GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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 特地に派遣されてから日数が経ち、そろそろ伊丹たちも帝国語を覚えてきただろうという事で、イタリカ編以降は翻訳せずに会話します。ご了承ください。


エピソード15:大脱出!!

   

               

「なんて奴らだ、許せねぇ!」

 

 

「落ち着け倉田、声がデカい。バレるぞ」

 

 憤慨する倉田を、隊長の伊丹が諌める。とはいえ一個人としては伊丹も倉田と同じ思いだった。

 

 

(焦土作戦だと!? いくら戦争に勝つためとはいえ、普通そこまでするもんなのか?)

 

 

 救出した少女――レレイから事情を聞いた一同は、帝国が焦土作戦を計画している事を知って激しく驚愕する。猛勉強の末になんとか帝国語で会話がとれるようになった伊丹たちであったが、最初の会話がこんな物騒なものになるとは予想も出来なかった。

 

「ど、どうしよう……伊丹……」

 

「おいテュカ、しっかりしろ」

 

 炎龍がエルフの村を焼き払った記憶は、テュカのトラウマになっているようだ。伊丹は彼女を宥めつつも、アルヌス駐屯地が炎龍の襲撃を受けるかもしれないという事態に内心では動揺していた。

 

「とにかく、急いで基地に知らせないと。黒川ちゃん、基地に通信繋がった?」

 

「隊長、それが……さっきから通信が繋がらないんです。何度も試みているんですが……」

 

 黒川が困ったように返してくる。伊丹も自分の無線機を回してみるが、ジャミングにでもあったかのようにノイズが酷くて何も聞き取れない。他のメンバーも同じようだった。

 

「う~ん、電波状態が悪いのかも。どこか見晴らしのいい所に出るか」

 

「隊長、それじゃ敵にバレます」

 

 あっさりと栗林ににダメ出しされる。どうしたものかと悩んでいると、塀の向こうを騎兵隊の兜が横切るのが見えた。

 

「ヤバい、こっちに近づいてきてる。 逃げるぞ」

 

 了解、と頷く仲間たち。

 

「特にテュカ。噂に聞くエルフの耳の力、頼りにしてるからな」

 

 伊丹に「頼りにしてる」と言われ、テュカの頬が少しばかり赤く染まる。

 

「任せて!私の耳は、バッタの足音ひとつ逃がさないんだから!」

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 そう言うが早いか、伊丹はレレイの手を掴む。そのまま走り出そうとすると、レレイが「あっ」と小さな声を上げた。

 

「助けて……くれるの?」

 

「当たり前だ!人命救助と人道的支援が任務だからな! さぁ、走るぞ」

 

 敵に見つからないよう、物陰に隠れながら走って逃げる伊丹たち。

 

「栗林、先行し過ぎるな! てか、本当にその道で合ってるんだろうな!?」

 

「大丈夫です!たぶん!」

 

「適当かッ!?」

 

 煉瓦造りの建物の間を縫うように走っていると、運の悪いことに裏路地でこっそり捜索をサボっていた帝国兵に出くわしてしまった。

 

「お、おい!あれって……例の魔法使いじゃないか? なんか他にも変な連中がいるが……」

 

 伊丹たちに気づいた帝国兵が剣を抜く様子を見て、伊丹はテュカの耳元でそっと囁いた。

 

「……エルフの耳はバッタの足音も逃さないんじゃないのか?」

 

「に、任務サボってる兵隊さんは例外なの……」

 

 ガバガバじゃねーか、エルフの耳。伊丹が内心でツッコミを入れていると、帝国兵の一人が大声で叫んだ。

 

「貴様ら止まれ!」

 

 そう叫ぶリーダー格の兵士の隣では、別の兵士が懐から小さな塊を取り出していた。動物の骨で作った笛だ。

 

 

 ピ――――――ッと甲高い音が鳴り響き、それを聞いた大勢の兵士が集まってくる。

 

 

「ヤバいぞ、逃げろぉおおッ――!」

 

 裏路地をめちゃくちゃに逃げる伊丹たち。

 

(こりゃあ、たぶん追い込まれてるな)

 

 嫌な予感が頭をよぎる。どこかで相手の包囲を抜けないと、待ち構えていた罠に自ら飛び込みかねない。

 

(こうなったらイチかバチだ―—!)

