった。まかり間違えれば、怒り狂った伊丹たちから一方的に虐殺されてもおかしくない。それほど圧倒的な戦力差がある相手との、瀬戸際交渉なのだ。

 

 伊丹たちの方もやや押し黙る。翻訳の時間だけではない、ためらうような間……やがて慎重に選ばれたであろう答えが返って来た。

 

「肯定する。俺たち、可能。この村、全滅、可能」

 

 一同がぎくりとする。

 

「じゃあどうしてイタミ達は、そんな弱い私達を助けたの?」

 

 エルフの住む森、自然界は弱肉強食で成り立っている。弱いものは基本的に、強いものの餌でしかない。人間などの社会性動物はもう少し複雑だが、それでも根本的なところは一緒のはず。

 

「理由、所持。取引、望む」

 

「取引……?」

 

「俺タチ、強い。とても、強い。でも、知らない。この世界。知りたい、理由、それ」

 

「要するに、この世界について私たちに教えて欲しいってこと?」

 

 テュカが要約すると、伊丹が顔を上下に振る。首を上下に振る行為が何なのかテュカには理解できなかったが、反論が無いことから肯定のジェスチャーなのだと推測した。

 

 一応、筋は通っているように聞こえる。しかし油断は禁物。『人間には気を許すな』というのがテュカたちエルフの常識だ。

 

(長い時間を生きるエルフは、長期的な信頼関係が一番得だと知っている。でも寿命が短い人間は一時の利益のために相手を騙すこともある……)

 

 この交渉がエルフの村全体の将来を左右するかもしれない――それゆえテュカは念には念を入れて確認した。

 

「言いたいことは分かったわ。でも、情報を手に入れたら、その後は……?」

 

 情報の価値はすぐに劣化するもので、その優位は技術と違って長くは続かない。5年も経てば伊丹たちとて、最低限必要な情報ぐらいは手に入れているはず。

 

 そうなった時、交渉材料の無くなったテュカたちはどうなるのだろうか。用済みと見なされて、奴隷にでもされるのだろうか。

 

 

 

(へぇ……流石はエルフ、伊達に長生きしてるわけじゃないって事か)

 

 見た目は10代のお嬢ちゃんなのに随分と思慮深いもんだ、と伊丹は感心する。

 

 たしかに、信じてもらえる材料は無い。自分たちは侵略者じゃない、なんて口で言っても信用されるわけがない。それで信用するような奴はよっぽどのお人よしか、何か裏がある場合だけだ。

 

 信用は、行動によって生み出すしかないのだ。

 

「ちょっと、仲間と相談してくる」

 

 伊丹はテュカにそう告げると、仲間たちを呼び集めて今後の方針について聞かせることにした。

 

「どうやら炎龍を撃退したことで、かえって警戒されたらしい。だから、まずは彼らの警戒を解いて信用してもらうところから始めようと思う」

 

 だから、と伊丹は続ける。

 

「今回の炎龍による襲撃で家を失った者には、俺たちが無償で支援をする。アルヌスまで来てくれ」

 

「隊長!?」

 

 思いもよらぬ伊丹の提案に、第3偵察隊のメンバーは動揺する。

 

「難民申請でもするんですか?言っときますけど倍率450倍の超難関ですよ。こないだニュースで言ってました」

 

 一等陸曹の仁科が難色を示す。

 

「でもさぁ、一応“門”の先は日本国扱いとするとか首相が言ってなかった?」

 

「隊長、戸籍も無いのに国民として保護されるわけないでしょ。不法滞在扱いされたら余計に面倒です」

 

 仁科、笹川の2人に問題点を次々に指摘され、伊丹は頭を抱える。

 

「だけど俺たちにはそのぐらいしか、信じてもらえる方法が無いんだよぁ……う~ん、弱ったなぁ……」

 

 すると黒川が助け舟を出す。

 

「難民認定には申請期間があって、その期間中はグレーゾーンなんですよ」

 

「それって不法滞在の温床なんじゃ……」

 

「じゃあ交渉は諦めますか?」

 

 改めてそう言われて、ぐっと言葉に詰まる伊丹。

 

「はぁ~、分かったよ。利用できるもんは何でも利用させてもらう。テュカたちに信用してもらうには、それしか無いからな」

 

 

 **

 

 

 伊丹が提案をテュカたち村人たちに伝えると、反応は様々だった。

 

「騙されるな!きっと甘い言葉で俺たちを騙して、奴隷にする気にきまってる!」

 

「でもよぉ、もし連中がその気なら、なんで騙すなんて回りくどいマネするんだ?炎龍を倒した、あの鉄の棒使って脅せばいいだけだろ」

 

 ちらほらと物騒な意見も聞こえているが、大半は半信半疑といった様子だった。しかし家を失った者たちの多くは他に行くアテも無いため、彼らが中心となって伊丹の提案に乗り気のようだった。

 

「俺は行くぜ。家も財産も炎龍に燃やされたんだ。イチかバチか賭けてみる」

 

「帝国に避難したところで、どうせ俺たちみたいなエルフはロクな仕事にありつけないし」

 

「それに見たところ、身体能力自体はヒト族と変わらないみたいだしな。いざとなれば、俺たちが先手を打って……」

 

 穏健なものから物騒な意見まで、あらゆる意見が口をついて出る。議論は延々と続き、半日以上にわたって討議が行われた。

 

 結果が出たのは翌日で、結局、家を失った住民の半分程度が伊丹たちに付いていくことになった。

 

 それぞれ思う事はあるようだが、「他に行くアテもないから」というのが大部分の本音のようだ。そして彼らの中には、テュカとその父・ホドリューも含まれていた。

     




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