GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
暗闇に慣れた視界に光が差し込む。トンネルを潜り抜けると、その先には馬と親衛隊が待機していた。
「陛下! ご無事でしたか!」
「いや、正直なところ死にかけたな。亜神と関わるのはこれっきりにしよう」
ジゼルとロゥリィがはじめた戦闘のドサクサに紛れ、モルト皇帝はモンフェラート商会を脱出していた。地下牢として使っていた部屋はもともと商会の金庫室であり、非常時に宝物を運び出すための抜け道があった。皇帝が使ったのはその道である。
視線の先には、炎龍に破壊されるイタリカの姿があった。炎龍と、その子供である2頭の新生龍が街を燃やしている。
(さしずめ、感動の再開とでも言うべきか)
新生龍を育てて駒にしようとしていたジゼルに、帝国は取引を持ちかけた。すなわち、餌の提供である。牛や豚といった家畜、そして時には人肉として死刑囚すらも提供していたのだ。
生まれてたての新生龍を飼い慣らしてロゥリィに対抗しようというジゼルの発想は悪くなかったが、その育て方に関しては素人同然だった。
(もしあの亜神だけで育ててたら、一月もしないうちに死んでいたであろうな……)
幸い、帝国には戦闘用に使うワイバーンの繁殖実績がある。生まれたばかりの龍は非常に繊細で、親と同じ温度で育てなければならないとか、消化をよくするために肉を細かく砕いたり、小骨や卵でカルシウムを摂取させなければいなけいとか、けっこう面倒なのだ。
当初は「炎龍なんだし、何とかなるだろ」と余裕だったジゼルも、皮膚病で一匹の新生龍を死なせてからは考えを変え、帝国はなんとか取引成立まで持ち込めたのだった。
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地上へ出てきた伊丹たちはハッと顔をあげ、耳を澄ませた。数秒後、表情を凍りつかせる。
機関銃の射撃音に交じり、兵士たちの絶叫が、微かに聞こえてくる。対空機銃の特徴的な甲高い音も、次第に少なくなりつつある。炎と煙の中、炎龍の攻撃によって一両、また一両と失われているのだった。
(せめてロゥリィがいれば……)
ちらり、と横身を見やと、そこではロゥリィがジゼルと2頭の新生龍と戦っている姿が映った。
恐らく、これが皇帝の狙いだったのだろう。とても助けにきてもらえる状況ではない。
「っ――」
テュカの、何かを必死に耐えるような息遣い。耳のきくエルフである彼女には、今まさに死にゆく兵士たちの断末魔がきこえているのだろう。
(くそ、戦車隊の連中は何をやっている……!)
口に出しかけて、伊丹はその理由に気付いた。特地派遣部隊の保有する74式戦車は車高が低く、仰角・俯角があまりとれないのだ。角度が足らず、砲弾は全て炎龍の下をすり抜けてゆく。
対して炎龍は空を飛べるというアドバンテージを最大限に生かし、あっさりと戦車の背後に回り込んで火炎放射で74式を焼き払った。
まるで怪獣映画のように燃やされ、爆散していく74式戦車。舞い上がる黒煙と炎から逃れようと、ハッチから半焦げの兵士が転げ落ちていく。
「――落ち着け、敵はたった一匹だ! 数ではこちらが上回っている!火力を集中しろ!」
今度はヘリコプター部隊が炎龍へ射撃を開始した。火力を集中して、少しでもダメージを与えようとしているのだ。
「やめろ!応戦するな!奴は――」
伊丹の言葉が終わらないうちに、悲劇が再現された。
突然、炎龍が地面に向けて急降下したのだ。地面スレスレの高度を低空飛行しながらへリの真下に急接近する炎龍。
ヘリ部隊はそのまま機体を下に傾けて射撃を続けようとするも――。
「うわあああっ!」
「発砲停止! 下には友軍が……!」
同士討ちを防ごうと射撃を止めた直後、炎龍の口から炎が放たれ――攻撃ヘリAH-1が一瞬にして爆散した。さらにその破片は周囲にいた僚機に降り注ぎ、被弾した運の悪い何機かはバランスを失う。
「――こちらダガー3、機体制御不能!墜落する!!」
まるで竹トンボのようにクルクルと回転しながら、高度を下げてゆくAH-1。地上に叩きつけられると同時に、爆発していく。舞い上がる黒煙と炎。
そして、その地獄絵図の中を悠然と飛翔する炎龍。数はたった一匹。だが、その威容はいかなる生物をも上回る。
地獄のような光景は、モンフェラート商会の周辺にも迫ってきていた。
「――隊長、対空小隊が、機械化歩兵まで――っ!?」
無線から聞こえる、まだ若い兵士の悲鳴のような報告。
