GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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エピソード16:地獄の黙示録

  

 第3偵察隊からの緊急要請を受け、アルヌス基地は慌ただしくなっていた。

 

 

 航空滑走路にはAH-1コブラおよびUH-1ヒューイなど、数機のヘリコプターが離陸準備をしている。その前に並ぶ部下たちに、狭間陸将は声を張り上げた。

 

「全員、傾聴! つい先ほど、第三偵察隊から救援要請がはいった! 同小隊はイタリカ市にて帝国軍と交戦、隊長の伊丹耀司が敵の捕虜になっているらしい!」

 

 狭間陸将の言葉に、手を上げて質問したのは第1戦闘団隊長の加茂一等陸佐だ。

 

「原因は何でありましょうか?」

 

「いい質問だ。報告によれば第3偵察隊はイタリカにて、現地住民を保護しようとして戦闘になったらしい」

 

 顔を見合わせる部下たちに、狭間陸将はやれやれといった様子で首を振る。

 

「どうやら他国民といえども、困った人間を見捨てられない馬鹿が我々の中にいたようだ」

 

「馬鹿とはいえ、日本国民です。見殺しにはできませんね」

 

 陸将の言葉に、最初に反応したのは久里浜二等空佐だ。他の面々も、うんうんと頷いている。

 

 実に頼もしい部下たちだ。狭間陸将は満足そうに頷いて口を開いた。

 

 

「その通りだ諸君、馬鹿を死なせるな!」

 

 

 **

 

 

 救出任務を真っ先に志願したのは、健軍一等陸佐だった。

 

 

「地面をチンタラ移動していたら時間がかかりすぎる! ぜひ私の第4戦闘団を!」

 

 特地派遣部隊には第1(混成連隊)、第4(空中機動)、第5(陣地防衛)の3戦闘団が編成されているが、この時点で実戦を行っているのは第5戦闘団のみ。まだ戦闘経験の無い第4戦闘団はその鬱憤を晴らしたくてウズウズしているようだった。

 

「大音量スピーカーとコンポとワーグナーのCDを用意してあります!」

 

「パーフェクトだ用賀二佐!」

 

(こいつら…キルゴア中佐の霊に取り憑かれたのか?)

 

 何はともあれ、士気が高いのは悪い事ではない。

 

「よろしい。先鋒は第4戦闘団に任せる! 速やかに任務を完遂せよ!」

 

「「「はっ!」」」

 

 ゴーサインを受けて、ヘリに乗り込む第4戦闘団の隊員達。

 

(………この後の展開が予想できるな……)

 

 狭間陸将らが見守る中、ヘリが次々と離陸していく。

 

 目的地はアルヌスから北西、イタリカ――決戦の地へと急行する彼らの姿は、戦乙女(ワルキューレ)さながらだったという……。

 

 

 **

 

 

 アルヌス基地から離陸した第4空中強襲戦闘団は、進路を北西に向けて飛行していた。時刻は早朝――奇襲を仕掛けるにはもってこいの時間だ。

 

「ワルキューレ1から全機へ! 我々は太陽を背にして突入する!」

 

 用賀の指示で全ての機体が一斉に10時方向に機首を向けて、太陽を背にしながら速度を高めていく。

 

「第1戦闘団の連中は、我々より半日遅れて到着するそうだ。連中が来るまでに終わらせるぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 敵は銃も持っていない蛮族である。こちらの勝利は間違いないだろう。第4戦闘団の興味はむしろ、どれだけのタイムで作戦を終わらせられるかにあった。

 

「到着まであと5分だ!――音楽を鳴らせ!」

 

 音楽を鳴らせという指示で用賀2佐がコンポの電源を入れ、挿入していたCDを再生し始める。そこから連動して全ての機体に搭載されている大音量スピーカーでも流され、穀倉地帯上空にかつてのベトナム戦争を象徴するかのような曲が響き渡る。

 

 

 ウィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー作曲「ニーベルング指環第2幕“ワルキューレの騎行”」

 

 

 戦場で死を運ぶ戦乙女(ワルキューレ)――それが誰を指すものなのか、まもなく帝国軍は知ることになる……。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 イタリカに到着した第4戦闘団のヘリ部隊は、堂々と正門から一斉に襲い掛かった。小細工など弄する必要はない。それが全員の共通認識であり、揺るがぬ事実であった。

 

「――アルファ1より各機へ通達。敵の攻撃に備えよ。ただし敵から攻撃があるまで発砲は控えよ」

 

「――了解」

 

 隊列を組み、威圧するようにその威容を見せつける第4戦闘団。眼下では、帝国軍が慌てふためいているのが見える。

 

「まだだ。まだ撃つな」

 

 帝国軍が城壁に弓兵を並べても、健軍は発砲を許可しない。帝国軍は弓に矢をつがえようとしており、このまま待っていれば射られるのは時間の問題だ。

 

 だが、それこそが健軍の望んでいる状況だった。

 

 

 向こうが先に撃ってくれれば、こっちは何の負い目もなく反撃できるのだから――。

 

 

 **

 

 

「弓兵!構え!」

 

 初めて見る飛行物体に動揺しつつも、急いで各々の持ち場につく帝国兵。日頃の訓練を思い出しながら、流れるような所作で弓に矢をつがえる。

 

 反復訓練によって骨の髄まで染み着いた動作は、たとえ相手が何者であっても帝国兵に一定の戦闘能力を保障していた。

 

「放て!」

 

 号令が下りた瞬間、帝国兵は一斉に限界まで引き絞られた弦を離す。数百本の矢が黒い雨のようにヘリコプターへと飛んでいく――。

 

「休むな!第二射、急げ!」

 

