GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:異世界満州国
深夜、帝国軍の攻撃は再開された。要塞東部に対して夜襲をかけたのである。
闇の中に太鼓の音が不気味に轟き、万を超える兵士があげる鬨の声が合図だった。
だが、その目的は奇襲ではない。いわゆる陽動であり、要塞西部への攻撃のための布石であった。
自衛隊は要塞を複数の区画に再編成しており、“門”が閉じた時に大きく被害を受けた場所を自衛隊が、それほど被害が大きくない場所を難民兵が担当している。
あえて編成を別にしたのは、指揮統制の観点からだ。戦い方の違う自衛隊と難民兵が一緒に戦っても、却って混乱を大きくするだけだと狭間陸将は考えていた。
夜襲の標的となった要塞西部は比較的被害が軽微で、難民兵が主に担当している。“主に”というのは弾薬が足りずに銃ではなく槍や刀で戦う事を強いられた自衛隊員も配置されているからであった。
「ついてない……どうしてよりによって、こんな時に!」
流れるような動作で弓矢を放ちながら、ヤオ・ハー・デュッシは己の不幸を嘆いていた。
故郷が炎龍に燃やされ、助けを求めるためにアルヌスに着いたのが7日前。しかし聞けば炎龍はイタリカで討ち取られ、「何のために来たんだ……」と肩を落としながら帰郷しようと思った矢先に“門”が閉じて基地は壊滅。
アルヌスに来て日が浅いこともあり、「見ない顔だな。怪しい」と自衛隊の工作員狩りにあって身の潔白が晴れるまで尋問・拘留生活を強いられ、やっとのことで解放されたと思いきや攻城戦に巻き込まれて無理やり徴兵され、現在まで至る……。
(なんか泣けてきた……)
そして今回の夜襲である。「ダークエルフなんだから夜目が効くだろ」という理屈で深夜直にされ、見事に空気を読んだ?帝国軍の攻撃を受けているのだ。
(きっとこれはハーディ様が私に与えた試練なんだ……うん、きっとそうに違いない)
というより、そう思いたい。じゃなきゃやってられない。
そんなヤオの切なる願いを聞き届けたのか、彼女には更なる試練が与えられる。帝国軍が新手を繰り出してきたのだ。
「ちっ! 今度はクロスボウ兵か……みんな伏せろ!」
帝国も芸のない波状攻撃を繰り返すだけではない。射程と命中率に優れるクロスボウ兵を所々に配置し、アルヌス軍の指揮官を狙撃させていた。
いつどこで狙われているとも知れぬ恐怖は、義勇兵たちの士気を確実に奪っていく。元より戦の経験などない義勇兵の戦意はたちどころに失われ、あやうく突破されそうになる場面がいくつもあった。
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アルヌスを包囲した帝国軍の作戦は至極簡単だった。
――休まず波状攻撃をかけて敵を疲弊させよ
アルヌスは自衛隊の手によって徹底的に要塞化されており、その防御力は10万を誇った諸王国連合軍が一方的に撃破されたことで実証済みだ。その数を大きく減らしたとはいえ、最新装備に身を固めた一騎当千の自衛官たちも未だ多くいる。
正面決戦でアルヌスを陥落させるのは容易ではない事を、ピニャは身をもって理解していた。しかし、それでも彼女は攻撃を強行した。もちろん理由あってのことだ。
「我らの目標は敵を疲弊させること。我らにはまだ兄上たちの率いる増援部隊がいるが、敵に増援はない。つまり長く戦い続ければそれだけ、敵は弱体化していく」
大軍であることの最大の利点は、休まず戦えること……それをピニャはよく理解していた。
「確かにジエイタイの装備には恐るべきものがある。だが、結局のところ戦争とは人間と人間との戦いだ」
恐るべきテクノロジーを有しているとはいえ、自衛官もまた人間である。一騎当千の猛者といえども、腹は減るし疲れも溜まる。そこでピニャは彼らを摩耗させるべく、徹底的に『休ませない』作戦に出た。
「各軍団は三交代制を組んで、順番に攻撃に当たらせろ。狙いは敵の疲労だ。無理に突破する必要はない。被害を最小限に抑えるよう心がけよ」
倒されても倒されても、顔色一つ変えずにピニャは新手を投入した。いくら殺しても湧いて出てくる帝国兵は、あたかも無限の兵力を保有しているかのよう。
終わりの見えない防衛戦が3日も続くと、アルヌスの守備兵はすっかり嫌気がさしてしまった。
ストレスと睡眠不足は表裏一体の関係にある。戦場という究極のストレス環境下に置かれた人間に、追い打ちをかけるように睡眠を妨害すればどうなるか。
まず睡眠不足が続くと、脳と体を休めることができない――つまり更にストレスが溜まる状態になってしまう。そうなると今度はストレスが原因で余計に眠れず、さらに睡眠不足に陥ってしまう。
これが慢性的に繰り返されるとなれば、悪循環以外の何物でもない。
こうした症状は目につきにくいが、たとえ相手が素人の義勇兵だろうとベテラン自衛官であろうと平等に発症する。それは静かに体の内部へ浸透し、ゆっくりと、だが確実に心身を蝕んでいく……。
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その後2日間にかけて行われた帝国軍の攻撃は執拗、かつ強大であった。アルヌス側の兵力はじわじわと削り取られ、防衛線は至る所で縮小している。
