GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:護衛艦レシピ

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エピソード32:墜ちた黒鷹2

 

 闇の中、ごうごうと水音が響き渡る。その中で揺れ動く、小さな光があった。

 

 光源は伊丹たち――闇の中を進む、第3偵察隊の持つ軍用ライトの灯りだった。

 

 

 隊長である伊丹は部下たちの先頭に立って、慎重に歩を進めていた。

 

 足元の道幅は数十センチで、左手には壁が、右手には激しく水が流れる水路がある。道は天井から滴り落ちる水で滑っており、少しでも足元が揺らげば水路に転落しかねない。

 

(倉田たち、大丈夫かな……)

 

 伊丹達が歩いているのは、帝都の地下に張り巡らされた下水溝だった。今回の作戦において、伊丹達は最も重要な任務を与えられていた。ある意味では真の切り札といってもいい。

 

(ヘリボーン隊が敵をひきつけ、市街地に敵主力を誘導。その間に俺たちが地下通路を通って宮殿まで行って、皇帝を“殺す”……)

 

 『紅き翼』作戦に先立って、伊丹たち決死隊は帝都近郊まで輸送ヘリで移動した後、難民に紛れて密かにスラム街から帝都へ侵入したのだった。

 

 しかし流石の帝国もバカではないのか、帝都中心部へ通じる門は全て封鎖されていた。そのためレレイの提案で、やむを得ず下水溝から侵入することにしたのだった。

 

(しっかし、こんな地下水路が帝都の下にあるなんてな……)

 

「この地下水路は、帝国の拡大に伴う帝都の拡大に合わせて作られた」

 

 伊丹の気持ちを察したのか、少し後ろを歩いていたレレイが呟く。

 

「当時は急拡大する帝都と人口の増加に、公共設備がついていけず、疫病や都市衛生環境の悪化などの問題が頻発していた。そこで今の先々代の皇帝・アルバトロス4世が行った『帝都大改造』の結果、帝都は今の状態に生まれ変わった」

 

「……この世界の皇帝一族は優秀なんだな」

 

「そうとも限らない。第一皇子みたいにどうしようもない愚か者もいる。だけど元老院の存在が、そうした無能を篩にかける。だから最も優秀な皇族が、結局は皇帝に選ばれる。それが今日までの帝国の繁栄と存続を支えた」

 

「なるほどな……」

 

 どうやら、能力と関係なく血筋だけで偉くなれるといった世襲制への偏見を修正しなければならないようだ。

 

 たしかに冷静になって考えてみれば、これだけ広大な領土と多数の人民を従える「帝国」を率いるエリートが無能なはずがない。

 

 こうやってレレイの口から説明されると、帝国は帝国なりに今までこの世界でうまくやっていたんだな、と改めて思う。

 

 

 だが、今や共存の道は絶たれた。自分たちは、自分たちが生き残るために、帝国を今から滅ぼしに行くのだ……。

 

(つい先週まで『共存』とか能天気な事を言ってた自分が恥ずかしくなって来た……)

 

 思えば、あの時の自分たちは圧倒的な力を背景に驕っていた。強者の口にする「共存」など、所詮は「支配」をオブラートに覆い隠すための言葉遊びに過ぎない。

 

 食うか食われるか――政治においても弱肉強食という自然界の大前提は適応されるのだ。帝国と自衛隊にはそれぞれの正義があり、だがしかし両立はしない。

 

 

 片方が生きている限り、もう片方は滅ぶしかないのだ。

 

    

 

 ◇◆◇

 

 

 

 その頃、ヘリの墜落を受けて意気消沈する自衛隊とは反対に、帝国では将兵が一丸となって歓声をあげていた。

 

「うぉおおおおーーッ!」

 

「やったぞ! 連中の飛行機械を落としたんだ!」

 

「帝国万歳!」

 

 

 兵の士気は上がっている。ならば、今が好機。そう判断したカーゼル侯爵は塵下の全部隊に総攻撃を命じる。

 

 

「機は熟したり! 蛮族どもを血祭りに上げよ!!」

 

 

 

 時をおかず、帝国の反撃が始まった。もはや出し惜しみはせず、残った部隊を大盤振る舞いで投入してきている。

 

 

『―-ワイバーンだ!! 11時方向に敵影!』

 

 栗林が振り返ると、4体編成の飛龍(ワイバーン)騎士隊がホバリング中のブラックホークに向かっていくのが見えた。

 

(なっ……! アイツらどこから――!?)

 

 敵の航空部隊に先制攻撃をしかけて制空権を確保する戦術――いわゆる航空撃滅戦は現代戦の基本である。それだけに、作戦の序盤で敵のワイバーンは攻撃ヘリが集中的に叩いていた。その殆どは営巣から飛び立つ間もなく殲滅された――はずだった。

 

(まさか、市街地に一部の部隊を隠して……)

 

 つまり、序盤に殲滅されたワイバーン隊は囮。自衛隊に制空権を確保させたと誤認させ、無防備になるホバリングのタイミングを狙って温存していた部隊を投入してきた……。

 

(っ……!)

 

 下手をすれば、制空権を奪われかねない状況だった。無論、戦場全体を見渡せば自衛隊の優位は揺らがない。それほどまでに、AH-1Sの攻撃力は絶大だ。

  

 しかし煙幕で制限が加えられている上に、数が少ない。加えて残弾数と燃料も気にしなければならないとなると、局地的には航空優勢を失う可能性は十分にある。

 

 

 

 栗林は自分の無線から聞こえてくる、緊急連絡を銃撃の中で聞いていた。

 

 

『――防御を残し墜落地点まで徒歩で移動しろ!生存者を調べ、周辺を確保しろ!』

 

 

「了解、クソ!」

 

 こちらに向かってきた帝国兵に向け、引き金を引く指に力をこめる。銃弾は敵兵の胴体に命中し、噴水の様に血が吹き出した。

 

 

「倉田、黒川! 行くわよ」

 

 

 それぞれの所を守っていた隊員を集合させるべく、銃声に負けない大声を張り上げた。

 

 

「みんな聞いて! ブラックホークが墜落した。今から救出に向かう倉田は私と一緒に来て。黒川はここに残って角を確保、いいわね!?」

 

 

 散開してしばらくすると、群衆が進んでいるのが見えた。その中に紛れて、武器を持った帝国兵が潜んでいる。

 

「あいつら、民間人を盾にしてる……」

 

「どうするんです?」

 

「とりあえず回避する。……弾が勿体ないから」

 

 今さら民間人を撃つことに躊躇いはない。さもなければ自分が、仲間が死ぬ。

 

 既に墜落したヘリの周囲には無数の人々が群がっている。栗林にはそれが、まるで腐肉にたかるハエのように見えた。

 

 

 ――そうだ、あいつらはハエ。人間じゃない。ハエが人間に害をなすというなら、プチプチと殺して何が悪いのか。

    




自衛隊に朗報! ちゃんと自衛隊も対策してたんだ!

伊丹さんは絶賛スニーキング・ミッション中

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