GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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エピソード27:アルヌス軍

          

 狭間陸将が各部隊長に召集を命じたのは、午後3時だった。

 

 

「諸君も知っての通り、帝国の大部隊がこのアルヌス駐屯地へ向かっている。早ければ明後日にも敵の先遣隊が到着する見込みだ」

 

 

 帝国軍、という言葉を聞いた瞬間、ざわめきが小波のように生じる。

 

(やっぱり、そう来るよな……)

 

 伊丹は半ば驚愕、半ば予想通りといった表情で頷いた。

 

(『門』の封鎖で俺たちは戦力の半数以上を喪失……帝国軍から見ればこれ以上ないほど絶好のチャンスだ)

 

 

 続いて狭間陸将は地図を広げ、帝国軍の戦力についての説明に移った。

 

「各地から召集された帝国軍だが、複数の方向から我々を包囲するように進んでいる。恐らく30万は下らないだろう。敵は更に後方から予備兵力を動員することも可能と予測されている」

 

 「恐らく」とか「だろう」といった頼りない言葉が、現在の自衛隊の苦境を如実に表していた。『門』は消失する際に航空基地をごっそりと飲み込んでおり、今の自衛隊は航空戦力を完全に喪失している。

 

 辛うじてヘリコプターが残っているのが不幸中の幸いともいえるが、帝国軍は念には念を入れて可能な限り分散しながら夜間に森林・山間部を進軍している。残り少ない燃料と弾薬のことを考慮すれば、迂闊な威力偵察はできなかった。

 

「対して、我々の戦力は連日の戦闘で激減している。『門』の消失で当初の戦力の半数を失い、基地機能もほぼ壊滅。加えて“門”の閉鎖に伴い、燃料と弾薬もかなりが不足している。もちろん追加の補給はない」

 

 

 狭間陸将の話では、深刻なのは兵員よりも補給の方なのだという。

 

 もともとアルヌス基地の備蓄は多くない。銀座事件からさほど時間を置かず電撃的に乗り込んだ手腕は流石というべきだが、防衛予算はそう簡単に拡大できるものではない。

 

 結果、最低限必要な量だけをアルヌスに備蓄し、残りは必要に応じて本国から搬送する「ジャスト・イン・タイム」方式が採用された。日本を代表する大企業で採用された効率的な方法で、懸念されたリスクも「中世レベルの敵軍など恐れるに足らず」との楽観論に押し切られた。

 

(まぁ、初期の戦闘でノーダメージのまま10万もの敵を一方的に殲滅できれば、慢心するのも仕方ないといえば仕方ないんだが……)

 

 今となっては後の祭りである。慢心ダメ、絶対。

 

 

「それから、現状で我々が使用可能な装備は以下の通りだ」

 

 

ヘリコプター

 AH-1S対戦車ヘリコプター×2

 UH-60JA多用途ヘリコプター×3

 CH-47JA大型輸送ヘリコプター×2

 UH-1J多用途ヘリ×2

 OH-1観測ヘリコプター ×2

 

戦闘車両および重火器

 74式戦車×3

 60式装甲車×1

 73式装甲車×1

 96式装輪装甲車×3

 89式装甲戦闘車×2

 75式自走155mm榴弾砲×1

 M42自走高射機関砲×1

 高機動車+120mm迫撃砲 RT×1

 60mm迫撃砲M2×3

 

支援車両

 78式戦車回収車×1

 87式偵察警戒車×2

 96式装輪装甲車改(内部を医療用に改造しており車体後部に赤十字マーク)×1

 軽装甲機動車×2

 82式指揮通信車×1

 高機動車×4

 偵察用オートバイ×3

 73式大型トラック 4台

 73式中型トラック 4台

 73式小型トラック 6台

 

 それなり、という程度には充足した戦力だった。補給の見込みがない以上、追加の装備があっても邪魔になるだけだし、戦車やヘリなどは操縦できる人間が限られている。

 

(普通に考えれば、戦力が少ない俺たちは防御に徹するのがセオリーだ。でも、ただ守ってるだけじゃジリ貧にしかならない……)

 

 やはり、追加の補給が受けられない事が最大のネックとなっていた。

 

 弾と燃料が限られているため、どうしても節約しながら戦わなければならない。それは戦術上の自由度を狭めることにもなるし、持久戦になればなるほど不利になる。

 

 

 だが、狭間陸将が伝えた作戦は伊丹の予想を上回るものだった。

 

「作戦を伝える――我々は保有する全てのヘリコプター、および車両の半数を帝都に投入し、“一撃”で勝負を決める。残存部隊はその間、ここアルヌス駐屯地で防御に徹する」

 

 一瞬、その場にいた全員の思考が停止した。

 

(は……?)

