GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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エピソード25:失われたもの

“門”の先で遠征軍が壊滅してからというもの、帝国はその原因解明と敵の調査に心血を注いでいた。

 

 まず最初に行ったのは、徹底的な情報収集だ。己を知り、敵を知れば百戦危うからず――異世界の偉人の言葉だが、皇帝モルトもまた経験的にその事をよく理解していた。

 

 遠征の敗残兵、異世界で得た敵の捕虜と武器、その他諸々の情報を集めて皇帝の出した答えは「異世界の軍には勝てない」という身も蓋もない結論だった。

 

 

 しかしモルト皇帝は諦めない。次善の策として「負けない」方法を模索する。

 

 

 そして学都ロンデルで徹底的に調べさせたところ、“門”が出来た経緯についての記述を発見した。

 

 それによれば“門”は殆ど偶然に等しい産物で、かつて開かれた“門”は固定されず一定の期間で自然に閉じていたらしい。それが現在のようにアルヌスの神殿に固定されたのは、古の帝国魔導士が特殊な固定化の魔法を使ってからだという。

 

 であれば、ここに一つの仮説が成立する。

 

 

 ――古の帝国魔導士がかけた固定の魔法さえ解除すれば、不安定化した“門”は使用不能になるのではないか?

 

 

 学都ロンデルの賢者たちに分析させたところ、その可能性は充分にあるとの事だった。

 

 そうと決まれば動きは早い。合議制にはないスピード感は、専制政治の得意とする所である。さっそく皇帝は固定魔法の解除を指示した。

 

 しかし問題がひとつある。それはアルヌスは自衛隊の手の内にあり、ノコノコ現場まで出向くわけにもいかないという事だ。

 

 

 何日にもわたる協議の末、魔術師たちは別の方法を考え出した。すなわち、もっと強力な魔法による破壊である。敵に河を渡らせたくなければ、橋を塞ぐより橋ごと壊してしまえという理屈だ。

 

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、アルペジオの研究していた鉱物魔法である。鉱物魔法は本来、鉱物を触媒にすることで魔法の発動に関する時間やコストを下げることを目的としていた。

 

 これを応用して鉱物に膨大な魔力を込め、それを持った工作員を難民に紛れてアルヌスに送り込ませた後、魔術を使った遠隔操作で一気に起動させるのだ。いわば魔法を使ったリモコン爆弾。

 

 放たれた膨大な魔力は“門”を固定している魔法と衝突し、化学変化よろしく状態変化を引き起こす。そうなれば『門』は再び不安定な状態になり、存在はしていても通行は出来なくなる――。

 

 

 かくして、帝国は“門”を封鎖した。自衛隊という“異物”をとりこんだ歪みの原因は排除され、特地はかつての秩序を取り戻しつつある……。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 昼下がりの午後、伊丹はハッとして目を開けた。連日の疲れが溜まったせいか、休憩中についウトウトしたまま眠ってしまったらしい。

 

 そうというのも、基地が復興作業に追われているからだ。帝都から命からがら逃げれてホッと一息ついたのも束の間、すぐに瓦礫の撤去やら死者の埋葬やらの仕事が待っていた。

 

(人手が足りないってのは分かるが、それにしても働かせ過ぎだろ……)

 

 広場の方を見ると、まばらに人々が集まっているのが見える。

 

 

 困難な時期なだけに、もはや人種や宗教、階級などにこだわっている場合ではない。皆で苦楽を共にし、同じ目標に向かって一致団結――。

 

 

 

 などという、心温まるエピソードは此処にはない。

 

 

 代わって、アルヌスを支配していたのは不信感と猜疑心である。避難民を利用した帝国のテロ行為は、爆発と共に「信頼」という概念をも消し去っていた。

 

 今や誰が帝国の工作員か分からない。本人の意志とは無関係に利用されている可能性だってある。避難民はもとより、自衛隊員の中にだって裏切り者がいるかもしれない。

 

 理由ならいくらでも思い付く。捕虜にされている間に洗脳された、部下を人質にとられた、工作員のハニートラップに引っかかっている、金で買収された、同僚は全滅したのに不思議と一人だけ生き残ってる……など様々だ。

 

 

 こうした事態に対処すべく、狭間陸将は警務科による監視の強化を決定。その業務を円滑に進めるために様々な「特例」が認められ、かつての特高警察さながらの大活躍を見せていた。

 

 

 **

 

 

「――はい、どうぞ」

 