 帝国がフォルマート大陸随一の覇権国家になれた理由の一つには、こうした軍事教練の存在がある。体力・筋力では決して亜人に勝っているとはいえないヒト種だが、指揮統制の優位によって敵を圧倒することが出来たのだ。

 

 だがしかし、今回は少しばかり相手が悪かった。

 

 血反吐を吐くような猛訓練、愛国心や忠誠心からくる高い士気、武人や騎士の誇り……そんなものでは覆しようのない、「最先端のテクノロジー」が彼らの前に立ちはだかっていた。

 

 

 

「――敵の攻撃を確認!我々は攻撃を受けています!」

 

「――よぅし!ここから先は正当防衛だ!思う存分撃ちまくれ!」

 

 轟音――機首に備え付けられた機銃が唸り声をあげると同時に、帝国兵がバタバタと倒れていく。

 

 運よく初撃を免れた者はしゃがんで壁を盾にしようとするも、陸自のヘリは彼らをあざ笑うかのようにロケット弾を放つ。弓矢に対しては絶大な防御力を誇る石の城壁も、HE弾と多目的成形炸薬弾の前には紙きれ同然だった。

 

「――撃て!撃ちまくれ!それだけで敵は崩れる!」

 

 健軍隊長の読みは正しかった。1時間も立たないうちに、彼は自らの発言の正しさを証明することになる。帝国軍は陸自の攻撃ヘリによって、なすすべなく蹂躙される運命にあった。

 

 

 **

 

 

 ピニャたちのいる帝国軍駐屯地は絶望に染まっていた。

 

「敵は空も飛べるのか……!」

 

 絞り出すように吐き出されたグレイの声はまさに戦慄そのもの。

 

「あの様子だと、城門に配置したコルネリウス隊とマリウス隊は……」

 

 ハミルトンが愕然としながら呟いた。

 

 イタリカ南門で繰り広げられている殺戮の様子は、遠く駐屯地からも確認できた。敵が破壊を続けていることから、まだ一部の味方が抗戦を続けていると分かるが、所詮は焼け石に水だ。

 

「殿下……このままでは我が軍は壊滅します! 今からでも退却ラッパを!」

 

 ハミルトンが懇願するも、ピニャはじっと城門を見据えたまま。もはや戦線が維持できないであろう事は明白だった。ならば今、自分が為すべきことは――。

 

 

「火を放て」

 

 

「え?」

 

 ハミルトンは一瞬、主が何を言ったか理解できずに聞き返す。

 

「――火を放てと言ったのだ。街に混乱を引き起こして、敵の意図を妨害する」

 

 ピニャはあくまで冷静だった。戦の勝敗は損害の多寡ではなく、目標を達成できたか否かで決まる。そして今回の場合、自衛隊の目標は伊丹ら「第3偵察隊の救助」だ。

 

「残った部隊に告げろ。各自で街に火を放ち、混乱に紛れて脱出しろとな」

 

 

 結論からいえば、ピニャのとった戦術は軍事的には正解だったと言えよう。火災の中でヘリボーンを行うのはあまりに危険すぎる。そのため第3偵察隊の救出は大幅に遅れ、第4戦闘団は自分たちで設定した目標を達成することが出来なかった。

 

 こうした事態を受け、健軍三佐は地上部隊による支援が必要と判断。第1戦闘団の到着を待って、慎重に拠点を一つ一つ制圧していくことになる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 第1戦闘団の到着後、やっとのことで第3偵察隊の面々は彼らに保護され、安全な正門付近に移動していた。

 

(イタミはどこに……?)

 

 途方に暮れるレレイ。もし帝国が自衛隊の救出作戦を予期していたのならば、見つからないよう相応の対策を練っているはずだ。異世界から来た自衛隊員は勿論のこと、土地勘のないレレイにはどこに伊丹が囚われているのか見当もつかない。

 

 がっくりと肩を落とした、その時の事だった。レレイの宝石が眩い光を放つ――――師匠であるカトー老師が通信を入れたのだ。

 

「レレイ、無事か?」

 

「お、お師匠様……?」

 

 レレイの声を聴くと、カトー老師は安心したようだった。

 

「おお、その様子だと帝国軍からはうまく逃げられたようじゃな。そのまま、出来るだけ遠くに逃げるんじゃ。今、街はかの異世界軍に攻められて大変な事になっておる」

 

 どうやらカトー老師はレレイが自力で脱出したと思っているらしい。

 

「お師匠様は? 危ない目にあってたりしない?」

 

「儂か? 儂なら他の魔導士と一緒に避難しておるよ。場所はモンフェラート商会じゃ」

 

『モンフェラート商会』商館は、イタリカ市街で3番目に大きな建物だった。やや小高い丘の上に立てられ、最上階からは市街地を一望することが出来る。

 

 場所は市街地の南西――つまり主戦場となっているフォルマル屋敷や帝国軍駐屯地とは逆方向。そこなら安全だと、レレイはほっと溜息をつく。

 

「よかった……お師匠様たちも逃げられたんだ……」

 

 しかし返って来たのは、カト-の乾いた返事だった。

 

「なーにを言っとるか。逃げられたのは儂をはじめ、ごく一部の者だけじゃ。帝国め、屋敷とそれを守る兵士を囮にして、帝国にとって必要な者だけを避難させたんじゃ」

 

 レレイの目が驚愕に見開かれる。振り向くと、他のメンバーと目が合った。

 

 帝国にとって必要な者。それはつまり――。

 

「レレイ?おい、レレイ」

 

 もう話を聞いている場合ではない。

 迷っている時間もない。

 

「レレイ、聞こえてるなら返事を……」

 

 彼女と第3偵察隊は走り出した――。

 




 ピニャ「焼き払え!」
 帝国兵「すげぇ…イタリカが燃えちまうわけだぜ…」

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