GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:護衛艦レシピ

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エピソード17:悪夢

  

 

 イタリカの至る所で爆音が鳴り響いているが、モンフェラート商館周辺は静かなものだった。それもそのはず、フォルマル家の屋敷とは正反対の場所にあるからだ。

 

 

 商会の地下室では、伊丹が皇帝と共にいた。かつては金庫として使われていた部屋であり、すぐ隣には秘密の脱出用地下通路まである。

 

「ほう……ピニャの奴が」

 

 部下からの報告を受け、皇帝は面白そうに呟く。

 

 当初こそ無双していた自衛隊だったが、街で発生した火災によって作戦が大幅に遅れているという。そしてその火災というのが、他ならぬピニャによって引き起こされた人為的な放火であった。

 

(正面決戦では勝ち目がないと踏むや、すぐに遅滞と離脱に切り替えたか……あやつめ、一皮むけたな)

 

 純粋に我が子の成長を喜ぶ父としての顔と、厳正に後継者を値踏みする皇帝としての顔――その二つが入り混じった表情で、皇帝は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 そんな皇帝の姿に伊丹は困惑と怒りを禁じえない。

 

「貴方たちは……! 一般人を巻き添えにして、それが帝国のやり方ですか!?」

 

 

「その通りだ。付け加えるなら、近隣住民ごと我が兵士を撃ち殺し、伏兵のいる建物を住民ごと焼き払うのが、君たちジエイタイのやり方だ」

 

 

 皇帝の切り返しに、伊丹は舌打ちする。言い方に語弊はあるものの、根拠のない話でも無いからだ。

 

 そもそも戦闘において誤射がゼロなどというのは幻想である。

 

 

 多少の民間人誤射はいわゆるコラテラルダメージという物に過ぎない。軍事目的のための致し方ない犠牲だ。

 

 

 もちろん攻撃側も被害を減らすべく努力はしている。だがユーゴ空爆にしろ、シリア空爆にしろ、その努力が報われてるとは言い難いのが現状だ。

 

「別に、その事で君たちを責めはしない。だが私も詫びもしない。君たちも、我々も、それぞれの立場において正しい事をしているだけなのだから。軍で重視されるべきは、人命ではなく勝利――それが戦争だ」

 

「これ程の犠牲者を出して、それでも戦うと?」

 

「諦めろ、とでも言いたいのかね? よいか小僧、軍隊は見世物ではない。戦うために存在する。貴様らのような侵略者を打倒し、祖国の覇権を取り戻す――帝国軍の存在意義はそこにある」

 

 

 勝利か、死か―—どうやらモルト皇帝の頭の中には、講和という選択肢は端から存在しないらしい。まるで第2次ポエニ戦争時の共和制ローマであるかのような思考回路である。

 

 

 近代以前の人間というのは皆こうなのだろうか……あくまで戦う事を大前提としている相手の考えが、どうしても伊丹には理解できなかった。

 

 

「日本政府は対話を望んでいる……そちらが攻撃してこなければ、友好的な関係を築きたいと考えている人間がほとんどだ」

 

 伊丹が信じられないというように呟くと、皇帝は失笑を漏らす。

 

 

「良好な関係?なんだそれは?」

 

 

 皇帝の目が、ぎらりと刃のような光を放った。

 

「全ての国家は自らが生き延び、繁栄することを唯一無二の目的として存在している。共存など所詮は一時の共闘に過ぎぬ。共通の敵を倒すか、どちらかに利用価値がなくなれば再び敵同士となるだろう」

 

 伊丹の質問に、淡々と皇帝は自らの考えを語る。

 

 そこにあるのは自国以外の全てを潜在的な敵と見なす、政治学で言う『現実主義』の思想だ。

 

「我が帝国にも多くの属国や同盟国が存在するが、万が一の裏切りや離反・反乱に備えて常に警戒している。当然、属国や同盟国の方も隙あらば帝国を弱体化させようと、隙を虎視眈々と狙っておるよ」

 

 皇帝はにやりと笑う。何度見ても、背筋がうそ寒くなるような笑顔だった。

 

「であれば、我らをはるかに上回る技術・軍事力を持った貴様ら二ホンの存在が帝国にとってどれだけ脅威かは容易に想像がつくであろう。仮に双方の和平派によって一時の平和が保たれたとして、将来いつ風向きが変わるかは想像もつかん」

 

「俺たちにそんなつもりは……!」

 

「仮に今、この時点で、そこにいる貴様には帝国を害する気など無いのかもしれん。だが問題はそこではない。問題なのは、実際に我らを滅ぼしうる『力』を貴様らが持っているという事なのだ」

 

 その『力』を「いつ」、「どこで」、「どのように」振るうか………その選択権は全て日本にあり、帝国には無い。

 

 日本の気前がいい内はそれでもいいかもしれないが、それとていつ変わるか分からない。かくいう伊丹だって、日本存亡の危機に立たされれば、帝国を生贄として差し出すことを良しとするだろう。

 

 

 結局のところ、モルト皇帝は至って常識的な統治者だった。とりたてて好戦的なわけでも、日本嫌いなわけでもない。

 

 

 ――ただ、日本の善意を信じて国家の命運を預けられるほど、楽観的では無かっただけなのだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「さて、少し長話をし過ぎたようだ。そろそろ……頃合いのはずなのだが」

 

 

 皇帝が言い終わると同時に、巨大な振動が地下室を震わせた。

 

 

「ぐっ……!」

 

 爆発の音―—耳を凝らすと、銃声やら叫び声やらも聞こえてくる。

 

(味方か……?)