「はっきり報告しろ!」
「対空部隊が燃えています!みんな、必死に無線で救援を――」
「くそッ、こんなのどうすればいいんだよ!聞いてないぞ!」
想定外の事態に、上も下も完全にパニックを起こしていた。もともと上層部の想定では、炎龍のような飛翔生物は航空自衛隊が仕留める事になっていたからだ。
しかし今回、空自の出動はない。イタリカ程度なら攻撃ヘリで十分という判断からだった。
「あ、う……」
絶え絶えの息を吐きながら、伊丹の心に絶望がよぎる。ヘリの撃墜、撃破される戦車――最悪の事態がひたひたと忍び寄りつつある。
「ッ………うぉぉぉぉぉッ!」
伊丹64式小銃の引き金に指をかけ、絶叫に近い雄叫びと共に突進した。
「伊丹!?」
彼が何をしようとしているのか一瞬で察したテュカが叫ぶ。
「やめて!そんな事に何の意味が……」
「今、炎龍を倒さなきゃ俺たちは全滅する!どうせ、こんな開けた平野に逃げ場なんて無い!」
引き金を引き、残弾を無視して乱射する伊丹。
「隊長、俺たちも忘れないで下さいよ!」
声のした方を見やり、伊丹は凄絶な笑みを浮かべる。まったく、自分にはもったいないぐらい良く出来た部下たちだ。
「倉田さん、それに栗林さんまで……!」
残されたのはテュカとレレイだけだった。
「栗林、ロウリィに続いて近距離から手りゅう弾をぶち込んでやれ! 近接戦闘でお前に勝てる奴はいない!援護は俺と倉田でする!」
「「了解!」」
「む、無茶よ!」
テュカの勝機を疑うような声――『ヒトは炎龍には敵わない』が常識となってる特地組は、未だ目を見開いたまま固まっている。
「これまで何人もの勇者や大魔導士が炎龍に挑んだけど、みんな負けて死んだのよ!私たちに出来るワケないじゃない!」
「出来るかどうかじゃない、――やるんだ!」
ブラック企業か、とセルフ突っ込みを入れながら伊丹はテュカたちを鼓舞する。
「怖気つくなテュカ、俺たちが最初の炎龍討伐者になればいいだけだろ!? こっちには銃も魔法も亜神もいるんだ、何とかなる!」
「わ、わかった!」
もうどうにでもなれ、とテュカは半ばヤケクソ気味で覚悟を決める。隣にいるレレイも杖を構えた。
「とりあえず二人は思いつく限り最強最大の魔法を準備してくれ!それまでの時間稼ぎはこっちでする!」
この場に限り、あの二人が最大瞬間火力投射量を誇る。状況を挽回するにはそれの賭けるしかない。
(だからこそ、それまで何とか持たせるんだ……!)
「隊長、右にブレス!」
焦った栗林の声――次の瞬間、伊丹の右前方に止めてあった高機動車が爆散した。
「うぉッ!?」
伊丹はとっさに頭をかばい、飛び散る爆片から顔を背ける。被弾面積を減らすべく、横向きに飛んで地面に伏せた。
「ぬぉおッ!?」
「倉田!?」
悲鳴を聞いて側面を確認すると、倉田が地面に突っ込むように転倒していた。伊丹と同じように急に伏せようとして、足首を捻挫したらしい。急いで傍に寄って状態をチェック――酷い怪我ではないが、かといって数分で治る様な怪我でもない。もう、まともな戦闘はできないだろう。
「俺に構わないで下さい!」
声を張り上げる倉田。落とした64式小銃を拾い、弾倉を交換する。
「炎龍に弾を打ち込む事ぐらいは出来ますよ!」
「馬鹿を言うな!そんな所で撃ってたらいい的だ!」
出来ればどこかに避難させたい。だが、このタイミングで負傷者を背負って移動すれば、間違いなく炎龍から狙われる。
「――隊長、30秒後です!30秒後に避難してください!」
突如、無線で達する富田の声――伊丹の表情が驚愕に染まる。
「富田、無事だったのか!? てか、30秒って何だ!」
「――110mm個人携帯対戦車弾の援護射撃。文明の力、ファンタジーに教えてやりましょう」
「この声、勝本!? どういう意味……』
全てを言い終わらない内に、聞こえてくる「後方確認、よーし」の声。
もう時間が無い――急いで倉田を抱えた直後、頭上に4つの煙を引く飛翔体。うち2発は外れたが、残りの2発は炎龍の脇腹と左腿に命中した。
炎龍が悲鳴のような咆哮をあげる。
「よし、炎龍の動きが鈍った! テュカ、レレイ――今だ!」
「いっけぇぇぇぇッ!」
ゴウッという轟音と共に、伊丹の瞳孔が窄められる。同時にレレイの周囲から大量の木材や車が多連装ロケットの如く放たれ、数秒と経たずテュカの電撃が炸裂――吹き飛ばされた車の燃料に引火して巨大な爆発が発生した。
動物の赤ちゃんの飼育って大変ですよね。温度とか湿度とか食べ物とか環境とか、本当に細かいところまで気を使わないとすぐ死んじゃったり。