 

 ただ一度の決戦に全てを賭けるなど、愚策以外の何物でもない。思わず数人の将官が反論しようとするが、狭間陸将は片手でそれを制した。

 

「勝算はある。いや、むしろ我々が勝つにはこうするしかないのだ」

 

 まだ困惑の表情を浮かべる部下をぐるりと見回した後、陸将は指をパチンと鳴らした。それが合図だったのか、扉をノックする音と共に一人の少女が入室してくる。

 

 青い髪と杖を持った少女――その日本人離れした容姿から、特地の難民であることは間違いない。「お前らのせいで」と思わず何人かが八つ当たりしかけるが、警務官に抑えられる。

 

 狭間陸将は彼女に檀上に立つよう促し、全員に説明した。

 

 

「彼女の名はレレイ。――かつて帝国軍に協力し、この“門”閉鎖の研究をしていた一人だ」

 

 

 なっ、と衝撃を受ける隊員たち。対してレレイは落ち着き払った状態で、淡々と説明を始めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 はじめは不審の目で彼女を見ていた自衛官たちも、説明が進むにつれて徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

 『門』は冥王ハーディが作ったものであること、異世界同士をつなぐ『点』でしかない『門』は魔法によってアルヌスに固定されていたこと、帝国はその固定を解除して“門”を不安定な状態にしたこと――。

 

「……じゃあ、『門』自体は残ってるって事か?」

 

 どうやら話を聞く限り、『門』は「消えた」のではなく、「使用不能」になっているだけらしい。『門』というトンネルが、魔法という一時的な土砂崩れによって通行止めになっているようなものだという。

 

「待てよ、その説明だと、また魔法で『門』を固定すれば元通りなんじゃ……」

 

 こくん、と頷くレレイ。

 

 

「それなりの魔法使いを何人か集めれば、また『門』を固定することができる」

 

 

 レレイがそう言うと、周囲の自衛官から「おお」とどよめきの声が漏れた。日本に戻れる方法があることに、安堵したようだった。

 

「方法そのものは難しくない。高位の魔法使いをアルヌスに集めて、もう一度固定化の魔法をかければいい」

 

「でも魔法使いたちは、皆……」

 

 言いかけて、伊丹ははっとした。狭間陸将は頷き、全員の方を向く。

 

 

「その通りだ。魔術師たちは皆、帝都に集められている。我々の任務は彼らを救出し、再び門を開かせることだ」

 

 

 だからこその攻勢なのだ、と狭間陸将は厳かに告げた。

 

(そういう事か……)

 

 それなら先ほどの無茶な作戦にも納得がいく。魔術師たちさえ確保すれば、後は拷問でも何でもして無理やりにでも協力させる。『門』が開きさえすれば、増援部隊がやってくるはずだ。

 

(とはいえ、これってギャンブルだよな……)

 

 懸念が胸に渦巻く。ただでさえ少ない戦力で、戦略上の愚策とされる二正面作戦を行うのだ。

 

 だが、陸将の作戦が間違っているとも思えなかった。『門』を再び開かなければ、いずれは帝国軍によって殲滅されてしまうだろう。

 

「でも、これっぽっちの戦力で本当に足りるのか……?」

 

 ぽつり、と伊丹が呟く。

 

 しまった、と慌てて口を押えた時には既に時遅し――全員の表情が曇っていた。狭間陸将でさえ例外ではない。彼も本心では、この作戦が成功するか半信半疑なのだろう。

 

「俺たちには守るべき民がいる」

 

 無言のままの柳田と、表情をこわばらせる檜垣と、そして視線を伏せたままの菅原――だが、レレイだけは表情が違った。

 

 強い意志を秘めた瞳で伊丹を見つめ、レレイは決然と言い放った。

 

 

「守るべき民など、いない」

 

 

 さらに一瞬後、扉が勢いよく開かれる。自衛官たちが止める間もなかった。

 

 入ってきたのは、ロゥリィにホドリュー、コダ村の村長に、他にも見知った顔、顔、顔――。

 

 

「みんな……どうして此処に!?」

 

 戸惑う伊丹に、真っ先に声をかけたのはテュカだった。

 

 

「私たちも戦う!」

 

 

 勇ましいテュカの発言に、他の人々も「そうだそうだ」と続く。

 

 

「自衛隊にはこれまで助けてもらったんだ。ここらで恩返ししないとな」

 

「もうアルヌスは俺の家も同然だ。他人が攻め込んでくるようなら俺は死んでも守るぞ」

 

「どっちにしろ帝国は許せねぇ。ぶっ殺してやる!」

 

 

 口々に騒ぎ立てる難民たち。どうやら本気で言っているらしい。

 

 

「正気か? 君たちは民間人だぞ?」

 

「昨日までは。でも、今日からは違う」

 

 

 そう言い返されると、もう反論のしようがなかった。

 

 伊丹が狭間陸将の方を振り返ると、陸将も「好きにさせとけ」といった形で肩をすくめる。もっとも、心なしかその頬が緩んではいたが。

 

 

 もっとも、問題がないわけではない。

 

 そう、彼らには武器がない。戦おうという意思だけでは、精神論では勝てないのだ。もっと物理的な武器が必要だ。

 

 そんな伊丹の内心を悟ったかのように、ロゥリィがにやりと笑う。

 

「あら、武器なら沢山あるわよぉ」

 

 そういってロゥリィの見つめた方角には――。

 

「っ……そういう事か!」

 

 駐屯地からやや外れた場所にある、ゴミ捨て場……その一角にある『不燃ゴミ』の廃棄場には、アルヌス攻防戦の時に放棄された諸王国連合軍の武器が山と積まれていた――。

 




伊丹「正気か? 君たちは民間人だぞ?」

テュカ「昨日までは」


この辺のベタ展開は頭を空っぽにして読むことを推奨します。

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