 

 伊丹は反転し、あえて帝国兵のいる路地へと突撃した。想定外の事態に面食らった相手が、慌てて武器を構える。

 

「と、止ま――—―」

 

 言い終わらないうちに、伊丹は64式小銃を容赦なく撃ち込んだ。ダンッ、ダンッ―—と鋭い音がこだまし、撃たれた帝国兵たちが地面に倒れこむ。

 

「死にたくない奴は引き返せ!」

 

 7.62mm弾の威力は圧倒的だった。至近距離とはいえ、鎧の最も厚い部分でさえ易々と貫通する。問題はスペアの弾倉に限りがある事で、アルヌス防衛戦のように火力でゴリ押しする事は難しい。

 

「逃げる兵士の背中は撃つな!」

 

 これで敵がビビッて逃げてくれると楽なんだけどな、と伊丹は小声で呟いた。誰だって自分の命は惜しいはず―—。

 

 そんな思いが通じたかどうかは分からないが、敵は徐々に後退を始めた。重装歩兵の盾に隠れるようにして、じりじりと後ずさる。

 

(よし、この調子なら……!)

 

 逃げ出せるかもしれない、と希望を抱いた瞬間のことだった。

 

 

 ヒュンッと風を切る音が幾つも聞こえた。

 

 

「隊長、上ですッ!」

 

 後ろで黒川の悲鳴が上がった。

 

「富田さんッ!大丈夫ですかっ!?」

 

 続く栗林の叫びに、伊丹の心臓が跳ね上がる。振り返ると、富田の膝に一本の矢が突き刺さっていた。顔が青ざめ、肩が震えている。

 

「くそっ! 奴ら塀の向こう側から撃ってきやがった!」

 

 弓矢には鉄砲ほどの威力は無いが、放物線を描くような曲射弾道によって上空から攻撃することが出来る。帝国軍はそれを利用して、安全な塀の向こう側から間接射撃を仕掛けてきたのだ。

 

 続いて第2射――。

 

 伏せろ、と伊丹は叫んでとっさにレレイをかばった。次の瞬間、ヘルメットに衝撃を受ける。

 

「ッ……!」

 

 一瞬、意識が遠のいていく。それが本当に一瞬だったのか長い時間だったのかはわからない。伊丹が目を開けると、地面に伏した2人の隊員の姿が目に入った。

 

「戸津さんッ!東さんッ!」

 

 黒川が叫ぶも、倒れた隊員たちは身動き一つしない。

 

「な、なにが……!?」

 

「……まさか、し、死んじゃった……の……?」

 

 栗林と倉田の声が震えていた。

 

「落ち着け!戦場で人が死ぬのは当然だ!アルヌス戦で何度も見ただろう!」

 

 ベテラン自衛官の桑原が叱咤するも、あの時とは状況が違う。アルヌス防衛戦で死んだのは殆ど、というより全てが諸王国連合軍の兵士だった。

 

 しかし今回は仲間の死。命を奪う覚悟も奪われる覚悟も出来ているとはいえ、動揺しないはずがなかった。

 

「ちくしょぉおおッ―—!」

 

 栗林が怒りに任せてアサルトライフルを乱射し、10人近くの帝国兵が血を噴いて倒れる。

 

「くそぉッ、カルロがやられた!」

 

「全員、隊列を維持しろ!絶対に持ち場を離れるな!」

 

「悪魔の武器を使う異世界人め!」

 

 だが、帝国軍は包囲を解こうとはしなかった。敵前逃亡する兵は一人もおらず、顔を強張らせつつも必死に留まっている。

 

(コイツらは本気だ……本気で俺たちを殺しにかかって、勝つつもりでいる……ッ!)

 

 日本側は銀座事件で、数千人の死者が出している。一方で帝国は銀座事件、アルヌス防衛戦で合計20万もの死傷者を出している。

  

 

 必勝にかける帝国の覚悟、あるいは執念というべきか。その時はじめて伊丹は、背筋にゾクリと寒気が走るのを感じた。 

 

 

 とにかく、予想以上に敵が強い。目の前の帝国軍はあらゆる手を尽くして、圧倒的な武器の差を埋めようとしていた。ただバカにみたいに突っ込んでくるだけだった諸王国軍とはそこが違う。きっと、敵もまた必死なのだ。

 

 正直な話、慢心していなかったと言えば嘘になる。心のどこかで、無意識のうちに帝国軍を侮っていたのかもしれない。

 

 

 

 伊丹は手りゅう弾を手に取り、無線で全員に話しかけた。

 

「全員、手りゅう弾を投げる準備をしてくれ。爆発で隙ができるはずだから、そこから突破口を切り開く」

 

 「了解」と返事が聞こえ、伊丹自身も手りゅう弾を手に取った。訓練の時より、ずっしりとした重みがあるように感じる。

 

「3,2,1―—投擲!」

 

 次の瞬間、轟音と共に前にいた帝国兵の集団が吹き飛んだ。文字通り木っ端微塵になった兵士の、血やら耳やら腕やらが飛んでくる。

 

 これには流石の帝国兵も怯み、包囲網の一角が崩れる。伊丹は叫んだ。

 

「逃げろぉおおおお―—ッ!」

 

