GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
ゲート封鎖から3週間後……。
帝国第3皇女ピニャ・コ・ラーダは再び馬上の人となっていた。場所はアルヌスから200kmの地点――隷下の士気を上げるために、彼女はあえて前線まで自身の足で進んでいた。
「申し上げます! 現在、我が軍は7つの方向からアルヌスへ進軍中!」
報告するのは、軍団長へと昇格したハミルトン。イタリカ、帝都の2つの攻防戦をくぐり抜けた彼女も主君同様、もはやかつてのような未熟さは残っていない。
「敵の動きは?」
「ありません。恐らく敵は戦力分散の愚を避け、アルヌスで我が軍を食い止めるつもりでしょう」
ハミルトンが誇らしげに報告する。自衛隊に対する帝国の反撃――つい2週間前までは、考えられなかった状況だ。
これも全て魔術師たちのおかげだ、とピニャが考えていた。
「欲を言えば、もう一発か二発やって欲しかったものだが」
現在、カトーやアルペジオをはじめとする魔術師たちのほとんどは帝都で療養している。あの一撃でかなりの魔力を使い果たしており、しばらくは絶対安静とのことだった。
「今回の一件で、廃れつつあった魔法に再び脚光が浴びせられています。今後は魔術師が戦を左右するようになるかも知れません」
「我らが手も足もでなかった自衛隊を、一瞬で壊滅させた力だ。父上でなくとも、手元に置きたがるだろう」
魔術師の価値はそれだけではない。一旦は『門』を封鎖したとはいえ、まだまだ『門』には未知の部分が多い。今は閉じているというだけで、ふとしたきっかけで再び開いてもおかしくない
だからこそ、帝国は『門』が閉じている内に決着をつけるつもりであった。
また、自衛隊の持つ技術や兵器が拡散するのも避けたかった。万が一にでも帝国に反感を持つ部族に渡ったり、生き残りの自衛隊員が反帝国的な属国に傭兵として雇われたら最悪だ。
「しかし依然、アルヌスには自衛隊が立て籠もっています。防御機能は大きく損なわれたものの、それでも攻略で大きな損害が出る事は避けられないでしょう」
厳しい表情で告げるハミルトン。かつて10万もの諸王国連合軍が一夜にして壊滅した経験を顧みれば、3倍の兵でも少なすぎるぐらいだ。
「問題はこれから、という事か」
ピニャは作戦図を広げて呟いた。
「はい。現在、我が軍は3方向からアルヌスを包囲するように進軍しております。エルベ方面からは第2皇子ディアボ殿下と諸藩王率いる南部軍方面11万、海路からはゾルザル殿下の中央方面軍8万が、そしてイタリカ方面からは我ら6万の北部方面軍が進撃しています。また、帝都では陛下が3万の帝都警備隊と共に守りを固めています」
長きにわたる帝国の歴史をもってしても、これほどの大軍が動員されたのは初めての事だろう。もし再び自衛隊に負けるような事があれば、帝国は二度と再起できまい。それだけの決意と覚悟を示す数字であった。
「ひとまずは、この大軍が“進軍できている”事を神に感謝しよう」
帝国はこの史上最大の作戦を開始するにあたって、兵役の割り当てや動員・兵糧の輸送などの綿密な計画を立てた。
焦土作戦によって時間を稼いでいる間、帝都にある工房では鍛冶職人が24時間体制で武器を量産。さらに貴族の称号や官位と引き換えに帝国中の商会から軍事費を調達をするという、財政面でも万全の態勢で臨んだ。
「ハミルトン、部隊の規律はどうなっている?」
しかし大軍には大軍の悩みがある。その1つが軍紀であり、数が多ければそれだけ軍紀違反も増える傾向にあった。
「はっ、今のところ問題はありません。稀に脱走や略奪を働く者もおりますが、そういった者は『オプリーチニキ』によって厳しく処罰されています」
ハミルトンの返事に、ピニャは満足そうに頷いた。
『オプリーチニキ』とは、皇太子ゾルザルによって新設された警察機関の通称で、正式名を『帝権擁護委員部』という。いわば憲兵と政治警察を足したようなもので、軍紀と秩序の維持に大きな役割を果たしていた。
彼女は軍紀をことのほか厳しくしている。
ベテラン兵士ならば一定の自由を与える事で戦術の柔軟性が増す効果があるが、徴用されたばかりの素人兵に自由は禁物だ。兵士は敵よりも自らの指揮官を恐れなければならない。
ピニャは勝手な振る舞いに及んだ者、命令を無視した者などは見せしめに容赦なく処刑するよう命じていた。
「よし。くれぐれも抜かるなよ。古参兵はともかくとして、主力の新兵は難民か徴募兵がほとんどだからな」
ゲートへの遠征で正規軍の6割を喪失した帝国軍だったが、その直後から速やかに再軍備は進められていた。
古参兵の補充には時間がかかることから、足りない「質」は「量」で補うとされ、難民や農民が兵士として急きょ集められた。
一方で古参の兵士を下士官に昇格させ、その下に徴兵でかき集めた新兵を振り分けた事で、短期間の内に帝国は30万を超す大軍を統率することが出来たのだ。
だが、それだけの大部隊をもってしてもピニャの内心には不安が残っていた。あと10万は欲しいというのが本音である。
「父上はかつて妾に、こう言われた。攻勢時には敵の兵力の2倍か3倍、城攻めの時は5倍から6倍の兵力を集め、包囲網を完成させたのち、四方から昼夜問わず攻め立てて殲滅すべし、と。また、準備を整え、勝てるという確信を持つまで作戦を始めてはならない、とも」
――やつらには、我々には想像もつかないような最新兵器がある。こちらの数倍の火力と機動力がある。我々が唯一勝っているのは、兵数だけだ。
対抗手段が人命を代価とする人海戦術だけというのは何と情けない話だろうか。
加えて、補給も頭の痛い問題だった。
準備は充分だが、万全には程遠い。ピニャたちは兵士に食料をできるだけ持たせ、短期決戦でアルヌスを落とすつもりであった。それが得意なのではなく、そうせざるを得なかったのだ。
ピニャは食事中の兵士を見やる。彼らが食べているのは、食料は麦とトウモロコシを煎って粉にしたもの。これを熱湯に溶いて粥状にしたものを啜って食べる。ほかに小瓶一本の大豆油、ひとつまみの塩。
これは帝国の補給体制が万全から程遠いことを意味する。大軍の動員こそ達成できたものの、それを長期間維持できる兵站を作る時間までは無かった。
帝国もまた、自衛隊と同様に限られた手札でやりくりするしかない。
「陛下は此度の決戦に、帝国の命運を賭けておられる。たとえ相手がどれほど強大であろうと、打ち破る他に我らが生き残る術は無い」
運命は残酷だ。時として誰にも想像できぬ試練を突如として与える。永遠だと思われた帝国の覇権は、一夜にして砂上の楼閣となった。
だが、帝国にも意地と矜持がある。戦わずして衰退を受け入れるなど、そんな選択肢は端から無い。
帝国には幾つもの歪みがあるが、少なくとも臆病者ではない。その点だけは他国に誇れる、帝国の美点だとピニャは思っていた。
「我らに敗北は許されない。不退転の決意と、必勝の信念をもってかかれ!」
いざ、祖国のために。叫び、抗い、そして戦おう。心臓がその鼓動を止めるまで――。
「帝国の興廃は、この一戦にあり!!!」
ピニャ「戦は数だよ兄貴!」
ゾルザル「お、おう……」