 

 伊丹が安堵の表情を浮かべたさらに一瞬後、爆発音と共に地下室のドアが吹き飛んだ。鋼鉄製の扉の残骸を超えて人影が侵入してくる。銃を構えた栗林を先頭に、テュカ、レレイが続いた。

 

「――隊長!」

 

「イタミ!?」

 

 駆け寄ろうとする3人だったが、その前に兵士たちが立ちはだかる。銃を構え直す栗林たちに、皇帝は悠然と告げた。

 

 

「ふむ――予定より遅かったな。捕虜ならここだ」

 

                     

 警戒心をあらわにする3人に、皇帝はにこやかに語りかけた。

 

 

「心配せずともよい。“この”捕虜は返してやる」

   

 

 “この”という部分を、わざわざ強調する皇帝。その意味を理解できないほど、伊丹は馬鹿ではない。

 

 

「……それはつまり、他にも捕虜がいると?」

 

 考えられるのは、銀座事件のことだ。あの事件では多くの犠牲者が出たが、まだ行方不明のままの者も多くいる。

 

 大部分は死体の欠損状況が酷くて個人の特定が出来ないだけだろうが、その中に帝国側に拉致された者がいたとしても不思議はない……うすら笑いを浮かべている皇帝の表情から、伊丹の疑念は確信へと変わった。

 

「頭のいい小僧は嫌いじゃない」

 

 皇帝はそう言うと、手を挙げて部下に「ノリコを連れてこい」と命令した。

 

 

 **

 

 

 案の定、別室から連れてこられたのは、粗末な服を纏い、鎖に繋がれた女性だった。黒髪黒目で明らかに黄色人種と分かる低い鼻――日本人だ。

 

 

 女性の方もまた、伊丹と第三偵察隊の面々を見て驚愕に目を見開いた。

 

「あなた……ひょっとして自衛隊の方ですか?」

 

 彼女の口から出てきたのは紛れもない日本語――やはり、彼女は拉致にあった日本人なのだ。

 

「てめぇ……っ!?」

 

 カッとなる伊丹。鉄格子が無ければ、そのまま皇帝を殴っていたであろう。そのぐらい、伊丹耀司は怒っていた。栗林ら第三偵察隊の面々の顔にも怒気が浮かび、今にも皇帝を撃ち殺さんばかりだ。

 

「どういう事か、説明してもらおうか……!?」

 

「分からんか? 門の向こうからさらってきた連中の生き残りの一人だ。我が愚息が奴隷としていたのだが、国の有事とあって儂が譲り受けた。二ホンの事も、日本語も彼女から聞いた」

 

 伊丹の顔が憤怒に歪む。本音を言えば、今すぐにでも栗林に命令を出して皇帝を撃ち殺したかった。

 

 辛うじて彼にそれを思いとどまらせたのは、皇帝の発言の中にあった「生き残りの一人」という言葉。

 

「今、生き残りの一人って言ったな? つまり拉致被害者はまだ他にもいるんだな?」

 

 やっと、伊丹は皇帝がわざわざ自分に会いに来た理由が分かった気がした。

 

(皇帝は人質というカードを使って、日本政府を恫喝する気だ)

 

 ノリコを出してきたのは、拉致被害者がいるという証拠を出して信用してもらうため。人質をとられてしまえば、圧倒的に優位な自衛隊いえども行動に制限がかかる。

 

 あるいは圧倒的に優位であるがゆえに、なまじ見殺しには出来ない。国家存亡の危機なら捕虜の一人や二人を見殺しにしても文句は言われないだろうが、戦力差が圧倒的で救出の余地があるだけに交渉の余地があるのだ。

 

 軍事的合理性を考えれば、ここで皇帝を撃ち殺すべきだ―—伊丹の理性はそう告げている。だが、別の理性はこうも言っている。

 

 人の口に戸は立てられない。万が一、交渉もせずに拉致被害者を見殺しにした事が国民の耳に入ればどうなるか。

 

(いや、そうじゃない。そもそも一人の自衛官として、俺は何の罪もない日本国民を見殺しにしていいのか? そんな事をすれば、目の前にいる帝国と同類になっちまう……)

 

 守るべき国民の命を助けるべきか、倒すべき敵の命を奪うべきか……伊丹は究極の選択を迫られていた。

 

(くそっ……こんなん俺の一存で決められる訳ないだろ!)

 

 

 そんな彼の内心を見透かしたかのように、皇帝は簡潔に告げた。

 

「すぐに決めろとはいわん。アルヌスに帰って貴様の主君に告げよ」

 

 恐らく、皇帝は最初からこうなる事を予期していたのだろう。まるで計画通りと言わんばかりの声で、皇帝は悠然と言い放つ。

 

 

「お前たちには捕虜になっている日本人を救うため、アルヌスから撤退するという賢明な決断を迫る猶予が三日間ある」

 

 

 猶予は三日。さもなくば……。

   

  




 分かる人には分かる、皇帝の言葉の続き。ヒントはタイトル。

 

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