 一斉に走り出す第三偵察隊。逃げる間も残った手りゅう弾を投げ、撃ちまくりながら退路を切り開いてゆく。

 伊丹はレレイを腕で庇いつつ手りゅう弾を投げていたが、不意に足に激痛が走った。

 

「ッ!?」

 

 どうやら敵の矢が運悪く当たってしまったらしい。そのままバランスを崩して転倒する伊丹。

 

「イタミ……!」

 

「レレイ、走れ!早く!」

 

「でも……!」

 

 レレイが逡巡する。伊丹の傷はかなり深く、一人では歩く事もできないはずだ。それはつまり、「自分を見捨てて逃げろ」という意味に他ならない。

 

「大丈夫、帝国にとっても貴重な捕虜だ。すぐには殺されないって」

 

 伊丹で引きつりそうになる顔の筋肉を総動員し、伊丹は無理やり笑顔を作った。駆け寄ってきたテュカとロウリィにレレイを託す。

 

「イタミ……」

 

「テュカ、悪いがレレイを頼む。彼女をアルヌスまで届けてくれ。基地のみんなに、危険が迫ってることを伝えるんだ」

 

 テュカの顔が苦しげに歪む。だが、それも一瞬のこと。彼女は「絶対に助けに来るから」と言い残すと、レレイの手をとって走り出した。

 

 

 彼女たちの後ろ姿を横目に見届けて、伊丹は銃を構え直す。敵兵が迫ってくるのが見えた。

 

(死亡フラグとか……らしくないな)

 

 伊丹は自嘲するように苦笑したあと、引き金にかけた指に力を込めた。

 

 カチッ――と乾いた音が響く。

 

(くそっ、よりによって弾切れかよ……)

  

 数秒後、伊丹は近づいてきた帝国兵に殴打されて気を失った。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

(……知らない天井だ)

 

 

 伊丹が目を覚ました時、まず目に入ったのは石だった。視界全部に広がる、敷き詰められた石、石、石。

 

(此処は一体……?)

 

 ようやく体が動かせるようになった伊丹は、少し体制を傾けてみた。今度は鉄格子が目に入る。

 

 

 間違いない。此処は―――地下牢だ。

 

 

 痛む筋肉に無理やり力を入れ、伊丹は体を起こす。前景をざっと眺めると、案の定、いかにも映画やゲームで見たまんまの地下牢に閉じ込められていた。

 

 部屋は暗いが、やや離れた所にある警備兵の詰所だけは明りが灯っている。そこには警備兵の他にも、明らかに重要人物と分かる豪華な鎧を着た人影もあった。

 

 

 ぼーっとその様子を眺めていると、向こうもこちらに気づいたらしい。彼ら指揮官と思しき、金髪を刈りこんだ初老の男性がゆっくりとした足取りでこちらへ向かってきた。

 

「ようこそ、異世界の者よ。知っての通り、我々は君たちを歓迎して“いない”」

 

 開口一番、初老の男性はにこやかに皮肉を口にした。

 

 そっちから攻め込んだくせに何言ってやがる――そう言いたいのを堪えて、伊丹は沈黙を貫く。相手に少しでも情報を与えないためだ。

 

 だんまりを決め込む伊丹に、相手は気分を害するどころか却って興味をそそられたそうだ。両手を後ろで組みながら、面白そうに語りかける。

 

「ふむ、言葉が通じなかったのかな?では君にも分かるように言い換えよう―――コンニチハ、だったか?」

 

 愕然とする伊丹――老人の口から飛び出したのは、紛れもない日本語だ。

 

 では、どうやって学んだのか? 決まっている。拉致された日本人からだ。

 

「この野郎……!」

 

「ほう、やはり帝国語を理解していたか。しかも俗語を口に出来るなら、今後の会話も弾みそうだ」

 

 馬鹿にするような老人の表情。伊丹はその顔を見て、ふと違和感を覚えた。この老人に見覚えがあるように思えたのだ。

 

「怪我人を地下牢に押し込めるような連中と話すことなんて何もないね」

 

 伊丹がそう返すと、老人は一歩前に進んだ。微笑みながら悠然と見下ろしてくる。

 

「ふむ、異世界の人間はどうやら貴人に対する礼儀を知らぬらしい」

 

 伊丹ははっとした。目の真にいる老人の顔を、どこで見たか思い出したからだ。アルヌスで難民たちがいつも使っていた、硬貨の彫られていた顔。

 

 つまり、この老人は……。

 

 

「言葉を慎みたまえ――――君は『帝国』皇帝の前にいるのだ」

      

   




 言葉を慎みたまえ。君はらぴゅ……

 つい悪ノリしてしまった……実は帝都が浮遊できる空中都市だったとかいう伏線ではありません。

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