GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
特地での作戦行動を巡り、国会は紛糾した。
しかし「特地は日本国内」という政府見解に基づき、最終的に自衛隊は、『特地における治安出動』に出ることにした。
狭間陸将の演説と共に、全軍が帝都に向けて出発したのはつい二日前の事だ。
「――帝国は過酷な支配体制を敷いて一般市民を抑圧するばかりか、交渉に向かった我が国の特使を監禁・暴行するに至った。これは明らかな国際法違反であり、人道的にも許される行為ではない。我が国は飽くまで平和的妥結の努力を続けてきたが、帝国は何ら反省の色を示さず今日に至っている!」
狭間陸将の演説には帝国がいかに悪辣な国であるか、そして日本の平和的解決への努力がいかに踏みにじられたか、今回の作戦が自由と平和を守るためにやむを得ない措置であること、―—等々が分かりやすく述べられていた。
「我々は我々自身を危険から守り、そして特地の人々を帝国の圧制から解放する。我々の目的はその2つのみであり、目標達成後には速やかに帰還することを約束する。今こそ帝国の脅威を打ち払い、特地に恒久的な平和をもたらす時が来た! 我々は『勝利』の二文字と共に、それを達成するであろう!」
中世風の建物が続く路上は、張りつめた空気に包まれていた。
人影が無い訳ではない。しかし人々は家の中に引きこもって、見たことも無い鋼鉄の馬車――戦車や装甲兵員輸送車といった招かざる客人たちが、石造りの道路をキャタピラで破壊しながら走破するのをじっと眺めている。
自衛隊の車列を見つめる瞳には、純粋な驚きや戸惑い、そして恐怖と不信の色があった。
「歓迎は……されなくて当然だよな」
高機動車の窓から外を見つめる伊丹は、ため息は吐きながら呟いた。
(やっぱこうなるよな……)
作戦を開始してからというもの、自衛隊の地上部隊は当初の予想を上回るペースで快進撃を続けている。
帝都に向けて複数の主要道路から進軍しているが、どの部隊も敵からの反撃があったという報告を届いていない。このペースで作戦が進めば、夕刻までには帝都郊外に達し、夜明けと共に帝都攻略を果たせるはずだ。
今回の作戦では、伊丹は敢えてレレイとテュカ、ロウリィを同行させない事にした。
本人たちは「自分は帝国人ではないから大丈夫」と強がっているが、それでも帝国人の知り合いぐらいはいるだろう。もしかすると太平洋戦争を戦った日系アメリカ人兵士のように、少なからず思うところがあるかもしれない。
帝都を見つめる伊丹に、無線で連絡があったのはその直後だった。
◇◆◇
それから22時間後、伊丹は耳が壊れるんじゃないかと本気で危惧していた。耳につけたインカムからは断続的に受信される無線交信が響き、彼方からの砲声が鼓膜を震わす。
『――自走砲部隊は砲撃を継続。戦車は前進する際、味方の砲撃に巻き込まれないよう注意せよ』
『――第7偵察小隊、目標地点に到達!橋頭堡を確保しつつ、敵残存部隊の掃討を開始!』
『――こちら帝都南門、帝国軍守備隊が市街地に向けて敗走中。攻撃ヘリによる追撃を要請する!』
目の前では炎と煙が立ち込め、砲撃と爆撃が瀟洒な帝都の街並みを瓦礫へと変えていく。隣の戦区でもロケット弾を装備した攻撃ヘリ中隊が、イタリカでの鬱憤を晴らすかのように火の海を作り出してる。
現在、自衛隊の帝都攻略作戦は第一段階を終了していた。砲兵と航空自衛隊の火力支援を受けつつ、帝都の周りに築かれた急ごしらえの陣地を破壊。3つの方向から、戦車部隊と機械化歩兵部隊が突入を開始しつつある。
『――大隊指揮官より各員!前方に敵部隊を発見の報告があった!支援砲撃完了と同時に突撃を行う!』
「こちらアベンジャー、了解した」
所属する大隊からの命令に、第3偵察小隊隊長・伊丹耀司は抑揚のない声で応えた。
「みんな、今から砲兵の火力支援がある!着弾を確認したら進撃開始だ!」
他の先進国と同様に、自衛隊もデータリンクシステムによる諸兵科連合と協調作戦を重視している。伊丹が叫ぶと同時に、後方から自走砲部隊の放つ大量の榴弾が飛来――甲高い飛翔音と共に着弾、前方の帝国軍を吹き飛ばしていく。
数秒後に自走砲による面制圧が停止した時、そこには瓦礫と多数の帝国兵の死体が転がっていた。避難誘導を済ませていないせいか、民間人と思われる死者も少なからず存在する。
少なからず動揺が走るも、今は心を鬼にしなければならない……汗ばむ指先で引き金を握りしめながら、伊丹は自分に言い聞かせた。
続いて彼方から砲声が連続し、直後に自分たちの頭上を多数のロケット弾が白煙を引きつつ飛んでいく。
「――第3偵察隊は、突入する第11大隊の側面を警戒しつつ、必要に応じて支援せよ」
「了解」
上官からの指令を受け、伊丹が行動に映ろうとした――その時だった。
(なんだ……この揺れは……?)
