GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
アルヌス 陸上自衛隊特地方面師団駐屯地にて――
「誰が連れて来ていいと言ったァ!?」
案の定、基地に帰投した伊丹二尉を待っていたのは檜垣三佐の殺人的な眼光だった。
「あ、連れて来ちゃマズかったですかね?」
「マズくないわけがないだろう……」
とっさにすっ呆けてみると、檜垣中佐は顔を手で覆って溜め息を吐いた。怒声も、愚痴も、嫌味すら出てこないようだった。
「えーっと……どうしましょう?」
「こっちが聞きたいよ!」
檜垣三佐は八つ当たり気味に叫ぶも、連れてきてしまった以上はどうしようもない。部下の不始末も上司の仕事である。
「……陸将の判断を仰ぐ。事が事なだけに、私の一存ではきめられないからな。伊丹、お前は報告書をまとめるんだ」
―—それって要は上に丸投げってことですよね?
喉まで出かかった言葉を飲み込み、伊丹は敬礼をしたのであった。
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一時間後、伊丹は同僚の柳田に連れられて小休憩を取っていた。周囲に人影はおらず、内緒話をするにはもってこいの場所である。
「疲れた」とばやく伊丹に向かって、柳田は思っていた事を聞くことにした。
「お前、わざとだろ。定時連絡だけは欠かさなかったお前が、ドラゴンとの戦い以降に突然の通信不良……どうせ避難民を放りだせと言われると思ったんだろう?』
眼鏡の奥からのぞく柳田の鋭い視線に、伊丹はひきつった愛想笑いを浮かべた。
「いやぁ、ソンナコトハ……こっちは異世界だし、磁気嵐とかのせいじゃ…」
「誤魔化しやがって…」
強引すぎだ、と柳田は溜息を吐く。
もっとも、伊丹にはそうするしか方法がなかった事もまた理解はできた。
日本国において難民受け入れは移民管理局の管轄であり、その審査は世界でも屈指の厳しさをほこる。まともに申請書を出せば受け入れがいつになるか分からないし、そもそも審査が通らない可能性のほうが高い。
(しかし伊丹の報告が真実だとすれば、のんびり移民管理局と議論している時間は無い……)
伊丹の報告書にあった難民受け入れ理由―—そのひとつには、「帝国領に送還すれば徴兵される恐れがある」というものがあった。
(中将もうまい言い訳を考えたもんだ。この状況で難民を送り返そうものなら、利敵行為も同然。移民管理局も文句は言えない)
加えて伊丹の報告は、政治的にも充分使い物になる。
難民受け入れは自衛隊派遣に反対していた左翼を黙らす絶好の「人道的理由」であるし、難民受け入れに否定的な右翼も「軍事的必要性」には逆らえない。
「だが伊丹、徴兵の話は本当なんだろうな? もし嘘だったら、後々面倒な事になるぞ」
柳田が問うと、伊丹は頭を掻きながら「う~ん」と答える。
「いやまぁ、直接この目で見たわけじゃ無いから断言はできないけど……テュカたちがそう言っているだから、本当じゃないの?」
「テュカ、ねぇ……随分と親しげだな、伊丹二尉」
よくある事とはいえ、一応戦地における現地女性とのアレコレは禁じられている。柳田がからかうと、伊丹は「うるせぇ」と返す。
だが、と柳田は続けた。
「そう何度も通用すると思うなよ。お前が意外と情に厚いのは知っているが、あまり深入りし過ぎると後で後悔するぞ」
「……忠告、ありがたく受け取っておくよ」
伊丹がそう答えると、柳田は表情を緩めて立ち去って行った。後ろ姿のまま、「じゃあな」と手を振る様子が妙に様になっていた。
「あいつめ、カッコつけやがって……」
これだからイケメンは、と伊丹は小さな嫉妬の炎を燃やすのだった。
―—しかしそれから一週間も経たない内に、アルヌス駐屯地は新たな試練に直面する。
その原因は、帝国領で本格化した焦土作戦にあった。
◇◆◇
細い街道を、ボロをまとった難民の群れが歩いている。神話に出てくる大地を飲み込む大蛇のごとく、地平線の彼方まで続いく長い長い列。
「食い物……どこかに食い物は……」
帝国軍に家を焼き払われた難民たちは、かれこれ1週間にわたってアルヌスへと行進を続けていた。もっとも、行進などという秩序だったものではない。難破した船が波に煽られるように、ふらふらと頼りない足取りだ。
難民たちの移動は困難を極めた。雨が降れば体温を奪われ、太陽が照り付ければ水分を奪われる。水も食料も無い中、それでも彼らは歩き続けた。酷使された体は悲鳴を上げ、栄養失調から病気にかかる者も珍しくない。
時には盗賊やオークなどに襲われる事もあり、運の悪い集団は炎龍に丸ごと焼き払われた。
「アルヌス……アルヌスにさえ辿り着ければ……」
難民たちの頭にあるのはその一言だけである。全員が、飢えと疲労に耐え凌ぎながらアルヌスへと突き進んでいる。
脱落した難民の死体はそこら中に転がり、カラスがそれをついばむ。まだ体力のある者は、カラスを捕まえて食おうと狙っていた。
わずかに残った食糧を奪い合い、殺し合いになることも珍しくはない。特に力のない子供と老人、そして女性の順に多くの者が倒れていった。
(アルヌス方面へ行けば、食い物にありつける……!)