 不意に背後から声を掛けられ、伊丹が振り返ると獣人の女の子が立っていた。手には配給所で配っているであろう、豆のスープが2皿ある。

 

「もう昼ご飯の時間ですよ。これは貴方のぶん」

 

「ど、どうも」

 

 彼女が立ち去るのをぼーっと見送った後、伊丹は手元の皿に目を向ける。なんだか昨日より色が薄くなったような気がするが、敢えて気にしないことにした。

 

(せっかくの昼食なんだ。戦場での数少ない娯楽ぐらい、無理してでも楽しまなきゃな)

 

 隣でスープを啜っていた戦車兵が突然お腹を抱えて倒れるまで、伊丹は何の危機感も感じていなかった。

 

「おいっ!大丈夫か!?」

 

 伊丹は息を飲み、慌てて駆け寄った。さっきまで泡を吹いて苦しんでいたが、すでに動きは止まっている。

 

「死んでる……まさか毒をもられたんじゃ」

 

 嫌な予感はすぐに的中した。改めて男性の口元とスープの匂いを嗅ぐと、毒物・劇物取り扱い研修で嗅いだことのある異臭が漂う。

 

「どうしたんだ?」

 

「おい、これ死んでるんじゃ……」

 

 騒ぎを聞きつけた人たちがわらわらと集まってくる。死因が毒によるものであると判明すると、瞬く間に恐怖は群集に伝染していった。

 

「誰かが毒を配給食に盛ったんだ! 工作員がいるぞ!」

 

「怪しい奴を見つけたら片っ端から捕まえるんだ!じゃないと皆殺される!」

 

 これが帝国の作戦だとすれば、大成功だったと言うべきだろう。パニックに襲われた人々は我を忘れ、鼠の群れを思わせる暴走を始めていた。

 

「いった誰が毒を盛ったんだ?」

 

「避難民に決まってる! あいつらの中の工作員がいるに違いない!」

 

「だが、配給食を作ってるのは補給科の自衛官だぞ?」

 

「自衛隊の中にも裏切り者がいるのか……?」

 

「ありえない話じゃないな。買収、脅迫、ハニートラップ……ひょっとしたら帝都攻略時あたりで捕虜になった自衛官が洗脳されて送り込まれているのかも」

 

 

 まるで中世の魔女狩りさながらの光景を見て、伊丹は不味いと感じていた。

 

(このまま相互不信が増大していけば、帝国が手を下さずとも俺たちは自滅する……)

 

 今回の事件が引き起こした物理的損害は対して問題ではない。死んだ戦車兵には申し訳ないが、所詮は一人の人間が死んだだけである。明日には再発防止の対策が打たれ、いずれ犯人も逮捕されるはず。

 

 問題は、それが引き起こす際限のない猜疑心の方だ。

 

 恐怖という名のウィルスは、人々の心を媒介として驚くべき速度でアルヌス中に感染していくだろう。今やアルヌス中が病に侵されつつある。相互不信病を発症したアルヌス基地は機能不全に陥り、最後には死に至るかも知れない。

 

 すでに危うい兆候は見え始めている。

 

 狭間陸将は警務科を秘密警察のごとく扱い、アルヌス基地では監視と密告が奨励されつつあった。そうした極度の緊張状態が行き着く先には破滅が待っている。

 

 かつて内戦で疲弊し、諸外国から孤立し、「外国の工作員」に怯えて大規模な粛清を行った国があった。

 

 今の伊丹たちの状況はそれと酷似している。帝国の策略によって基地は壊滅し、周囲をすべて敵に囲まれ、工作員の恐怖が全員を相互不信に陥れている。 

 

(陳腐な言い方だが、今の俺たちには希望が必要だ……)

 

 絶望的な状況は、人を悲観的にする。『門』を封鎖されたことで、自衛隊は一気に不利な状況になってしまった。

 

(何とかして『門』を開く方法が見つかれば……)

 

 自衛隊はかつての自信を取り戻す。この負のサイクルから脱する事も出来るだろう。

 

 

 伊丹の視線は自然とクレーターへと向けられた。そこでは、レレイが不眠不休で『門』封鎖の原因を解明しているはず。

 

 彼女が原因を解き明かせるかどうかで、今後の命運が決まる。伊丹に出来る事といえば、レレイが一刻も早く原因を突きとめられるよう祈る事ぐらいだった。

   




ゾルザル「オプリーチニキーwww」

狭間陸将「おっ、うちでもやるか」



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