伊丹が小刻みな振動を感じた次の瞬間、“それ”は生じた。
インカムから聞こえる甲高い警告音――足元の微かな振動が徐々に大きくなっていく。
「何?何が起こったの!?」
栗林が叫ぶ。伊丹はとっさに落ち着かせようとするも、司令部から入った緊急入電に耳を疑った。
『――こちらアルヌス駐屯地。司令部より各部隊の隊長に連絡する』
声は狭間陸将のものだった。努めて冷静な声音を保っているが、それが却って不安を煽る。
『――先ほど、基地にて緊急事態が発生。全ての部隊は作戦を中止し、速やかに基地へ帰投せよ』
(……んなっ!?)
状況が分からず、思考がフリーズする。
(撤退?この有利な状態で?)
ますます意味が分からない。国連安保理あたりから、停戦勧告でも受けたのだろうか。
しかし続く狭間陸将の言葉は、伊丹の安易な予想を大きく裏切るものだった。
『――3分前、ゲート周辺にて原因不明の爆発が発生。直後、ゲートは消失した』
(おい待てよ、今なんて言った……!?)
ゲートが、消失……?
『――繰り返す、ゲートの消失を確認した。基地の被害は甚大。現在、日本に戻る手立てを模索しているが、依然として消失の原因は不明であり………』
それは特地におけるパワーバランスを根本から揺るがす、破滅の色彩を帯びた言葉だった――。
(ウソ、だろ……)
自分たちが置かれた状況を理解するまで、伊丹はたっぷり3分もの時間を要した。
(ゲートが………消滅っ!?)
未だに信じられない。だが、事の真偽を確認する前に伊丹は隊長として部下に命令を下さねばならない。
大きく息を吸った後、伊丹は全員に聞こえるよう大声で叫んだ。
「皆、聞いたか!? 攻撃は中止、中止だ!」
近くにいる部下たちを見る――栗林と倉田は言葉を失っているようだ。富田は険しい表情のまま、周囲を警戒している。
「先ほどの命令は聞こえたな! 基地からは撤退命令が出た! 具体的なタイミングについての指示があるまで、命令とおり警戒態勢のまま待機する!」
反論はない。というより、現実感がなくて言葉が出ない、と評した方が正しかった。ゲート消失の衝撃が大き過ぎて、何を口にすればいいのか分からなくなっている。
(帝国軍の連中、いったい何をしやがったんだ……!?)
伊丹の脳裏に、地下牢で会ったモルト皇帝の姿が浮かび上がる。あの時に見せた自信は、虚勢などでは無かった。まともな軍人は賭けなどしない。
つまり帝国は「勝てる」と踏んだからこそ、自衛隊に対して徹底抗戦を決めた……。
(ゲート消失が本当なら、俺たちは追加の補給物資を受けられなくなる。そうなれば自衛隊の持つ軍事的優位も絶対ではなくなる……)
弾を撃てない銃は剣に劣り、燃料の無い戦車は馬に劣る。弾と燃料がある内はまだいいが、それが無くなった時を想うと身の竦む思いだった。
(今はとにかく、アルヌスに戻らないと……)
一刻も早く帝都から離れて、司令部に正確な情報を伝える――それだけを考えて、伊丹は高機動車に乗りんだ。
ゲート「本日は閉店です。またのご利用お待ちしております」
自衛隊「ファッ!?」
皇帝「計画通り」