GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:異世界満州国
難民の第一波が“門”に到着してから、5日が経とうという頃。アルヌス駐屯地付近には避難民が急増していた。
「うへぇ……中佐が言っていたのは“コレ”の事だったのか」
『ドン引き』という単語を絶妙に表現した顔で、伊丹が眼下の光景についての感想を述べる。
現在、伊丹がいる場所は『門』の空堀を見下ろす櫓の上である。本来なら運の悪い敵だけが落ちるべき空堀には、大勢の避難民が溢れていた。
まるでゾンビ映画ように掘の中で蠢く、何百という人間―—その全員が避難民である。ほとんどの者が着の身着のまま、手荷物を持っている者は少ない。怪我を負っている者、力尽きて行き倒れる者も少なくなかった。
虚ろな表情でその光景を眺める彼等の目に、一筋の煙が映った。目を凝らして注視すると、仮設の炊事所から白い煙が上がっているのが見える。自衛隊による、炊き出しの時間だ。
「あれは……食事の煙か?」
「食料だ!飯が食えるぞぉ!」
避難民は吸い寄せられるように、最後の力を振り絞って足を速める。炊事所の前では銃を持った自衛隊員が、暴徒と対峙するかのように仁王立ちになっていた。
「走らないで下さい! あと押さないでッ!」
「一人つづ順番に並んでくださーい!」
炊事所の前では難民がゾンビのごとく群がり、暴動寸前の大混乱が発生している。何日も飢えを我慢し続けた事もあってか、一部の難民たちは食料を前にしてタガの外れたようになっていた。
「エス・タブル、デル! クカ・ルーア(どうしてもっとくれないんだ!俺たちに飢え死にしろってのか)!」
「メル・エオ、ガスト! ダーラ!(邪魔だどけ!それは俺の分だぞ)!」
「アルバ・トロ、アスコ(お願いです、この子だけでも)……!」
やっと食事にありつける―—―その興奮が却って自制心を失わせる結果となって、これまで抑え込んできた欲望を解き放ってしまったのだ。
自衛隊側は必死に列に並ぶよう誘導するも、努力むなしく無数の難民の声にかき消されてしまう。こうした避難民の振る舞いに、自衛隊員は閉口しているようだった。
「おい、そこのお前! 抜け駆けは禁止だってつってんだろ!」
「コ・アウ、ゼーエーン! ヴィー・ミルタ、ロナ!」
「あー、外国語は分からん! つべこべ言わずに並べ!」
「先輩、それじゃ俺たちが悪役みたいですよ……」
加えて混乱に拍車をかけたのが、通訳の不足だ。習慣や風習が異なるグループ同士の接触において、コミュニケーションほど重要な物は無い。自衛隊は急いで通訳の増員に努めているが、まだまだ足りないのが現状だ。
互いの接触が増えれば、習慣や価値観の違いによるトラブルも増える。しかし互いに言葉が通じない状況では、生じた溝を埋める術が無い。そうして生まれた不信感は、やがて大きな衝突を生み出す原因となっていく―—。
伊丹がそのことを身をもって体験するのは、それから間もなくのことだった。
**
物資の補給、避難民の移動、避難先の振り分け等、事態の進展につれて発生する事務作業もまた膨大となった。
「基地の外に難民の居留地を設置する、本国に資材の発注を」
「病気の者には、速やかに治療を行う必要があるな。優先すべきは老人と子供だ」
「食糧の配給も必要だろう。それから仮設住宅も」
最初の難民受け入れから一か月後のその日。駐屯地でテュカたちから陳情を受けていた伊丹の元に、栗林が駆け込んできた。
「大変です! 難民たちと第4補給大隊が……!」
聞けばアルヌス駐屯地・通称『六稜郭』の正門で、難民と自衛隊が衝突しているという。事態は一刻を争う状況だ。
「ったく、なんでこうなっちゃうのかなぁ!?」
伊丹が総司令部を飛び出し、その後をテュカ達が追いかけた。
◇
伊丹たちが辿り着いた頃には、門の周りに大勢の難民が詰めかけていた。
人数はざっと見て千人以上で、口々に不満と要求を叫んでいる。
自衛隊が難民に静止を命じるが、市民はそれに反発して前進しようとする。それが何度か繰り返されているうちに、激しい揉み合いとなった。
自衛隊・難民双方に応援や野次馬が集まって人数は増える一方であり、揉み合いも激しくなる一方だった。
「アサーイ、エン・クルマ(食料の配給をもっと増やせ)!」