睡魔が全員を襲い始めた早朝、待ちかねたかのように帝国軍が再び突撃してきた。
「あいつら、トロルを十何匹もつれているぞ」
目を凝らすと、トロルやオークを先頭に、無数の軍団兵が続くのが見えた。
だが、この頃になると既にアルヌス側は体力を大幅に減じ、抵抗は散発的なものになっている。特に素人を集めただけの義勇兵ではそれが顕著だ。
必然、自衛隊の出番が多くなってくる。
「ここが正念場だ! 敵が一歩踏み出したら一発撃て。二歩なら二発、三歩なら三発だ」
自衛隊のあらゆる火器が火を吹いた。連射で息をつく暇もなく、最大限に発揮された火力はアルヌスを轟音と閃光の交差で満たす。機銃が弾幕を張り、装甲車の機関砲がトロルを肉塊へと変える。歩兵は手りゅう弾で敵の動きを止め、アサルトライフルで敵をなぎ倒した。
だが、帝国軍は一歩も引かない。次々に新手を繰り出し、5時間にもわたって延々と波状攻撃を繰り返した。対して自衛隊は機銃による弾幕、地雷、手りゅう弾、装甲車を駆使して敵の攻撃を真正面から粉砕した。
やがて退却ラッパが帝国軍陣地から鳴るころには、帝国兵の累々たる死屍と馬やトロルなどの肉片がアルヌス中に散らばっていた。
(ひとまずは勝利だが……なんと消耗の多いことか)
ホドリューの率いる義勇兵は自衛隊が組んだ戦列の左右に布陣している。もし自分たちが敗れれば、自衛隊は両翼包囲されかねない。逆に自衛隊の戦列が崩壊でもしたら、中央突破の形となって今度は自分たちが逆包囲の憂き目に合う。
(兵士は疲れ切っている……!)
攻撃は毎日のように繰り返され、多い時には1日で7回もの攻撃を受ける時もあった。敵国軍が力攻めをすればするほど、貴重な弾薬が消費されていく。
特に厄介なのが、トロルやオーガを前線に押し出してきた場合だ。神経の鈍い大型動物は痛みに鈍感で、かなりの銃弾や矢を受けても構わず突進してくる。最終的に止められたとしても弾薬の消耗が激しく、続く無数の帝国軍を撃ち漏らすことが多々あった。
そして一たび接敵して混戦になった場合、義勇兵はおろか自衛隊ですら突破される事も珍しくない。恐怖という感情はすぐに伝播する。押し寄せる無数の敵に誰かがパニックを起こし、それが全体に波及して敗走を始めるのだ。
今のところ、自衛隊がカバーすることで何とか凌いでいる。が、裏を返せば自衛隊の負担は増大しているという事だ。
そして自衛隊とて人間である。この状態が続けばどうなるか、以降の展開は容易に想像できる。
だからこそ、ホドリューは兵士を励まし、戦い続けた。
(それに、テュカたちも頑張っている……)
こうしている間にも、アルヌス軍の別働隊が帝都に向かっているはず。彼らの存在が切り札だ。すべては、再び“門”を開けるかどうかに掛かっている――。
◇◆◇
アルヌスで攻城戦が行われている間、伊丹たち第3偵察中隊をはじめとする急襲部隊は残った全てのヘリを総動員して帝都へ向かっていた。
帝国軍による索敵を潜り抜け、かつ最速で帝都まで辿り着く――そのためにアルヌスと帝都の間にある山脈を低高度で飛んでいる。
「――おい、左を見ろ!」
順調に飛行していると思われたさなか、誰かが叫ぶ。言われるがままに視線を左に向けると、山の至る所から何本もの煙が立ち上っていた。
「狼煙か……!」
周到に用意された帝国の警戒網に伊丹は舌を巻く。少なくとも、これで帝都の守備隊を奇襲することはできなくなってしまった。
せめてもの救いは、帝国がアルヌスに大軍を向かわせたことで、今さら帝都守備隊の数が増えるわけでもないという事だ。だが、自分たちは敵が待ち伏せしている所に飛び込んでしまう。
「なんだか嫌な予感がしてきたよ……」
特地に来て何度目かになる愚痴を、伊丹は言わずにはいられなかった。
おまけ:もし“例のあの人”が特派の司令官だったら……?
柳田「敵の波状攻撃で兵士が疲弊しています!これ以上の長時間戦闘は無理です!」
M.W「無理というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ」
柳田「?」
M.W「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」
柳田「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』ですよね?」
M.W「いえ、途中で止めてしまうから無理になるんです」
柳田「?」
M.W「止めさせないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、 とにかく24時間全力で戦わせる」
柳田「24時間……」
M.W「そうすればその兵士はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」
村上「……んん??」
M.W「無理じゃなかったって事です。実際に24時間戦ったのだから、無理という言葉は嘘だった。その後はもう無理なんて言葉は言わせません」
最終兵器『精神論』、これがあれば24時間365日死ぬまで戦えるぞ!もう人海戦術なんて怖くない!