不安定な希望に残った気力のすべてを託し、彼等は前へと足を動かす。途中、何人もの知り合いが脱落していったが、それを振り返る余裕するら無かった。
◇◆◇
「難民、難民、また難民―—いったい、帝国に何があったんだ」
伊丹がテュカたちを保護してから一か月も立たないうちに、アルヌスには万単位の難民が押し寄せていた。その数は減るどころか、洪水のように次から次へと押し寄せてくる。
「信じられない。帝国は自分で自分の国を破壊しているのか!」
難民たちの話を聞くと、さらに衝撃の事実が発覚した。どうやら彼らは帝国軍によって家や農地を破壊され、アルヌス方面へ追いやられたらしいのだ。
――アルヌスの丘には、一夜にして建造された巨大な集落があるらしい。
――丘にある“門”を抜ければ、見たこともないほど豊かな大地が広がっているって噂だ。
家を焼かれたあと、途方に暮れる彼らに帝国兵はそう告げたらしい。全てを失った難民たちには、その言葉に縋ってアルヌスへ向かうしかなかった。
どれも偶然にしては出来過ぎている。
であれば、帝国軍の策略と考えるのが妥当であった。帝国軍は明確な目的をもって、難民をアルヌスへ誘導しているのだ。
攻城戦の歴史を紐解けば、このような方法は別に珍しいやり口ではない。
守備側の籠城期間は水と食料などの備蓄量によって決まるので、付近の住民を城内へ追い込んで兵糧攻めにする方法は有効な手段の一つであった。食料不足のほかに、難民流入による人心の動揺、居住環境の悪化といった要因も攻撃側に有利に働いた。
もっとも、単純に今の帝国に難民を受け入れる余裕が無い、というのも大きな理由だろう。
焦土作戦が忌み嫌われるのは、なにも自国を破壊するという観念的な理由だけではない。大量に発生する難民の受け入れという、ひどく煩雑な作業が存在するからだ。
実際、難民全員の寝床と食事を終戦まで提供できるだけの財力は帝国に存在しない。かといって放置しておけば、飢えた難民が不満を募らせて暴動を起こすのは必至。
――であれば、どうするか?
帝国の出した解答はシンプルだった。
――難民を、帝国に入れなければいい。
難民を、いまや「敵地」となったアルヌスに送り込む。アルヌス会戦で10万の諸王国軍を殲滅したように、異世界の軍隊が難民を皆殺しにしてくれるはず。
あわよくば、死にもの狂いになった難民が彼らに一矢報いてくれるかもしれない。
あるいは――もし自衛隊が難民を人道的に受け入れたらどうなるか。
それが、今まさに伊丹達の目の前で起こっている問題だった。
タイムリーな話題。アニメではだいぶ理想化されてましたけど、現実はもっとドロドロしてる模様。
自衛隊も難しい立場。受け入れた場合は管理が面倒だし、受け入れなければ現地住民の支持が得られず戦線が泥沼化する可能性。