「シン・ギーズ、シャ―ア! ナバ・シス! (もう一月以上水浴びをしてないの!いいかげん身体を洗わせて!)」
「サイ・グリ、サル、マンード! シル・ヴァーラ、サル(お前達だけいい家に住みやがって! 俺達はずっとあばらや暮らしだ)!」
「エオ・ソール、ミア・ボーロ! エラ、デンセオ・ファラ(追加の宿舎なんか来ないじゃないか! 適当なことを言いやがって!)」
要求には支離滅裂な発言が目立つ。組織されたデモ行動というよりは、単に募った不満のはけ口を求めているだけのようだ。
「万が一に備えて、警戒態勢を取らせた方がいいかも知れん。いつ暴動が起こってもおかしくないぞ」
同僚の柳田が最悪の事態を想定して言うが、伊丹はそれを止めた。
自衛隊に八つ当たりされる筋合いは無いとはいえ、難民たちの置かれた劣悪な環境を思えば不満が吹き出すのも当然だった。
「物騒なこと言うなって。俺たち、国民に愛される自衛隊だよ?」
「連中は国民じゃないんだが……」
「特地派兵の口実は『特地を日本国の領土と見なす』だろ? ならそこにいる住民も日本国民と見なすべきなんじゃないか? ―—とにかく事態がこれ以上こじれないよう、物騒な話は無し。オーケー?」
伊丹の提案に、柳田も渋々頷いた。
伊丹は正門にある櫓の上に昇ると、大声で声を張り上げる。
「聞いてくれ! 君たちの言いたい事は分かった!」
「ドレド、ネーデ! エス・ラッハ・アリ!」
隣にいたティカが現地語に通訳すると、難民たちの動きが止まった。伊丹は拡声器をティカに渡すと、続けて通訳してくれるよう頼んだ。
「だが、一人一人の事情を聴くのは物理的に不可能だ! 交渉を円滑に進めるために、代表者を何名か選んでもらいたい!」
「タンガ・フル、ラス、ルンアーラ、ムリ・ギレゴ!」
難民たちの大部分は、伊丹の説得を受けて納得したようだった。騒ぎ声も徐々に小さくなり、なんとかなりそうだと伊丹がほっと一息ついた、その時―—。
「ラス・サカス(食い物をよこせ)!」
「ロンド・ルエ(騙されるな)!」
一部の過激な難民が投石を始め、伊丹のヘルメットに命中する。
「―—イタミ!」
「―—隊長!」
慌ててティカと黒川が駆けつけ、2人でケガが無いか調べる。
「よかった……この丸い帽子のおかげで、ケガは無いみたい」
ティカが安堵したように呟く。
だが、危険が去った訳ではない。
倉田などは不安そうな顔をしたまま、落ち着きなく周囲を見回している。
「隊長、もしこのまま暴動になったらどうするんですかね? 正当防衛とはいえ、難民の中には子供や老人もいますし……」
言いかけて、倉田は途中で口をつぐむ。
驚いたように見開かれた彼の視線の先には―—。
一人の、少女がいた。
特地の服装に照らし合わせても、異様な風体の少女である。
切り揃えた漆黒の長髪、赤い瞳、デカリボン。本人の身長を軽く上回る巨大ハルバード。なぜか周囲にまとわりつくカラスの集団。
そしてなにより―—。
「ゴスロリ少女!?」
「マジかよ!?」
ゴスロリにしか見えない、フリルだらけの黒い神官服。
「あ、あれって……ロゥリィ・マーキュリー!?」
「ティカさん、お知り合いですなんですか!? ちょっと僕にも紹介してください!」
絶叫する倉田に、ティカは困惑しながら答える。
「知り合いというほどじゃ……あの人は、その、神様みたいな方なんです」
「「神様ぁ!?」」
ティカの説明によると、死と狂気と戦争と断罪の神「エムロイ」に仕える亜神なのだという。
「た、隊長!あっあれ!あれを見て下さい!!」
「どうした倉田、俺も神様を見たのは初めてだが此処は特地だ少し落ち着け………って、えぇっ!?」
見ていると、件のゴスロリ少女はハルバードを軽々と振り回し、投石していた暴徒の一団を瞬く間に制圧してしまった。
「すげぇ、流石は神さま…………隊長、スマホで撮ってもいいですかね?」
「本人の確認を得ない写真撮影は肖像権の侵害だぞ。本人に聞いてからに……」
言いかけたところで、伊丹は背後でタンッと何かが降り立つ音を聞いた。同時に、周囲にいた倉田たちが息を呑む。
「こんにちわぁ。ちょっとお邪魔してもいいかしらぁ?」
振り返ると、件のゴスロリ少女がいた。
「私はロゥリィ・マーキュリー、暗黒の神エムロイの使徒よ」
またしても伊丹は、厄介な出来事に巻き込まれる運命のようだった。
ロウリィさん登場!やった、これで勝つる!